最終章 第十八節 旅立ち(3)
「ご丁寧なことだな」
気配に向かって一直線に飛んでいった先に、戦場は用意されていた。壁も天井もなくただ平面が数百メートル四方に伸びているだけの空間、その中央にそれはいた。
「ようやくご到着ですか?」
先ほどの声を聞かれたのだろうか、わざとらしく丁寧に迎えられた言葉に敬意など欠片も含まれてはいない。寧ろ、こちらの神経を逆なでする為だけに発せられたのではないかとすら思える言葉に、彼は少々の不快感を混ぜながら降り立った。
「人質がいるというのに。冷静ですし、何より」
君の友人と縁近い者とは成る程言葉通りで、カインはこの場の中央に立つ少女の正体をすぐに理解していた。道理でこんな空に作った訳だと感心もしたくなる。
「何よりなんだ?」
青い目、青い髪。どんな奴だ、と問われれば彼は迷うことなくこう説明するだろう。それけ彼女の特徴はある人物と酷似していた。
「リース」
問いかけられた少女はしばし無言のまま、彼と向き合ったまま何かを推し量るような視線をこちらに向け続けていた。時間稼ぎか? といぶかしむ彼に彼女はうつむいたまま言葉の続きを紡ごうともしない。
「俺に何か用か?」
用があるとすれば彼ではなく彼女ではないのかと、彼は本気で考えていた。彼女との違いとしてはまず背が小さい。カインよりも頭二つは小さいと思われるその姿は少女といって差し支えない。髪も同じような青とはいえ、その髪型はカインと変わらないほどに短い。
ここまで似てくると製造過程もほぼ同じだったのではと考えるのが妥当とも思えるが、そんな彼女と戦う理由が彼にはない。
「そうですね。あなたにはありませんよね」
冷たい声だった。その表情はうつむいている為よく分からないが、その瞳には彼女と同じような蒼い瞳があるのだろう。ただ、子供が出すには冷たすぎるその声がこの場には酷く不釣合いだった。
「どんな命令を受けた?」
トライデントが彼の周囲を旋回し始める。戦闘方法も彼女と同じ様な物なら、彼女に負ける気はしない。
「命令ですか? 違いますよ、カインさん。そう言われましたか?」
「迎えの者、と言われたな」
確かに、彼の言葉を信じるのであれば彼女は敵ではない。が、その言葉を信じるには彼女の言葉はあまりに冷たすぎた。予想通り、彼女は戦闘態勢を取り顔を上げた。
「ええ、ですから」
初めて彼女の顔を見て、彼は想像通りだなと思わず笑みを零した。所々の所作がよく似ている上、挑戦的な笑みも見慣れたものだ。
「あなたを連れて行きます」
放たれたのは、リースの列弾に近い何か。ただ、威力とスピードが二回りほど彼女のそれよりも速く大きい。受け止める気でいた彼が咄嗟に交わしたそれは、彼の遥か後方で火花を上げた。
「ああ、ご心配なく。後ろで消えただけですから」
「お前」
消えたのは恐らく穴を構成していた異形の物。ただ、一撃で数百を葬り去れる威力が当たれば、彼もまた同じ運命を辿るのは間違いない。
「いきますよ」
何のモーションも無しに飛来する数十の弾を彼は空気の流れからある時は叩き落し、ある時はかわしながら距離を取る。相手に羽でも生えない以上、この場では彼が絶対的優位を得ながら戦闘を進めることが出来るはずだった。
「相変わらずですね」
一つ彼女に変化が起きた。四肢の回りに青い輪が幾重にも現れ、ほのかに青く光を放ち始める。パワーアップか? と彼が身構えた矢先、その手から放たれた光が彼女と彼の体を繋いだ。
「捕らえました」
瞬間、彼の体が後方に引きずられるようにして吹き飛ぶ。当たった、という感覚もないままに、命中した弾道が全く見えず混乱する彼に彼女は容赦を与えない。
「痛みますか?」
態勢を立て直し掛けた彼の体、正確に言えば光が当たっている部分だけがひどく痛み彼は顔を顰める。周囲に遮るものが何もない中、この戦場でのアドバンテージは彼女が持っていた。
「では、次いきます」
光を遮るように重ねたトライデントが一本、一本と吹き飛ばされていく。どんなに速く移動しても、どんなに高く飛んでもその光が彼の体から離れる事はない。
「殺しませんから、ご心配なく」
言葉通り、受けるダメージは思いのほか軽かった。確かに体は痛むが、意識が飛ぶほどでも、行動が制限されるレベルでもない。命中性を重視した結果威力が削られるのかは分からないが、反撃する機会はいくらでもある。
「四槍」
「足場を壊す気ですか?」
突如カインを取り囲んでいたトライデントが回転を始めながら彼女に襲い掛かる。何で出来ていようと大概の物なら壊せると踏んだ彼の目論見は、彼女によって粉砕される。
「散列弾」
光が右腕に集中し、八本のトライデントの一つ一つに光が通じる。
「六槍」
気づいたカインが動きを変えようと上空にトライデントを引き上げるも、カインの元にたどり着く事無くトライデントが消滅した。
「どうしますか? カインさん?」
余裕たっぷりの彼女の声が、酷く薄気味悪く聞こえた。
「また分かりやすい」
「どう思う?」
予想通りと言うべきか何と言うべきか、町に辿り着いたルーク達を待っていたのは死体の山だった。ある者は首から上がどこかに飛んでおり、ある者は全ての器官が引きずり出された挙句野垂れ死んでいる者など様々だ。
「あんまり時間も経ってないね」
リースが死体にそっと触れ、死亡時刻を割り出す。まだ一時間と経っていないその死体には、生前の面影などどこにもありはしない。
「ロイヤルナイツは全滅かな」
ロイヤルナイツの領域内でこういった事が起きているという事は、ロイヤルナイツは既に戦闘手段を失っているということだ。少しまた進めばこれ以上の死体の山にお目にかかれるかもしれない。
「こりゃ他の場所に当たっても同じだぜ?」
「だろうね」
既にこの町に興味を無くしたのか、ジャスティは考えることを止めていた。気配はあれども来てみれば何もなく、気配はあれど来てみれば死体の山。もはや自分たちの感覚ほど当てにならない物はないという状況だ。
「本丸を当たるしかない、か」
「時間かかるけど、それしかないかもね」
リースの独り言にルークは賛同の意を示しつつも、その距離の長さに憂鬱になる。正直、今ほど翼があればと思った瞬間はなかった。
「その頃には全部終わってたりしてな」
「もうそれでもいいよ」
全ては徒労に終わるかもしれない。ただ、それでも収穫はあった。
「降りてきてないね。あれは」
ハンドルを握りながら、ルークがちらと窓の外に視線を向ける。中がどうなっているかは知らないが、何かが降りてくれば流石に彼らのうち誰かは気づく。
「てっきり侵攻してたのはあいつらかと思ってたんだけど」
人は死んでいるが、あれが降りてきたなら現場はさらに凄まじい事になっていただろう。ただ現実は、とりあえず戦争というレベルで済ませられる位の物だ。日本でも戦ったのはほとんどがこの世界の兵士で、アルス達が遭遇した物の方がレアケースだった。
「つまり、他にいるのか? やってる奴が」
リースの言葉をジャスティが継ぐ。まだ予想だけど、と前置きした上で、ルークはアクセルを踏んだ。
「もう少し現実は残酷かもしれない」