22 巫女
まだ明け方の光が差し込む前の時間、薄暗い闇が辺りを覆っている。そんな時間に部屋のドアをノックする音が聞こえた。
不思議に思いドアを開けると、孤児院のおじいさんがいた。
「これを、ミィからこの時間に渡すようにと」
短い言葉の後には手紙のようなものが渡された。
ミィからの手紙? 部屋でまだ寝てると思うが。
そんなことを思いながらも手紙を開き、中の文字を読んだ。
お兄ちゃんへ
今から巫女になる修行に出かけます、おじいちゃんには私が出て行った後に渡すように頼みました。あんまり物は持っていったらダメなんだけど、お兄ちゃんに貰った髪飾りは大切にします。不思議な食べ物も、お空も楽しかったです。色々決まりがあって少し破っちゃったけど立派な巫女になりたいです。死なずに帰って来れたらまた遊んでください。
「おいミィ!?」
セイギはミィの部屋へ走るとドアを開けた。しかしそこには、まだ薄暗い時間にもかかわらず誰もいなかった。
「じいさん! 巫女の修行ってなんだ!? 死ぬことがあるのか!」
掴みかかって問いただした。
「わからん、……しかし、多くの子供は城から帰ってくることがないんじゃ」
「知っててなんで行かせたんだ! 俺は、連れ戻しに行くぞ」
外へと向かう通路に向かおうとしたセイギにおじいさんは話した。
「もう間に合わんよ、修行が終わったら死んだか巫女になれるか知らされる。ワシだって本当は、行かせたくなかったんじゃ。……誰が赤ん坊の頃から育てた子を手放す親がいる! この国の決まりなんじゃ、選ばれた子供を修行に行かせなければこの国には居られんくなる、ワシには孤児院もあるんじゃ、ミィはそれを理解して修行に行ったんじゃ」
「親なら――」
言いかけたとき、孤児院の入口からドアを叩く音が聞こえた。
「ミィが帰って来たのかの!」
おじいさんは嬉しそうに、迎えに走った。その後をセイギも追う。
その間にも入口からは不定期にドン、ドンとドアを叩く音が聞こえてくる。
なんで自分で入ってこないんだ?
おじいさんは疑問に思ってはいないのだろう、セイギも少し思っただけだ、なによりもミィが無事に帰ってきてくれたことが嬉しかった。
おじいさんがすぐにドアを開けると、目の前には異形のモンスターがいた。頭から手が生えるおかしな形をしたモンスター、今まで見てきたものだ、少し違うのは胸から毛が生えていることくらいだ。
「なぜ、モンスターがこんなところに……」
おじいさんが尻餅を付きそこに異形のモンスターが近づいていくのが見える。セイギはすぐにおじいさんとの間に立とうと移動したところで気がついた。
胸から生える毛には猫の髪飾りが付いていた。嫌な予感がし、背中に汗をかくのを感じられた。異形のモンスターはその場に立ったままだ。
手を伸ばしその毛を上げると、おでこが見えた、下を向いているミィの顔が見えた。真っ白く血の気を感じさせない顔。そして異形のモンスターからは子供のような高い声と、滑舌の悪い低い声が混ざったような声が聞こえる。
「タス……ケテ、コロサナイ……デ」
「ミィ? ミィ……なのか?」
振り返ると後ろに座り込んでいるおじいさんと目があった。おじいさんも気がついたのだろう。ヨロヨロと力なく立ち上がり、フラフラとした足取りで、近づいた。
「ミィ?」
「タス……ケテ、コロサナイ……デ」
おじいさんの言葉にも決まった言葉しか発しない。だがその声は明らかにミィのものだった。
おじいさんが包み込むように抱きしめても動かなかった。決まった言葉を繰り返すだけだ。おじいさんが涙を流してもなんの変わりもない。
「じいさん、なんだこれは?」
「わからん、わからん」
後ろから足音が聞こえる、ドラゴンが歩いてきたのだろう。眠そうな声が聞こえた。
「セイギ様? なにかあったのですか?」
「……何が修行だ、ドラゴン、ここは任せる。すべてを守れ」
「は、はい、かしこまりました」
ドラゴンは少し怯えたように声が震えていた。
セイギは走った、遠くに見える立派な作りをした城に向かって、今はハリボテに見える城に。
最短距離を行く、他の民家や、店など関係なかった。すべてをまっすぐに進む、人がいたらもちろん避けるつもりだったが運がいいのか目には映らなかった。大丈夫だろう。
鉄でできた重厚な門を突き破る。外にも中には誰もいない、すぐに王座が置いてある部屋まで来たが誰とも会っていない。
なんだこの城は?
手当たり次第に壊した、壁、床、王座、壁にかかっている布。誰も来ない。しかし偶然王座の下に階段を見つけた。
あぁ、ゲームならよくあるな。
その階段を降りていく、すぐに牢屋のような檻が両脇にある少し開けた場所に出た。その中には異形のモンスターが佇んでいる、攻撃してくる気配がない。
この子たちも……。
セイギは進んでいく。すぐに広い、ダンジョンに近い場所に出た。
天井からはクリスタルの光、階段を降りた体感からすると地下なのだろう、地面と壁は土で出来ている。
一番奥に異形のモンスター、見たことのある巫女、そして見たことのある容姿をした女が異形のモンスターに触れていた。
「イース? アルと北へ行ったんじゃないのか?」
なぜイースがここにいるかわからなかった。
イースもセイギがいる事に気がついたのか、巫女を手で追い払うと巫女は素直にそれに従った。異形のモンスターを連れてイースは歩み寄ってきていた。
「アルは殺しましたよ? あの子はもう生きてる事が辛いでしょうから。これは体験した人にしかわからないことですよ、大事な恋人が死んだら誰だって生きてるのが辛く感じられるんです」
イースは指輪をさすりながら言った。
「アルを、殺したのか?」
「そうですよ、もうわかっているんでしょう? 私ももとは日本にいたんですよ医者をやっていました、私の場合は子供からやり直しましたが、それでも幸せでした同じ境遇の人も見つかって、能力が発言するまではね。この世界はおかしいと思いませんか? なぜ私ばかりが不幸なことになるんでしょうか。ねぇセイギさん、協力してくれませんか? この世界を変えて、指輪を集めるんです」
「そうか、それもいいかもしれないな」
イースはセイギの手を取った。
「本当ですか!? ありがとうございます。……やっぱりセイギさんは異形化できませんね、ふふ、また試してしまってすみません。仲間にはしっかり伝えないとですね。私の能力は触れた者を異形化する能力なんです、他者に異形化する手前までの軽い呪いみたいなものをかける能力を渡すこともできるんですよ」
「騎士団長の娘もそうしたのか? なら治るのか?」
「はい、そうですよ。あれ? なにか怒ってますか? 顔が怖いですよ。試したのは本当にすいません、それともエルビンを雇って孤児院のおばさんを殺したのを怒ってるんですか? あれは仕方が無かったんですよ。それとも東の国を襲ったことですか? あれもカナとかいう転生者を殺すか手駒にするために仕方が無かったんです」
そうか、おばさんを殺したのも、騎士団長の娘を苦しめたのもこいつか。
「なぜ子供を異形化した? 知り合いの子がさっき逃げてきたんだ」
前に見ていたイースの涼しげな表情は醜いものへと変わっていった。
「あはは、あの子が逃げたからここがわかったんですねぇ、私だってセイギさんのお気に入りの子くらい治したいですよぉ? でもそんな便利な能力じゃないんですよぉ、出来たら私だって大事な人をとっくに治してこんな事しませんよ? たぶんね。それにしてもあの子はそんなに魔力が高かったんですか、最後に言ってた言葉知ってますぅ? 助けて、殺さないでってずっと言ってたんですよぉ、もう笑えますよねぇ。目の前で他の子が異形に生まれ変わってるの見てよく自分が助かると思えるもんですねぇ」
あぁ、よく理解できた。こいつは絶対に、今ここで殺さなくてはならない。
「なぜ子供なんだ? 本当にもう治せないのか?」
イースは両手を広げてクルクルと回りながらなおも続けた。
「治せませんねぇ、なぜ子供かですかぁ? 子供の方が異形化した時に強いからですよぉ、それにセイギさんは子供に手が出せないんでしょう? 巫女たちを通じて知っていますよぉ。魔力が桁違いなのも知っています、ですからぁ――」
「その臭い口をとじろ」
言葉を遮られた事か、それともセイギの顔に青筋があるのが目に入ったのか、イースの動きは止まった。
もう聞きたいことは聞き終えた。
「お前は殺す、仲間なんかじゃない」
治せないなら試すことは後一つだけだ。殺して能力が解除される事を願うだけ。
セイギの言葉を聞き終わる前に、イースは異形のモンスターへと指示を出したのだろう。セイギに襲いかかった。組み付き殴る。セイギは反撃せずに一歩を踏み出した。
「あはは、ほらぁ、攻撃することができないじゃないですかぁ? それじゃいつかは負けますよぉ? 東の国の女は手に入りませんでしたがセイギさんはぜひ駒にし――」
勝ち誇ったような醜い顔は愕然とした表情に変わった。セイギに異形のモンスターの攻撃を受けても傷一つついていなかったためだろう。また一歩踏み出すとイースはそれに合わせて後ろへと下がった。
後ろの方から鉄の檻を破壊したのだろう、そんな音が聞こえ、次々と異形のモンスターが迫ってくる。おそらくここに来る途中で見た異形のモンスターたちだろう。それがセイギにまた組み付く。それでもセイギの足は止まらなかった。ゆっくりとイースに近づいていく。
セイギが手のひらをイースに向けるとイースは言った。
「無駄ですよぉ!? クリスタルの下では魔法は使えませんからぁ!」
そうなのか。案外万全だな。
試してみる気はなかった、ただ距離を図るために手を伸ばしただけだ。常々考えていたことがあった。なぜドラゴンたちはあんなに残酷な殺し方をするのだろうかと。
今わかった、醜悪な人間を見てきたせいだろう。
セイギはイースをどう苦しめて殺そうかと考えていた。もしかした治せないのというのは嘘かも知れない、それにこいつがあっさり死ねるなんて我慢ならない。
後ろに後ずさるイースと、それに向かうセイギ、異形のモンスターたちは間に立ちそれを阻もうとしたり、組み付き足を奪おうと攻撃を繰り返した。しかしセイギの足は止まらなかった。
イースが壁に背を付ける頃、セイギに覆いかぶさる異形のモンスターたちは山のようになっていた。その山がセイギの歩みと同じくズルズルと引きずられるように動く。そしてセイギの手がイースに届いた。
「魔法も使わずに……そんな……アームベアーより強いはずなのに……あなたは何者です……か?」
指輪を集めて願いを叶える? 幼女が生き返るのか? そんなことはたぶんない。こんなクソみたいな能力に人を殺して集めるんだ、これを仕掛けた奴は性格が壊れている。願いは自分の力で叶えるものだ。デス・ゲームに参加すること自体が終わってる。
「俺は、幼女のための正義だ」
壁を背に立ちすくむイースの右腕を雑巾を絞るようにちぎり取った。肘から器用に骨を残し肉がこそげ落ちる、手から先の骨は肉についてきた。
イースは痛みを我慢しているのだろう呻き声を上げてその場に蹲った。
両足を掴み背中を地面に打ち付けさせ、股を引き裂く。服が血に染まるのを見たあと同じように両足も千切る。異形のモンスターの動きが止まった。
「助けてください、謝りますから助けてください、なんでもしますから」
「逃げなくていいのか?」
床に転がるイースを優しく蹴り飛ばした。血と砂が混じりとても汚く見える。
「ゴホッ、命だけは、助けてください」
苦しそうに咳をし、地面に這いつくばり残った手で必死にセイギへと近づこうと這い回る。その顔は懇願しているように見えた。
「異形化を治せるか?」
「直せま……せん。試しました。ごめんなさい。命だけは……」
「そうか、死ねるだけありがたいと思えよ? こんな世界なんだ、スライムに溶かされながら死んだり、オークに永遠と犯されたり、犬みたいなのに生きたまま食われたり、サキュバスと一緒に風俗で精液ジュースを飲んだりしなくていいんだ、感謝しろ」
少し待ってもなにも答えなかった。
やはり本当に治せないのだろう。この状況で嘘は言わないだろう。とセイギは思った。ならば殺すしかない。
「ほら靴でも舐めたらどうだ?」
必死にセイギへと這いずり顔を近づけると舌をだし伸ばした。
その顔をセイギは踏みつける。
「うぅっ」
イースの声を聞きながら魔法を試す。セイギの手にはこの世界の止血剤と釘が何本か出来た。
「なんだ、魔法使えるじゃないか。能力だからか?」
再度腹を蹴り仰向けにすると顎を剥ぎ取り止血剤を喉の奥にねじ込む。手を踏みつけ一本一本ゆっくりと指に釘を差し込んでいった。
「あああああああああああ」
初めてイースの叫び声を聞いた。そんなに指は大事か?
釘を使ってゆっくりと腹を裂き、臓物を拝む。
「なぁ、お前が死んだら能力は解けるのか?」
イースからはもう弱々しい呼吸を繰り返す返答しかなかった。
異形のモンスターを見ても変化はない。
「殺さないとダメそうだな、試すか。話せるかは知らんが、最後に言い残す言葉はあるか?」
「たすけ――」
最後の言葉を言い終わる前に頭を踏み潰した。骨の砕ける音、脳みそが潰れ血が飛び散る音を聞きながら祈る。異形が治ってくれますようにと。
セイギの願いは叶わなかった。異形のモンスターは砂浜の城と同じく、願いと共に崩れ去った。
「そん……な」
残ったものは汚い死体から出てきた指輪と、元からイースが嵌めていた指輪。そして子供だった砂のみ。
セイギは少しの間その砂を眺め、目を伏せると誓った。
いい国を作ろう。
孤児院に戻ろうと考え歩いていると、おじいさん、そしてミィだった異形のモンスターが見えた。ドラゴンはどこからか見張りでもしているのだろう。
セイギはすぐに駆け寄った。
「なんで生きてるんだ! ミィ! おいミィ!」
「タス……ケテ、コロサナイ……デ」
あぁそうか……ダメなのか。
「じいさん、ミィを元の体に戻すことは出来ない、すまん。同じような子供たちは砂になって消えてしまった」
「そう、じゃったか。ミィ辛かったの」
「タス……ケテ、コロサナイ……デ」
そう言っておじいさんはミィを抱きしめた。優しさが伝わってくる抱擁。しかしその顔からは涙が伝っている。
「あぁ、……だからミィを殺そうと思う」
「――! なぜじゃ! ミィは生きておる!」
「……これが生きているって言えるのか! 自由に体が動いているのかもわからない! 意思があるのかもわからない、言いたいことも言えない、このままずっとずっとミィを苦しめるのか! 今だって本当は苦しんでいるのかもしれないんだぞ! それに朝になったら街の人だって起きてくる、ミィをずっと閉じ込めておくのか? じいさんが死んだらその後は? 他の人に殺されるかもしれない」
「それは……」
「なぁじいさん、楽にしてやろう? 俺たちの手で」
肩に手を置くとおじいさんは頷き、最後まで名残惜しそうに手を離そうとしなかった。
少し待つと決心が着いたのかおじいさんはミィから少し離れた。
「俺がやるよ」
「そうじゃな、ミィも懐いておったよ。最後は……お願いする」
セイギは深呼吸すると、重く感じる手をミィに向けた。
「やっぱり出来ん! やめてくれ、その手を降ろせ! ミィが消えるなんて考えられん!」
おじいさんはミィを庇うように縋りつき泣き喚いた。声を出して目からは大粒の涙を流して泣いた。子供のように純粋に、愛する姿が目に映る。
決心なんて出来ないのだろう。
「じいさん……」
「わしが生きているうちに英雄様がまた現れるかもしれん! そうしたらミィを助けてくれるかもしれん。わしはあきらめる事なぞ出来ん、ミィを抱きしめられなくなるなんて考えられんのじゃ」
英雄……か。
「離れないならじいさんごと魔法を撃つ」
「やめてくれ、わしを殺してもかまわん。ミィは、ミィだけは助けてやってくれ」
「そうか」
セイギは構わず魔法を唱えた。初めて魔法に魔力を注ぎ込む、一つの魔法にすべてをかけて。
「ホーリー・レイン」
それは朝日が登るのと同時だ、辺りを照らす太陽の光。そして魔法が天から降り注ぐ、薄い雲が割れ太陽の光よりも眩しく輝く黄金の光がミィを包んだ、それは温かみを感じる光。
魔力をすべて使ったためかセイギは力が抜ける感覚を味わい、倒れ込んだ。それをどこからかドラゴンが現れ抱き止める。
倒れこむ途中でセイギはミィの顔を必死に見ていた、その顔は少し微笑んだような気がして目を閉じる前に聞こえた気がした。ありがとうお兄ちゃん、と。
瞼を閉じ暗闇に身をまかせる前にセイギは思い出そうとした。
この魔法を教えてくれたのは誰だったか、ウッディだったかな? と。




