NO. 9 全てこの一瞬に
振り返ることなく、跳ぶ様に前進した。周囲には無数の敵、その全てを引きつけるように光を纏いながら、吹き飛ばした個体の元へと跳躍した。
奇襲は完璧とは言い難かった。滝原を助けることに意識が向いていて、一撃で仕留めうるだけの出力を充填しきれなかったのだ。
結果として、俺の蹴りを吹き飛ばしたもの有効打を与えることはできなかった。ただ派手に吹き飛ばしただけ、あの乳白色のサイボーグは直ぐにでも戦線に復帰するはずだ。
ただし戦場は司令室のすぐ傍ではなく、遠く離れた無人の式典会場。指揮系統の回復を図るためにも、俺はあの場にいないほうが良い。戦うのなら一人で、なおかつ、誰も巻き込まない場所でだ。
ここならばいい。この誰もいない式典会場なら誰にも遠慮は要らない。
空中で狙いをつける。目標は、式典会場の貴賓席に突っ込んだあのサイボーグだ。
着地、それと同時に再び跳躍。踏み込んだ右脚に出力を収束させた。白銀の装甲が光り輝き、晴天の空にもう一つの太陽を作り上げる。威力は充分、たとえ敵の装甲が打撃を無効化しようが関係ない。その皮膚ごと心臓を破砕するまでのこと。
砕くは原子、我が力は世界を侵す必滅の光だ。
「――ッ!」
瞬間、反射的に身体を翻した。それとほぼ同時に、眼前を巨大な影が遮る。少しでも遅れていれば直撃していた。
スラスターを全開、頭から落下するようにして地面へと。空中に留まるわけにはいかない。あのままでは蜂の巣だった。地上に降りればやりようもある。
「く――!」
着地に先んじて背後に別の殺気。考えるよりも早く身体と神経が次の動きを取る。地面を這うように姿勢を下げると、二条の閃光が頭上を横切った。
追撃よりも早く、背後で凶刃をふるった敵を蹴り付け、距離をとる。装甲を砕いた感覚が無い、それどころか打撃の瞬間、勢いを殺されたのが分かった。
息つく間もなくさらに二撃、背後からの射撃が迫っている。避けている時間はない、右脚のエネルギーを瞬時に左手に回し、盾とする。
「――ぐっ!」
超高出力のレーザーカノンが左手の光と鎬を削る。散らされた熱線が周囲を焦がし、アスファルトが溶けてクレーターを形成ししていく。左腕に感じる熱はこれまでの攻撃とは比較にならない、直撃していればその場で熔けていた。これまでのどの敵とも違う、ただのレギオンとはそれこそ格が違っている。
数秒の激突のあと、残されたのは無残な残骸だけ。辛うじて防ぎきりはしたものの、左腕の神経接続に異常が発生している。
だが、それだけ。戦闘に支障はない。
「――あれを防ぐとは……流石というべきか」
「……化け物」
目の前には五体の敵。俺の狙い通り全員がここに集まっていた。
見間違うはずがない。山のような巨体を黒い生体装甲、背には先ほど俺を狙った二つの高出力砲、雪那の映像記録で見た個体に他ならない。その周囲を取り巻くのもまた映像にあった怨敵ども。同じく黒を基調とした外骨格と巨大な蜥蜴を思わせるフォルムをもつバイオボーグに、戦線に復帰した乳白色のイカもどきの二体、両者ともこちらにあからさまな敵意をぶつけている。
その後方にさらに二体、身を隠すことすらせずこちらを監視している奴らがいる。かく乱装置でも使っているのか、姿はつかめないが、そこにいると分かるだけで十分だった。
間違いない、こいつらだ。こいつらが雪那をやった。俺の妹を傷つけた連中が目の前にいる。俺の誘いに乗ってここに現れた。お誂え向けだ、全員残らず此処で落とし前をつけてもらう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――っ」
豪腕の一撃が左半身をかすめた。掠めただけだというのに生体装甲が軋みを上げる。まともに受ければどうなるかは明らかだ。
爆ぜる地面と巻き上げられた瓦礫に紛れ、その場から離脱する。まだだ、まだ、反撃には早い。
「――くらえ!」
続く一撃をギリギリまで引き付ける。閃光のような二つの鞭。その速度はたいしたものだが動きそのものはそう複雑なものではない。見切ってしまえば回避は容易い。
寸でのところで身をかわし、同時に側面から仕掛けてくるもう一体に対応する。爪による二撃をいなし、噛み付こうとしてくる切っ先を制し、体ごとぶつかり距離を開ける。
そのまま残り二体を視界に入れつつ、さらに距離をとった。一瞬でも視線を外せば、その瞬間には殺される。
「……ここまでとは…………やはりゼロシリーズは伊達ではないか」
感心したように黒い個体がそう呟いた。だが、驚くのはこちらのほうだ。予想はしていたが完全な千日手。殺されはしないが、殺しきることもできない。連携の完成度、個々の性能、どれをとっても付け入る隙がない。五年前でもこのレベルの敵は中々いなかった。個々の戦闘能力だけなら、もっと上はいくらでもいた。しかし、それが五体というのは今までになかったことだ。
相手も同じく生体装甲を持つ以上、防御面でのアドヴァンテージは消失している。おまけに、個々の能力はこちらが負けている。正直なところ、勝利は遠い。戦っているというよりは悪足掻き。俺の無様は傍から見ればその程度だ。
それでも戦い続けることができているのは、雪那の齎してくれた情報のおかげ。負けていても相手の特性を理解してさえいれば、戦いようのはある。このまま戦い続ける分には全く問題はない。
だが、こいつらを倒しきることは腹立たしいが現状切り札を切れない以上、無理だ。
今は耐えるしかない。敵のペースに合わせて、その時を待つ。タイミングが全てだ、それが外れればそこから全てが瓦解してしまう。勝負は一瞬、そこには迷いも焦りも、怒りさえも不要だ。
さらに迫る一撃をいなし、かわし、防ぎ、一秒ごとに思考と体を研ぎ澄ませていく。一撃でも喰らえば動きが鈍る。そうなれば、それでお終い。一度失った流れはもう取り戻せない。
戦い始めてからそう長い時間がたったわけではないというのに、交した攻防の数は三桁を越える。それでも、焦る心を切り離し、ひたすら冷徹に目の前の敵へと集中する。まだ足りない、もっと鋭く、もっと巧く、その一瞬に全てを捧げる。
「――クソ! クソ!! ふざけやがって!! 僕を蹴りやがって!!」
白いイカもどきが突出して俺を追う。攻撃力という点においては他の二体には大きく劣るがあの弾性の体と攻撃速度はそれだけで充分すぎるほど脅威だ。
弱点があるとすればその幼さ。元になった素体の影響が強く出ているのだろう、珍しいことじゃない。
「連携しろ! 一人ではそいつには勝てん!!」
対して、おそらく敵の中でもっとも経験豊富なのがこの男。堅牢な装甲とそれに相応しいパワーと火力はもちろんの事、常に状況を見極め、嫌なタイミングで仕掛けてくる。元傭兵か、組織の生き残りか、なんにせよ、かなりの経験を積んでいなければこの動きはできない。
「…でも」
ここにきてトカゲ似のバイオボーグがはじめて口を開いた。年若い女の声だがどこか無機質な印象を受ける。こいつの厄介さはバイオボーグ特有の変則的な起動と圧倒的な速度、その二つ。反面、防御能力はあまりに低い。致命的な弱点といっても過言ではない。
こいつら一体一体ならば大した敵ではない。ただこいつらの連携と雪那を倒した見えざる敵、その二つの要素がどうしようもなく厄介だ。
「……そうだな、仕方があるまい――行くぞ!!」
その言葉と共に三体が同時に仕掛けてくる。統率の取れた三体同時攻撃、雪那の記憶にあったものと同じだが、さらに速度が上がっている。このままじゃジリ貧、遠くない未来に押し込まれてお終いだ。
ここまでは目論見どおり。この劣勢をまっていた。いや、むしろこのときだけを、待っていた。
「――ッ!」
受け流したにもかかわらず、黒い奴の一撃は骨まで響く。直後、巨体の陰からトカゲが飛び出してくる。つづけざまの二撃目が脇腹を掠め、鋭い痛みにほんの一瞬動きが鈍った。
「――はは!! 死んじゃえよ!!」
「――クッ!」
一瞬の隙に付け入られせた。二つの鞭が俺の胴を捕らえる。どうにか打点は逸らしたものの、先程抉られたわき腹の装甲が砕け、人工血液が噴出した。
視界に警告が表示される。すぐさま止血と再生が開始されるが、中断し、全ての出力を攻撃と機動に回す。傷を気にしていては勝てない、ほんの一瞬でも遅れれば、この活路を失ってしまう。
「――あ!?」
「――!?」
「――何をッ!?」
刹那の間、引き戻される両腕を引っ掴み、腕ごと奴をぶん回す。勢いをつけ、トカゲ型も巻き込み、黒い奴のほうへと叩きつけた。大したダメージは望めないが、これで連中の動きに乱れが生じる。その刹那を、このタイミングで作らなければならなかった。
脳裏に過ぎるのは、雪那の戦闘記録。道中短い時間ではあるものの、幾度と無く繰り返し見た映像だ。状況的はその映像に極めて近い。一種の賭けだが敵の行動を制限し、タイミングをこちらで作った。
勝利へ繋がる唯一の活路が開く、それが今だ。勝負は一瞬、速すぎれば逃げられる、遅すぎればこちらが獲られる。マイクロ秒の遅れですら許されない、正確に迅速にその瞬間を捕まえなければ。
酷く心が軽い。目の前には無窮の闇のみ、触覚と聴覚のみがひたすら鋭く研ぎ澄まされている。思考はあらゆるしがらみから解放され、本能は目前に迫る死にのみ集中する。この充足感、この緊張感、確かな死と向かい合うこの瞬間だけが、本当の意味で一人になれる。
「――!?」
「こいつ……!?」
「――な、止めたのか!?」
闇の中、何かを掴んだ。鋭い痛みが走る。確りと掴んだ左の掌に冷たい刃を感じる。見えざる刃は胸部装甲を容易く切り裂き、永久炉の直前で止まっている。狙い通り、致命傷は回避できた。
「よう、捕まえたぞ」
薄皮一枚、どうやら賭けには勝ったらしい。すぐさま、視力を戻し、正面を見据える。目の前には何も存在しない、センサー類にも異常はなく、胸の痛みだけが鋭く響いている。確かなのはこの痛みだけ、信じられるのはここにいるという証明だけだ。
センサーと視界への干渉、改竄、妨害、それがこの見えざる敵の正体。サイボーグである以上は、センサーと補助視界により外界を認識している。依存しているといってもいいだろう。それは俺達ですらも例外ではなく、雪那が敗れたのはそれが故だ。
だが、所詮は奇策。見破れば対処は容易い。どれほど取り繕おうと殺気と体から響く駆動音は誤魔化せない。どれだけ能力を付与したところで、所詮素人は素人だ。
ここで殺す、雪那を傷つけた落とし前はつけてもらう。
「――はあああッ!」
刃を引き抜き、間髪いれず、虚空に向かって渾身の一撃を叩き込む。砕いた、装甲砕いた致命打の感触は間違いようがない。
だが、まだ殺しきれてはいない。見えずともその程度ことは分かる。連中が追いつくまで、ほんの数秒、だが、もはや捉えた。必殺の間合いだ、誰にも邪魔はできない。
「――がっ!?」
続けざまの二撃。まずは足、膝があるであろう部分を踏み砕き、動きを制す。さらに一撃、刃を握っているであろう右腕を諸共に圧し折る。勤めて冷静に且つ冷酷に、見えざる敵の四肢を奪っていく。
電子制御に異常をきたしたのか、見えざる敵のその姿が幽かに現れては、消える。まるで陽炎。命の灯火消えるその瞬間、こいつは姿を現すのだ。
動きは止めた、刃も砕いた、あとはトドメだ。一段と踏み込み、右腕部の出力を瞬間的に引き上げる。防御などさせるものか。
「――!」
防ごうとした左腕ごと胸部の装甲をぶち破る。間違いない、殺った。光を放ち、脈打つ心臓部に永久路から直接エネルギーを流し込む。許容量を越える出力を押し込まれた動力炉が暴走し、熱を発する。このまま握りつぶせばそれで終わり。
動力部が弾けるその瞬間、眩い光が視界を満たした。熱を持った光が俺の生体装甲を焼く。懐かしい痛みと熱の感触だ。殺害の実感だけが、生きている実感をくれる。酷く心が軽い、五年前のように、俺はまだ戦場に生きている。
戦いはまだ、これからだ。