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ナギ

作者: 聖 さくま

練習用に書いたSSです。

 ナギ


 こめかみから生ぬるい汗が伝い落ちる。

 だがそれは、じりじりと照りつけるこの盛夏の日差しのせいではなく、今、わが眼子がうつしだしている緊迫の事実によるものだ。

 

 我の前に男がいる。その腕に女をかかえて。


「弓を捨てろ。さもないと女を殺す」

 男の手に握られた短刀が、細いうなじにあてられる。静寂のなかに己の鼓動ばかりがはげしく耳をうち、胸の焦りを自覚せずにいられない。それでもなお躊躇する我に、男はにたりと嗤うと、その白くなめらかなうなじに赤い糸を描いた。女はきつく目をつぶり、唇を噛む。

「姫!」

「さあ、どうする? 次はばっさりといくぜ」

 なおも反撃の隙をさぐらんとするが、どうにも分が悪い。我はかまえた弓をゆっくりと下ろした。

「ナギ、わたくしに構わず弓を引きなさい。わたくしはどうなっても、ああっ!」

 刹那、美しい顔が苦痛にゆがむ。後ろ手に取られた腕をひねられたのだ。

「ムダ口を聞くな! おい男、はやく弓矢をこっちによこせ」

 これ以上姫を傷つけることはできぬ。ついに我は弓と矢筒を男の前に投げた。

「へへ、さすがに丸腰じゃなにもできまい」

 男はしたり顔で弓矢を拾うと、姫を抱えたまま我が乗ってきた馬にまたがった。だまってそれを見ている我に、最後の一瞥をくれて、それだけで終わればまんまと逃げおおせたものを、欲を出したのが男の運の尽きであった。

 我の首を手土産にしようとでも思ったのだろう、男は馬首を返して駆けざま、我に長刀を振り下ろした。紙一重でよけながら、ひろった飛礫を手にしのばせる。が、うっかり投げて、万が一にも姫に当たらないとも限らない。

 どうする……。

 しかし馬上で姫を抱えている男もまた、動きにくいうえに長刀が重く、かなりの隙があった。何度かよけるうちに、男はついに我から奪った弓を地面に落とした。

 ちっと舌打ちすると、男は我への攻撃をあきらめて、森へ向かって逃走を始めた。と、怯えながら成り行きを見守っていた姫が、とっさに男から矢筒をもぎとって我へと投げた。

「なにをする!」

 言うやいなや、男の分厚い手が姫の首を締めあげるのが見えた。

 

 愚か者――。

 渾身の力を込め、我は弓を引き絞った。



 ― 終 ―



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