6 狼男
移動する速度は速く、歩いている人を追い越し、他の馬車を追い越していく。そして街の大きく重厚な門を抜け、草原を割ったように作られている土はむき出しだが歩きやすいように舗装された街道を通った。
「え、ちょ、速っ!」
訓練中の騎士だろうか。数名が一固まりになり馬を駆っている、プレートメイルを着た集団が見ていたが、その横を通り過ぎ、なおも移動する。街道のその先にある木が高く陽の光も届かないような大きな森、山を移動する。セイギは森の木、太い幹にぶつかるがお構いなしに木をなぎ倒しながら走り続ける。
ショートカットしているのだろう。右手と肩にはリアカーにテントを張ったような馬車と、その中には馬が乗っている。そうセイギは馬車と馬を担いで走っていた。
「なぁ、お前あの木倒せる?」
「できるわけねぇだろ、どんな体してんだよあいつ。いやそもそも馬車を担ぐ意味がわからん」
騎士達の声はセイギには届かない。あっと言う間に森を抜け一つの小さな村、民家が十件ほどしか見当たらない小さな村にたどり着いた。そこの横にある洞窟の前でやっと移動するのを止めた。かなりの距離を移動したはずだがセイギにまったく疲れは見えない。
ここだな。
セイギが馬車を降ろすと馬が吐いた。
「ゆっくり休め」
馬の頭を撫でると洞窟の中に入っていく。
馬なんてどう扱えばいいかセイギにはわからなかった。
洞窟は岩でできており中は階段が一つあるだけで狭かった。下っていくと人がすれ違えるくらいの通路に繋がっていて、十メートル程先に出口がある。そこを抜けた先には広大な空洞があり、天井には光り輝くクリスタルがあった。その光で洞窟の内部がはっきりとわかる。円形のその広い空間には横壁が土で、地面は凸凹としていてところどころに小石がある。横壁から少し間をあけて中央には大きな森があった。
「すごいところだな、ダンジョンと言うとこもこんな感じなんだろうか、しかし本当に狼男がいるのか?」
道具屋の店主が馬を渡しながら言っていたことを思い出し、歩を進める。
森に足を踏み入れた時、木の上から犬耳、犬尻尾の毛むくじゃら、乳首だけさらけ出した犬男がセイギに向かって飛びかかってきた。狼男だ。
右拳を頭の横まで振りかぶりセイギの顔面を殴った。地面に反動がないかのように着地し、犬男の左ストレートがセイギの顔面に炸裂。続いて右拳、左拳、十発ほどすべてが顔面を捉える。しかしセイギの体は全く動かない、目も開いたままゆっくりと左手を自分の腰に引き絞り、犬男の腹中央を抉るように殴る。犬男の体が宙に浮きそのまま地面にうつ伏せに倒れた。その様子を眺めていると、起き上がりドロップキックをカマして来た。
こいつ! 今までのやつとは違う!
セイギはビクともせず、犬男は地面に腕立てをしているような体制でそのまま落ちた。しかし攻撃は止まらない。そのまま左足を踏ん張り右足が地面から急激にセイギの顎に向かう、それを首を動かすだけで避けた。犬男はその反動で体を捻りながら正面に立つが、セイギの力を込めたデコピンがおでこに当たる。犬男は吹き飛び何本か木をなぎ倒した、吹き飛ぶ威力がなくなったのか木に打ち付けられそのまま倒れた。セイギはゆっくりと倒れた犬男に近づくと手をかざした。
「テイム」
突如犬男の体は煙に包まれ、それが晴れると中からは猫耳猫尻尾の、タンクトップに短パン、茶色に限りなく近い赤色の髪をしたカジュアルショートの猫娘幼女が現れた。猫娘はお座りしながら片手を上げる。
「ニャっす!」
「……?」
「ニャっす!」
「?」
「挨拶もできないにゃ? まぁいいにゃ名前を決めて欲しいにゃ」
セイギは腕を組み少し首をかしげると、ふむ、と唸った。
これがテイムなのか? 幼女にする魔法ではないのか? もしや俺の願望なのか? いやそもそも幼女と言って良いのか? 胸は確かにない、背も小さくロリっ子だ。ケモ耳ケモ尻尾……うんありだ。可愛い!
猫娘の尻尾はゆらゆらと揺れており大変興味をそそる。
「アアアアでいいか?」
「ふざけんにゃ!?」
語尾がにゃ……だと? いや待て、犬ではないのか? 猫なのか? 猫でいいのか?
「じゃあ…………ネコで」
ネコは落ち込んでいるのかため息を吐いて地面に指でなにかクルクル落書きでもしている。
「んー、まぁいいだろう、行くか」
「にゃ?」
ネコはポカーンとした顔でセイギの顔を見つめた。地面には下手くそな猫の落書きができていた。
「どうした? テイムしたんだ、ネコは俺についてくるんだろ?」
「……ゆ、誘拐にゃーーーーーーー!」
ネコが叫ぶと森の奥から次々と獰猛な目をし、牙がむき出しのオオカミたちが姿を現しネコを取り囲むようにウロウロと周りを歩きながらを囲む。
「ちょ、違うから! あれ? テイムってなんなの?」
周りの狼に視線を彷徨わせているとネコが疑問を浮かべた顔で首をかしげ目は斜め上を見るように口にした。
「むー、確かにボスって感じはするにゃ、ボスの役に立ちたいみたいにゃ? そんな気はするにゃ。でもみゃーがここを離れたらたぶん東の国が攻めて来るにゃ、そうしたらたくさんの人が死んじゃうにゃ」
「お前は……ここで街を守っていたのか?」
「あったりまえにゃ!」
そうか、人でも人を殺すのに、こいつはモンスターだったのに、人を守るのか。俺よりも人間らしいかもな。モンスターとはなんだ?
セイギ頭には疑問が浮かんだ。それを払拭するように言った。
「俺は幸せな国をつくろうと思っている、争いのない国を、世界を。そのためにはある程度の犠牲がでるかもしれないがな。しかし誰かがやらなくてはこのままの世界では善良な者が死ぬ。俺は嫌なんだ、一刻も早く国をつくりたい、協力してくれないか?」
「そんなことが、できるのかにゃ?」
「わからない、だが力のある者が動かなくてはならない。力があってもそれを正しい方向へと振るわなければ意味がない。お前がこのままここにいても、街では、東の国では子供たちが不幸になっているかもしれない」
「にゃ、でもみゃーが出て行ったらこの子達は」
ネコは周りのオオカミたちをそっとみた。
「国を作ったら迎えに来たらいい、そいつらは人間に危害を加えないように調教でもしたんだろ?」
「みゃ! でもこの子達はモンスターにゃ、良いのかにゃ」
「いいさ、俺にだって迎えに行きたい奴らはいるしな」
「みゃー! ボスー!」
ネコに抱きつかれ、セイギは顔をにやけさせた、もちろん両手はバンザイしてあげている。
オオカミたちはいつの間にか腹を見せゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「ボスも撫でてやってほしいにゃ、森や村の近くはみゃーの縄張りだからみんな人間は襲わないにゃ、言うことを聞かないのも中にはいるかもしれにゃいけどにゃ。あ、ちなみに気持ち悪い虫型モンスターとかは駆除済みにゃ」
「お、おう」
案外しっかりしてるな、と感心しつつセイギもオオカミの腹を撫でた。そのオオカミが咥えていたのだろう口から落ちた木の枝を放った。
「にゃ!」
ネコはその木の枝に走り寄り拾って手渡してきた。
「もっと! もっと遠くに投げるにゃ!」
「は?」
セイギは言われたとおりその木の枝を遠くへと投げると、ネコは走っていった。
「にゃおーん! へっへっへ」
「……犬じゃねーか!」
少しだけ先行きが不安になるセイギだった。