第一章 第十四節 そして終わりと共に始まりはやってくる
「何だ?」
いきなり周囲が静かになった気がしてカインは空から地上へと舞い降りる。神社と反対側の海岸に来たが、ルナもシンの姿も無く、彼はひたすら探し続けていた。
住民の姿も無く、おかしいと思っていた矢先、とうとう人を発見した。
「ルナ」
「カイン、ここ」
「一箇所に集めたのか?」
「みたい。数えたら二百人位かなあ」
ルナは後ろにある建物を振り返る。公民館と記されているその建物の中に、たくさんの人間が押し込められている。入り口は組織の人間で固められおり、人目で厳戒態勢がとられている事が分かる。
「どうするんだ? これから」
聞かされた生存人数の少なさに彼女の顔を思い出し少し憂鬱になりながらも、彼は次の対策を建てるべく行動予定を聞き出す。もし今から一斉虐殺が始まるなら、立ち止まっている場合ではない。
「このまま帰還だって。場所は変更みたいだけど」
「変更?」
思わぬ返答に彼は首を傾げる。このまま移動するのなら大歓迎だが、気になるのは彼らの処遇だった。
「この国の本土にある施設に移動だってさ」
「ここの人たちは?」
「さあ? 知らない」
「知らない?」
「取りあえず私達ここで暫く見張りだって。海上で黒部さんが他の誰かとこれからの事を話し合うんだって」
「ふうん」
何やらおかしな気もしたが、今は黙って傾いておいた。ルナ一人なら自分だけで何とかなる。シンが何をしているのかだけが気になったが、ルナとは場所が離れているし、会ったなら彼女から何か言ってくるだろう。
「では、よろしくお願いします」
「はい!」
先ほどまで入り口を固めていた者達が、礼儀正しく挨拶して何処かへ去っていく。元気よく返事を返したルナを見てカインはその待遇の違いに不思議に思う。自分を悪魔呼ばわりするくらいなら、ルナにも同じような態度を取りそうなものだが。
まだ夜は長い。公民館前の階段に腰掛けながら、する事もなく彼は月を見上げた。
「夜は好き?」
その反対側に腰を下ろしたルナの問いかけに、彼は興味無さ気に答える。
「別に、真っ暗なだけ」
「じゃあ昼は?」
「別に、明るいだけ」
「何それ? シンでもまだ気の利いたこと言うよ」
どこまでも愛想の無い返答にルナは呆れ返る。どうでもいいとは思いながらも機嫌を損ねさせるのも問題だと思った彼は反対に聞き返す。
「ルナはどうなんだ?」
「私は夜が好き。本当は昼の方が好きだったんだけど」
「どっちなんだよ?」
待ってましたと言わんばかりの即答にカインは階段から転げ落ちそうになる。
「だってシンの翼、夜の方が生えるでしょ?」
そう言われてもまだシンには会っていないのだ。ルークと交戦したとも言えず、彼は黙り込んだ。元より自分の翼は闇の色。昼の明るさの前では場違いだし、夜は闇に溶け込んで良く見えない。
「まあ、光るんだろうな」
「そ、見た事ある?」
「いや、でも見てみたい気はする」
「綺麗だよ、キラキラしてるんだから」
カインの脳内には明かりと勘違いして寄ってくる蛾や何かと悪戦苦闘している彼の姿が思い浮かんだが、それは黙っておく事にした。
「でも、ルークは綺麗だったな」
「ああ、水色だもんね」
「ルナは何だろうな」
「そういう色じゃないし。何だろうね、これ。カイン達はともかく、意味無いように思うんだけど」
飛べようが飛べまいが関係無いだろうとは思うのだが、どうにも他の者の考えは違うらしい。どうにも居心地が悪くなって彼は話題を変えた。
「人、殺した事あるか?」
「なるほどね」
「え?」
話を変えるにしても、変えようと言うものがある。とはいえ、カインは他に何かをした事が無かった。フェイトが来たとはいえ、最低限の生活に会話が加わっただけの事に過ぎない。
「あるよ。それが?」
彼女は話の先を促す。彼ほどではないが、自分達だって経験は積んでいるつもりだ、舐められているのならそれは心外だった。
「いけない事なのか?」
「法律ではね」
「ほうりつ?」
常識と思っている事ほど、それを知らない人が現れた時返答に困るもので、彼女もその例に漏れず言葉に詰まる。
「えと、まあほら、普通の人たちが暮らす上で守らなくちゃいけないルール、かな」
「何で俺達はしてもいいんだ?」
「何ででしょうね、本当」
ルナも流石にその問いに対する返答は持っていなかった。大体、してはいけない事ばかり叩き込まれてここまで育ったのだ。そんな事を考える余裕などあるはずも無かった。
「何でそんな事思ったの? 驚いたんだから、最初は私達言葉も知らなかったらどうしようかと思ってたのに」
「主要な言語は叩き込まれた」
「あ、そう」
あっさり返ってきた言葉にルナは黙る。経歴の割りに意外に人間性があるのは何故なのだろうか。
「フェイトに言われた。殺しちゃ駄目って」
「あの子に?」
「どうしてだろうな」
「さあね」
理解できないものは理解できない。ルナやルークもそれに対する答えは持っていなかった。
「シンなら、どう答えるんだ?」
ふと気になって尋ねてみた。未だ姿を見せないシンは今は何をしているのだろうか。住民はここに集められているのだ。他にする事など無いはずだった。
「自分で決めろって言うんじゃない」
「なるほど」
微かに微笑を浮かべて、カインは彼の顔を思い出す。確かに自分とは違う感じがした。
「自分で、か」
何かを自分からしようとは、思った事など一度も無かった。思い返してみれば、自分の意思の無さは育ちのせいだけではないかもしれなかった。
「何、どうしちゃったの?」
「いや、分からない」
「何が?」
「何かが」
答えにならない答えを返されルナは分けが分からない、といった顔をする。無理も無い、カインも自分が何をしたいのか、全く分からないのだから。
「いつまでここにいればいいんだろ」
ルナは立ち上がりそのままぴょんぴょんと公民館前の広場に降り立つ。月明かりに照らさる中、踊りなのか何なのか良く分からない動きをする。
それをぼけーと見ていた彼が、微かに何かを察知した。何かが上空から降ってくるような―。
「ミサイル!?」
「え?」
カインが叫んだ瞬間、周囲は火の海に包まれた。
「何だ?」
シンとルークは同時にその振動に気づいた。
「始まったんだよ」
シンに向けていた盾剣をしまい、彼はさも愉快だといわんばかりに告げる。
「何がだ?」
「さあね」
ルークがその場から走り出す。慌てて後を追おうにも振動は続きまともに立つ事もできない。
「あいつ何でまっすぐ走れてるんだよ」
バランス能力の差がこんな所に出ているとも知らず、彼は一人愚痴る。元々主要な移動手段は飛行だ。走る機会などこれまで滅多に無く、その分足の筋力は他者よりも下だった。
「くそっ!」
彼はそこから飛び立つ。上から探して見つけられるとは思わなかったが、何もしないよりはましだと思ったのと、あの振動の正体が気になったからだった。今も微かに響く音の方向へ誘われるように彼は飛んで行った。
「何だよこれ!」
眼前の光景にシンは愕然とする。森は火の海に包まれ、さきほどから煙が立ち込め視界が遮られる。何か建物が建っているのが気になったが、そちらの方向へ向かおうとしたシンは何かに躓いてすっ転んだ。
「ぐっ!」
痛みに顔を顰めたシンは躓いたものを確認するべく立ち上がった。
「何だ―」
確認しようとして彼は固まった。差し出そうとした手は中空を掴んで止まり、その目は空虚なものとなっていた。
「る……な…」
呼び掛けてもどうしようもなかった。ピンクの髪が付いている何かにしか見えないそれは、ただそこにあった。
「な…ん……で?」
分からなかった。自分ならともかく、何故ルナが死ななきゃならない? 何でこんな事に? 疑問符で溢れかえる彼の視界の中に、黒い羽が入り込んだ。
「こ…れ……?」
それが何か分かるまで一時を要した。段々クリアになっていく頭の中に一つの答えが浮かぶ。
「あいつが!」
辺りに彼の姿は無い。どのようにしたかは知らないが、他に彼女を倒せる者などいはしない。
「あいつが!!」
確信と共に次第に語気は強くなっていく。もう、他に彼は何も見えなかった。
「どこだ!」
彼は飛び建つ。ルークの事など、頭からはとうに吹っ飛んでいた。
「ふう」
綾香は施設のある島の縁に座って足をぶらぶらさせながら海を眺めていた。ここに連れて来られてから早一時間。得にする事も無く、ただシンが戻ってくるのを辛抱強く待っていた。
「はやく戻ってこないかなあ」
何が起こっているのか全く分からない不安と、ショックで眠る事もできずシンの帰りを彼女は待ちわびていた。
「あれ?」
施設内から物音がして彼女は慌てて扉からの死界に身を潜める。扉から出てきた少年は慌てた様子でどこかへと去って行き、その後モーターボートでどこかへと去って行った。
「船、あったんだ……」
何だか損した気分になって、彼女は施設の壁にもたれかかった。別に操縦ができるわけでもないが、あればあったでいざという時の安心感が違う気もするのだ。
「来ないなあ」
答えるのはただ波の音のみ。一人ぼっちの寂しさは、もう暫く続いた。
「始まったな」
遠くで何かが弾ける様な音がして白谷は事が始まった事を悟った。
「綾香、どうしてるんだろう」
沙耶香が妹の身を案じてその名を呟く。
「あやか?」
「妹の名前。シン君に託したから、生きているとは思うけど」
フェイトの反応に彼女は彼は今どうしているのか心配になった。もしかしたら自分の所に戻ってきて探しているかもしれない。
「大丈夫です。皆生きてますよ」
「……そうね」
次第に遠くなっていく島は段々と小さくなって行き、点のようになった後、見えなくなった。
「糞!」
シンは島の上空を飛びまわりながら一人毒づいた。予想はしていたが森が多い事と、陽が無い事が災いして中々見つける事ができない。おまけに自分の姿は夜の間はかなり目立つ。
あまり空をぐるぐると回っていてはこちらが逆に見つけられて攻撃を喰らいかねない。
「そういえば」
彼はここでようやくカノンの存在を思い出した。もし二人がかりでかかってこられたらいくら自分でも瞬殺されるのは目に見えている。
「姿を隠すか」
とは言っても目だった所にいてはすぐに見つけられる。施設に戻るのも手だが、その間に見つけられて彼女を巻き込んでは元も子もなかった。
結局、彼は適当に開いている家を探して勝手に潜り込んだ。どうせ全滅しているのなら、遠慮する必要などどこにも無かった。一晩過ぎる間にどこかに去って行ってしまう可能性も当然考えたが、それなれそれで世界中を探し回ればいい。戦いあるところに彼らは必ず現れるのだから。
「絶対殺してやる」
そう呟きながら、彼は静かに眠りに落ちる。結局、夜の間にその炎は辺り一面を焼き尽くした後、明け方に降った恵みの雨でゆっくりと消えていった。