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アブストラクトシンキング   作者: イザナギ
19/24

三話 5



外に出ると、そこは地獄絵図だった。

・・・いや、もとよりここは地獄のような場所だったが。

人気がないだけの閑静な町を異形なものが走り回り、そいつを軍服を着た沢山の人が追いかけては銃器で撃ち殺している。黒い大きな狼に見えるが頭はなにやら硬い皮膚に覆われていて、中には頭部だけ頭蓋骨がむき出しになっているにもかかわらず生きている。しかしそいつらは右往左往と逃げ回り、撃たれると少し前に走りながら倒れていく。血を流すこともなく。

異様なのは化け物だけではなく、追いかけている方も追いかけている方で、皆、髪型、髪色、眼帯とその位置、顔、みんな同じ姿で表情微動だにせず撃って撃って撃ちまくっている。その姿にもまた狂気を感じた。

「聞いてないぞ、こんなの!」

と叫んだマシューが俺たちを庇うかのように前に出た。

「なんか危なくない!?中に入ろうよ!」

セドリックの提案にみんなすぐに動こうとはしなかった。ただただ茫然としていた。

「るせぇ!戻りてぇなら勝手に戻ってろ!」

オスカーが声を上げるが。しかしセドリックは以前一人だけ逃げてしまった事があってか一人だけでその場を動くのを躊躇っていた。

このままここにずっといたらいつこっちに飛び火が来てもおかしくないのだが。

「うわっ!?」

と言ったそばから化け物がこっちに向かって走ってきた。瞬時に、どこから取り出したかもわからない細い剣でマシューがそいつを真っ二つに斬る。分かれた体は左右それぞれ地面に横たわり、向こうが見えるようになった。

「・・・・・・。」

その先には化け物を追っていた軍服を着た男が、一回り大きな銃器を構えている。

「間に合わな・・・伏せて!!」

俺たちはみんな勢いよく屈んだ。すでに引き金に手をかけていたのも見えたからだ。

前方からゴウッと独特な発砲音と共に放たれたのは弾丸ではなく、炎だった。

頭上を熱が通り過ぎる。そして炎は後ろの建物容赦なく焼いた。

「・・・・・・!!」

振り向けば俺の家が焼かれている。その光景がすぐには信じられずにいた。普通、湧いてくる感情は怒り以外に何があるのだろう。よくわからない状況の巻き添えを喰らい、帰るべき場所をたった今、目の前で失ったのだ。

しかし、それ以上に今は恐怖が俺の感情の大半を占めた。どんな建物だろうと人がいようと躊躇いなく攻撃してくる奴らに対しての恐怖。

加え、もしセドリックの判断に従い中に戻っていたらどうなっていただろうと想像しただけでゾッとした。


「目標捕捉、しかし何者かの妨害を受ける。」

放火をやめた軍服の男は淡々とした口調で呟いたが、すぐさま銃器を斜め上に構えた。銃口の位置はそう高くない。おそらく俺の家の屋根に向けられている。

「・・・やめろ!!」

我に返った俺は奴に放火をやめるよう叫んだ。これ以上自分の家が破壊されるのを黙って見ていられない。

「新たに目標確認、捕捉。」

だが奴は俺の声に聞く耳を持たず再び火を放った。今度はさっきと比べてすぐに放火をやめる。

振り返ったその時。

「わっ・・・!?」

頭上から黒い塊がバラバラと降ってきたのだ。

「うわああああ!!」

固い物体が空中で砕けてさらに小さくなり、まるで雹みたいに降り注いでくる。とっさに頭を抱えしゃがみこんだが全身にぶつかるそれは地味に痛かった。

「いって!!」

「痛い痛い!!」

あちこちから痛みを訴える声が聞こえる。少し視線をあげると、マシューは片腕で頭を庇いやや前のめりになってるだけだった。

「実に君たちには遠慮というものがなくて困るよ。」

と呟いたマシューが構えた剣をおろす。抵抗の意がないことを示すためだろうか。

「なんなのよもう!」

「焦げてるのか・・・?」

背後の喧しい声に、落ちてきたものが気になり視線を落としてみる。本当に真っ黒に焦げた塊が転がっていて、もはや原形をとどめていない。炎が高温だったのか熱に弱いのか、短い時間炙られただけでこうなってしまうとは。

「にしても、こんなこと・・・。誰かの指示がないと。」

マシューの独り言が耳に入る。指示、というのはこの同じ顔の奴らは自分達の意思だけでは行動できないのだろうか。と、すれば、本当にこんなこと誰が・・・。

「この付近にいるはずだけど・・・動きたいが・・・。ダメだ。これだけの人数を守りながら、この状況で・・・。」

なにやら思案しているマシューは気づかない。そう、獣の威嚇する声が近くから聞こえてくるというのに。

「・・・・・・!」

どこだ。声の方向はどこからだ?

マシューに教える?しかし、教える情報が不安定だ。

「!!」

すぐそばから聞こえる発砲音が耳をつんざく。

皆が一斉に振り向くと、ハーヴェイが手にしていた銃が俺たちを襲おうとすぐ側まで迫っていた化物の足を撃ち抜いていた。

「マジかよ・・・。」

と思わず言葉に出る。しかし、咄嗟に引き抜いて撃った弾では急所を仕留めることはできなかった。銃を使うことに躊躇いはないが、瞬時に標的を射抜くほどの技術を所詮俺らと同じただの子供が持ち合わせているはずもなく。

いや、敵の足を止めただけでも凄いのだけど。

「チッ・・・ミスった。弾を無駄にしたくないのに・・・。」

舌打ちが聞こえる。そして珍しくハーヴェイが焦りの表情を見せている。

弾には限りがある。だけど予備を常備するような小学生はいない。俺たちの日常にそれらが必要になるほどの危険がなかったからだ。


常に命を狙われる危険。俺たちは一体、今まで「何に」守られていたんだろう。

「グルルル・・・。」

獣の呻き声で我にかえる。なぜか流血は見られず、撃たれた箇所からは煙が出ている。

無事であるもう片方の足で必死に踏ん張りながら、立ち上がろうとしている。多分、勢いよく襲ってくることはもうないと思うが、それでもかろうじて起き上がることができる以上は油断などできない。

ジリジリと、砂を踏む音が妙に鮮明に聞こえる。

「・・・・・・。」

マシューの方を振り返る。突進してきた獣の群れを剣で抑え込んでいてそれどころではなかった。

セドリックはすっかり腰を抜かしている。

聖音はただただ茫然としている。

オスカーはバットを握りしめて違う方向を睨み警戒している。

そしてハーヴェイは再び銃口を獣に向けた。

「あと一発で仕留めなきゃ・・・。」

幸い、動きは鈍い。慎重に、冷静になれば急所・・・。四足歩行の生き物が前のめりになられては心臓が狙いにくい。精々頭でも撃つか、それとももう片方の前足を撃つことで完全に行動を停止させるか。きっとハーヴェイも同じことを考えながら銃を構えているはず。

なのに、何故すぐに撃とうとしないのか。

もしかしたらこれが最後の弾とか。

それとも、また失敗したらどうしようと恐れているのだろうか。失敗に終われば自信を喪失して失敗を恐れるようになるというのはわからなくもない。

あいつらしくないと言えばそうだが、そもそもこんな中で恐怖を感じない方がどうかしているというもの。

しかし、じっとしていたらアレが回復するかもしれない。

「ハーヴェイ・・・。」

次の発砲を促す。だが。

その直後の事だった。

獣は、前足を負傷しているにも関わらず、突進してきた。

あの傷でまだ動けるというのが驚きだ。

更に驚きなのは傷を負わせたハーヴェイでも、この中で一番非力そうに見える女性陣でもなく俺を狙って突っ走ってくる。

なんで!?なんで俺なの!?

という疑問も、荒ぶる獣には意味なんかなく。

どうする?避けるか?今ならまだなんとか間に合う。でも、避けたらどうなる?俺は無事で済むだろうが・・・。

気づけば無意識の内に例のつるはしを握りしめていた。全く、こんなものでどうにかできるとでも思ってるのか。

しかし俺はもとより避けると言った選択肢がなかったようだ。

獣も一気に距離を詰めてきていた。もはや避ける事など間に合わないぐらいの至近距離までに迫っていた。

ーー怖い。

子供が相手をできる相手ではない。

俺が今から取る行動も間違っていると思うが、避けたって良いことなんかないんだ。

どうせあんなものがぶつかったら貧相な俺の体ではぶつかった衝撃で枯葉の如く。

いや、もう、そんな恐ろしいこと考えたら一歩が踏み出せなくなる。

せめてここで頑張ろうとした証だけでも残せたら、それでいい。


両足を開いて、重心を前に踏ん張る。足が地面から離れないように、土から足が根を生やして動かないのをイメージして。両手は横に滑らせるみたいに、上半身を右に捻る。

確かつるはしって用途的に縦に振り下ろすのが正しい使い方なのだろうが、今はそうも言ってられない。


黒い空洞の目を光らせて、突っ込んでくる獣。

俺は半ばやけくそで、力一杯横に振るう。

「こんっの野郎ォおおおおおッ!!!!」

やるせなさとか怒りとか云々を込めた叫びと共に、渾身の一撃を食らわせた。手応えがあった。重い。少しでも力を抜いていたらこっちが押し負けていただろう。

だけどー・・・獣は、俺の斜め後ろに飛んで、他数匹の群れの中をなぎ倒していった。他の獣が壁となった影響で威力が弱まり、あとは二回ほど身を打ったのち地面を滑り、やがて動きを止めた。


「痛っつー・・・。」

軽く痺れた右手首を適当に振る。つるはしごしに伝わる衝撃は固いものだった。よく折れなかったと感心する。

いや、つるはしの意外な頑丈さはおいといて。

今の結果にそもそも驚きというか、自分では実感さえ湧かない。

「・・・・・・・・・。」

みんなも同じに違いない。なんか周りの空気がいかにもそんな感じだった。

例えるなら、野球で、普段目立った活躍をしない選手がホームランを叩き出した時の相手チームの反応、みたいな・・・。

「急に静かになってどうしたよ。」

唯一、俺とは真反対を向いていたオスカーだけが状況を把握していない。

「・・・すごい・・・。」

「やったな・・・。」

ジェニファーとハーヴェイが語彙力のない感想を述べる。さて、どう返していいのか。

「ああ・・・自分でもびっくりだ。」

素直に思ったままを口にしたら結果、俺もシンプルな感想しか出てこなかった。

「・・・・・・ぼ、僕だって!」

何かに火がついたセドリックが今までろくに振るうことのなかったチェーンソーを構える。周りには何もいないが。

そう、何もないのだが。

「でかしたよ、リュドミール!君の一撃の巻き添えを食らったやつらは恐れをなして逃げたぞ!」

マシューが心底安堵したような笑顔でこっちに手を振る。薙ぎ倒した獣はマシューのところに押し寄せていたうちの何匹かだったらしい。そいつらも含めみんなどこかへ散っていった。

「色々ツッコミたいことはあるけど・・・奴らがそばにいない今ならここから離れることができる!」

「は、はぁ!?逃げんのかよ!」

マシューの指示に臨戦態勢だったオスカーはたいそう拍子抜けた。マジで戦うつもりだったのかお前は。

「ああ、そうさ!ここで無駄な戦いは避けたい。安全な場所へ避難しよう。」

からの提案に、案の定反対の声を上げる者はいない。

戦力になれないとわかっている俺たちが積極的に戦う選択肢をわざわざ選ぶわけがない。マシューの足を引っ張ることにもなりかねない。


「僕の出番が・・・!」

「お前はもう十、分、だ!」

セドリックが何か言いたげなのを止めた。お前は活躍こそしてないものの出しゃばりすぎだ。うるさい。

「リュドミール君。」

セドリックの背中を押す俺にマシューが声をかけた。さっきの安心しきった表情とはうってかわって今度は悲しそうに見る

「君の家だが、すまない・・・。更に、今は手放せと言わなくてはいけない。」

「いや、いいんだ。」

俺のことはいいからという風に切り上げた。

「でも・・・。」

「いいって。この家に失って悲しいものは何もない。」

下手に理屈をこねるより、手放しても構わない理由を述べた方が後味悪くなくなると思った。

・・・失って悲しいものは何もないってのは言い過ぎだが、嘘でもない。失っても替えがきかないものはここにはない。

少なくとも、父さんがいないのが幸いだ。

「ていうか、安全な場所なんてあるのかよ!」

苛立ちの収まらないオスカーが問い詰めたのはマシューではなく、俺の方だった。

「わ、えっ?何で俺・・・。」

「今いるメンバーでここら辺の事よく知ってんのお前しかいねーだろうが!どこにどんな建物があるとか!!」

「そうだね。僕のいう安全な場所は行くまでがちょっと大変なんだ。土地勘のある君の意見をまず聞かせてほしい。」

と、言われても・・・。

まあここに俺の家があるのなら近所かその周辺の事は把握しているつもりだ。でも、「役には立たない」。

「・・まさか、自分本読んでばっかで外になんかでないインテリクソ野郎だから近所のことはよくわからないんですーとか言うんじゃなえだろうなこの引きこもり!」

わずかに考えていただけでオスカーから余計な印象を押し付けられる。何も答えてないのに勝手に引きこもりと決めつけやがって。ああ、言ってやるよ。

「仮にここが俺の住んでる地域と全く同じように建物が存在してるとしたら、悪いが、無い。」

「んだとテメェ!!」

望んだ反応じゃなかっただろうが、なんで正直に答えたのにそこまで怒鳴られなくてはいけないのか。

「この辺は普通の建物しかない。そのほとんどは俺ん家みたいなたいして丈夫でもない家で、公民館もあるが小さい。・・・元の世界通りの地理だったら少し歩けばちゃんとした街に出るんだけど。」

すくなくとも、ここら付近にアパートやマンションはないし、ましてや豪邸たるものなどあるはずない。一般市民の住宅は、こんな襲撃に耐えられるようにできていない。

「じゃ、じゃあどうするの!?なんとかして身を守らないと・・・!」

「なんでもいいから隠れられる物・・・。」

ジェニファーとハーヴェイが口々に喋る。

・・・ん?身を守る?隠れられる物?



「公園だ。」

そうだ。安全な場所が建物じゃないとダメだなんて誰が言った?

二人の発言をヒントに、俺はすっかり頭の中から抜け落ちていたものを思い出せた。

「はぁ?公園だぁ?」

オスカーが信じられないと言いたそうで、ハーヴェイも首を傾げて不思議そうにしているがジェニファーはどうやら察したようだ。

「・・・大きな「遊具」、ある?」

彼女の質問に強く頷いた。

「大きくてもジャングルジムや地球塔はだめよ。穴だらけだから。」

更に念押ししてきたがそんな事はわかっている。

身を守る、コンクリートで出来ているため比較的丈夫、それに人数分収容できる・・・はず。

ちょうどいいものが公園にはある。あるだけマシ、といった程度だがこれを有効活用しない手はない。

頑丈さでいえばコンクリート製の家には及ばない。でも利点をあげるなら、家に比べると小さいので巻き添えをくらいにくい、と思う。

やれやれ、遊具の中ではあってもなくてもいいぐらいの物なのにこんな時に思ってもない形で役に立つなんて。

「行こう。ここよりは多少安全なはずだ!」

いつの間にか俺がリーダーシップをとっている。

だって、この地域に詳しいのは俺だけだから。

「わかった。君についていくよ。」

・・・マシューにそう言われるとなんだか荷が重いなあ。

頼られるのは悪くはないが・・・。

って、余計なこと考えている場合じゃない。

「じゃあ早く行きましょう。」

ジェニファーに急かされ我にかえった。不安のこもった目で俺をじっと見ている。

オスカーでさえ何も言い返そうとしない。みんな、異論はないみたいだ。

みんなも俺も、生き延びたいのは一緒だろう。


「・・・・・・。」

ボロボロの家から目を背け、炎や銃弾飛び交う戦場と化した街を公園目指し、一歩踏み出した。

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