最終章 第七節 絆(4)
「相変わらずのんびりとした所」
島に降り立って開口、アルスが島に流れるのんびりとした空気に欠伸をしながら久々の地面に降り立った。彼らの持つ緊張感とは無縁の空気が流れる島の中、シンは早々と彼らを降ろしてからどこかへと飛び去り、アルスとひかりは以前通った道を歩きだした。
「頑張ってるかなあ?」
「大丈夫だと思うし、僕らが反対に心配されてそうだ」
カノンやルークとは違いあまりにも実戦経験も実力も劣る彼らが何故この作戦に選抜されたのか、アルスには皆目検討が付かなかった。例えシンの力が拒絶されるにしても、アルスよりリースやカノンに当たらせたほうが幾分かましだろうに、という彼の思いを他所に、ひかりは彼ほどの緊張感を抱いてはいないのか、鼻歌交じりに坂を登っていく。
「何であそこに降ろしてくれなかったんだろう?」
「弾かれるからかな?」
「拒絶、って言ってたなあ」
「でも私たちも力持ってるよね」
「違うのかなあ」
つらつらと続けられる雑談は緊張を紛らわせると同時に、思いつかなかった疑問点まで浮かばせる。
「翼もあるし」
桃色、と言う者もいればピンクと言う者もいる彼女の翼は、シン達と同じように両翼揃った見事なものだが、それがシン達の物とどう違うのか、彼らには見当が付かない。彼女の正体が分かればそれなりにひかりの出自も分かりそうなものだが、今の状況では無理だ。
「シンさんもあるよね」
「ああ、でもあれは……」
「あれは?」
彼いわく作り物だというシンの翼。作り物、というからには当然元となった素体がどこかにいるはずだが、それすら不明だ。無論ひかりにも使われているのだろうが、アルスが調べようとしたところでその様な知識の無い彼では不可能に近いし、また誰かが教えてくれるわけも無い。結局の所、彼にも事情は分からないまま、彼らは目的の場所にたどり着いた。
「何でもない」
「さて、始めようか」
一呼吸ついてから彼は、九つの玉を周囲に展開させる。今回の目的は居場所の探知ではなく侵入。前回の様にただ調べるだけではなく、嘗て無い緊張感が汗として彼の手に現れる。
「落ち着いて、慎重に」
九つの玉がゆっくりとアルスの周囲を回転し始めると、世界はたちまち色をなくしていく。そうして島一帯を包み込んでから、彼はあのとき感じた気配を読み取り、その気配がどこから漏れ出ているか、探査を開始した。
「ここも違う、あそこも」
数々の漏れてくる鏡の気配を一つ一つ消して行きながら、彼は意識を島全体の各所に向けていく。
「ここも、あっちも駄目か……あれ?」
次第に焦燥感を増していく彼の感覚に、違和感が生じた。鏡の物でも、探している狭間の入り口とも思えない。
「違う、動いてる?」
「どうしたの?」
戸惑いを見せるアルスにひかりがアルスの顔を覗き込む。突然の気配の出現に、アルスは戸惑いを隠すことなく率直な感想を述べていく。
「何かいるみたいなんだけど……待って、対象を生物に変えるから」
何やら少しずつ動きを見せるその気配に神経を集中させる彼は、ここでもまたその表情を怪訝なものに変えた。
「あれ?」
「何だったの?」
「該当しない」
「生きてないの?」
予想外の結果に彼らは顔を見合わせる。生きてるでもなく、物体というわけでもない。詰まるところ彼にも分からないそれは今も少しづつ動きを見せているものの、その詳細な位置は掴めないままだ。
「うーん、何だろう?」
「生きて無いけど、動いてる……ロボットとかかなあ」
「え?」
一瞬、全ての彼の動きが止まり、ひかりの言葉が何度も脳内で繰り返された。無意識の内に除外していた可能性が急速に彼の頭に沸きあがり、次第にその可能性しか浮かび上がって来なくなった。
「アルス?」
「分かった。正体」
候補は一人だけではない。だが、アルスは何故か確信を持って答えた。どうして自分がここに来たのか、彼は彼なりの答えを今ここで見つけた。
「誰?」
人でも、純粋な物でもない存在。そんな存在はこの世界にそう多くは存在しないだろう。そしてその中で今、そんなとんでもない所にいそうな存在は、彼には一人しか思いつかなかった。
「フェイトだ」