三話 4
「・・・とまあ、いつものくせでついかっこつけてしまったわけだが。」
マシューもその場で腰を下ろす。どうせならかっこつけたままでいてくれた方が、こちらも真剣に話を聞けたものを・・・。
みんなは輪になって座っていた。いや、オスカーだけはドアのそばで腕を組んで壁に寄りかかって立っている。俺もいつまでも寝転んでいるわけにはいかないのでベッドを出てセドリックとハーヴェイの間に入った。
「調子狂うなぁ。」
と、ここ一番の調子狂わせである聖音が呟く。
「まあ、話す内容はいたって真面目だからちゃんと聞いていておくれよ。」
一方のマシューはとても真顔で、それだけでちょっと緩みかけた一同の気が引き締まるのを各々の顔で感じた。
それもまた束の間。
「まず、君達が異世界と呼ぶここの正式名称はメリーゴーワールドとか言うけど・・・なんだかんだほとんどの人は魔界って呼んでる。長いしね。」
マシューの説明のあと、ぱちくりと目を開けた聖音と呆れ顔のハーヴェイ、不服そうなセドリックが口々に言う。
「メリーゴーランド。」
「ランドじゃないんだね。」
「パクってるよ!」
パクってるかはさておき、これも最初に迷い込んだ人間から得た情報から得た単語を改変して名付けたのだろう。誰が命名したか知らないが、だとしても、なんとも不思議なセンスである。
「あわわ、そんなこと僕に言われても・・・それまではもっと覚えにくい上に更にダサい名前だったんだから。」
更にって今のをダサいと思ってんのかお前は。
と、脱線するので黙っておく。
「ゴホン。魔界って聞くと、君達はどんな世界を想像する?」
咳払いをして気を取り直したと思えば急に質問を投げかけてきた。
「んな御託はいーんだよ。」
むこうからオスカーが苛立たしそうに急かす。悔しいことに気があう。今は悠長にしてられないというのに。
でも、どんな世界を想像するかと聞かれたら頭に浮かぶのはモンスターだらけの薄暗い、地獄の様な場所。
「んー・・・?」
ジェニファーは難しい顔をして首をかしげる。
「ハロウィンでよく見るモンスターがうようよいる、年中夜の不気味な世界!」
なぜか楽しげに答えるセドリック。そのきらきらした表情から察するに奴の頭の中には俺とは違う不気味だけどファンタジーで賑やかな世界が浮かんでるんだろうなあ。
「地獄。」
対してハーヴェイは冷静に、一言。
「ていうかさ、魔界はもう見てきた。どんな世界もクソもあるかよ。」
続けて放った言葉にセドリックの表情が曇った。
それを言われたら身も蓋もないわけだが。
「・・・こんなとこに来るまではそう思ってたんだろうけどさ。」
「ここが魔界って言うんならはっきり言って地獄以外の何物でもない。」
ハーヴェイのとどめの一言にみんなが口を噤んだ。
「・・・ヒトにとっちゃあ、そりゃね。」
良くないイメージが返ってきてマシューはそれらに対しフォローするどころか共感する素振りさえ見せた。
「ははは・・・こんな見てくれだから、僕もたまに襲われることがあるんだ。」
困ったように笑い返す。容姿的には人間となんら変わりないから狙われるのも仕方ないのだろう。しかし、人間である俺たちと違うのはやはり対抗できる力があるか無いかという事。
「あの化物は私たち人間をエサだと思って襲ってくると思ってたけど、姿形を自分の意思じゃなくて捕食したら勝手に変わるものなのかな。」
聖音が独り言にしてはハッキリとした声で、しかも誰に話しかけたわけでもなく下を俯き真顔で何やら思案していた。
「それに答えるとしたら、両方だね。」
マシューはそう言い切った後さらに続けた。
「自分達に無い人間の優れた所を取り込み、より完璧な存在に近づきたいという本能。獣の奴らは人間そのものに成り代わる事でそれが成せると思っているんだろう・・・まあ、あれだ。」
聖音とハーヴェイはなんとなく理解している様子だったが、言葉選びがいちいち難しいものだからセドリックは困った顔できょろきょろしてるしジェニファーは眉間にしわを寄せて睨むオスカーの視線やらに苦笑いを浮かべたマシューが。
「深く理解しようとしなくていい。僕も君たちも奴らのことは野生動物のようなものだと思えばいいんだ。」
といって半ば無理やり締めくくった。
「君たちを狙う凶暴な野生動物がうようよいる世界。それがこの魔界。でもごく一部、そうじゃない場所がいくつかある。」
話はもう終わってしまうのではないかと危惧したがまだ続きがあった。説明がこれだけでは少し不安が残る。
「僕や師匠のような知性の高い、それこそ人に近い種が多く住む町がいくつか存在する。君たちの住む世界をマネして作られたものだからそれなりに町としては機能してる・・・と思うよ。でも・・・。」
と言った後少しためてから
「完全に真似はできない。なんせ僕たちは人間、じゃないからね。」
と皮肉っぽく続けた。
うーん、見た目はやはり人間そのものなんだけどなぁ。
「・・・そこだったら安全なんじゃないかしら。」
そう言ったのはジェニファーだった。
「根拠は?」
ハーヴェイが尋ねるとジェニファーは難しい顔で「は?」と一言返す。多分、根拠という言葉の意味がわかっていないからだろう。
「ようはアレだろ?そこなら溶け込むことができるし、自分達だけ襲われる可能性も低くなるってことを言いたいんじゃないか?」
と、根拠になりそうな事を述べてみるとジェニファーがやや戸惑いながらも頷いた。
「そういえばここにいいサンプルがいるしね。」
セドリックが言うのはもちろんマシューであって。しかしサンプルという呼び方はどうなのか・・・。
「ほら、マシュー君だってパッと見、私たちと変わらないし、カモフラージュって言うのかな。こう、そこなら普通に紛れ込めたりできるんじゃあ。」
次に聖音がカモフラージュとまで言ってのけた。
「サンプル、ねえ。」
苦笑いするマシューを横目に考える。
ジェニファーの言い分に同感だが賛成はできない。したいのはやまやまだ。だって、思い出してみると、見た目の区別がつかなくてもスージーのように人とそうでない物の区別が可能な代物を持っている人物が街にいたら、と考えると俺たちは常にどこでも油断できない状態にあると言える。
「だからといって君たちにとってはそこが安全地帯という事にはならない。」
と、俺の考えていた事をマシューがはっきりと言い切った。しかし、理由はまた似ているようで違うものであった。
「ここに住む生き物のほとんどは人間を特別視しているけど、中には人間を嫌悪するのもいる。例えば・・・・・・。」
と、その先にまだ続きがありそうな所でマシューが突如険しい顔で向かいの窓を睨んだ。俺も、みんなも、マシューの表情の変化の理由はわからない。様子が変わった彼の顔をびっくりして見ている。
「・・・・・・野良か。」
とだけ呟く。もちろん、何があったか理解に追いつかない俺たちマシューは笑顔を繕って説明する。
「あ、いやいや。弱いけど化物の気配を察知したのさ。なに、あれぐらいじゃあ建物を壊して襲っては来ないだろう。」
とりあえず、マシューがそういうのならそうなのだろう。弱い強いの基準がさっぱりなので彼の基準を信じるしかない。というか、音もない姿も見ていないのに気配という不確かなものだけで化物がいるかどうかを察知できるものなのか。そこが人間と、人間に似ているけど実は化物の違うところかもしれない。
あるいは気のせいか。ならそれはそれでいいんだが。
「えっと、話の続きだ。君たち人間を嫌うのは主にこの世界で・・・。」
ーー・・・・・・
ー・・・
ドオオオオオォン!!
「わぁっ!?」
突然すぎる爆音に誰もが飛び上がった。
「びっくりした!!?え、なに?」
窓の向こうを振り向く。何かが爆発したような形跡、すなわち煙は炎は上がっていない。
「何がどうなってんだよ!」
一言吐き捨てたあと我先に駆け、窓を開けて様子を確かめる。音の方向は家のすぐそば、真下だ。
「・・・・・・!アレは・・・。」
玄関口の前。
獣・・・大型程の犬が横たわっている。黒い。でもそれは元から黒いのか、あるいは「真っ黒に焦げてああなった」のかわからない。だって、体からは煙が湧き上がっている。さっきの爆音はあれと関係あるのだろうか。
「なになに!?わぁ!犬が死んでる!」
横で覗き込むセドリックが見たまんまの感想を述べる。
「死んでる、じゃない。犬が死んだんだよ。」
「・・・どゆこと?」
ハーヴェイの意味深な言葉にセドリックは疑問符を浮かべる。
「さっきの音と関係あるの?」
「爆発の元凶が見当たらねえ。ってことはあれが爆発したってことかよ!!」
「だったらもっとバラバラになってると思うけどなぁ・・・おわっ!?」
ジェニファー、オスカー、そして聖音が立て続けに言いたいことを口にする中マシューが数人を押し退けて下を覗き込む。
「・・・アレは・・・そして撃退方法を知っている・・・。なんで「あいつら」がここに?」
切羽詰まった、焦った表情。窓のサッシを掴む手に力が入っている。
彼が言うあいつらはあの獣の事を指しているのかと察したがそうでもない。なぜなら今、撃退方法と言った。それを知っている何者か、獣のどちらかを指すか曖昧になった。
「あいつらって!?」
俺が聞く前に聖音が問うと、苦い顔のマシューが。
「・・・「害獣駆除」だよ。その為に駆除隊が派遣されることがある。でも、駆除対象地域にしばらくこの場所は指定されな・・・。」
ドオオオオオォン!!
「ひゃあああ!?」
今度は爆音とともに地響きまでした。
俺は窓の外を覗いたままだった。外に変化はない。
「あちこちで爆発が起きてるよ!」
「どうしよう!」
「喚いたところでどうにもならねーだろーが!黙ってろ!!」
軽くパニックを起こしつつあるセドリックとジェニファーにオスカーの怒号が飛ぶ。冷静な判断だが本人はいたって冷静ではない。地響きも爆音もすぐに収まったものの、みんなの精神もそろそろもたなくなってきている。
誰もがみんな、不安と混乱でいっぱいだ。
「みんな!そこにいて!」
唯一、マシューが慌てて部屋を飛び出した。階段を駆け下りる足音がまるでなかったが玄関の扉を開ける音だけは二階からも聞こえたが。マシューは部屋を出てから数秒で現場に到着したことになるがそこは今気にするべき事ではない。
「・・・・・・。」
玄関の目の前。マシューは獣をつま先で転がす。仰向けになったそれはやっぱり全身が真っ黒だ。次に彼はその場にしゃがむ。
「・・・どうなんだよ!!」
「それが爆発したの?」
オスカーとジェニファーの問いに、顔を上げたマシューはこっちを見上げ首を横に振った。
「いや!さっきのは外部からの爆撃だよ!」
つまり先ほどの爆音は直接あれが発したものではない事が判明した。
「僕、見にいってこようか!?誰か見に行ったほうがいいのこれ!!」
「テメーが行ったら足手まといになるだけだろーがハゲ!」
キョドるセドリックにオスカーの喝と悪口が飛ぶ。最後のは余計だが、言ってることは正しい。
でも、このまま家に閉じこもっていていていいのか?という気がする。確かに、俺たちが行ったところで邪魔者にしかならないわけだが。
「でも前と状況が違うからいけるんじゃないか?」
考えるより前に口から出てしまった。
「マシューが来る前はみんな、落ち着けて考えられる状態じゃなかった。今はほら、武器だってまだあるだろ?マシューも今回は最初からいるわけだし、行動次第じゃ俺たちだって無力にはならないと思うんだ、が・・・。」
しまった。言いたいことを長々と話してしまった。しかもその言いたいことさえうまく伝えられたかどうか・・・たのむ、伝わってくれ。
「・・・まあ、あの時は全力疾走しながらだったもんね。」
応答してくれたのはジェニファーだった。肩をすくめ、心底嫌そうな顔はしているが。
「ていうか、逃げながらっていうのが無理な話よ。ようするに戦う準備ができてるならなんとかなるって言いたいのよね?」
それにセドリックは嬉々として乗っかる。
「ジェニーも段々察しがつくようになってきたみたいですなぁ。そうして、ゲームの世界に染まっていくんだね」
「勘弁して。」
といっても気乗りはしないジェニファーの返事は冷たい。
「・・・ま、バットにチェーンソーとあったらまずますまなんじゃないの。」
すると銃をズボンのポケットに強引に押し込んだハーヴェイが一足先に部屋を後にしようとする。みんなはぎょっとして奴の背中に目を向けた。
「おい!どこへ行く!?」
俺はなにも、そんなすぐに鵜呑みする奴が出てくるとは予想していなかった。みんなは迷い、悩んで、覚悟を決めてから勇気を振り絞って行くものだと。
でもハーヴェイは、休み時間に教室から出て行くみたいに、当たり前に出て行こうとするのだ。
「提案した人が何言ってるんだか。」
足を止めてドアのそばで振り返るハーヴェイに俺は半ば屁理屈を投げた。
「いや待て!俺は外へ出ようなんて「まだ」言ってない!」
いつもの無表情のハーヴェイが目を丸くして驚いている。
外へ出ようなんて言うにはまだ勇気が足りなかった。
ハーヴェイは俺の意図を汲み取った上で行動に移したのだ。
「・・・あーそういえばそっか。でも「まだ」って言ったからひと安心だよ。」
表情が落ち着く。
ひと安心?
おまえは怖くないのか?
「怖いけど、あんなの。だから俺は遠くから援護射撃するだけ。武器で得したわ、俺。」
ふっと微笑んでハーヴェイは階段を降りていった。
「・・・・・・・・・。」
みんな固まった。俺も、茫然とした。
「・・・ったく、しょーがねーなー!」
静寂を破ったのはオスカーだった。奴は俺の提案、今までの会話を黙って聞いていた。
「あのクソ野郎に先を取られるのがこんなに腹立つなんてな。」
普段と変わりない足取りで俺たちから離れていく。この部屋にオスカーの武器の金属バットはない。下に置いてきたのだろう。
だがドアの前で立ち止まり、オスカーは振り返った。
「いいか。俺がじっとしてたのは怖いからじゃねえ。お前が行こうつったら真っ先に行ってたんだからな。」
そう言って一際重い足音と共に階段を降りていく。
「・・・一応言う事を聞いてから動くんだね。」
「俺が言ったら言ったで文句垂れるくせによ。」
セドリックの素直な感想に返したが俺もびっくりだ。
いや、でも、遅れをとったあいつの言い訳かもしれないと言い聞かせていると横目に包丁の持ち手を握りしめた聖音が一歩、また一歩と前に歩みだすのが見えた。
「こ、子供だけにに行かせるわけにはいかないよね・・・。私、この中では一番年上・・・なんだし。」
どうやら年上、としての責任感が彼女を駆り立てたらしい。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
セドリックとジェニファーが不安そうにお互いの顔を見つめ合う。本来ならみんなが二人のような反応をするのだはないかと予想していたのだが。
「・・・大丈夫。頼もしい奴らがいるだろ。」
我先と向かったハーヴェイ、特に怖がる素振りも見せなかったオスカー。聖音はこんなんだが。
それにやっぱり、マシューが今は付いている。この事だけでも俺たちは多少なりとも有利なのではないか。
というか、二人はともかく俺が動かないでどうする。
「う、うん・・・行きましょうか。」
渋々頷いたジェニファーと黙って頷くセドリックは俺の後ろで横に並んで、一方俺は聖音の隣に並ぶ。取り残された面々はみんな一緒になって部屋を出ることに。
一階へ続く階段は狭かったがこれが意外にも、二人が横並びになって少しの余裕があった。二人暮らしとはいえ、この階段を二人で歩く事はなかったから、尚更だ。
と、そんなしょうもないことを考えている場合じゃない。
下に降りるにつれ、ときたま聞こえてくる銃音や鉄がぶつかり合う音が大きくなる。一階に着いた俺たちは散らかった店内に見向きもせず、駆け足で外へ出た。