7 契約
「ふっ、あの男の命を助けたいなら奴隷契約を結べ。フェア姿を現せ、契約書だ」
小さな小屋の中、壁にかけられている蝋燭の明かりが部屋を照らし、窓からは雨の音が聞こえ、小屋の中で行われる事を一切外に漏らさないかのように聞こえる。
この小屋にいるのは黒のパーカー着てフードを被り立っている男。
金髪にドレスを着た手のひらサイズの小さな妖精。
ロープで後ろ手に、足も縛られ座り込んでいるピンク色の長い髪をしたきつそうなつり上がった目をした少女だった。それ以外は何もない。
男が、横でフヨフヨと飛んでいるフェアと呼ばれた妖精に手を差し出すと、フェアは聞き取れない程小さな言葉を紡いだ、すると文字が書いてある一枚の紙がフェアの前に浮いて現れ、それを男が掴み、ロープで縛られている女に突きつけた。それと同時にフェアが咳払いをすると契約書の内容を話し出す。
「ゴホンなの。……簡単に説明するなの。主人、クズの害になる悪口も行動もすべてが対象なの、例えばクスを刺そうとしたりしたら即、魂が永遠の苦痛を与えられる牢獄に囚われ、死ぬよりも恐ろしいことになるから反抗したらダメなの。これからはクズの言うことをなんでも聞くの。ここに血の契約を交わすの」
フェアが契約書の下の方を指差すと、俯いていた女が顔を上げ、涙でボロボロに歪んだ顔をクスにすがるような目で向けた。
「私がその……奴隷のような契約書にサインしたら彼は、ウッディの命は助けてくれるの? 約束してくれるの?」
クズはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「あぁ、約束しようじゃないか、アル」
アルがこくりと頷くと、クズはアルの人差し指にナイフを刺し契約に押し付けた。契約書を懐にしまうとクズはアルの着ていた布の服を引き裂いた。
「きゃああああああああああ、な、なにを……する気なの? 私には愛している人が、ウッディが……」
「なんだ? 拒絶するのか? お前は奴隷なんだぞ、もう契約内容を破る気なのか?」
顔を背けながら胸を隠し、泣いているアルをクズは張り倒した。
しばしの時が経ちクスは五十メートルは離れている小屋へと入った。そこにはウッディと呼ばれた男と、水色の髪をしたショートカットの女がテーブルを挟んで向かい合わせにイスに縛り付けられ、固定されている。椅子の足は太くかなり頑丈そうだ。椅子の肘掛に手を、椅子の足に足を、背もたれには胴を縛り付けられている。
クズが小屋に入ってくるのを見たウッディが怒りを抑え切れないのか必死の形相でクズに向かい叫んだ。
「アルは! アルは無事なのか!」
クズはウッディの言葉を無視し、女の横に向かった。
「イース、契約を結べ、フェア!」
「はいなの!」
フェアが姿を現し、契約書を作った、そして先程のような内容を口にする。その内容を読んでイースは契約というものを理解したのかもしれない。
「!? い、嫌です!」
イースはフェアの出現に少し驚いた後、顔は強張っているがしっかりと自分の意思を貫いている。
「そうか、なら死ぬか? いまここで」
クズが腰からナイフを取り出しイースの頬を少し切った。
「そんな脅しには屈しません」
これは少し面倒そうだな、自分でやるのはできるだけしたくない。だが手駒は増やさなければ。少し、状況を変えるか。とクズは考えた。
クズはイースの口を布で塞ぎ、ウッディに向き直った。
「おい、ウッディ。お前はアルを愛しているか? アルのためなら死ねるか?」
「……あぁ、俺が死ねばアルは助かるのか?」
「そんなことは言っていない、ただ、そのくらいの覚悟はあるかと聞いている」
「あぁ」
「ん、んんんんんんんんん!」
イースは何か言いたそうに叫んだが、ウッディは簡単に奴隷契約を交わした。クズはウッディのロープを解く。
「さて、ウッディ。アルに会いたいか? 会いたいよな、その前にお前には命令がある。このナイフでイースの指を一つずつ切り落とせ」
「そんな……俺がそんなことを……しなければならないのか?」
「そうだ、命令だからな、断ればお前の魂は永遠の牢獄とやらに閉じ込められる。もちろんアルの無事も保証できないな」
クズの差し出すナイフを、戸惑いの表情で手にとったウッディはイースの横に向かう。
「ん、んんんんんんんん!」
「すまん、許してくれイース」
抵抗するイースの左手を無理やりテーブルの上に固定するとウッディは思い切りナイフを振り下ろした。イースの小指、第一関節から先がテーブルに転がった。
「んんんんんんんんんん!」
イースの目からは涙が溢れ、痛みからか失禁した。
「奴隷契約をするか? それともこのまま痛みに耐え続けるか? 契約がしたいなら首を縦に振れ、振らないなら一分ごとに指を切り落とす。死ぬまでな」
イースはすぐに首を縦に何回も振った。それから奴隷契約を交わしクズがイースのロープを解く。
「さて、それじゃあイース、ウッディを殺せ」
「な!?」
ウッディは驚いたように声を上げた。が、イースは小指に布を巻き付けたあと、クズからナイフを受け取りウッディに対峙する。その声は怒りを顕にし低く、とても先ほどのイースからは想像できない叫びだった。
「お前は馬鹿かぁあああああああああああああ! 契約を交わしたら反抗できないことを理解できないのか! 私が断ったのを見てなかったのか! そんなにアルが大事なのか、一緒に冒険した仲間にあんな仕打ちができる程の愛なのか! どうなんだ言ってみろぉおおおおおおお!」
「待ってくれ! アルが心配だっただけなんだ、あんな事になるとは思わなかったんだ許してくれ、もう一回やり直そう」
怒りに任せてナイフを縦に横に振り回すイースに対して、ウッディはナイフをさばきながら弁明している。怒りに任せるだけのナイフがウィッチに扱えるわけがなかった。
確かにあんな恋愛ごっこで自分の指が落とされたらムカつくだろうな、しかしイースにはウッディを殺してもらわないと困る。クズは顎を手で摩りながらまた考えた。
「ウッディ、動くな、命令だ」
クズは強い意志を込めて命令した。クズの声がウッディに届くとウッディはハッとし、ナイフを避けるのを止める。そして怒りに何も考えずにナイフを振るっていたのだろうイースの攻撃は、ウッディの心臓に突き刺さった、ウッディは血を口から吐き出すと膝を床につけ、崩れ落ちた。
「あ、あああああああああああああああ」
ナイフを突き刺し冷静になったのか自分の真っ赤な手を見ながらイースは後ずさった。
クズは冷淡に言った。
「付いてこい」
クズはイースを連れアルの小屋に向かった。そして小屋を開けたときイースはアルの姿を目にし、また後ずさった。
「ア……ル?」
「イー……ス? ウッディ……は?」
イースが話しかけると、虚ろな目で倒れているアルはウッディの事を心配していたのだろう、イースに尋ねる。
「ウッディは……北の国に行くと言って行ってしまいました。アルを解放するすべを探すと」
イースはぎこちない笑顔をし、嘘をついた。
自分が刺殺したなんて言えないよなぁ、手駒はほしいが恋人同士でいられると何かしらの不都合が生じる可能性だってある。
「そう……ねぇ、どうしたら開放してくれるの?」
「俺が充分働いたと思ったら開放してやるよ」
「わかった……わ。なんで……こんなことになっちゃったのかなぁ……」
雨音が聞こえる薄暗い部屋でアルの呟きは雨にかき消されるほどに弱々しかった。