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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: big bear
第一部 再びの始まり
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NO. 7 今、この場所に

「――それで計画の首尾はどうなっているのかね?」


 声だけがその空間にはあった。声の主どころか一切の光さえない闇の底、その場所に不機嫌な声だけが響いていた。 


「は、一切の遺漏なく計画は進んでおります。当初の目的どおり、彼は表舞台に戻りました。後は彼と10を接触させれば無事第一段階は完了いたしま――」

 

 緊張を滲ませた別の声と共に、一つの人影が現れる。延ばし放題になった無精髭と病的な執着を讃えた瞳、まるで亡霊のようなそんな印象を抱かさせるような男だった。

 彼の出現に続いて現れるのは無数の鬼火、彼の周囲を取り囲み、責め立てるように燃え盛っていた。


「それでは足りないだろう。昨日(さくじつ)の失点を取り戻すためにはもっと欲張らねば、なあ、博士?」


「ど、同時に式典に出席しているUAFの幹部たちの殺害も予定しております。ついで、我々の健在を世界に示す絶好の機会としてこの式典を利用する手筈に……」


 先ほどの声とは別の鬼火の追求に対して、博士と呼ばれた男はどうにか返答した。ここでこれ以上失態を犯しては、全てを取り上げられることになりかねない。それだけは、それだけは避けねばならない。ことが為されるまで、失ったものを取り戻すまではどんな恥辱にも耐えなければ。

 十三年間、あの女に全てを奪われたその時から、すべてをこの研究に捧げてきた。そのためだけに生きてきた。復讐のために、報復のために、名誉も地位も人生も全てを捨ててきた。この時を、選定の時を迎えるためだけに、彼は生きてきたのだ。


「それならば、三番目を取り逃がした失態の補填となろう。連中が死なば、我らもより広い範囲を支配することが可能となる」


 威厳のあるその声に追従して、次々と同意の声が闇に響いた。彼らにとってこの計画は、数あるもののひとつに過ぎない。準備に十数年間を費やし、天文学的な資金を投入しても、所詮はそれだけ。失敗も成功も、帳簿上に記帳されるただの数字に過ぎないのだ。


「では、計画の成就を祈願しよう。全ては、救済のために」

 

 ”救済のために”、その言葉が鬼火たちの間で唱和される。彼らの使命はただそれあるのみ、救いを求めて彼等は邁進していく、これまでも、そしてこれからも。

 


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



 高度一万フィートから見下ろす地上はひどく霞んで、現実味を薄れさせる。見渡す空は一面の蒼、中天に輝く太陽は分け隔てなく全てを照らし、雲ひとつ無く晴れ渡っている。開け放たれた後部ハッチから吹き込んでくる風は制服をはためかせ、エンジン音さえもかき消していた。マイナス四十度、文字通り凍てつく寒さえも機械の体は容易く遮断してくれる。

 胸に去来するのは理由も分からぬ寂寥感と心地のいい孤独感。我ながら因果な性分だが、俺は一人でいるのが好きだ。完全な孤独ではなく、自ら選んだ中途半端な孤独は中途半端な俺に似つかわしい


「……時間か」 


 地上を眺めていると、ポケットの端末がブザーを鳴らす。時刻は十二時一分前、作戦時間直前だ。

 もうやると決めておいて今更だが、スカイダイビングして登場というのはやはりどうかと思う。誰の趣味かは知らないが、正直、悪趣味極まりない。しかし、是非も無い。どれだけ上手くやれるかはわからないが、まずはやってみてからだ。

 遥か遠くの地上では既に記念式典が始まっている。回線を切り替えれば、下の中継映像を見ることができた。丁度壇上には何度かニュースで見たこの国の首相の姿。どうやら犠牲者を悼む演説の途中らしい。

 人類戦役終戦五周年式典。あれから五年経った、滅びが身近にあった日々は記憶になり、安定した平和と秩序が日常になっていく。俺だけをあの日に取り残したまま世界は絶え間なく変わっている。

 だがまだ必要とされている。だから行かなければならない。それだけのことだ。

 地上の中継映像では昨日の佐渡支部長が壇上に立ち、特別ゲストがどうのと言っている。


「――いくか」


 一歩前へ、落下へと歩を進める。成すべき事を成すためには、一歩ごとに思考を切り替えていかなければならない。此処から先では人間として繕われた俺は必要ない、必要なのは戦士としての俺、英雄01だ。

 雪那の映像記録、道中繰り返し見たそれを脳内で反芻する。十分程度の短い戦闘だが、得られたものは多い。敵のカラクリも大体は掴めた。雪那が傷を負ったのも納得がいく。しかし、その特異性ゆえに脆い、そこに俺の勝機はある。

 それでも一つの光景が頭から離れない。十分間の映像の最後、紅蓮に染まった世界が頭に焦げ付いている。

 雪那が放った最後の一撃。03に、雪那に与えられた力、その全てを集約した一撃は周辺の空間ごとやつらを吹き飛ばした。文字通り命と引き換えのその技で、雪那は生き延びた。

 彼女の命は、俺のただ一人の妹の命はあと少しで奪われるところだった。それが俺には我慢できない。雪名を傷つけた連中がのうのうと生きていることにどうしようもなく腸が煮えくり返る。奴らと戦う理由はそれだけで充分、八つ当たりというならそういえばいい。俺は俺のために奴らと戦うのだから。

 気付けばもう後一歩。次に踏み出してしまえばもう落ちていくだけだ。

 不意に眼下の景色がひどく歪んだ。足元からぐらつくような錯覚と圧迫感を怒りで焼き尽くす。もう迷いはない、逃げるのはもうあの五年間で充分だ。

 怒りを内に、思考を外に。戦士としての自己と人間としての自己、機械としての自己を調和(アンサンブル)して、一人の戦士を五年前から連れ戻す。もはや、あとに戻る道など有りはしないのだから。


「――01!」


 飛び降りようとしたその瞬間、緊急回線で通信が入った。声色からして只ならぬ様子が伺える。悠長に話している場面ではない。何があったかなど明白、襲撃だ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



 重力に身を任せ、ひたすら加速していく。周囲の景色が残像を残して流れていき、凄まじい速度で地上が近づいてくる。渦巻く風を受けながら、体勢を整え、さらに下へと加速した。

 眼下では火の手が上がっていた。インカムからは絶え間なく怒号と指示が飛び続けている。地上は混乱の極みだ。通信から伺える情報はどれも錯綜しており、真偽が定まらない。

 とにかく分かっているのは封鎖線の展開を妨害されているということと、例の連中以外にも未確認のレギオンが複数体現れたということだけ。詳しい状況は何一つとして分かっていない。

 滝原からの指示は二つ、一つは速やかな敵の掃討、もう一つは避難誘導の援護だ。あくまで定石通り、この状況ではそれ以外の選択肢がない。

 避難誘導の重要性は身にしみて理解している。敵を倒し、人々を護衛するだけでなく、彼らのパニックを収束させ、できうる限り早く正確に安全を確保しなければならない。ただ戦うよりもよほど難しい。しかも、滝原によればいまの隊員たちはこういう状況下での戦闘経験がほとんどないとのこと。下手をすれば、あの夢の二の舞にもなりかねない事態だ。

 地上まで三百メートルを切った。地上で上がる火の手がハッキリと見えてくる。数箇所で爆炎があがり、センサーの反応と前後して戦闘の光が現れては消えていく。暴れている五メートル級の大型のレギオンも目に入ってきた、大した数ではないが飛行型もいる。反応の数は百前後、敵の編成は定石どおり。問題はない。

 だが、一体一体が中々に高性能、五年前の終戦間際でもこの性能のレギオンは存在していなかった。H.E.R.Oなら負けはしないだろうが、数で攻められれば厳しい。

 状況は悪い、最悪といってもいいだろう。しかし、だからこそ、俺がいる。


「――いくぞ」


 胸の永久炉心に火を入れる。血管には血液の代わりに炎が流れ、皮膚の上には無数の黒いラインが浮かび上がる。炉心から供給された無尽蔵のエネルギーが各器官の起動を促す。

 筋肉、骨格、血液、内臓、脳、その全てに熱が満ちた瞬間、変換機が作動する。溢れ出した余剰エネルギーの光が全身を包み、変換が始まる。この光が俺に戦う力をくれるのだ、今も昔も変わらずに。

 一瞬のうちに、俺の体は人から兵器のそれへと創り変えられる。白銀に輝く生体装甲(バイオネティックアーマー)、漆黒のエナジーライン、緑色の双眸、そして真紅のマフラー。取り繕った人体ではなく、本来の兵器の体と精神へと全てが還る。

 もはや地上は目と鼻の先、落ちていく視界の中で目測をつける。左側で暴れている大型が避難経路に近い。戦闘しているのは一人、市民を庇いながら戦っている。あの様子ではそう長くは持たない。

 空中で身を翻し上下を入れかえ、落下地点を調整する。狙いは決まった、後は落ちるだけだ。

 地上まで後、数十メートル。各部のスラスターを一瞬吹かし、落下速度を調整する。速すぎれば巻き込み、遅すぎれば弾かれる。敵の装甲強度と動力炉の位置を考慮して最適の速度を維持しなければならない。

 激突の寸前、レギオンはこちらに気付いた。遅い、遥かに遅い、そんな速さでは俺には追いつけない。


「っおおおおおお!!」


 右の足が敵の胴体に大穴を穿つ。落下の勢いを殺したせいで、動力炉までは届いていない。狙い通りだ。


「なっ!?」


 少し遅れて地上から驚きの声が上がる。こちらも狙い通り被害は無いようだ。

 左足でレギオンを蹴り、再び宙へと舞う。敵に搭載された人工脳の緩慢な処理速度にあわせて動き、視線と攻撃方向をこちらへと誘導する。

 三つのレーザーカノンの砲塔がこちらを向く。頭を揺らすような警戒音を無視して、正面から向かい合う。当たればただですまないが、それがどうした。

 三つの閃光がほぼ同時に迫ってくる。その刹那のズレが唯一の活路だ。

 左側のスラスターを僅かに吹かし、体を捻り、極小の隙間に滑り込む。高出力のレーザーが装甲(はだ)の表面を焦がす。敵が次の行動を起こすよりも早く、その刹那に敵の間合いのうちへと飛び込んだ。

 再び至近距離へ。狙いは先程の着弾点、剥き出しの動力炉を打ち貫くのみだ。

 交差、今度こそ必殺の確信。動力炉のみを確実に蹴り砕き、そのまま背中を突きぬけた。その勢いのまま、避難経路の逆側へとレギオンの巨体を倒す。爆発を避けても、残骸に市民が押し潰されましたでは笑い話にもならない。

 轟音と共に巨体が崩れ落ちる。粉塵と瓦礫が舞い、瞬間視界を染め上げた。

 ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。敵の反応はないが、用心しておくに越したことは無い。

 一番反応の多い激戦区はすぐ近くだ。通信音声は事態の窮乏を告げている。雪那を襲った連中は確認されていないようだが、それでも状況は最悪。それでいい、そうでなければ俺が此処にいる意味がない。


「あ、あの」 


 声に振り返るといつか見たメタリックレッドの装甲服がいた、戦闘していたのは彼女だったか、確か岩倉とかいう新人の()だ。二戦目で病み上がりにしては動きは悪くなかった、滝原が期待するだけの事はある。熟練すれば優秀なH.E.R.Oになるだろう。


「――状況はわかっているな? 」


「は、はい! 避難誘導にはもう少しかかります!」


 見たところ傷もなし、士気も旺盛だ。この状況でたいしたものだと感心すると同時に頼もしさを感じた。冷静に自分のするべきことに従事できている。こればかりはいくら訓練をつんでも得がたいものだ。


「わかった。俺は向こうに向かう。ここは任せるぞ」


「りょ、了解しました! ここは任せてください!」


 いちいち素直に反応されるのはどうにも苦手だ。それに彼女の背中越しに無数の視線を感じる。おそらくは俺に気付いたのだろう。奇異と驚愕、好奇心とが入り混じった視線には慣れている。一々感情を向けていられるほど、俺は暇じゃない。


「――頑張ってくれ」


「は、はい!!」


 少し間抜けだが、俺には洒落た言葉は思いつかない。それだけ伝えると、すぐさま転進し、戦場へと駆けてゆく。

 体は軽く、精神は鋭敏に、四肢に漲る力はそのままに敵を砕く。この感覚だ、五年前と同じこの猛りは決して訓練では得られない。迷いと悲しみを塗りつぶし、余計なものは全て意識の外へと追いやられる。五年間、絶えず付きまとってきた痛みと嘆きを一過性の激情が焼き払ったのだ。

 澄んでいる、心も視界もこれまでにないほどに。ふと、ある声が聞こえる。初めて耳にしてからずっと心のどこかに刺さっていたその言葉の意味をようやく理解した。


”君は戦うのが楽しくて仕方がないのさ。それが唯一の存在理由で存在証明、だから戦い続けるしかない、その体が動かなくなるその時まで”


 あの蛇のように全身に絡みつくような口調と、それに似合わぬ清澄で快い声が何度も繰り返す。ああ、そうだそのとおりだ、認めよう、お前が正しかった。俺はこんなにも戦場ここへと帰りたがっていたのだから。

 どこかで、あの高笑いが響いた。まるで俺を歓迎するかのように、奴が笑っていた。




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