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NO.52  雷と光と

 風見原雪那は文字通り言葉を失っていた。目の前の暴挙、そのあまりの無茶苦茶ぶりにほんの一瞬自身の使命さえも忘れてしまう。雷を穿つ雷、世界すらも覆いつくさんばかりの暗雲を煌く雷光が駆逐していく。

 技も道理も介在しない、ただの力のぶつかり合い。この強大な嵐と唯の一つの人間サイボーグ、本来ならば勝ち目などどこにもありはなしない。風の前の蝋燭のようなもの、吹き消されてお終いのはずだ。

 だが、目の前にあるのは全くの理不尽。ただ一つの存在が、自然の力の具現を圧倒している。両の腕から放射される雷電は、降り注ぐ雷さえも及ばない。

 彼女とも、兄(01)とも違う、それでもなお潸然と輝くのは永久炉心の光。嵐を圧倒する力の化身こそが彼。彼女の弟たる七番目の戦士、永久炉心を与えられた永劫の戦士だ。


「っ! 加減しなさいよ! この馬鹿!!」


 聞こえていないのは分かった上で、それでも怒鳴る。確かに07は嵐を圧倒しているものの、それは周囲を憚ることなく力を十全に振るっているがゆえだ。その余波だけで吹き荒ぶ烈風すらもそよ風に思えるだけの衝撃がある、雪那がこの力場を維持してしなければ輸送機はとうの昔に消し炭だろう。

 助けられたのは確かだが、それでもこのままではどっちが味方か分かったものじゃない。あの一撃の好きに乗じて、戦域を脱したものの、このままじゃ戦域外まで巻き込みかねない。そもそもどうしてここにいることすら定かではない上に、状況を理解しているかでさえ分からない。

 

「――まだまだぁ!!」


 そんな言葉と共にさらに雷電は荒れ狂う。雷を退け、雲を裂き、晴天を導くは破壊の化身。神の力を貶め、支配した電気の化身。兄弟達ゼロシリーズの中でも屈指の破壊力と制圧能力を持つのが07だ。彼に与えられた永久炉の電気への変換能力は単純威力だけならば戦略急の気化弾頭にさえ匹敵するもの。この嵐を相手どるにはかれ以上の適任者などいない。

 その上、この嵐の中でさえ響き渡る大音声は間違えようもなく07、ジョー・キャッスルのもの。何故問う暇も、余裕もない。

 二つの力の激突は一瞬毎に激しさを増していく。嵐が百の雷を振るえば、07もまた百の雷電を持って蹂躙する。只管その繰り返しでありながらも、力を増していく雷の激突は災厄そのもの。それほどの威容を誇りながらも、その本質はただの意地の比べ合い。どちらかが音を上げるまで延々と続くものにすぎない。


「チィッ! キリがねぇ!」


 そのまま永遠に続くかとも思われた、意地の張り合いは唐突に終わりを告げる。好き放題雷を振りまいていた07は唐突に攻撃を切り上げ、高度を下げた。

 ようやく輸送機の存在に気付いたのか、それとも単に飽きたのか、どちらであるにせよ、ありがたい話ではある。少なくとも力場を展開していた、風見原雪那、03にとっては攻撃の収束は、まさしく僥倖。あのまま戦いが続いていれば、味方の攻撃で撃墜されるなんてことにもなりかねなかった。

 赤い装甲のサイボーグ、07が輸送機の傍に降り立った。嵐の暗闇の中でも赤と白のコントラストは良く映える。それよりもなお特徴的なのは背の双角、雷電を司りそれらを制御するツインホーンは目の覚めるような輝きを宿したままだ。

 その隣には未だ状況を飲み込めぬ、03。この嵐の中に最強とも謳われる二人のサイボーグが轡を並べていた。


「――よお! ユキナ、元気にして……」


「うるさい! いい加減手加減を覚えなさいよ、この筋肉馬鹿!!」


「な、なんだよ、折角助けに来たのによ」


 開口一番飛び出したのは雷鳴よりも鋭い怒鳴り声。それもそのはず、救援そのものはありがたくとも、あのまま暴れられていれば彼女は無事でも他はどうなったかわかったものではない。

 

「大体なんでアンタがここにいるのよ!? アンタ、本部付きになったんじゃないの?」


「いやぁ、まあ、珍しく滝原の姐さんから連絡があったからよ。こうして駆けつけたってわけさ。誰にも知らせるなって言われるしよ、全く大変だったぜ」


「……そういうこと。一菜も無茶な事を……」


 援軍は期待できない、それは百も承知の事実。だからこそ、この場所には彼女と彼が動員された。501戦隊の誇る最高戦力の二人がこの場所に集結していたのだ。今出来る最善がこの戦力配置だったはず。

 無論、一年前の段階から07の召集は再三にわたって求めてきた。その度に戦力の過集中を理由に断れ続けてきたのが、現状だ。

 ゼロシリーズ三体の集結は今の今まで、叶うことはなかった。叶うはずのないことだった。背後にどんなからくりがあるにせよ、並大抵のことではないのは明白。少なくともこんな手は一度きり、もう二度とは使えないだろう。


「俺も直ぐにでも助け行きたかったんだがよ、いろいろなんかめんどくさい事情があってな……例えば――」


「……無駄話は後にして。此処を片付けて、とっとと兄さんの援護に行くわよ」


「――応! まずはこの嵐を吹き飛ばすとするか!!」


 だからこそ、この瞬間を活かさなければならない。敵は二体、こちらは三人、均衡が崩れればそれで勝敗は決する。神話の戦いにもケリをつける頃合だ。


「――まずは輸送機を離脱させる。いいわね?」


「OK! さあ、ぶちかますとするか!!」


 赤い風と雷が嵐を引き裂いていく。空間が揺れ、世界が軋む。だが、先ほどまでの無軌道な破壊とは違う。共鳴する二つの永久炉は互いを高めあいながらも、決して暴走することはない。

 永久炉心の力、その具現。かつて神を討ち、世界を救ったそれが一切の加減なく振るわれる。力の具現と神の子、相対するその二つが世界を揺るがしていた。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇

 

「――ッ!」


”――!”


 光速の一撃を辛うじて躱す。掠めた装甲はだが僅かに裂けるが、この程度なら問題はない。問題はダメージではなく時間。さっさと仕留めないと時間を無駄に使うことになる。

 ジョーがいるとはいえ、上空ではまだ戦いが続いてる。雪那一人のときよりも多少は安心できるが、それでも、援軍に向かうに越したことはない。それにジョーだからこそ安心できないというのもある、昔から手加減を知らない奴だからついでに輸送機も撃墜してしまったなんてこともありえる。あくまで可能性の一つだが、充分ありえることなのが油断できないところだ。


「――ッ流石に早い!」


 もう一撃、背後からの突撃を回避する。続けて休む間もなく、正面と右からの衝撃。攻撃と攻撃の間に時間差などあってないようなもの。単調な直線攻撃でもこれだけの速度ならば十分な脅威。直撃すればこっちも無事ではすまない。

 辛うじて避け続けてはいるが、一瞬でも集中を切らせばそれでお終い。手馴れたものだが、躱すだけでは意味がない。どうにかして突破口を見つけなければ、このまま時間稼ぎをされるか、なぶり殺しになるのが関の山だ。


”――――!!”


 頭上からの奇襲を紙一重で躱して、距離を離す。この速度を前にしては気休めにもならないが、それでも一瞬の間は寿命が延びる。その間に思考をめぐらせ、答えを出さなければこのままジリ貧だ。

 付け込む隙があるとすれば敵の感情だ。やつは怒っている、頭から溶岩に突っ込まれたのがよほど腹に据えかねたらしい。そこだけはこっちの読みどおり、ただでさえ単純だった攻撃パターンはもはや感情任せの直線になっている。そうでなければこうして躱し続けることなんて到底不可能だ。

 それでもなお厄介なのは、この期に及んで敵には一切の殺意がないという事実。太刀筋を読むのは容易いというのに、敵の意図が読めない。まるで動物か、子供を相手しているような、そんな感覚さえ覚える。


「ちぃっ!」


 果てなく重なる軌道をどうにか回避し続ける。スタミナ切れなんていう常識は当然期待できない。この速さはおそらくこいつにとっては息をするようなもの。速度の低下はいつまで待ってもありえないだろう。

 対してこちらはどうか。あと三日だって集中力を切らさない自信はあるが、問題はそこじゃない。どうやって仕留めるか、それだけが問題だ。

 心の内で、焦りを嚙み殺す。その瞬間を逃すわけにいかない。勝利はその一瞬にしかない。あの速さを捉えるには、こっちも覚悟が必要だ。


「まだだ、まだ……」


 衝撃を受け流し、溶岩をかき分け、絶え間なく動き続ける。かすめた装甲(はだ)焼けて、ジリジリと痛む。

 誘導は順調だが、余裕があるわけじゃない。刹那の隙でも晒せばそれでお終い。

 だが、あと少し、ギリギリの状況の中、その瞬間を確かに待ち侘びる。そのために攻撃を見極める、擦り傷は必要経費。四肢が問題なく動くならばそれで構わない。


「――見つけた」


 壊れかけのセンサーに僅かな反応。パージしたそれは確かに予定通りの場所に辿り着いている。遠隔操作で既に起動は完了、俺という主を今か今かと待ちわびていた。


『アタッチメント、オンライン』


 装着まではほんの一瞬、コンマ一秒にすら満たない。両腕に装着されたのは捕獲用の新装備、既に用を成さないはずのそれが今の俺には必要だった。


「っ!!」


 それでも一瞬、足が止まる。四方から迫る光、目で捉えるには早く、頭で感じるにはまだ遅い。左右と後ろは無視して構わない、本命は正面。待っていたのはこの刹那だ。

 そうして世界が止まる。澄んでいく意識の中、問われるのただ一つ、覚悟のほどだ。


”――いくぞ”


 無論、今更問われるまでもない。過ぎ行く刹那、迷いなく扉を開き、力を引き出す。一年前、10と戦ったとき以来、使うことのなかった最大出力をここに顕現する。光は溢れ、吼え、滾り、一点へと。意識さえも溶けそうな熱の中、手綱は決して放さないようにする。そうでなければ、存在すらしていられない。

 幸いにも周辺数十キロにあるのは火山だけ。跡形もなく吹き飛ばしたとしても、文句を言うのは地質学者くらいだ。


”――!!」


「――よう、久しぶりだな」


 拳を振るう時間も、脚を上げる暇もない。故に。再び掴む。痛みも衝撃も、認識に置いてけぼりにされたがそれでも確かに掴んでいる。

 だが、これで終わりではさっきまでと変わらない、重要なのはここから、ここからどうするかだ。


『アンカー、射出シュート


 体が吹き飛ぶ、意識が掻き消える、光が潰える。その直前に、機能を行使する。大地に打ち込むのは二つの楔、出力を注ぎ込んで加速させ、確りと突き刺す。光を大地に留める様に、神を地上に繋ぎ止める様に。

 本来は捕獲に使用するはずのエネルギーアンカー。元からAクラスサイボーグ戦を想定しているため、頑丈さは折り紙。今はその頑丈さが頼みの綱だ。


「――――オオオオオオオオオオ!!」


”―――!!”


 大地を削り、空間を歪めて、瞬間を駆け抜ける。縁となるのは二本のアンカーだけ、それが千切れればもは望みも絶たれる。この鎖だけが、唯一の希望だ。

 力を注ぎこみ、強度を上げる。少しでも気を緩めれば鎖は引き千切れ、そのまま地平線の彼方まで一直線だ。ここで踏ん張りきれなければそれは敗北を意味する。


「グゥゥゥ!!」


”――っ!!”


 楔を打ち込み、あらん限りの力で踏ん張っても、それでも尚引きずられる。衝撃に体が軋み、肉裂け、骨が砕ける。限界かと思われた速度は際限なく上昇していく。質量を持った光、ただの速さがどんな兵器よりも脅威を帯びている。

 鎖が壊れていく、大地そのものが捲りあがり、後に広がるのはマグマの海だけ。たたでさえ壊れていた世界はもはや取り返しがつかないほどに崩れていく。

 終末の光景、そう呼ぶに相応しい場所でただ耐える。寸刻みになった意識の中、一瞬が永遠に変わる。光を持って光を食らう。永久炉の光、尽きることのないそれは絶対の破壊を齎す。それは形のない速度ですらも例外ではない、嘗ては神ですらも殺したその力を際限なく振るってこの光の玉を圧殺する。

 これは根競べ。その瞬間が来るまでに俺が力尽きるか、否か。すべてはそこに掛かっている。

 

「――飛び回るのは」


 光に呑まれていく意識の中、その瞬間がやってくる。

 僅かな、ほんの僅かな減速、その刹那に身体を離す。生じるのは一瞬に満たぬ余裕、それに全てを懸ける。拳を振りかぶる暇さえあれば、それで充分。この一瞬だけを待っていた。


”―――!!”


「――そこまでだ!!」


 拳を振り下ろし、光を地上へ叩き落す。大地が砕け、視界を光が埋め尽くす。熱と質量、顕現したのは破壊を司る光の柱。永久炉の最大共振が齎すのは絶対不可避の破壊。神すらも滅した力の一端を迷いなく振るった。

 実体を捉えた確かな感触、例え光に呑まれてもこの感覚を間違うような俺じゃない。確かに砕いた、殺しきれずとも致命傷、その目測を誤ったことはただの一度もない。


「――っ!!」


 無様に転げるように光の渦から飛び出す。転げながらも永久炉シンゾウの蓋を閉める、力は振るっても、暴走させるわけにはいかない。

 各部のダメージは深刻ではないものの、回路が幾つか焼きついた。短時間でこの状態、やはり、まだ使いこなせていないのか、それとも使いこなせるような代物じゃないのか。

 いや、どちらでも構うものか重要なのはこの瞬間だけ。敵を倒せるのならそれで十分だ。


「……意外としぶといじゃないか、だが――」


”――よくも僕を殴ったな!!”


「…………趣味が悪いぞ」


 数秒で光が晴れて、それは姿を現す。身に纏った光の鎧は引き剥がされ、そこにあるのは俺たちの似姿。生体装甲と永久炉の光に似た輝き。

 考えずとも分かる、こいつは、いや、こいつらはあの10と同じくオレたちを真似て作られたのだ。


「殺気がないわけだ……」


 何もかもが俺たちに似ている。唯一の差異、幼い声と小さな姿、目の前にいるのは間違いようもなく子供だった。

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