11 ドラキュラ
飛んでいた妖精は一瞬目を離すと消えていた。もぎ取った腕と耳などのパーツ、物言わぬ死体を森の中に捨て、セイギはネコが戻ってくるのを待っていた。少しすると森から木の枝が飛んできて足元に落ちる。ネコが飛び出してきてそれを咥えて拾い、また森の中に入っていった。また木の枝が飛んでくるとネコがそれを拾いに来た、男の子が森の中から顔を出して言う。
「まだやるの?」
「いくらでもやるにゃ!」
男の子は呆れた顔をし、村の中に入ってもその動作を繰り返す。
セイギはもう無視しようと思い、二人がいる部屋へと入っていく。
アルとイースが無言で俯き、ベットに腰掛けていた。
「何があった? ウッディは、孤児院は?」
今までに何があったのか、聞きたいことはいっぱいあった。だが二人の様子を見ていると言葉がそれ以上続かない。
「うっ……グスッ、ウッディ」
アルの嗚咽が漏れる。イースがアルを抱きしめ答えた。
「孤児院はクルと言う少女がおばさんの後を引き継ぐようです。ウッディは、北の国に行くと言っていました。アルは探しに行くでしょう、私も、それを手伝います。私が手伝わなきゃいけないんです。私がアルを支えます」
「そう……か」
ウッディは、たぶん死んだのだろう。あいつがアルの側を離れるわけがない。
イースの覚悟を決めたような目からも涙がこぼれ落ちる。
「今は泣けばいい、泣いて泣いて、明日になったら少しでも笑えるように。自分の道を進むんだ、俺も自分で決めたことをする」
セイギはそれ以上何も言わず、自分の部屋へと戻った。
ネコがやってくる、窓から外をみると男の子が肩を上下に揺らし苦しそうにトボトボと歩いていた。
「にゃー、楽しかったにゃー、もっとやりたいにゃ、もっとこうビュンって投げて欲しいにゃ」
まるで疲れていない様子だった。野球の投球と同じ構えをとり、素振りしている。
傍らに落ちている木の枝を拾い窓から投げると、森の中へと消えていく。ネコはそれを見て追い、窓から飛び出していく。
人はいつか死ぬ、生き返らない。俺があの街にいても何かしらの事があっただろう。運命なんてそんなもんだ。たった二日程度一緒にいた俺が二人の前で泣くことはない、二人の方が長い時を過ごした、よっぽど悲しいに決まっている。
あの男、クズと言ったか。あいつはなんだったのだろうか……俺も選択しよう。たくさんの人を殺してでも幼女に幸せを。
目を閉じ考えているといつの間にか朝になっていた。ネコがガックリと肩を落とし帰ってきた。一晩中木の枝を探していたのだろうか?
「見つからないにゃ」
そう言い、目をグシグシと拭う。耳をペタンと折りたたみ、尻尾を垂らしていた。
「あー、あの美しい曲線美の艶々とした肌触りの木の枝、なくなったのか」
「みゃーのエスカリボルグがぁー」
そんな名前をつけていたのか。セイギは思った。なんだろう幼女が泣いていたら速攻で心配して駆けつけるのに、こいつにはまったく心が揺れ動かない。涙の重みに差を感じる。
二人の居る部屋へ向かうとすでに支度は終わっているのか、丁度ドアが開いた。
「ニャっす!」
「え、おはようございます」
片手を上げ元気よく挨拶するネコにイースはアルを支えながら頭を下げた。
「もう行くのか?」
「はい、アルを支えると決めましたから。セイギさんにはまた助けられましたね」
「気にしなくていい」
少し微笑むイースにセイギは頭を横に振った。
「また、会えますか?」
「あぁ、上手くいけば貿易の街だったか? そこを拠点にするつもりだ」
「ここと東の国の中間ですね」
「一段落したらまた会おう」
「ええ、いつか必ず」
短い言葉を交わした。虚ろな目をしたアルを支えるイース、二人が宿から出て行くのを見送り、セイギは宿の店主に金を払いに行った。
「昨晩はあんなに叫び声をあげて、お楽しみでしたね」
なんだこいつ。マジか。
「……このネコがちょっとな」
「にゃ!? にゃ!? にゃ!」
セイギと店主の顔を交互に見比べネコは拗ねたようにそっぽを向いた。
多めに金貨を払い宿を後にする、あの血を掃除するのは店主だろう。
「さてネコ、馬の操縦は出来るか? 出来ないならまた担いで移動することになるわけだが」
「ぷはっ! 馬車担いできたのかにゃ、バカにゃの? みゃーならもちろん獣くらい扱えるにゃ、でもみゃーが引いたほうが絶対早いにゃ!」
こいつ結構ハイスペックだな、そしてお前が引くのか俺は一向に構わん。電車ごっこみたいなものだろうか。しかしなんだろうお前を幼女として見られない。
セイギが黙って馬車に乗り込むとネコは馬と入れ替わり、そして走り出した。
「さらばにゃ馬!」
「元気で生きろ」
一回も走っていない馬を置き去りに東の国を目指して走った。
「うぇ、またにゃ、どうなってるんにゃ?」
ネコは口元を押さえている。
馬車を引きながら横目で村の様子を眺め、通り過ぎていく。大きな村は家が何件もあり木で出来、屋根には藁が置いてある、一般的な村なのかもしれない。特に荒らされた様子はないが人っ子一人いない、しかし村の中央の井戸の周りには血だまりができている。
「モンスターか?」
「ん~、わかんないにゃ」
「なら先を急ごう、さっさと東の国に行く、そしてこんな腐った世界を変えるぞ」
「にゃい」
いつもの事のようにセイギの言葉を流す。何回か同じ村の光景を見た。
ネコは気分が悪そうだが、セイギは今までと変わらない様子で街を目指して馬車を進めた。舗装されたたまに石ころがある通りやすい街道をまっすぐに進む。左下には斜面があり野原、少し下ると川が流れている、魚が太陽の光に反射し光っている、おそらくそこまで深くはないだろう。右には森がありモンスターが生息していそうだ、少し奥に入るだけで深く暗い陽の光が届かない暗闇が広がっているだろう。
そして街道の先には遠く離れたところにブルファイターの集団が行商人だろう、荷物を載せた馬車を襲っているのか、追いかけているように見えた。
「助けるか? 行ってこい。いやまて、あまり力は見せるなよ?」
「にゃはは、任せるにゃ、みゃーが説得してやるにゃ」
そんなことができるのか、予想以上にハイスペックだな。
ネコは駆けていき、ブルファイターの群れ、十匹はいるモンスターと馬車の間で仁王立ちしその脚を止めさせた。馬車がそのままセイギの元へ来る。
あ、ネコって見られてもいいのか? 猫耳生やしてるんだが。
「ありがてぇ、獣人奴隷ですかい? いやぁー雇っていた冒険者はみんな殺されちまって、本当に助かりやした」
小物臭い話し方とは裏腹に馬車に乗っている男は高そうな服で身を包んでいた。
獣人なんているのか!? あのネコとは違うよな? 可愛い猫耳幼女だよな? ……しかしこの世界には奴隷なんてものもあるのか。いつか潰そう。
「それで、お前は商人なのか?」
「そうですぜ旦那、何を隠そうあっしは東にあるフギの国、その王の専属商人なんでさぁ」
男は馬車に掲げてある立派な紋章を手で見せつけるようにアピールしていた。
ほぅ。高そうな服はそういうわけか。
「なら少し耳寄りな情報だ、ネ……狼男を倒した。俺がな、近々東の国に行くつもりだ王によろしく伝えてくれるか?」
「うへ、本当ですかい? それが本当ならすごいことですがね。まぁ命の恩人ですからそれとなく伝えてみましょうかね、へへっ」
男は舐めるようにセイギを見ると、馬鹿にしているのか、ニヤニヤと笑いながら答えた。
そんな話をしているとネコが片手を振りながらこちらに向けて走ってきていた。
「ダメだったにゃー」
その声はほがらかで呑気に笑いながら、その後ろをブルファイターたちが追っている。
「おいネコ! 後ろ後ろ!」
「にゃ? にゃー!」
今気がついたのか、ネコは速度を上げて両手をあげながらこちらに向かう。
「バッカお前! こっちにくんな! 倒せ! 倒せ!」
「にゃ! わかったにゃ!」
ネコは踵を返し中へ突っ込んでいく。ネコが腹を殴れば背中が破裂し血が飛び散り、頭にかかと落としをすると脳みそが潰れ溢れ出し、頭が凹んだ。
ネコが自分の判断で次々とブルファイターを倒し終わると、男は言う。
「すごい、……でもね旦那、あれくらいならゴールド級冒険者ならやってのけますぜ。とても狼男を倒したとはね」
男はネコの強さもセイギの強さも信じていないのだろう。ニヤニヤとうすら笑いを浮かべていた。
するといきなり背後からセイギの肩に何かが噛み付いた。そして歯が折れた。
セイギは基本的に周りを警戒などしていない、気力で強化された自分の筋肉、皮膚に至るまで絶対の自信があるからだ。
何かは飛びのき、馬車の後方に降り立つ音が聞こえる。
そこにはタキシードを着たモンスター? がいた。
「ヴァ、ヴァ、ヴァンパイアがなんでこんな所にいるんですかい!」
男の叫び声に近い恐怖の色が宿った声がした。
「なんだ? 強いのか?」
「つつつ、強いなんてもんじゃありやせん! 狼男ほどの強さが、あ、あっしは逃げやす。足止めを、生きていたら王には言っておきやすんで!」
男は馬を走らせ去っていった。それを少し見ながらヴァンパイアと対峙する。ヴァンパイアはセイギを危険だと思ったのか目を離さない。
「ネコ、出来るか?」
「わかったにゃ!」
ネコとヴァンパイアの戦いが始まる。それはセイギの予想していたものとは少し違った。
ネコがヴァンパイアに近づき先制のビンタ、それを顔を背けただけで耐えたヴァンパイアのお返しのビンタ。何発も繰り返す。……いつまでもそれが続くかと思った矢先ネコが組み付き押し倒した、そのままゴロゴロと斜面を転がっていき、川の中にバシャーっとダイブ。ネコが膝をついてヴァンパイアの頭を川の水に沈めている。ボコボコと白い泡が水面に浮かんできては消えていく。そしてヴァンパイアはネコの腕を掴み引っ張った、その勢いで川の中にネコの頭も浸かる。二人が水面から顔を出し、続いて立ち上がる。ネコが魚を見つけそれを目で追う、視線が逸れたところでヴァンパイアは掌底をかます。ネコは後ろに一歩下がったがそれをなんとか耐え、しゃがみこみヴァンパイアの両足を掴むとそれを引き込んだ。ヴァンパイアは川の中に仰向けになって倒れた。
そしてネコがヴァンパイアを引きずりながら馬車まで戻ってきている。ヴァンパイアはおそらく川底にある石にでも頭をぶつけたのだろう。その前にやった何発ものビンタの応酬で体力気力を使っていたのかもしれない。
「……テイム」
煙の中からは幼女が肩幅に脚を開き、両手をあげて万歳している状態で現れた。金髪赤目ツーサイドアップの長いツインテールをしている。ヒラヒラと何十にもフリルのついたドレスのようなものを着て、クマのぬいぐるみを背負っている。先が尖った黒い悪魔の羽を生やし、先がハート型の悪魔のような尻尾をした幼女。その幼女がセイギに抱きつき、頭をグリグリと擦り付ける。
「パパー!」
「んほほほっほ」
「パパ? お名前を決めてくだしゃい」
両手を上げニヤついた顔のセイギから離れ、幼女は一度首をかしげると、手を前で組み一礼した。そしてニパッと可愛らしい笑顔で笑う、それは人形の如く整った顔を崩し純粋無垢な子供を思わせる笑顔。例えるならひまわりの花。その口元からはキラリと犬歯が長く尖って見える。
意識が戻ってきたセイギは真剣に考えた。ヴァンパイアか、可愛くない名前だ。ドラキュラは個人の名前だったか。そうだな。
「ドララだ!」
「ドララでしゅね、おちごと頑張りましゅ!」
そして登場した時と同じ感じにポーズをとった。その後ろからネコが近づき、ゆらゆらと揺らめくドララの尻尾を掴む。
「ふゃ!? ふにゅ~、尻尾は、尻尾はダメでしゅ~」
尻尾がピンと跳ねたかと思うと抵抗しているのか、暴れまわるように忙しなく動く。
頬を朱に染め、地面に力なくヘタリ込む。ネコはなおも尻尾を離さない。そのまま尻尾をゴシゴシとシゴく。
「あっ、んっ、くぅ、はぁ……ダメなのでしゅ~」
艶のある悩めかしい吐息が、ドララから熱を帯びた白い煙となって溢れる。
モジモジと太ももをすり合わせ涙を少しため、耳まで赤くなり、手をギュッと握り締めて猛攻に耐えている。
「おいネコそれはいかん! それ以上は法に触れる!」
「ネ、ネコしゃんやめてくだしゃい~」
「にゃふにゃふ」
ネコは満足したのか手を離すと。
「にゃふ、持たざる者にゃ」
「――! 胸でしゅか! 胸のことでしゅか!」
ドララを煽り、川の方へ走っていくとキャッキャと水を掛け合っている。遊んでいるのだろう。
太陽からサンサンと降り注ぐ暑い熱気、特に川を渡れないといったこともなさそうだ。おそらくニンニクも普通に食べるのだろうと。その行動はセイギにそう思わせた。
しかし元々は男のはずでは? 順応早すぎぃ!




