プロローグ
何かが舞っていた。闇の中、羽ばたく黒い翼はやがて一つの獲物を見つけた。
「いた」
何の感情も込められていないその声に、容赦などあるはずも無かった。静かに舞い下りて狙いを定める。その冷たい視線の先に、恐怖に震える哀れな目が映った。
「あっ、いや、やめ」
最後まで言葉が紡がれることも無く、その者の命は散った。
「終わり」
そのまま翼を広げ、そこから彼は飛び立った。名をカイン・クラウディス。言われるがまま、殺すためだけに生まれた少年。今行った事の意味も知らされぬまま、今日も彼は、羽ばたき続ける。
「カイン、帰還しました」
「すぐに手錠を」
無機質な部屋の中、若い男性と女性が一人ずつ椅子に腰掛けていた。連絡を受けた男性は指令を出した後、深く息を吐いた。
「本部の言う通り優秀だ、あれは」
「そんな言い方はどうかと思いますが」
厳しい口調で発せられた女性の声に彼は肩を竦める。
「いやいや、感心しているんだ。完璧じゃないか」
言われた女性は顔を俯ける。
「これで平和になるんでしょうか」
独り言のように発せられた言葉に誰も答える者は無く、しばしの時間が過ぎた後、彼も独り言のように呟いた。
「さあな」
「カイン入ります」
シャッターが開きカインは養育員に背中を押されるがまま歩き出す。
「お帰りなさい」
コンクリートで四方を固められている無機質な部屋の中、中にいた少女がカインを出迎えた。迎えの言葉に何も反応する事も無く、カインはその部屋の真ん中に座った。背中に手錠で手を固定され、座った後両足を鎖で固定される。鎖のもう一端は部屋の奥に設置されている太い鉄の棒に繋がれ固定されていた。
「フェイト、何かあればすぐに呼ぶように」
「はい」
養育員にフェイト、と呼ばれた少女は小さく頷きカインの隣に座った。二人とも白いシャツに白いズボンを履いていたが、少女の方はぼろぼろで、カインの方は血まみれだった。
「また、殺してきたの?」
問いかける声に反応する事は無かった。が、いつもの事と割り切って彼女はまた話し続ける。時折、頭と首の間にある接合痕を無意識に触りながら。
「今日はここだ」
地図に赤い丸が一つ付けられている。指定された場所を確認した彼は開かれた門から翼をはためかせ、飛び立った。
向かうはアフリカ大陸ギュマル王国山間地、表向きの目的は激化している民族紛争の終結だった。
「この世界のトップは何を考えているんだか」
「いい資金源ではありますが」
若い男性は散った翼の一つを手に取った。カインを見えなくなるまで見送ったいた若い女性は舞う羽の中憂鬱そうに現実を述べる。
「そういえば、妹さんは元気かい?」
「ええ、頑張っているみたいです」
気分を切り替えるように発せられた男の声に、思わず女性の声も弾んだ。
この男の名前は白谷涼太、そしてその隣に立つ女性の名は神谷麻衣。二人とも着用するのは背丈と同じほどもある白衣。風にたなびく白衣の中二人は空を見上げた。
銃声が際限なく響く戦場の中、黒き翼は舞い下りる。彼の周囲に展開されるのは八本のツイントライデント。ある者の能力を強化されたそれは、次々と周りの者を葬っていく。
「七槍」
彼が何かを呟いた途端、トライデントは陣形を変え空に舞い次々と対象目がけて落下していく。誰かの頭部を粉々に吹き飛ばしたと思えば、その次は誰かの足を再起不能にする。
誰かが恐怖に震えながら突如現れた殺戮者に銃口を向けたが、その瞬間その銃を握る腕は鮮血に染まった。切断されたと彼が認識できたのは、既に致死量を超えてからの事だった。
その冷たい目に、何か叫びながらすぐに生き絶えた者は映っていたのか、いないのか。数分後、戦闘は呆気なく終結した。死者、戦闘に参加したカイン以外全員。表向きの目的に隠されていたのは、ただの虐殺だった。戦争がなくなら無いのなら、戦闘行為を行う者は全て殺せという命令の下、彼は今日も羽ばたき続ける。