9 秘宝
小屋を出たクズたちがいるのは街近くの森の中だった。勢いが弱まりしとしと雨が降る中、足元はぬかるんでいたが先を急いでいた。アルは先頭を、クズとイースはその後ろを歩く。
クズはこんな事を考えていた。
まずは小さな村を襲い奴隷を増やして拠点を作る。そしてアルかイースに体を使って誘惑させ、強い力のある者を誘い込んで新たな奴隷とする、奴隷兵団を作りこの世界を支配し、俺は願いを叶えさせてもらおう。簡単だ、どんな手を使ってでも俺はのし上がる。と。
アルが急に立ち止まりしゃがみ込んだ。それを不信に思ったクズはアルに近づく。そこにはモンスターが集団になり固まっていた。
「あれはなんだ?」
「あれはブルファイターです」
賢そうなイースにモンスターの説明を命令した。
ブルファイター、顔は豚に鋭く長い、下顎から生えた牙。首から下は太った人間のようだ。三メートルほどの巨体にコケの生えたでっぷりとした腹、手は人間のように五本指だが異様に指も太く爪にもコケが生え清潔感の欠片もない。汚い土に汚れた、茶色の腰布を巻き、歩くだけで地面に蹄の跡ができている。
「お前らでやれるか?」
「ええ、あのくらいのモンスターならできると思うわ」
ブルファイターの集団は十匹。
確かベテラン冒険者だったな、これくらいはできるか。
「やれ、しかし殺すのは許さん。自分が死なない程度の攻撃には耐えろ」
二人をブルファイターの群れに向かわせる。アルは走り出し不意をついた、近くの三匹の足を順番に素早く剣で突き刺し、膝を折らせる。
「汝に仇なす者の足を狙い撃て、動きを止めよ! アイスランス!」
イースが呪文を唱えると、奥の三匹の足に氷が突き刺さり身動きがとれなくなったのだろう倒れ込んだ。
「ブルォオオオオオオ」
残り四匹が激高したような声を上げ、アルに突進した。アルは横に避けるが一匹の振るった腕がかすり、バランスを崩したのか地面に転がった。
「汝に仇なす者の足を狙い撃て、アイスランス!」
三匹のブルファイターは無緑化できたが、無事なブルファイターが拳を振り上げアルに向かって振り下ろされた。アルはその腕を剣で切り飛ばす。そしてブルファイターの足を切りつけ群れの制圧は完了した。
クスがアルの元へ歩いていきアルの頬を勢いをつけてビンタした。パンっと音がしアルは頬を押さえる。
「おい、手を切り飛ばしたら戦力として使えないだろうが、お前は無能か?」
「ごめんなさい」
クズは座り込んでいるアルの腹を蹴り飛ばし、地面に打ち付けた。
「口に気をつけろ、すいません、だろ?」
「ゴホッゴホッ、す、すいません」
アルは咳き込むと仰向けになったまま謝った。クズは一番大きなブルファイターへ向かい話しかける。
「お前がこの群れをまとめているのか?」
「オ、オデ、リーダー」
「そうか、契約しないか? お前らには望むものをやろう。その代わり俺に従え。断るなら殺すがな」
リーダーは、アルに駆け寄り介抱しているイースの方を向いた。
「メス、ホシイ」
ふん。その辺にいる女か、手に入らなかったらイースを渡せばいいか、死にはしないだろう。
「いいだろう、契約成立だ。フェア!」
街はこいつらの知り合いがいるだろう、今日のうちに森を抜け、村を手に入れる。
契約を結び、森を抜けた先にある村を目指す。イースにブルファイターを介抱させた。しかし少し時間が経つだけでブルファイターの傷はみるみる回復した。
モンスターの特性かなにかか?
ゲーマーだったクズはすぐにアタリをつける。
「イースこっちに来い」
「はい」
クズはイースに顎で指示を出し、近づかせる。十分な距離に近づいたところで石を拾い拳に力を込めた、振りかぶりクズの出せる力で思いっきりイースの頬を殴りつける。
イースは地面に倒れ込み、泣くのを堪えながら悔しそうに地面を見つめる。
「モンスターの情報はしっかり細部まで伝えろ、出来ないならお前に要はない、豚の慰みものにでもなるか?」
「すいま……せん」
アルが倒れているイースに気がつき駆け寄って膝枕をする。
「なんで、イースがこんな目に」
「あ?」
クズがイライラしているのか顔をしかめるのを見たイースが、まだ赤いアルの頬に手を伸ばし。声をかけた。
「大丈夫ですよアル、一緒に頑張りましょう?」
「このあたりのモンスターに危険な奴はいるか?」
「はい、狼男には絶対に勝てません」
すぐに戦わせられるようブルファイターが回復するまで待ち、準備を整えた。
森を進み、どれくらい時間が経っただろうか、辺りは暗くなりかけていた。木の間から村が遠めに見え、森をほぼ抜けた位置、村まであと少しといったところまで移動した。クズは森の中で止まり、ブルファイターにだけ命令を出す。
「あの村を襲え、住人は殺しても構わん」
「オデタチ、イク」
ブルファイターの集団が隊列を組み村に向かっていく。が、しかしいきなりブルファイターたちの上半身が消え倒れた。遅れて突風が吹き、木々を揺らす。血の生臭い臭いが辺りに充満した。
な!? 何が起きた!
クズが戸惑っていると、黒髪の男がゆっくりと歩いて来て声をかけた。
「大丈夫か?」
なんだこいつは、こいつらがブルファイターを消したのか? いったいどうやって。いや今は目立たないことだ。
「助かりました。ありがとうございます、実はブルファイターが村を襲うのが見えたので追いかけてきたんですよ。あ、俺はクズです。ピンク髪のソードマンがアルでウィッチのローブを着ているのがイースです」
クズは笑顔を作り不審に思われないように務める。
「? そうか、それは疲れただろう。俺はセイギだ。村の宿を二部屋とってあるから一緒に泊まらないか?」
「にゃ!? セクハラする気にゃ! エッチにゃスケッチにゃ、ワンタッチにゃ! 裸体を書いてエッチにワンタッチする気にゃ! あ、みゃーはネコですにゃ」
「しないから! 俺はノータッチ派だから!」
セイギの後ろからネコと名乗るネコ耳幼女が現れ、ピョンピョンと飛び跳ねたかと思うと礼儀正しく一礼した。
気分が良いのか笑顔で親切な提案をするセイギに敵意は感じず、クズはその提案を受け入れた。
クズは考える。この男はおそらく危険だ、しかしこいつらを奴隷にすることができたら……。
「ぜひお願いします、実はかなり神経を使いまして。ありがとうございます!」
一同は村に一つだけある宿に入っていった。クスたちとセイギたちは一度自分たちの部屋に行った。
さて、あの男はやばそうだ。睡眠だけでなく、毒、麻痺、も入れておくか。
クスはコップを二つ持ち、水瓶とコップをアルに持たせるとセイギたちの部屋へと向かった。セイギたちは椅子に座り談笑でもしていたのだろう。
「宿をとって頂いてありがとうございます、助かりました」
クズがコップを二人の前におき全員が座る。
「いやいやこれくらいいいさ、それより気を使ってもらって悪いな」
さぁ飲め!
いきなりクズは頭をセイギに掴まれテーブルに叩きつけられた、コップが倒れ、水がテーブルを伝い床に流れ出した。そのままドスの効いた声で言い放たれる。
「俺はセイギと言う名だが別に俺自身正義が絶対だとは思っていない。汚いクズなマネをする奴にはクズのような殺し方をしてもなんら良心の呵責はない」
なんだこいつはヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ。
頬の骨が折れているかもしれない、そんな痛みが襲いつつもクズはそれより弁明を優先させた。
「待ってください! なにかの間違いです、俺はセイギさんを殺す気なんて全くありません!」
「にゃ、この水変な臭がするにゃ、毒とか入ってると思うにゃ」
ネコは水をクンクンと嗅ぎ言った。セイギはイースの指をチラッと見たあと答える。
「なぜ泥だらけで二人は黙っている、ウッディはどうした。それにテーブルに置かれているイースの手、なぜ指が一本なくなっている」
こいつら!
「お前らこいつらを――」
クズが何か言いかけたときセイギは口に手を突っ込んだ。命令は口に出さなければ効果はないだろう。
アルもイースもその間まったく動かない。反抗は解釈の問題だった。これは二人のささやかな抵抗なのかもしれない。自らクズに対する攻撃やクズに不利になることはできない。つまり自分から助けを求めることは出来ない。しかしセイギは一言も発しない二人に違和感を覚えたのだろう、真相にたどり着こうとしている。二人は願っていただろう――助けてください――と。
「おい、そこにいる妖精、お前はなんだ?」
「え、あれおかしいの、私の姿が見えるの? 姿を隠していたはずなの、クズー、こいつも神に選ば――」
「お前も関係しているのかと聞いているんだ! はやく答えろ!」
セイギはクズの頭を再度テーブルに叩きつけた。口の中が切れ鉄の味がした。フェアはビクッと体を震わせる。
「ははは、はいなの! 私が契約書を作ったの! 契約書に同意したら命令した人の命令は絶対なの、守らないと永遠に魂が囚われて地獄みたいな苦しみが続くの」
クソッ、フェアには姿を隠させていたはずだ、それも見抜いたのか!? どうする!? とにかく逃げなければ。
「ネコ、二人を別室に運んでくれないか?」
ネコが二人を引きずって部屋から出ていくのを見送ったセイギはクズの左手を掴んだ。
な、なんだ? なぜ手を?
そしてセイギはクズの左手を引きちぎった。




