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第二章 第四節 Royal Knights

 目が覚めると、目の前は真っ白だった。

「ここは……」

 確か、そう確かミサイルを確認して、必死に守って、それから。

「お気づきになりました?」

 透き通った声が聞こえた。上手く動かない体にを必死に動かして、何とか顔だけを横に向けた。

「カイン、ですね」

「お前は?」

 確認するように自分の名前を呼んだ彼女に彼は逆に尋ね返す。着ている衣装から見て、その正体は大体掴めていたが。

「あなたのご想像通りかと」

「マリア、か?」

 何故こんな所に自分がいるのか、皆目見当が付かなかった。もしそれが事実なら、ここは。

「目覚めたのかな?」

「はい、お祖父様」

 カインは目を閉じた。もはや別世界にいるような気分だった。ならば今ここに現れた男の名は。

「レイブン」

「ほう、私の名前をご存知だったとは」

「御託は止めろ」

 他の人間が聞けば発狂しそうな台詞をカインは平然と述べた。言われた側もただ微笑するのみで、動じた様子はまったく無い。

「冗談は止めたほうが宜しいかな」

「この世界の最高指導者が何のようだ?」

 そう言われた彼の顔に僅かに変化が生じた。自分の正体を知っていた事に対する驚きか、それとも他の何かか。外から見るにはあまりにその男の中は深かった。

「頼みごとがありましてな」

「頼みごと?」

「助けて欲しいのですよ、この世界を」

「知った事じゃない」

 この世界がどうなろうともはや彼の知った事ではなかった。おそらくあれで島は全滅。自分に降りかかった物は全て除いたつもりだったが、情けなくここで寝ていたところを見ると、どうやらそれも叶わなかったようだ。

「あの島での出来事は、一応こちらも把握しているつもりです」

 傍らに座る少女が口を開いた。その表情は憂いに満ち、声はどこか暗い。

「だから?」

 どうせこちらの正体もばれているのだろう。自分の様な存在は彼らからして見ればもっとも忌むべき存在であるはずだった。むしろ、こうして自分と直接会話している事がもはや異常事態だ。

「行方不明なのです。カノンが」

「カノンが!?」

 咄嗟に彼は跳ね起きる。そんな情報は初耳だった。

「やはり、気になりますか?」

「あの島にいたのか?」

 問いかけを無視して彼は尋ね返す。なら、何故自分達を動員したのか。邪魔なら彼に全てやらせればいい。その方が時間も手間も遥かに省けるはずだ。

「寧ろ、それが目的だったのかと私達は考えています」

「何故だ?」

 その言葉に彼女は上手くいったと言わんばかりに微笑んだ。

「それを、あなたに調べて頂きたいのです」


「それで引き受けたのか? お前結構単純なんだな」

「うるさい」

 気安く肩に乗せられた腕をカインは払いのけた。

「へえ、結構いい顔してんじゃん」

 廊下を歩いている途中、ばったり会ったのがこの男だった時点で彼の運は尽きていた。

 アーバン、と名乗るこの男は最初からカインに馴れ馴れしく近づいてきては、こちらにちょっかいをかけ続けていた。最初は無視していたカインも、段々彼のペースに巻き込まれ、子供の喧嘩に発展していた。とは言え、カインは傍から見ればまだ子供のため、いい歳した大人が子供をからかっている様にしか見えない。

「見るな、触るな、寄るな」

「嫌だ、嫌、嫌さ」

 聞く耳持たないとはまさにこの事だった。彼はその言葉の意味を改めて痛感しながらある部屋の前に立つ。

「この部屋の中に制服が入ってる、その後ミーティングだ」

「分かった」

 その場に彼を置いてアーバンはどこかへと立ち去っていく。それにほっとしながら彼は扉を開ける。

「きゃあああああああ!」

 女子更衣室だった。

「いつか殺す!」

 彼は固く心に誓った。


 カインがその服だけを見て彼らの正体を悟ったのは、何も彼が裏の情報に通じていたわけでは無い。単純に有名だったからである。

 その名を『フェイニータル』。平易な言葉に言い替えるならば聖者の集まり、と言ったところであろうか。世界の八割は何らかの関係を持っていると言われているこの機関は、元々『ハムレス』が現れるまで世界の実権を握っていたといえるほどの影響力を持っていた。今ではその力は大分弱まったものの、それでもなお多大なる権力を保持していた。

この機関の原則は単純にして明快。戦わず、殺さず。そういった理想を掲げる一方で、要人警護と言う名目で武装を保持しているあたり胡散臭さが漂うが、その理想は今の世界に概ね好意的に受けいられてきた。

「それにより、我々の―」

 今こうしてカインの眼前にて行われているミーティングの内容は、彼の耳を素通りしていた。興味が無いのもあるが、それ以前に関係が無かった。自分の役目はカノン探しであって、彼らを守る事でも、彼らの言う使命とやらに賛同したわけでもないからだ。

 彼らが何故ここまで影響力を持てたかについては様々な諸説があり評論家の意見も大分分かれてはいるが、一つだけ共通する部分があった。

「聖人ね」

 新人用に配られたマニュアルを見ながら彼はため息をついた。その存在だけは知っていたが、まさか会う事になるとは思っていなかった。聖人とは本来、歴史上に置いて何かしらの業績を残した人物に対する勲章のようなものだった。その意味がここ数十年で変化したのは、ある人物が現れたからだった。

「未来予知に、テレパシー、ね」

 レイブン・ギュ・ヘルバイム、現フェイニータル最高指導者にして一介の宗教組織に過ぎなかったこの組織をここまで育て上げた男。今カインが呟いたのは、彼が保有しているとされる能力の名称だ。

「だから俺があそこにいるのも分かったと」

 それならばカインの居場所も言い当てて欲しいものだが、思い通りに自分の能力を扱えるわけではないらしい。一筋縄では行きそうにない人物だが、頼るより他にしょうがなかった。

「そして、マリア様か」

 そして、彼女こそが今のフェイニータルのシンボル、マリア・ギュ・ヘルバイム。ファミリーネームが同じなのは彼らが血縁者であるという意味ではなく、単純に聖人である事を指し示しているに過ぎない。

 何らかの能力を保有している事は知られているが、未だ見たものも聞いた者もおらず、その事実さえ疑われていた。彼女は何も語ろうともせず信者達をやきもきさせているのが現状だ。ただ、彼女自身の持つオーラは、見るもの全てを癒すと言われており、実際彼女目当てでフェイニータルの信者になる者もも多かった。

 では実際彼らは何をしているのか、となると難しい。運営は信者達の寄付で賄われている。本来ならどこにでもありそうな土着宗教はレイブンによって今の世界と適合するように変貌しているのだ。送られてくる寄付の金額は並みの国家予算を上回る。そして、それを世界の貧困を救うと言う名目で再度寄付するのだ。これだけならただの慈善事業だが、ここに一つのトリックがある。

寄付という名目なら、誰もその大量の金が一国に送られる事に疑問は抱かない。もし秘密裏に行動すれば発覚した時言い訳が苦しくなるし、そもそも聖者のする事ではない。

その解決策として今のシステムは存在する。貧困国に送られた資金は表向きは慈善事業に使われるが、その裏にある更なる莫大な資金は特定の企業に送られる。その企業は自分の株を保有する親会社に資金を送り、その会社はその資金を持って経営を立て直す。というよりは、フェイニータルの信者がその企業の商品を買いに走るのだ。そうして経営が立ち直った企業は謝礼として、得た金額以上の礼をフェイニータルに返す。こうした一種の宗教と企業が一体となる形で、フェイニータルは今や莫大な影響力を保持するに至っているのである。『ハムレス』が襲来した時はこれで終わりではないかと危惧する信者もいたようだが、幸いにして『ハムレス』とは利害が合う事も無く今もこうして権力を保っていた。

「で、これか」

 カインは今自分が着用している制服に目をやった。ベージュの上等な生地、右肩に鷹の小さな刺繍と、Royal knightsの文字。フェイニータルが保持する軍事組織、もとい要人警護集団ロイヤルナイツ。世界中の軍隊から集められたエリートにより構成されるこの組織は、世界一の軍事力を誇る。例えカインでも一人でここの本部を落とす事はできなかった。

 無論、敵対した事はなかったが、それでもその力はよく知られていた。

 本来この組織もそこまでの力を持っているわけでもなかった。レイブンは経済の方にその目を向ける一方で、軍事に関しては最低限しか保有してはいなかった。変化が現れるのはほんの十二年前の事だ。

 現在のシンボル、マリアが生まれたとき、冬にも関わらず花は咲き誇り鳥は空を舞い、動物達はその頭を彼女の生まれた方角に向けて頭を垂れたといわれている。

 カインからしてみればこの上なく胡散臭い話だったが、それでもそのカリスマ性は幼い頃から世界中で話題になった。妖精だ、いや天使だ、果ては神だと言うものまで現れる始末で、あっという間に彼女は世界中の希望の星となった。無論、それをレイブンが見逃すはずもなく、今では彼女はこの建物の中でひたすら世界の平和を祈っている、という事になっている。

 これだけではマリアとロイヤルナイツの因果関係が見えないが、答えは簡単だ。信者の時と同じように、彼女目当てに入隊希望する者が増大したのだ。結果、今では世界一の軍事力を誇る事になった。主な任務は勿論マリアとレイブンの警護。それに加えて移送される資金の配送係を行う事もあれば、極秘裏に他国の要人警護にもつく。また裏ではとある紛争にも関わっていたりと、名前どおりの集団ではなかった。

「なあ」

「何だよ」

「何さっきから考えてんだ?」

「お前達について」

 隣に座るアーバンに横からつつかれ、彼は我に返った。今もまだ続くミーティングという名の演説は次第に暑さを増し、今ではもうただのお祭りにしか彼には映らなかった。

「後で俺が案内してやろうか、ここ」

「別にいい」

 自分の部屋の位置だけ把握しておけば問題ないはずだった。ここに正規に入隊したわけではないのだ。本部内では制服も着るが、外では私服着用だ。彼の役割はカノンを探し出し可能なら殺害、不可能でもその存在を世に知らしめる事。そうすれば世界にロイヤルナイツ出動の為の絶好の大義名分をアピールできる機会が誕生する。そこで力を見せ付ければもう、ハムレスすら敵では無い。

「そんな事言うなって」

 やっと終わったミーティングから抜け出そうとしたカインの腕をアーバンの腕が掴んだ。日ごろから鍛えている軍人と、能力を駆使して戦うカインとでは基礎体力にかなりの差が出る。結果、彼は引きずられるがままに、本部内を連れまわされる事になった。

「一階から八階までは信者がうろついてるから近づくなよ。その制服見ただけで拝まれる   

 ぞ。それから最上階にあるレイブン様のプライベートルームと一階にある中庭には勝手に入るなよ、無断で入ったら問答無用で銃撃戦になる」

「この中で俺の正体を知ってるのは?」

「は? ああ、お前がレイブン様の養子になったって事か?そんなの皆知ってるだろ?」

「そうか」

カインはここでの自らの地位を再確認した。一応慈善事業を主とするフェイニータルには戦禍で両親を失った子供が養子として掻き集められる。その中でも優秀とされる物は特例として幼い頃よりロイヤルナイツに加わる事もある。カインはその制度を利用して入った事になっていた。

「それよりお前がナイツに入れた事が不思議だな。試験はすげえけど、それ以外はからっきしじゃん」

「さあな」

 そんな事は上の力があれば僧どうでもなる事だ。話を返るために彼は初めてアーバンに自分から話を振った。

「アーバンは何でナイツに入ろうと思ったんだ?」

「何でってお前!」

立ち止まり自分の前に立った彼を見上げてカインは本気で何だろうと思った。ここまで力を入れるならさぞかし立派な理由があるのかと思ったのだが。

「ん?」

「マリア様の麗しさが分かってないのか!?」

「あっそう」

 見た者全てを癒すと言われても、カインにとっては悪魔のようにしか見えない。目覚めたときのあの会話も、よくよく思い返せば最初からカノンの事を言っておけばすんだ話だ。からかわれたとしか思えない。

「だからお前はそんななのか」

「どういう意味だよ!」


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