幕間 あの頃(1)
「ぷっ……くくっ」
「あっはっはっははっはははあはっは」
笑いを堪え口元を押さえるリースと、そんな事は気にすること無く豪快に笑うジャスティの笑みで溢れる車内は、ひとまずは平穏だった。
「うるさい。頭に響く」
「えーっと」
そんなカインの反応に困ったのがルークだ。決して下手ではない、というより並みの運転手を黙らせる運転技術は確かにカインの期待通りだったのだが、肝心のカインに問題があった。
「この前はマリア様のお陰かもね」
「青春だなあおい!」
気が張っていたからか、それともカインを乗せるには更なる技術が要求されるのかは分からないが、とにかくも彼は酔っていた。
「少し黙れ」
隣がリースだったのが不幸中の幸いか、ジャスティの笑い声はルークが機転を利かせて窓を全開にし、その声は虚空へ散る。
「だーいじょーぶ?」
と、大して心配していない声でリースが声を掛けるも、返す気力も無いカインは黙って首を振った。大して遠くは無いとはいえ、車ならここから二時間はかかる車内を耐えられるかどうか、まずそれが問題だった。
「何か聞くかい?」
ボタン一つで数百曲のリストが表示され、ルーク以外の三人には見慣れない曲名が表示される。本来運転手が行っていい行為ではないが、彼もまた普通の人間ではない。
「お前音楽なんて聴くのか?」
「そういった文化は無いの?」
ジャスティが感心した素振りで適当に曲名を押すと、彼らには耳慣れないメロディが流れ始めた。ゆったり流れるメロディは車内の会話を妨げない程度の音量を持って流れるが、ジャスティやリースの耳にはまた違った音となって響く。
「あったりなかったり。そもそも音楽が無い所もあるし」
「へえ」
「大概の音は機械音だからなあ」
彼らにとって音楽とは空気の振動以外の何者でもない。何かを聞いて楽しむ、という価値観が存在しない彼らにとって、音は音楽としては響かない。
「意外だな」
「よく黒部さんが聞いてたから。まあ、シンは興味ないようだったけど」
懐かしむ声は、少しの寂しさを帯びて三人の耳に響く。いつしか、酔いも気にならない程度に落ち着いてきたカインは、昔を思い返して頭を深く沈みこませた。
「黒部、か」
「知り合い?」
「以前、あいつはセイバーズだったからな」
少しルークの腕がぶれ、車体が少し揺らぐ。既に過去の中に入り込んでいるカインはそんな事も気にせずに、記憶を辿る。
「聞きたいか?」
「僕ならお構いなく。何となく想像はできるよ」
何故伝えようと思ったのかは分からないまま彼の視線はあの時へと遡る。彼女と出会う前、まだ心というものを理解できなかった、あの頃。
「メイルとの戦いの、すぐ後の話だ」
―時は、あの頃へと遡る―