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3:現世?

「ん……」

「あ、気づいた! よかった!!」


 目を開けると、クラスメイトの須田陽子が目に涙を浮かべながら言った。


「すっげー音したよ!」「死んだかと思った!」「寝顔可愛かったよ♪」


 他の同級生たちが、心配そうに声をかける。


「あれ、ここは……学校?」

「ちょっと、大丈夫? 君、さっきバナナの皮で転んで頭打ったんだよ!!」


 ああ、そうだ。

 自分は、階段に落ちていたバナナの皮で転んで、それから小さな船に乗っていて、猿のアレックスが異世界の話をして、アレックスをぶっ飛ばして、猿集団と乱闘して、アレックスがロケットランチャーを手に追ってきて、それを棺桶に入っていた女の子が撃退して、自分はその娘とボートで……って、自分で回想していてなんだけど、なんやねん、この出来の悪い夢みたいな話。

 ん? 夢?

 ああ、そうか……さっきの出来事は、すべて夢だったんだ。

 なまじバナナの皮なんかで滑ったばかりに、猿がたくさん出てくるような夢を見たんだ。

 そう思いながら体を起こそうとした、その時。


 グニッ。


 右手に妙な感覚。

 見ると、そこには犬のぬいぐるみがあった。

 夢の中で、少女が持っていたものとそっくりの犬のぬいぐるみが。



「……staring with him from last night. 翻訳すると、私は彼と昨晩からにらめっこをしています、となるわけで」


 黒板に羅列された英文を前に英語教師の田村が淡々と授業をする中、自分は机の上に置いた犬のぬいぐるみとにらめっこをしている。


「え? このぬいぐるみ? さぁ、誰か知ってる?」

「知らない」「知らない」「知らない」


 自分が目覚めた時に周りにいた連中は、犬のぬいぐるみについては何も知らず、仕方なく自分が教室に持って帰ったというわけだが、うむむむ。

 どこから、どう見てもアレックスを川に叩き落とした犬のぬいぐるみだ。

 ということは、なになになに? どういうこと!?

 さっきの川での出来事は、夢じゃなかったのか?


「ちょっと、ちょっと馬場くん」


 ぬいぐるみを前にぐるぐる考え事をしている自分の袖を、隣の席の戸田ゆりこが引っ張った。

 前を見ると、英語教師の田村がこちらを睨みながら言った。


「馬場、英語の授業中なのに、犬のぬいぐるみ相手に犬語の勉強か?」

「先生もやります?」

「馬鹿なこと言ってると、廊下に立たせるぞ。えー、では……」


 自分に釘を刺して、授業に戻ろうとする田村。しかし、


「あ……」


 どういうわけか、自分の方を見たまま口を開けて静止してしまった。


「先生?」

「馬場、廊下に立ってろ」

「え?」

「廊下に立ってろ、ていうか今すぐ席を離れろ!!」

「きゃー!! 馬場くん危ない、後ろ!!」


 田村に続いて、戸田ゆりこが叫び、とっさに後ろを見ると、ゴゴゴゴゴゴ。

 なんと、教室の後ろに設置された掃除道具入れが音を立てて自分の方へ倒れてきた!


「どわーっ!!」

 ガシャーン!!


 自分が驚いてぬいぐるみを手に席から離れると同時に、掃除道具入れは勢いよく倒れて、机に激突。

机と椅子は倒れ、掃除道具入れの後ろに溜まっていた埃が舞った。


「うわっうわっ、なに? これ?」

「つーか、埃えっぐ! マスクマスク」


 粉塵が舞う教室で、狼狽するクラスメイトたち。

 そんな中、自分の焦りっぷりは半端なかった。


 あ……危なかった。

 あと少し逃げるのが遅かったら、掃除道具入れは自分の脳天に直撃していただろう。


 そんなことを考えながら呆然とする自分をよそに、舞い上がる埃に耐えれなくなった戸田ゆりこが、窓を開けようと立ち上がった。

 が、しかし。


「あれ……なに?」


 窓の外を見つめたまま、彼女は固まる。

 見ると、空にゴマ粒のような黒い点々が無数にあり、こちらに向かっていた。


「カラス……?」


 クラスメイトの誰かが呟いてから、数秒後だった。


「「ガー! ガー! ガー! ガー!」」


 カラスの大群は、自分の教室めがけて真っ直ぐに飛んできて、バババババババババ!!

 窓一面に勢いよく衝突し、教室はさながら暗幕でも貼ったかのように暗くなる。


 クラスメイトたちは、窓に張り付いたカラス達を前に阿鼻叫喚。

 口に手を当てて、吐きそうになる者。

 写真を撮って、インスタに上げようとする者。

 犬のぬいぐるみを手に呆然とする者……って、これは自分。


 危なかった……窓が開いていたら、カラスに突撃されて身体中を突かれて死んでいただろう。

 さっきの掃除道具入れといい、このカラスといい、危うく二回も死ぬところだった……はっ!!


 自分は固まった。

 いや、もともと固まっていたのだが、さらに全身の血液が凝固し、心臓がギュッと縮まるような感じを覚えた。

 同時に、頭の中に例の川での猿のアレックスの言葉がリフレインしていた。


「必ず貴様を異世界に連れて行ってやるからなああああ!」


 まさか、アレックスが裏で手を回して自分を殺そうとした!?

 もしそうだとしたら、いきなり掃除道具入れが倒れたり、カラスが大群で押し寄せてくる奇妙な現象に説明がつく。

 自分を不意打ちで殺害し、再び川を通って異世界へ連行しようとしているのだ。


 なんてしつこい猿だ!

 ヤツのことだから、このまま引き下がるはずはない。

 掃除道具入れ、カラス、に続く次のトラップを仕掛けているはずだ。

 このまま、学校にいたら他の生徒にも危害が及びかねない。

 大切な読者を失うのは、なんとしても防がなければ!


「先生! 悪いけど、早退します!」


 自分は通学カバンを肩にかけると、そそくさと教室を出た。

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