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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
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NO. 6 その背中に

 夢を見ている。遠い昔の嘗ての悪夢(ゲンジツ)を。

 燃える街の中心、山のように積み上げられた死体と瓦礫の上に立っている。炎の赤が夜空の黒を染め上げていく中、無数の影が蠢く。影は炎に紛れ、俺の周りを取り巻いていた。炎と同じく影の包囲はじりじりと迫ってきている。少なくとも五十、それ以上の数の敵が炎の中に潜んでいた。

 生体装甲に感じる炎の熱と、焼け付くような高揚感。その時とそのまま変わらぬ感情をまるで他人事のように再認する。

 確か九年前の夏、酷く暑い日だった。纏わり付くような熱気と人々の賑わいを覚えている。避難誘導が上手く機能せず、数百人の市民が戦場に取り残された。救えたのはそのうち僅か十数人だった。

 声を上げず襲い掛かってきた一体を拳で砕いた。記憶のとおりに体が動いている。拳を振るい、蹴りを放ち、手刀で切り裂き、次から次へと敵を屠っていく。両腕を奴らの血で朱に染め、火の粉と粉塵を振り払いながら押し進んだ。

 そうしてしばらく戦ったあと、足が止まった。足元に転がる何か、それに気を取られて俺は足を止めてしまった。

  最初は瓦礫だと思った、次に死体だと判断した。だが、違う。強化された視力は幽かに動くその指を、聴力は消え入るようなその声を捉えていた。

 小さな本当に小さな子供の声。助けてというその声は俺に向けられたものではなく、今際の際に発せられたただ切実な祈りそのもの。それを拾い上げることができたのは俺だけ。

 立ち止まったのはほんの数秒だっただろうか、たった数秒の間、俺は躊躇した。どうしようもないことと頭では分かっていたつもりだった。

 だが、その意味を理解していなかった。俺たちの戦いの本質は命の取捨選択。誰を救い誰を救わないか、傲慢にもそれを定めるのが俺たちの仕事だと何一つとして分かってなかった。

 僅かな隙、それを晒した瞬間、数十体の敵が攻撃を一斉に襲い掛かる。

 同時に飛び掛ってきた数体を諸共に砕いた。続けざまにさらに数体纏めて叩き潰す。それを何度か繰り返した後、肩と脇腹に綺麗な穴が開いた。

 痛みですら、この時に感じた全てでさえ、遠い何処かにあった。

 目の前には群がってくる幼体の群れ。こいつらを何体殺そうが結局のところ、大した意味はない。

 狙いは一つ。宿主であり、頭脳でもある成体のNEOHだ。成体を倒せば、幼体も機能を停止する。言うには易い、行うのは難しい、いつもの事だった。

 夢は続く。醒めろと願っても、自分の意思ではどうしようもない。夢が終わるその時まで、戦い続けるしかないのだ。




◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



瞼を開くと照明の明るさに目が眩んだ。一瞬、自分が何処にいるのか分からなくなった。ここは待機用に宛がわれた空きの執務室、簡素な机と仮眠のための仮設ベット以外なにもない。

 昔の夢を見たのは酷く久しぶりだった。九年前、まだ一人で闘っていた頃の記憶、いや一人で戦っていると思い上がっていた頃の記憶。思い出すのはあの日のことばかりで、それより前の事を思い出すのは久しぶりの事だった。どちらにせよ、気分は最悪だ。


「――――」


 体を起こし、掛けてあったUAFの制服に袖を通す。これを着るのもひどく久しぶりだ。私服で支部内をうろつくと悪目立ちしかしないので、滝原に貸してもらったものだが、サイズも着こなしも問題ない。これを着ていると心なしか、身が引き締まるように感じるのは今も昔も同じだ。

 時計に目をやると、時刻は午前八時半。予想以上に長く寝ていた。検査やら登録やらで時間ががかり、結局支部に泊めてもらったのだが、思っていた以上に疲れていたようだ。

 確か、式典の開始は昼過ぎだったはず、時間的にはまだ余裕がある。といって他にすることなど何もないのだが。


「――今年度の最高委員会における予算会議において、さらなるUAFの規模縮小と予算削減が決定しました。人類戦役終結後、NEOHの出現停止に伴い予算削減を続けてきたUAFですが、さらに二つの支部を統廃合し、一部の部隊はそのまま国連軍への編入を来年度までに行うということでおおむね合意がなされました。さらに、独立行動権に関しても……」


 何の気なしに備え付けの端末を起動すると、ニュースが流れてくる。滝原の言っていた予算削減についてのものだ。事実として知ってはいたが、当事者として聞くとまた違った意味では腹が立ってくる。上の連中に現場の苦労を理解しろと言うのは無意味だが、悪態を吐く権利くらいはある。

 しかし、まあ、これ以上聞いていても無益なことは確か。電源を落して、準備を整えていると、コンコンとノックの音が響いた。誰だろうか、俺を訪ねてくるのは滝原くらいしかいないはずだが……………。


「――どうぞ」


「し、失礼します」


 どこか聞き覚えがある声が聞こえてきた。ひどく緊張して震えている。少なくとも知り合いにこんなやつはいない。

 一呼吸ほど間を空けて、扉が開いた。現れたのは、UAFの制服を着た年若い女性、いや少女といってもいいだろう。どこか幼い印象を受ける。ポニーテールの栗色の髪とあどけない顔立ちもその印象を強めている。聞き覚えがあると思ったのは思い違いだったようだ。


「――た、た滝原統括官がお呼びです。せせ僭越ながら、じ、自分がブリーフィングルームにご案内します」

 

 声で分かっていたが、あんまりだ。背筋をぴんと張り、ぎこちなく敬礼しているが、手が震えている。訓練校を卒業したての新人だとしても緊張しすぎだ。今にも卒倒しそうで、見ているこっちのほうが不安になる。

 滝原の奴、一体何をこの気の毒な彼女に吹き込んだのやら……俺が誰かを知っているのは確かだろうが、それだけで此処まで緊張するはずはない。


「……君は」


「しし失礼しました! わ、私は、しょ、小官は岩倉ヒカリ特技官であ、あります!!」


 ポツリと漏らした声を聞き取ったのか、彼女は一際大きな声で官姓名を名乗った。別段、名前を聞いたわけではないのだが、まあ名乗ってくれる分は構わない。しかし自分が新人だった頃はどうかなど憶えちゃいないが、ここまでではなかった、と思う。

 そんなことを考えていたところでふと思い出した。聞き覚えがあるはずだ、つい昨日聞いたのだから。


「…………怪我は、どうだ?」


「え?」


 できるだけ優しく静かに声を掛けた。生憎と愛想よく声を掛けるのは無理だ。愛想笑いをすると毎回、具合が悪いのかと聞かれるので大分昔にやめた。

 目の前にいるのはあのときの彼女。昨日の戦闘の際、敵のサイボーグに致命傷を負わされたあの紅い装甲服の彼女に間違いない。


「け、怪我でありますか!? は、はい、その、おかげさまというか何というか…命に別状も無く、ご覧とおりその……」


 呂律が回ってない上に、今一要領は得ないがどうやら怪我のほうは良いらしい。致命傷ではないものかなりの重傷だったはずだが、今の再生治療なら一日で完治することもめずらしくない。なんにせよ、大事が無いならそれでいい。


「そうか。……昨日はあー、すまなかった。君を助けるべきだった」


 事情はどうあれ、俺は彼女を置き去りにして戦った。それはどうしようもない事実だ。例えその義務はなくとも、一人の人間として尊厳を持っていたいのなら、口にすべき言葉だった。


「――へ? あ、ああいえ、そもそもあれは私のミスでして、その、えっと。謝るのはこちらのほうでして、だからその……」


 あたふたとする彼女はどこか微笑ましい。俺の周りの女性は皆、肝が据わっていた、良い意味でも悪い意味でもこんな姿をみせることはなかった。こういうタイプと接するのは初めてだ。正直言って、対応に困る。

 それにしても、滝原の奴もどういうつもりなんだろうか。いわば加害者と被害者みたいなものだろう俺たちは。どうにもやりにくくて仕方がない。


「あ、あの、そのお聞きしたいことが――」


「滝原が呼んでるんだろう? 案内してくれ」


 何か言いかけていたようだが、のんびり話しているような気分でもないし、滝原をあんまり待たせるわけにもいかない。ブリーフィングルームの場所が変わっていなければ、俺一人で辿り着けるだろうが、折角案内してくれるというのだから追い返すのも悪いので、とっとと案内してもらおう。


「は、はい!!」


 一際大きい声の返事。思わずこっちが萎縮しそうなぐらいだ。

 ここに来てようやく一つ思い出したことと、一つ気付いたことがある。こんな態度を取られるのは五年ぶりで、直ぐには気付くことができなかった。

 五年前との違いは一つ、俺の姿だ。こんな反応を受けるのはいつも変換後の、本来の姿へと変わっているときだった。白銀の鎧に、緑の瞳、赤のマフラー、記号としての俺への憧憬と尊敬。俺には分不相応な希望という記号が彼らの心には焼きついていたのだ。

 その反面、生身ならある意味気が楽だった。今まではこうやって生身の姿を知られても、そもそもそういう事を気にしない奴ばかりだったせいか、生身でいるときに自分が誰かを気にしたことは一度としてなかった。

 皮肉な話だが、生身のときにこんな風に扱われるのは、これが初めてのことだった。どうにも妙な気分になる。この子みたいな目で見られるのは正直言って苦手だ。

 逃げるように彼女に続いて部屋を出た。どこか居心地の悪い懐かしさと緊張が尾を引いていた。俺はやはり英雄には向いてない、どうしたってそんな風には振舞えそうにない。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   


 輸送用の変翼機(コウノトリ)の翼が広がってゆく。低い唸るようなエンジン音が聞こえる。幾度と無く聞いた腹の奥底に響くその音はひどく懐かしい。

 支部に隣接する発着場は支部内に比べて閑散としている。式典会場自体はそう遠くないのだが、俺だけは輸送機で上まで運んでもらうことになっていた。


「――ねえ、本当に良いの? 別に変更効くのよ?」


 タラップに足を掛けると、後ろから滝原が声を掛けてきた。振り向くと、少しやつれた滝原が真っ直ぐこちらを見詰めている。忙しいはずなのにわざわざ見送りに来てくれたらしい。

  ブリーフィングルームに集まっていた人数の多さに多少は驚いたが、ブリーフィングそのものは短時間で終わった。内容のほうも昨日滝原に聞かされていたものから大した変更は無かった。俺もそれに異論はない。


「何がだ?」


「別に雪那と同じようにやらなくても良いって言ってるのよ」


「ああ、そのことか。そういってくれるのはありがたいが、雪那と同じことをやらないと代役にならないだろう? 気にするな、それよりもヘマしない様に祈っててくれ」


 滝原の言葉は心底ありがたいが、雪那の代わりを務めるなら俺の都合で予定は変えられない。つらくないと言えば嘘だが、それだけだ。なんの問題もない。


「――貴方がいいならそれ以上は言わないけど、やっぱりいくらなんでも派手すぎよ。記念式典をパーティーかなにかと勘違いしてるみたいね、あいつ等」


 明らかに怒りの滲んだ滝原の声。確かに誰の要望かは知らないが、しめやかに行うはずの記念式典にしては少々演出過多ではある。しかし、あれから五年経っているのだ、そのぐらいのことはあっていいのかもしれない。


「っと、忘れるところだったわ。これ、移動中に見といて」


 そういうと滝原は端末を投げてよこす。連絡なら通信で充分、それに端末なら俺も持ってる。


「――雪那の視覚データが入ってるわ」


 俺の疑問を察したのか、滝原から補足が入る。なるほど、雪那の視覚データか。件の連中と直接戦闘したのは雪那ただ一人だ。その情報があるとないでは大きな違いがある。言葉だけではなく実際に見ることができれば、例の見えない敵の答えも出るかもしれない。


「……助かる。すまんな、大変だったろう」


 怒らせた俺が言うのもなんだが、雪那の怒気は並々ならぬものがあった。とても話が通じるような様子ではなかった。傷が開かなかったのは不幸中の幸いだった。

 それにしても、あの雪那を説得したのかを考えると、滝原には頭が上がらない。その怒りは本来俺が受けるべき咎だというのに、俺は滝原にそれを負わせてしまった。


「そうでもないわ、データ自体はすんなりくれたから。でも、無茶苦茶怒ってたし、かわいそうなくらい憔悴してた。あの子、自分を責めてるの」


 最後に見た雪那の姿を思い返す。取り乱し、瞳に涙を溜めた彼女の姿。俺という存在がそれほどまでに彼女に重く圧し掛かっていたのだ。それを辛いと口にすることなく、雪那は戦い続けていた。

 だからこそ、今度は俺の番だ。


「……すまん」 


 詫びて詫びきれるものじゃない、ならばせめて俺が戦う。俺個人としてではなく、記号(ヒーロー)01として戦う。


「――01、ごめんなさい。私たちはまた貴方に押し付けてる、もう貴方には頼らないって五年前に誓ったのにね」


 滝原は告解するようにそう口にするが、詫びるのも感謝するのも俺のほうだ。十年間俺たちが戦い続けていられたのも、五年間俺が逃げ続けていられたのも、全て彼女のおかげだ。俺を連れ戻した事を、彼女が悔いる必要性は何処にもない。


「滝原、俺は――」


「だけどね、信じてるから。昔も今も、貴方と私たちならどんな敵にだって負けないってね」


 五年前から変わらぬ頼もしい戦友の顔がそこにあった。決して一方通行ではない、鎖のような強固な信頼と絆。変わらず切れることの無い緋色のつながりは懐かしく心地良い。

 そうだった、九年前にあるのは炎と死だけじゃなかった、こういう温かいものもあったのだ。それを今の今まで忘れていた。


「――ああ、その通りだ滝原。背中は任せる、いつもみたいに」


 ありったけの信頼をこめて静かにそう告げた。いつだってそうだったのだ、俺はいつでも一人ではなかった。俺は背負っていただけではない、どんな時でも共に戦っていた。どうしてそんな大事な事を忘れていたんだろうか。この体が動く限り、俺には信頼にこたえる義務があるというのに、俺はその義務さえ放棄していた。だから今は、全力を尽くす。誰のためでもなく、俺が再び信じるために。そのためには、英雄(ヒーロー)でも道化(ピエロ)でも演じてみせる。


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