NO. 51 07
彼が志願したのは酷く個人的な理由からだった。別段人類の存続がどうのだの、平和を取り戻すなどということを考えたことは一度もない。ただ、何もしないという事が我慢できなかっただけ。復讐のつもりはない、仇を取ろうと思ったこともない。行動しないという事が我慢できなかっただけ、あの時、あの瞬間に行動しないという事が許せなかったのだ。
そして、数百万の志願者から彼が選ばれた。ずば抜けた身体能力と高い適正を見込まれてということになっているが、実際のところは彼にはわからない。無論政治的な思惑が絡んでいないはずもなく、彼の名前と経歴も大いに影響したことは疑う余地はないだろう。それでも重要なのは選ばれた選ばれたという事実だけ。その時の彼にとって重要な事柄は、ただそれだけだった。
自分の肉体を、人間としての体を失うことに抵抗がなかったといえば嘘になるが、順応するのにそう時間は必要なかったし、それ以上に力を得て、戦えることに満足していた。失った友人達と家族に代わって、共に戦う戦友たちと兄弟たちを得た。戦いは彼の予想など遥かに凌駕するほどに厳しく激しかったが、それでもだからこそ、充実していた。数多の犠牲があって、数え切れない別れと哀しみが会ったが、輝いていた。人類戦役、人類の存亡を賭けたその戦いは彼にとっては青春そのものだった。
そんな日々も六年前に終わった。最後の戦い、多くを失って、多くを奪ってようやく平和を取り戻した。それを目指してきたわけでもなかったが、自分がそれを取り戻し阿他と思うと誇らしかった。確かに、失ったものはあまりにも大きい。兄弟の半分以上が死んで、英雄は姿を消した。
それでも、彼は自分が成し遂げたことに、こうして戦い続けてきたことに後悔はない。全力で遣り通したのだ、結果に文句をつける資格はないということはきちんと理解している。
英雄と呼ばれるようになったことは計算外の喜びだったが、気に入っている。そう振舞うことも性に合っているし、その恩恵に預かることも楽しんでいる。英雄として生きて、英雄として死ぬ。ある意味それは、彼の望んできたことであったし、夢でもあった。
だというのに、退屈で仕方がない。スクリーンで主役を務めようが、自分の顔を世界中の人間が知っていようが、それでも何もかもが色褪せてみえる。此処にいること、こうして振舞うこと、なにもかもが空虚に思えてしまう。まるで夢の中、歓喜も楽しさも所詮は刹那の出来事に過ぎない。六年前の熱は消え失せた、人類戦役と共に青春は終わったのだ、そう、今日この日までは。
「――ハッ!! さあ、俺の道を空けやがれ!!」
迫る雷、迎撃すべく放たれたそれを一振りで打ち払う。どれだけ数を揃えようが、どれだけ威力を増そうが、所詮は電気。人の姿をした神など信じない、雷に浪漫を感じるほど夢想家でもない。
それに元より電気は彼の領分、恐れる理由等どこにもありはしない。幾千浴びたとしても朝のシャワーのようなものだ。
この積乱雲の最中、太陽風にも等しい嵐と雷の地獄も彼の存在を揺るがすには足りない。それが彼、この永久炉心得たその日から彼はそうあり続けると誓い続けてきた。それは今も変わらない、彼は何時であろうとも彼だ。
状況は五分。敵はこの一滞に展開した巨大な積乱雲そのもの。範囲はあまりにも広いが、敵の狙いがハッキリしているならこっちのやることもハッキリしている。ひたすら守って、その後敵をぶっ飛ばす。単純明快、論理というにはあまりにも短絡的だが、それが彼にとっての最善。今まで間違えたことは一度もない。
眼下では凄まじい数の雷が守るべき輸送機へと迫っている。状況はお誂え向き、最大のピンチ、今こそ彼を必要とする声が響いている。ならば、行かねばならない、それが彼だ。
力の使い方は魂にまで刻まれている。今更何を間違おうか。
「――さあ、行くぜ! 超雷・降電槍!!」
降り注ぐのは青色の雷。この嵐も寄りも尚強く、尚輝く、空すらも焼き払う原子の雷光が彼の権能。例えこの嵐を巻き起こしているのが、神だろうとそんなことは知ったことじゃない。戦いの年季、積み重ねてきたものならこっちの勝ち。負ける要素などどこにもありはしない。
雷が雷を吹き飛ばす。それは正しく終末の光景、二つの雷はどちらも意思を持つ異能。制御されたそれはまさしく力の具現。振るわれる度、力を増してぶつかり合う。
これで輸送機は無事。小さな姉の驚く顔が目に浮かぶようだ。自分が来ることは聞いていないはず、久しぶりに会う兄もそうだが、再会が楽しみになってくる。
「再会前の掃除の時間だ! 久しぶりに暴れてやるぜ!!」
咆哮を上げて、より鮮烈に力を振るう。雷の渦が荒れ狂い、空間すらも焼いていく。まさしく物量戦、無限とも思える雷を同じく無限を体現する永久炉の担い手が向かい撃つ。神話の雷、力というよりはまさしく権能、神殺しの戦士の一人、その最大の面目躍如だ。
ゼロシリーズサイボーグNO.07、ジョー・スカイ・キャッスル、それが彼の名。そして、その名と力こそが今此処にいる理由そのものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空を飛んでいる。いや、正確には飛ばされている。視界が瞬く間に流れていき、空気の壁に背中を押し付けれる。
音などとうに置き去り。衝撃と速度に全身の生体装甲が軋む、両手足が肩から引き千切られるような急圧。人間ならばレッドアウトどころか、とうの昔にミンチになっている。
それでも意識を経っていられるのはオレがサイボーグだからこそ。不意打ちのタイミングは見事だったが、それだけだ。この程度では俺を殺すには到底足りない。
「――っ!」
足に蓄積していた出力を全身に拡散される。軋む身体を無理やり動かして、体勢を変える。この程度の重圧なら、どうとでもできる。あの嵐と雷のような明確な殺意が、この敵には欠けている。攻撃を仕掛けてきているというのに、殺気の欠片もない。そもそも、攻撃と呼ぶことすら相応しくもないのかもしれない、敵意すらもないこの一撃をどう評すればいいのか、オレは知らない。
「――離し、やがれ!」
胴にしがみ付いたそれに思い切り拳を振り下ろす。この体勢では大した威力は出ないが、引き剥がせればそれで充分。このまま吹き飛ばされてはいれない、敵意があろうがあるまいが邪魔ならば捻じ伏せる。これまでどおりそうするまでだ。
もう既に、あの場所、あの雲と雷の化け物からは大分離された。雪那たちが心配だ、一秒どころか一瞬すらも惜しい。こんなところで油を売っている暇などない、一刻も早く戻らなければまた失うことになる。
それだけは容認できない、絶対に。
「ッおおおおおおおおお!!」
”――っ!?”
振るう拳に怒りと光を込める。衝撃、そして解放。音速のまま投げ出されて、砲丸のように宙を舞う。姿勢制御用のスラスターを吹かして、どうにか体勢を立て直す。急制動の衝撃に身体が悲鳴を上げた。
どうにか止った。だが、それだけ。あの敵、あのわけの分からない光は墜落したものの、今だ健在。前方には荒れ狂う嵐が猛威を振るう、その威容ときたら思わず状況すらも忘却してしまいそうになるほど。オレの与えたダメージなど微々たるものだったのか、あるいはあの大きさの前ではそもそもダメージですらないのか、それすら定かではない。
しかも、先までとは違い今の俺はまともに飛ぶことすらできない有様。これほど引き離されては援護に向かうことすら難しい。打つ手なし、万事休すというやつだ。
「――上等だ」
仮面とかした顔で獰猛に嗤う。二度目でだめなら三度目を試すまで。空を飛べないなら、海を走るまで。生憎とあきらめの悪さと死に際の悪さだけは自信がある。
重要なのは俺がどうこうじゃない。あいつ等が、雪那と部下達が無事ならばそれでいい。
「――? この反応は……」
感覚を研ぎ澄ました瞬間、奇妙な反応を拾う。この懐かしい波形、重く響くそれは視覚にではなく、この永久炉に響くもの。懐かしいこの音、懐かしい光。雪那のものじゃない、長く見知った妹のそれとは確かに違う。
それでも知っている。この波形を確かにオレは知っている。だが、ありえない、此処にアイツがいるはずがない。しかし、間違えようがないほどはっきり、そこに存在している。
「ジョー? どうしてアイツがここに――いや、それよりも」
間違いない。その確信に僅かに思考が止る。あそこにいるのは、あの嵐の中で戦っているのは、07(オトウト)だ。
滝原の話ではジョーは本部の所属だったはず。だからこそ、一年前の決戦にも参加しなかったし、この特務戦隊にも所属していない。俺の弟、唯一生き残った弟は敵の懐にいる。そのはずだ。だというのに、確かにアイツはそこにいる。あの嵐の中であいつは確かに戦っている、相手は考えるまでもなく俺の仕留め損ねたあの敵だ。
事情はどうあれ、助かった、それが正直なところだ。情けない話だが、今の俺では助けに行くのに時間が掛かる。ジョーがやってくれるならそれに越したことはない。この際何故は置き去りだ、今重要なのはそれじゃない。すべきことはただ一つ、今此処で敵を倒すことだ。
「――っ早いな!!」
思考に動きを止めた一瞬、再び光が飛来する。辛うじて両手で防ぐが、先程よりも遥かに早い。衝撃に宙を舞い、視界が乱回転。装甲にダメージはないが、あまりの衝撃に意識が飛びかける。
不自由な空中で躱すにはあまりにも不利、今のように防ぐのが精一杯だ。だが、戦いようは幾らでもある。こういう相手と、こういう状況で戦うのは初めてのことじゃない。その一瞬を逃さなければ、容易く殺せる。
「チィッ!」
二度目の衝撃。今度は上手く衝撃を殺す、どれだけ早くとも二度目ならどうとでもなる。しかし、速度は勿論の事、この精度は凄まじい。あれだけの速度で一体どうやって制御しているのやら。
それでも妙なのはこれだけの速度、これだけの精度でありながら、一切の殺意がないこと。これでけ攻撃してきてもこいつは一切俺を殺すつもりがない。本来ならば二度目で潰せていたのを逃したのはそれが原因。
殺気があるなら応じようもあるが、それがないのでは待つしかない。だが、次で終わりだ。
「――!?」
「捕まえたぞ……!」
三度めの突撃、その刹那を逃しはしない。躱す気など毛頭ない、被弾を覚悟で光を捉える。
衝突、衝撃が身体を突き抜け、関節が弾けるような痛みに装甲が軋む。
それでも掴んだ。ならば離さない。それだけのこと、正体も姿も分からずともここで仕留めればそれでかたはつく。細かいことは後で考えればいい。
"――――!!"
悲鳴が響くのは空ではなく、頭の中。クレタスの声似ているが、それよずっと甲高い。それこそ、まるで子供のようなーー。
いや、それでも構うものか。直接光を打ち込めば簡単に殺せる。たとえ相手が光でも殺すだけならば容易い。
「くっ!?」
一瞬の逡巡が命取り。再加速に今度はこっちが悲鳴をあげる番、あまりの速度に視界の一部が潰れた。
一秒で地球を七周するという光、その速度とエネルギーをそのまま受け止めているような感覚。なんの技巧どころか、殺意すらないただの速さが最強の武器になっている。
だが、それがどうした。
「っはああああああ!!」
呼吸を合わせ、渾身の一撃を叩き込む。体勢は悪いが、軌道をそらすには十分。速度が緩めばそれで充分だ。
一撃、二撃、迷いなく拳を振るう。狙いをつけている余裕はないが、それでも確かに捉えている。ダメージすらも確かではないが、速度は下がっていく。これでいい、隙さえ作ればどうとでもなる。
”――――!!”
再びの悲鳴、それに構うことなく、頭を掴み、無理やりに軌道を変える。飛ばされたおかげで位置はお誂え向き、このまま突っ込むだけなら何の工夫も要らない。
目指すは大地、此処はハワイの上空、二千メートル、眼下にあるのは青い海と人類戦役の折、住めなくなってしまったあの島だけだ。
ただ地面にぶつけるだけでは芸がない、確実に始末しなければならない以上、目指す場所はあの場所だ。
”――!”
「チィッ! 諦めの悪い!」
オレを振り落とそうとしてるのか、更なる加速が襲う。掴まっているのも精一杯だが、これは悪手だ。もう既に軌道は定まっている、こいつの行き先はただ一つ。亜光速のまま、火山のど真ん中に飛び込んでもらうとしよう。
眼前には今だマグマを噴出す巨大な火の山。確か名前をキラウエア火山、嘗ては観光地だったその火山はいまや地獄の一部と化している。人類戦役の名残、気化弾頭による戦渦が、その火山をこの世の地獄に変えたのだ。
肥大化し、島そのものを死地に変え、文明を滅ぼして尚燃え盛る炎の地獄。それが今のハワイ、嘗ての青い海と暖かい日差しはとうの昔に焼け落ちた。
「――落ちろッ!!」
鋼を溶かすその中心に向けて、この敵を離してやる。なに、大した手間はかからない、ただのこの速度を利用して行き先を決めてやるだけ。
敵はあの速度を制御できていない。俺の引き離すことに夢中になりすぎたのが失敗の元。今更、気付いたところで頭から突っ込むことは避けられない。
このまま溶岩風呂にご招待だ。
「――ッ!!」
着地の衝撃を、大地を削りながら殺す。数百メートル、いや、数千メートル、焼けた世界を隕石のように転る。それでもダメージはない、この程度ならば戦闘には一切支障はない。痛みは無視できる、十分だ。
”――!!”
「――思ったより頑丈じゃないか」
そしてそれはあちらも同じ。脳内に響くのは、怒りの絶叫と差すような敵意。ようやくこれで対等だ。
溶岩が鋼を溶かそうとも、相手も同じく常識の埒外にある。こんなものでは殺せない、それは重々承知の上だ。
だからこそ、この場所に誘い込んだ。足元には確かな大地、踏みしめられるなら殺せる。どれだけ早くとも、どれだけ強くとも関係ない。
さあ、殺し合うとしよう。




