NO.55 蠢く影
数秒後、目の前に広がっていたのは目の醒めるような晴天。あれほど分厚かった暗雲は打ち払われ、雲ひとつない。
皮肉なことに、この青空を取り戻したのは巨大な霹靂。07の放った最大出力、空間振動すらも巻き起こしたそれは見事、雲の巨人を打ち倒したのだ。
放出された奔流は数千倍にも増幅し、百本の腕は残らず吹き飛し、巨人の身体を跡形もなく消滅させた。それだけには止まらず、周囲の雲の壁も諸共に。戦略核弾頭ですらこれほどの破壊をもたらすことはできはしまい。これがゼロシリーズ、これが最強と呼ばれるサイボーグの力、そして、これが彼らのもたらす結果だ。
僅かな拮抗、押し合った両者は数多の余波を撒き散らし、結果として凄まじいまでの破壊をもたらした。これが市街地であれば、いや、その近辺であったのなら取り返しのつかない事態になっていただろう。戦場がこの太平洋のど真ん中に設定されたことは不幸中の幸い、それでも今頃全世界の早期警戒網が空間振動の異常値を観測し、最大警報を鳴らしているはずだ。
圧倒的なまでの力、無限にして絶対、永久炉心が齎す一側面。無限のエネルギーをもたらすとされたそれはその実、地上最強の兵器でもある。神の子たる彼らが振るった力と一切遜色ない力。人の手によって作り上げられた神の力の具現、それが彼等だ。
あるものは彼らを英雄と呼ぶ、世界を救い、人類という種を守護する絶対の守り手だと。あるものは彼らを兵器と呼ぶ、自らの意志で行動し、人類とこの星に危険を齎す動き回る爆弾だと。そのどちらも等しく正しく、等しく間違っている。彼らは英雄であり、それと同時に兵器でもある。人の意志と機械の精密さを併せ持つ兵器、それが本来の形でのサイボーグ。英雄と呼ばれる彼らこそが、その理念を最も体現しているといってもいいだろう。
「…………痛い」
そう静かに声を漏らしたのは未だシームルグユニットの上にある03こと風見原雪那。脳が熱を持ち、自己診断プログラムが最大警報を鳴らしている。すぐさま冷却が始まり、各部の放熱機構が唸りをあげた。
僅か数秒間とはいえ、極限の集中状態、所謂クリアマインドと呼ばれる状態は彼女の脳と生体コンピューターに重大な負荷をかけた。実際、あの永久炉の共振とその後のコンビネーションにおいて最も大きな負荷を被ったのは彼女だ。増幅と制御、その二つをになった以上は07のように好き放題に出力を上げれば良いというわけではない。
一寸の狂いさえもない制御と一糸乱れない集中。要求されるのは共に繊細な二つの技巧、機械よりも尚も精密に、尚且つ臨機応変に状況に対応しなければならない。03として01に次ぐ戦場経験を誇る彼女だからこそできる曲芸じみた芸当だった。
彼女の兄が、01がここにいればさすがわが妹と手放しに褒め称えるであろう成果。彼女は昔からそのあまりにも強大な力に対して、こういった繊細な技こそが得意とするところだった。07の放った原子砲の増幅と効果範囲の制御。彼女でなければ、力を暴走させ自爆することになるか、あるいはその余波でどこかの地形を書き換えることになっていただろう。
「――センサーは動いてない、通信も……だめか」
頭痛を堪えて、感覚を起動するが、機能停止中。通信も同じくだ。味方の安否も敵の所在も不明。原因は明らか、この空間振動の影響しかない。
となると、有視界での確認しかない。強化された視力ならば、この大空でもあらゆるものを視認できる。
目下のところの優先事項は二つ、敵の撃破の確認と戦域を離脱した味方輸送機との通信の確立だ。輸送機が無事なことは疑うまでもないが、どちらにせよ、万が一ということもありえる。常に最悪の状況を想定しておかなければならない。
「――うおっ!? おっとと!?」
「はあ、全くなにやってんのよ……」
視線を上げると、目の前にはふらつく筋肉ダルマ。どうやら一気に出力を放出し過ぎたせいで体の制御ができていないらしい。彼を乗せている赤一色のシームルグユニットも酔っ払いのように揺れている。
無理もないが、負担で言うならば自身のほうが遥かに上。文句の一つも言いたくなる。
そう、文句だ。一つ言い出せばキリがない、この一年間、どれだけだけ彼の力を必要としていたことか。01の復帰以来、彼女は唯一の兄と共に常に激戦の最中だった。時間が許すなら映画の主役を務めて、美人を侍らせ、CMでハンバーガーを齧っている間にどれだけ大変だったか、滔々と語り聞かせてやりたいくらいだ。
「…………ほら、さっさと掴まって」
「お、へへ、わるいな、ユキナ、手貸してもらって」
「そう思うならいい加減、自分で力を制御してほしいわね」
「いや、久しぶりだったんでな、ちょっとな」
しかし、そんな悠長な事を言ってられないのは彼女自身百も承知だし、それ以上に彼が自分達とともに戦えなかったのは彼の責任ではない。悪いのは頭が固い上に性根の腐った上層部と薄汚い裏切り者のせいだ。
それに、一人取り残される痛みは彼女とて良く知っている。六年前のあの日、あの決戦場で兄の隣に立つことできなかったその痛みは今も彼女の中で確かに生きている。一瞬たりともその悔しさと後悔を忘れたことはない。
「……有視界で索敵、通信が回復次第、輸送機と合流。01の援護に向かう、いいわね?」
「了解!」
雪那の指示に、ジョーは満足げにそう応えた。未だ戦場の只中だというのに、遠く離れていた家族と再会したかのような気軽さえ感じさせる。事実彼にとってこの場所は戦場であって戦場ではない。
古い知己との再会の場所であり、なおかつ復帰の大舞台。彼の言葉を借りれば、大スターのカムバック、その晴れ舞台といってもいいだろう。
無論、それは決して戦場に流れる血と命のやり取りを軽視しての考えではない。重みと痛みを理解した上で、その全てを背中に背負うからこそのその思考と明るさ。07という英雄、ジョー・スカイ・キャッスルという戦士は人類戦役のころから変わらずここにあるのだ。
背中合わせに、360度を警戒する。よもや、あの一撃を生き残ったとは思えないが、それでも万が一は起こるもの。あの人類戦役を生き残った二人には油断の二文字は存在しない。あらゆる状況を想定し、それに備え、それを越える事態にあっても必ず対処する。数え切れない戦場で鍛え上げられた直感と経験は早々敗れるものではない。
「――見つけた! 直上!!」
「マジかよ!!」
数分後、太陽の中、微かな影を捉える。ほんの僅かな微弱な生体反応を回復したセンサーが捕捉した。間髪いれず、一言も交わすことなく、二機のサイボーグは上昇し、包囲陣形を形成する。無論のこと、03の四肢と07のツインホーンにはそれぞれの権能が滾る。先ほどの最大出力での消耗があるとはいえ、それでも止めを刺す程度は容易い。
かといって、すぐさま止めは刺せない。風見原雪那はあくまでUAFの理念と規則に従順だった。
「――念のため勧告しておくわ。降伏するなら生命は保証する、身柄の取り扱いについては国際条約に乗っ取る。どう、降伏する気、ある?」
”――――”
返答を待ちながらもより一層警戒を強める。目の前の存在、ボロボロになりながらも物理法則をねじまげて宙に浮くそれ。死に体そのもののそれに奇妙な既視感と言い知れない不気味さを覚える。
まるで合わせ鏡のよう。敵の姿はあまりにも自分達と似通っている。全身を覆う生体装甲に無限を司る永久炉心、なにもかもが彼女に、彼女の兄弟達と同じ。だというのに、なにかが違う。何か決定的な差が確かに存在している。その違和感が僅かに二の足をふませていた。
「――結構、かっこいいな」
「……はあ、まったく」
それでも相変わらず呑気な弟に閉口しつつ、力を高めていく。既に戦闘不能な相手を一方的に殺す問うのはポリシーに反するが、相手が相手だ。そう贅沢は言ってられない。
おかしな真似をすればその瞬間には始末できる、言葉ではなく態度でそう示す。交渉の第一歩、要求を通すには先ず棍棒を用意しておかなければならない。
”――ありえぬ”
「なんだこれ? テレパシーか?」
「…………頭に響くわね」
返答の如く発せられたのは声ではなく脳波。この波形を受けるのは初めてではない。北極海で戦闘したクレタスもまた通信とも念波とも付かぬ方法で会話を行っていた。それと同じものだ、耳の奥で鐘をならされるようなこの頭痛を間違えようがない。
テレパシーとは言いえて妙かもしれない。あの嵐を形成した能力といい、あの百本腕の巨人といいゼロシリーズの雪那にとってさえ、この敵はあまりにも現実離れしている。まるで魔法か、超能力だ。
そう超能力、その単語は彼女にとって、いや、彼女と01にとってはただの言葉ではない。簡単には口にはできない禁忌のようなものだった。
「――それで降伏しないの? するの? こっちも後が詰まってるの、早く決めてくれないかしら?」
慙愧を振り払うように力をチラつかせる。この敵の正体が何であるにせよ、するべきことは変わらない。手段を問わず、敵を無力化する。何も殺す必要はない、力を奪い、戦えなくすることができればそれで十分だ。
”――ありえぬ、ありえぬ、こんなことは許されぬ”
しかし、差し迫った脅威すらも”彼”には届かない。敗れたという事実、ただそれだけのことが彼をどうしようもなく打ちのめしている。長い、あまりにも長い”彼”の生涯において初めての敗北。この身体を、神の血に目覚めたその日からは想像することすらなかった。
底の見えない恐怖と背筋を駆け上り脳髄を抉る不安。こうして浮かんでいることにすら自覚はない。ただ死んでいないだけ。茫然自失となった”彼”はあまりにも無防備。もはや、身体を雲に変換し、嵐に紛れるだけの力すらも残っていない。いま二人が牙をむけばその瞬間に彼の命は尽きる。
それでも動けない。そんな揺るがしようのない事実すらも”彼”からは抜け落ちている。雲は晴れた、今の彼は、雷光はただの抜け殻に過ぎない。
「埒があかねえ。ユキナ、死なない程度にぶん殴ってやるぜ!!」
「ま、待ちなさい、まだ――」
痺れを切らしたジョーが動く。降伏するにせよしないにせよ、無力化してしまえば結果は同じ。それは雪那とて理解している。それでも、それ以上に本能にも似た第六感が危機を告げている。目の前の敵、満身創痍のそれに気安く手を出すべきではないと。
だが、既に遅い。自身を滅ぼそうとする同質の力、それを感知した時点で抜け殻は自身を保存すべく活動を開始した。
”――アアアアアアアアアア!!”
「――なんだっ!?」
「く、こうなったら!!」
間一髪、雷の茨が全方位に撒き散らされる。威力こそたいしたものではないが、それでも光は強烈。ほんの一瞬、03、07、両名は視界を完全に失った。彼らが如何に強力な戦士であり兵器だったとしても、戦闘は視界に頼ったもの。ましてやこの空中では自身の位置すらも不確か、そんな状況で敵を捕捉するなどそれこそ神業、あるいは化け物の所業だ。
「ジョー!! 躱して!!」
「あ? お、おう!!」
瞬間、一呼吸の内に03はその権能を振るう。脚のスカートユニットにチャージした紅蓮を解き放つ。放射状に拡散した力が目の前の空を引き裂き、空間を歪めた。
こと破壊範囲においてはゼロシリーズの中でも屈指の一撃、視界が機能していようがいまいが、関係ない。目の前にある全てを破壊してしまえば、結果は同じだ。
「――っ!?」
数秒の後、視界が晴れる。眩い光が治まり、機能を回復した視界には変わらぬ晴天と同じく変わらぬ敵の姿。立ち尽くしながらも無傷、全力ではないものの、確かに殺意をこめた一撃を受けてなお変わらず顕在だった。
「一体どうやって……」
何らかの力場、または自分達の知らない何かの力。雪那の頭の中でグルグルと思考が回る。回避できるような隙間はなかった以上、防いだとしか考えられない。
しかし、どうやって? あの敵には先ほどの一撃を防ぐような余力はなかった。余力を残していたという事も考えられるが、それならばもっと早く仕掛けてきているはず。
一秒、それだけの時間を費やした後、思考を放棄する。今それを考えてもなんの意味もない。重要なのは、いつでも何故ではなくどうするか、だ。
「次は俺の番だ!! 喰らいやがれ!!」
続いて、もう一撃。晴天の下、二つの雷が唸りを上げる。今出せる最大出力、手加減など一切なく原子に至るまで吹き飛ばす勢いだ。
目の前の現象への戸惑いも躊躇もない。もとより、ジョー・キャッスルという男はそういった細かなことを考える質ではない。
ただ前進あるのみ。立ちふさがるもの全てを打倒し、勝利を掴むのが彼の変わらぬポリシーだ。
"オオオオオオオオオ!!"
「なによ、あれ……」
「――っ上等!! 押し切ってやるぜ!!」
歴戦の勇者たる雪那が言葉を失い、あのジョーですらほんの一瞬たじろぐ。それも無理もない、目の前にあるのはまさしく現実への冒涜そのものなのだから。
放たれた雷を相殺したのは、同じ雷でもなければ彼の纏うべき雲の鎧でもない。
影、この大空にありえない不定形の闇。何処からか現れたそれが雷を喰らっている。本来ならば目撃した瞬間に、自分の正気を疑いたくなるような光景。如何なる原理が働き、一体どんな現象を引き起こしているのか、まるで見当がつかない。
それでも構うものか、と出力を限界まで引き上げる。この影がなんであるにせよ、やるべきことは変わらない。彼にはそれを全うするにたる力が備わっている。
"――――!!"
「っ今度はなんだ!?」
数秒の拮抗、そして炸裂。影がその許容量の限界を超えたのか、あるいは他の何かを引き起こしたのか。そのどちらにせよ、まき散らされたのは破壊の雷、原子すらも焼き尽くす暴虐の具現だ。ゼロシリーズをもってして当たればダメージは避けられない。
「この、馬鹿!!」
シームルグユニットを巧みに操り、身を躱す。少しでも掠めれば、飛行不能に陥るが、そこは百戦錬磨の03。雷の棘を掻い潜り、瞬く間に間合いを詰める。
しかし、それでもなお遅い。門は既に開いている。
「――っ逃がすか!!」
目の前には黒い穴、空間と空間の狭間へと繫がる転移回廊がそこにある。見間違うはずもない、この力に何度煮え湯を飲まされたことか。
だからこそ、対策も頭に入っている。一撃必殺、門を潜る前に殲滅してしまえばそれでかたはつく。
右脚のスカートユニットから紅蓮を放つ。ショートバーストだが威力は十分。当たりさえすれば諸共に消し飛ばせる。
「くっ!?」
その力さえも影が吞み込む。あれだけの雷を受けて未だに底に届かぬのか、あるいは底すらないのか。赤い波動を喰らい、影は"彼"をも飲み込んで姿を消した。
「――っ!!」
声にならない叫びをあげて、歯噛みする。紅蓮の波動は空を切り、転移回廊は閉じていく。逃げられた、撃退こそしたものの、それだけ。ここで仕留められなかったという事は即ち、あれほどの力を持つ存在が野放しとなったということ。言い訳のしようのない敗北だった。




