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20 騎士団長

 セイギは西側の騎士たちの元へと向かう。

 街の西側にはいくつものテントが張ってある。戦争のために騎士たちが準備したものだろう、街には入らず、時には街の近くをうろつくモンスターを狩っていたようだった。セイギより早く騎士たちはこの場所に戻っているようで、その中を悠然と歩く。誰も止めはしなかった、西の街をドラゴンから守った事をまだ覚えているのだろう。たまに大英雄様だ、などと声もかけられた。それを軽くあしらいながら騎士団長のいる場所を尋ねると、快く案内された。


 一番大きなテントの前に来たところで丁度、騎士団長が中から出てきた。その後ろには見たことがない男が付いているようだった。騎士団長はセイギと目が合うと少し見開き、すぐに表情を引き締めた。


「大英雄様、やはり来られましたか」 

「なんだ?」

 

 来ることがわかっているような口ぶりだな。とセイギは考えた。

 騎士団長がうながすように後ろの男を前にだし言う。


「こいつの名前はケンといいます。ワタクシの後を継ぐものだと考えております。最後に少しだけ、お時間をよろしいでしょうか?」


 なんだ? 戦えってことか?

 ケンは後継者と認められたのが嬉しいのか、少しだけ顔が緩んだ。


「なんで俺が……いや、いいだろう」


 面倒くさい、なんで俺がやらなきゃいけない。とも思ったが昨晩完成した剣の強さを少しだけ試してみたいと思った。

 ケンが言葉を聞き、頷くと腰に差している剣を抜いた。こちらも剣を抜き、構えると相手の持っているものはこの世界では見たことがない、日本刀に見えた。


「いいか? ……いくぞ」


 再度頷くのを確認すると、セイギは一瞬で相手に剣が届く間合いに入る。周りにいるギャラリーも、相手も騎士団長も誰も反応できていないようだった。まったく動いていない剣と、自分の剣をぶつかり合わせた。刃側どうしがぶつかり、あっさりとセイギの剣は両断された。


 は? はぁああああああああああ? 俺の! 俺の無名刀が! 

 ケンはセイギのすばやく動く動作、剣と剣を交互に見る動きに驚いたのか、焦ったように剣を振り下ろした。

 ざっけんなよ! 名前決めるのに一日かかったんだぞ! ……まぁまた作るか。

 セイギは少し怒りながらも、指で挟んで止めてやろう、と思い、手を伸ばした。刃に指が触れた瞬間に気がついた。薄皮の向ける感覚がしたのだ。急いで手を戻し、指を確認する。少しだけ跡があった。

 確実に自分の気力の壁を突破してきた。こんなことは初めてだ。

 そんな事を思いながらも体を退いて剣が通り過ぎるのを待った。


「え?」


 剣が空振り地面に向いたところで軽く払ってぶっ飛ばした。

 死んではいないだろう、別に殺す理由もない。世の中にはすごい武器とやらがまだまだあるな。とセイギは思った。

 騎士たちは騒いだ、すごいものを見たぞ、と言うような感想や歓声の中、騎士団長は重い声で、皆に行き渡る声で言った。 


「これから大英雄様と大事な話がある。決して中には入るな」


 そう言ってテントの中に入った。セイギは吹っ飛ばしたケンという男を介抱しに走る騎士を横目に後に続いく。

 テントの中は簡素だった。テーブルを挟み促されるまま椅子に腰を下ろすと、騎士団長から口を開いた。


「来られるのはわかっておりました。チアイの国を作ったという英雄様は真実を見抜く眼を持っていたと言い伝えられております。ワタクシの行った事も大英雄様なら見抜いていらっしゃるのでしょう?」

「あぁ」


 東の国では特に問題は見つからなかった。手紙が書けないというほどの過酷な訓練も目にしなかった。貧困は少し目についたが、オールという女にまかせておけばそれも含めてきっといい国になっていくだろう、もちろん釘はさすつもりだが。あとは東の国を早く知るために後回しにしていた騎士団長から事情を聞き、それいかんによっては殺す。それでだいたいは終わりだ。

 真実を見抜く目なぞ持ってはいないが勝手に話してくれるならそれに越したことはない。


「そうですか」


 騎士団長はそれだけ言うと自分の頭をテーブルに叩きつけた。土下座のようなものだろう。


「都合のいいことを言っているのは承知しております! ですが娘を! 娘だけは助けていただけないでしょうか! まだ十にも満たない娘の命だけは、どうか、どうか救って下さらないでしょうか!」


 娘がいたのか。


「話せ」

「懺悔致します、あれは大英雄様と出会う一年前――」


 長いのか?

 騎士団長は頭を擦りつけたまま話しだした。


「巫女がチアイの国を訪れました。信仰国の巫女は病気に対して多数の知識を有しております。ワタクシは運命だと思いました。妻にも先立たれ病気がちな娘、せめて娘だけは元気に育ってほしい、ワタクシの願いはそれだけでございます。その日も病気で寝込んでいた娘を巫女に見てもらったのです。巫女は娘に手を当てると言いました、『先は長くない。しかし助かる方法があるかもしれない』と。最初は信じられませんでした、ですがそれから娘の容態はどんどんと悪くなっていき、ついには立ち上がれないようになってしまいました。そんな時にまた巫女が来て言うのです『私の国へ子供を送りなさい、そうしたら娘は良くなります』と。ワタクシは嫌な予感を少し覚えつつも、孤児院の送り先を変えました。そして娘は少しづつ良くなっていったのです。どこから調べたのかエルビンにそのことが露見し、手が出せなくなりました。ワタクシは騎士としても父親としても失格でございます。そして悩んでいた時、先日孤児院の管理人から事情を聞いたのです。大英雄様」


 騎士団長はセイギを見上げた。その顔は今にも泣きそうで、今までの厳格な顔をした騎士団長のものではなく、ただの一人の父親に見えた。


「それで?」

「英雄様を超える大英雄様ならば娘を助けられるのではないかと考えました。ワタクシはここで処断される覚悟をしています、死でも、例えそれ以上のことがあるとしても受け入れます。お願いいたします、娘を、救ってはいただけないでしょうか?」


 治せるなんて確証は持てなかった。しかし今の話、どう聞いても巫女が怪しいだろう。父親とはそこまで娘のために馬鹿になれるのだろうか。


「……わかった助けよう」

 

 騎士団長はその言葉を信じたのか、今までの肩の荷が降りたかのように一瞬だけ顔をほころばせた。そして安心からか頬から涙が伝っていた。


「ありがとうございます」


 そう言うとまた顔を下に向けた。剣を抜き両手でセイギに差し出す。

 覚悟は出来ているといったか。

 セイギはそれを受け取ると振りかぶった。

 騎士団長の涙がテーブルの上に落ちる。


「娘を、マリアをお願いいたします」


 セイギの手がピタリと止まった。握った剣を振り下ろせなかった。

 なんだこれは。今までならなんの躊躇いもなく殺せていたのに。

 この男は騎士団長として弱いところは見せられなかったのだろう、モンスターと戦っている世界なんだ部下を不安にさせることなんて出来ないだろう、常に去勢を貼って生きなければならない。

 相談なんてできる相手もいなかったのだろう。

 

 セイギは思い出してしまった。民のためか、娘のためか、決してかなわぬドラゴンに立ち向かっていたこの男を。

 見てしまった、娘のためだけを思い、懇願する父親の顔を。

 聞いてしまった、娘の将来を願い、涙が落ちた音を。

 感じてしまった、娘への思いを。

 知ってしまった、その覚悟を。


 あぁ、父親ってすげぇな。


「お前は殺す、だが顔を上げろ。お前の娘がお前を見ることがあるかはわからないが、その頭、地に落としたくない」


 騎士団長は顔を上げる。

 だがこの男は殺さなければならない、一人の娘のために罪を犯したのだ、いくら後悔してもそれ自体は消えない、また、繰り返す可能性だってある。しかし立派であるともまた思う。


「お前の娘はどんな手を使ってでも必ず助けると誓おう。お前の人生は俺が背負う。だから笑え、父親らしい顔をして死んでいけ」

「ふ、ありがとうございます」


 セイギは騎士団長の心臓を貫いた。騎士団長は最後に少し笑うと、顔は娘に心配をかけないためか、笑顔になっていた。

 その顔から流れる涙を拭い、セイギはその場を後にした。

 屋敷に戻ったセイギは座り込み考えた。巫女か、あの時会ったやつなのか? いずれにしても早く行くべきだな、と。

 そこへいきなり目隠しされた。


「だれでしょう?」

「ドララか?」

「あったりでしゅー」


 ドララは前に回り込むと抱きついてきた。えへへーと笑っている。

 しかし一番最初に戻ってくるのはネコだと思っていた。あいつはまた道草でもしているのだろうか。前は魚屋さんの前でいじらしくお座りしてねだっていたな。


「予定どうり三人ほど逃がしたか?」

「でしゅでしゅ」


 肯定なのか?

 東の国は勝ち続けることで民の暴動を抑えているんだろう。千対一万の簡単な戦にも勝てず騎士を失い、民の信頼も失う。あの王は失脚し、日頃から圧政をしていた王に対する民の怒りは爆発し、召抱えていた優秀なものたちも王を見限ることだと思う。そしてオールだ、たぶん大丈夫だろう。

 

「なら次はオールに手紙を届けてくれ、義足の女だ会ったことあるだろ?」

「むー、わかったでしゅ、行ってくるでしゅ。でもその前にギュってしてほちいでしゅ」


 セイギはぎこちない動作でドララの頭に手を置いた。んふーとういう声が聞こえる。

 戦争を待っている間の度重なるスパルタとも言うべき抱きつき攻撃、おねだり攻撃でセイギは少しだけノータッチを止めていた。いや、触れられるようになった。


「あ、そういえばパパはネコしゃんの汚部屋に入ったことはありましゅか?」

「ん? ないが?」


 一瞬迷ったように目が泳ぐのが見えた。

 

「……汚部屋に入るとすぐにクマしゃん人形が置いてあるんでしゅ」


 あぁ、そういえばネコにもやったな。大事にしてくれてるんだな。

 ドララの背中にくっついているクマのぬいぐるみを見ながら答えた。


「ネコしゃんは汚部屋に入るときに言うんでしゅ、足を拭いてって」


 ん?


「クマしゃんドロドロになってうつ伏せになってるんでしゅ、床で」

「おいぃいいいいいいいい! 足ふきマットにされてんじゃねーか!」


 声にびっくりしたのか、ドララは少し慌てていた。


「でもでもドララはクマしゃん大事にしてるでしゅ!」


 あぁ、ドララは可愛いなぁ。密告しつつアピール。あざと可愛いわぁ。

 ドララは膝の上から離れると立ち上がり、背中にいたクマのぬいぐるみを床に立たせた。


「眷属よ! 忠誠を誓うでしゅ!」


 クマのぬいぐるみはビシっと敬礼した。その口元はにこやかに見える。

 え? 動くの!? 眷属ってすげぇ! フィギュア作ったらあんな風に動くの!?

 クマのぬいぐるみは敬礼したあと、ドララの足にまとわりつき、足を舐め始めた。その顔は変わっていないが、セイギには下卑た笑みを浮かべているように見えた。


「ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」

「あはははは、クマしゃんくすぐったいでしゅー」


 足を舐められている姿は座り込みくすぐりを我慢している子供に見える。笑っているが少し涙を浮かべ、舐められていない方の足の指が忙しなく動き、だんだんと股が広がっていった。

 それを見ないように視線を逸らす。少し薄目を開けて。

 視線を逸らしているのに気がついたのかドララは言う。


「パパにも忠誠を誓うでしゅ!」


 クマはセイギの足にもまとわりついた。そして、靴の裏を舐め始める。


「ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」


 クマのぬいぐるみの顔は変わっていないが、どこか哀愁が漂うような気がした。

 お前、ごめんな?

 そしてまた目が隠された。


「だーれっにゃ!」

「おいネコ離れろ、集中力が散る」

「差! 差がすごいにゃ! クマに足を舐められるのに集中ってなんにゃ!?」


 こいつ、隠れてみてやがったな! 策士め!

 ポテチを放って黙らせた。


「お前はチアイの国へ向かい孤児院の子達をこの街に移動するように言ってくれるか? それと騎士団長の娘も頼む、臭いとかでどうにかなるか?」

「まっかせるにゃ、みゃーの縄張りにゃめんにゃよ?」


 ポテチを頬張るネコに少しだけ不安を感じた。


「お前とすぐに会った、アルという女の話をしたら信じてもらえるだろう。ダメだったら俺が再度向かう」 

「余裕にゃ余裕」

「あ、あと暗殺ギルドのやつらも連れてきてくれ、逆らうなら殺して構わん」

「みゃーが……殺すのにゃ?」

「そうだ、世の中には悪い奴もいる」

「……知ってるにゃ」

「あくまで、逆らったらだ。反逆の意志はないと確信しているから大丈夫だろう」


 あとは、二人か。早く信仰国へ行かなくては。

 セイギがぎこちなくドララの頭を撫でているとドラゴンが入室し、話しかけてきた。


「セイギ様、遅れて申し訳ございません」

「大丈夫だ、フランはどうした?」

「カジノを作ろうと画策しておりました、その……おそらく大丈夫でしょう」


 依存性狙いか、策士め!


「わかった、ドララ、ネコ頼んだぞ、俺は今から信仰国へ行く」


 二人に言いつけ、ドラゴンの横を通りすぎて行く。とドラゴンは普通に後ろをついてきた。


「なんだ?」

「私もお供いたします」





 

 

 

 

 

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