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最終章 第十五節 繋がり(1)

夢の中に見える世界は広く、どんなに潜ってもまだ底が見えないほど深い。

自分の周囲に漂う世界の断片は、彼女に様々な夢を見せる。

その一つ一つの断片が見せる夢に、彼女はただ身を任せる。

もう目が覚めなければいいのに、そんな願いも一つの声に遮られ彼女は目覚めた。

「お姉ちゃん?」

 綾香だ。彼女のただ一人の肉親にして、彼女の生きる最大の理由。

「もう朝だよ」

 扉の外から声がする。時計を見ればまだ早い時刻だったが、恐らくシンの見送りだろう。我が妹ながら、全く健気なものだと感心したくなる。本人に自覚があるのかは分からないが。

「大丈夫、すぐに行くから。先に行ってて」

「うん……分かった」

 このやり取りも毎日恒例のものだ。最近は学校でも顕在化しているアレが恐ろしいのか、彼女に対して近づいてくる者も皆無だった。それでいい、と彼女は口角を上げる。どうせ最初から馴れ合う気など無いのだから。

「気付いてるんでしょう?」

 一人、ぽつりと呟いた言葉に反応する者はここにはいない。そう、今は。


 誰もいない、廃棄された施設にシンはいた。自身の過去を振り返ってみても、最も多くの時間を過ごした場所。数々の思い出が胸の中を駆け巡るが、そこに浸っている時間は無い。

「よく考えれば、そうなんだよな」

 世界に開いた穴は二つ。一つは異形の物を撒き散らしながら延々とその領域を広げ、もう一つは入り口を転々と変えながら来る者を待ち続ける。これだけの穴を管理できるほどの能力者がどれだけの数に上るのか、彼は知らない。けれど、この世界において限定するのであれば、それほど可能性は多くは無い。

 調べ上げたデータベースに名前が載っていたシュトラウスという人物。どう考えてもおの世界と関わりあっている事に間違いはなさそうだが、外部からの干渉だけではこの現象は説明できない。

「あるはずだ。あの島でなければいけなかった理由が」

 彼女と鏡の関連性について、シンは絶対的な確信を持っていたがあるのは状況証拠だけ。その上、具体的な効果も分からない。父親が関係者だったことを考えれば母親も何らかの力を持っていた可能性があるが、それなら鏡は彼女の母親にも反応していてもおかしくはない。

 おまけに、とシンはかつての部屋を横目に思考を深める。命の危機を引き金にして鏡の効果が発動するのであれば、その役目はカノンではなくルークやシンでもいいはずだ。なのに、わざわざカインやカノンを外部から持ってきた事に対する合理的な理由が見つからない。

「ひかりといい、マリアといい」

 今この世界の話題に上っているのはもっぱらあの聖女のことだが、そちらはカノンが何とかするのだろう。というより、その為にカインは呼ばれたのかもしれない、この世界に。

「となると、カノンもまた別の理由からか?」

 そうなると必然的に浮かぶ次の疑問に、彼は答えを出せず首を振る。最初から推定だけで始まっている事項にいくら考えを重ねた所で答えが出る筈も無い。だから、彼はここに来たのだから。

「久しぶりだな、ここも」

 扉が開き、殺風景な部屋に彼は足を踏み入れる。自身の副次的な効果はハムレスにも確認されていたが、その能力を特別視されること無く彼は育ってきた。だからこそ今まで違和感をそのままにしてきた。シンをここまで育ててくれた彼は、彼のこの行動すら見越して動いていたのかもしれない。

「白谷、開けるぞ」

 彼は壁に手を置き、今はいない部屋の主に語りかける。別にそこに大した意味など無いが、シンにとってその言葉が契機となり手に力が入る。

「開け」

 声に反応したのか、力に反応したのか。何の音も無く一部分の壁が横に移動し、新たな部屋が生まれる。

「これもまた、お前の想定内なんだろうな」

 狭い通路の向こうに一台のコンピューターが置かれていた。資料でしか見た事のない古い型だが、問題はその中身だ。

「動くのか?」

 スイッチらしきボタンを押し込むとウィン、と音がして起動を始めたが、ほっとしたのも束の間、次に出てきた画面を見て彼はキーボードにかけた指を戻した。

「パスワード……」

 ためしにハムレスで使われていた物を一通り入力しても、返ってくるのはエラーの文字だけ。ならば、と思いつく言葉の単語を適当に入れてみたり、パスワードなしでログインできないかとあらゆる手段を尽くしたが、一向に入れる気がしない。

「ああもうくそっ」

 焦りからか次第にその表情が歪んでいくが、突破口が見つからない。こんな事ならライトでもリースでもフェイトでもその道の専門家に託したいところだが、こんな時に限って誰も彼もいるのは遥か彼方だ。

「一体パスワードってなん――」

「分かるよ。それ」

 突然だった。背後に気配を感じて振り返ると、ここにいるはずのない人物がいた。涼宮沙耶香、今シンが最も会う事を恐れていたといっても過言ではない人物が、すぐ後ろにいた。

「困ってるんだよね。分からなくて」

「どう……して……?」

 ここから何百キロと離れた所にいるはずの彼女がどうしてここにいるのか、それ以前にどうやってここまで来たのか、何故、何故と疑問が頭に溢れ返りパンクしそうになるシンに、彼女はあっけらかんとした笑みを返す。

「シンは分かってるよね。私の中に何があるか」

「……ええ」

 確信していた事実が、彼女の発言によって暗に肯定された瞬間だった。あの力が体内にあるのであれば、もう彼女に何ができたとしても不思議でなかった。案外、彼女の背中にも翼は既に生えているのかもしれない。

「これがあれば、何だってできる。条件はあるけれど」

「何を、したんですか?」

 嫌な空気だ。それも、最上級の黒さを持った。

「とりあえず、開けちゃおうか。その箱」

 そんな空気の中、彼女はキーボードに指を載せる。どこで知ったのか、迷い無く叩かれるキーを見つめながら、シンは成す術も無く息を呑んだ。

「この中に何があるか知ってる?」

 ログイン中、と表示される画面を見つめながらふと、彼女が独り言の様に呟く。久しぶりの起動なのか、妙に音が生々しく聞こえた。

「どうして、こんな事を」

 そんな機械音に吸い込まれそうになる彼の言葉に、彼女は彼女の持つその鬱屈した雰囲気に抗うかのように、さらりとまた呟いた。

「彼女のお願いだから」


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