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最終章 第十九節 旅立ち(4)

「そろそろ降参してくれるとありがたいんですが」

「どうしてそこまでこだわる?」

 戦闘が小康状態となる中うんざりとした仕草を見せる彼女に、カインはトライデントの刃先を向けたまま降り立った。どこにいても当たるなら、飛んでいようが歩いていようが関係ない。

「必要なんです、あなたが。彼女の為にも」

「マリアの事か?」

 彼女、その言葉から連想できる人物は今の彼には一人だけだ。この奥にいるかもしれない、囚われの王女。

「そうであるともいえますし、そうでないともいえます」

「どこにいる?」

「レイブンでしたか? この世界の支配主は。さきほど会いましたけれど、あの子がそうなのなら、そうなのでしょうね」

 何の興味もないといった口調であっさりと重大情報を漏らした彼女に対し、彼は逃げ切れる隙は無いかと一瞬の隙を求めて力を溜める。彼女にこれ以上用は無いし、正直なところ現状では勝つ気も無いし、勝って得られるメリットも無い。

「それで、俺をどこへ連れて行きたい?」

「大人しくしていれば大丈夫ですよ? 最初から痛めつける気もありませんから」

 かみ合わない問答に、彼は諦めたのかトライデントの刃先を下げ翼を収めた。

「どうしても教えたくないらしいな」

「そうでもないですよ? ただ、お楽しみは取っておいたほうがいいと思いまして」

「一つ条件がある」

 どこかと通信でもしているのか、即答していた彼女の口が止まる。僅か数秒の沈黙の後、先ほどと変わらぬ口調で彼女はこちらに手で頭の上に大きな丸を作った。

「どうぞ。とは言っても限りはありますが」

 そんな彼女の動作一切を無視して、彼は彼女に無防備に歩み寄る。依然として照準が彼に合わせられたままだったが、一切構う事無く彼はもう少しで手が届くかという所で立ち止まった。

「レイブンに会わせろ」

「構いませんよ」

 今度は即答だった。振り向きざまに手をかざすと一つ扉が出現し、彼らを招きいれるかのように誰の手も触れないうちに開いた。

「どうぞ」


「さて、そろそろ準備を始めた方がいいのかな」

 メイル国首都にある総理官邸にレイブンの姿はあった。準備は出来ている、障害も無い。

後は、実行するのみだ。

「結局お前は、こんな道しか辿れないのだな」

「何も知らないあなたに言われる道理は無いよ。叔父上」

 叔父上と呼ばれた老人が腰掛けていたベッドから腰を上げ、カーテンを開き空の影に目を細める。官邸の中でも最も奥にあるこの部屋は、本来なら賓客をもてなす為のベッドルームであったが、室内にいるのは三人だけだ。

「なあ、マリア」

 もう一つのベッドに腰掛けるマリアの体は、ロイヤルナイツの正装に纏われていた。鷹の刺繍が右肩に施されている他、純白でシンプルなデザインのドレスは信者が見れば一目で卒倒しかねないほどの神秘さを演出していた。

 そんな彼女の視線はどこか宙を彷徨い、何かを映す事も無い。レイブンや王が話しかけても反応は無く、まるでこの世界に体だけが取り残されてしまったの様な感を受ける。

「反応は無し、か」

「視界にいれたくないのだろう」

 彼女の前で首を振るレイブンに対し王は皮肉を浴びせるも、そんな事は彼にはどうでもいいらしく、マリアの頬にそっと触れ柔らかい声で囁いた。

「すぐに君の望むとおりの世界がやってくる。それまで待ってておくれ」

「ならばさっさとこんな事は止めるのだな」

 少しきつい口調で言われた事に不服だったのか、それとも二人の時間を止められたことに不満でも抱いたのか、憎憎しげな顔で彼はすっと王の前に立ち首に手を掛ける。

「父である貴方には分かりませんよ。永遠にね」

「な……に……を」

「貴方には分からない。彼女が何なのか、どんな思いでこの世界を生きてきたか。それをあんな訳の分からぬハムレスどもにも、セイバーズにも、無論あんな化け物にもやりはしない」

 狂気じみた目つきで迫るレイブンの手に力がこもり、王の体が浮き始める。どこにそれ

ほどの力があるのか、先ほどまでの余裕は完全に消え去っていた。

「私の見た未来は、私が変える!」

抵抗する王の手から力が消えかかろうという時、机の上の電話がけたたましく鳴り響く。

盛大な舌打ちと共に王から手を離し受話器を取り上げた途端、彼の顔は曇る。二三言葉を

交わした後、用件が終わったのか受話器を置いた彼がマリアの方に憂いを帯びた表情で語

りかける。

「すまないね。もう少し時間がかかりそうだ」

「どこへ行く?」

彼女を抱きかかえて立ち上がった彼に、王は最後の力で声を絞り出す。扉の前で立ち止

まった彼は、最後に冷たい視線を一瞥くれてから、最後に冷ややかに一言告げ立ち去った。

「この世界との別れを告げに」


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