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NO. 48 渦巻く風に

 ――ある日声を聞いた。空に響き、天を揺るがすようなその声を

 

 彼が生まれたのは遠い昔、遥か遠い過去むかしのこと。人間の世界がまだ小さかった頃、自分たちの生きるその土地が全てであった時代、闘争が剣と弓で行われ戦士が尊ばれたその世界に彼は生を受けた。青い血を受け継ぎ、土地を与えられ、戦場にて身を立てる。それが彼の生涯、そのはずだった。

 戦場にて耳にしたその声は彼の耳を打ち、魂を揺るがし、血に眠る使命を呼び起こした。あるいは神託とでも言うのだろうか、その時点で彼のありきたりな、後世にまで語り継がれるはずの人生は全てが狂っていった。

 それを悔やんだことは一度としてない。家名も、領地も、一族さえも捨て去ったが、それ以上のものを手にすることができたのだから。圧倒的なまでの力、神の座に連なるものとして与えられた権能。それと比べれば、人類史に名を刻むことすらただの記号に過ぎない。

 数百年眠り続けることになっても、それは同じ。その数百年で彼という存在は神の子として相応しいものとなった。彼は今まさに神話の住人、世界を創りかえる力を持ち、使命を帯びた英雄だ。

 栄誉というならこれ以上のものなど一体どこにあろうというのか。今の彼こそが、この世界における最大の英雄。他の十二人の兄妹たちも、嘗て神を打ち倒したという機械の戦士達も問題ではない。

 それを証明する機会が今だ。例え余計な邪魔者がいるとはいえ、星見の巫女が今回の任に選んだのは彼。ならば、この機会を十全に活かし、すべてに示すのみ。神の座に相応しいのは、このアステリオスであるとただ戦果を持って証明する、それが彼の存在意義だ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



 青い空はどこまで晴れ渡り、視界を遮るものどこにもない。あるのはただの輝くような白い雲だけ。もしも俺がただの人間ならこの風景を美しいと思ったり、楽しんだりする余裕もあるのだろうが、生憎とそういうことは俺の領分じゃない。俺が気にするべきは、空の青さではなく、編隊を組んで周囲を飛ぶ護衛機の数が足りてるかどうか。

 此処から目視できるのは僅かに四機。輸送機二機の護衛としては通常通り。装備は最新式、俺の知っているものとは大分違うが、それでも充分とは言い難い。正直なところ、こんなもので充分とはとてもじゃないが思えない。この輸送機にしても、頑丈ではあるが足が遅すぎる。いざとなれば逃げ切れるかどうか、正直分からない。

 極東支部を出発してから半日足らず。今は昼間だろうか、周囲では隊員たちが味気ないパックの昼食を齧っている。とてもじゃないが、同じものを食べる気にはならない。もし五年前から変わったことがあるとすれば、こういう贅沢ムダ、特に意味もないのに昔はできたことができなくなっている。

 弱くなっている、そう解釈することもできるだろう。あの裁定者、鉄槌の騎士の言うとおり俺は弱くなっているのかもしれない。だが、それでも戦うしかない。もし今の俺にできることがあるとすれば戦うこと以外にはない。彼女がそれを望まないとしても――。


「――兄さん?」


「なんだ、雪那」


「いや、また考え込んでるみたいだったから……」


「あ、ああ、まあな」


 目の前に座った妹が心配そうに俺を覗きこむ。また心配をかけてしまったのは心苦しいが、改めてよく見るとUAFの制服がよく似合っている。一年前に比べて少し伸びた髪を後ろに結び、ポニーテールのように垂らしている。なんというか素晴らしい、としか言いようがない。さすが我が妹、いつ見ても可愛い。アイドルデビューも頷け――。


「な、なによ!? じろじろ見て……」


「い、いや――」


 うっかりこの事を口に出していればそれこそ大激怒。拳の一つも飛びかねない。こういうときは話を逸らすに限る、自分が口を滑らせ安いことはこれでもよく理解しているほうなのだ。


「――よくこの話が通ったと思ってな……」


「そうね。急な話だったわりには戦力が整ってる」


 急な話、そう言われればそうではある。連中の動きは俺たちの予想よりかなり早かった。それにしては上手くやれてるのは全て、滝原のおかげだった。

 張副支部長の本部への移送は急遽決定されたこと。極東支部が彼の身柄を確保してから一日足らず、夜が明ける頃には本部は何故か事態をすべて把握しており、彼の身柄の引き渡し命令が発令されていた。

 ”張副支部長の尋問、及び拘留、罪状認否は本部にて行う。明朝移送を行われたし” メッセージに記されていたのはただそれだけ。他には何の文言はなし。命令というよりは半ば脅迫、引き渡さなければそのまま此方を逮捕するそう言わんばかりのメッセージが俺たちに確信を与えてくれた。

 奴等は副支部長が無事だと思っている、俺たちにとって重要なのはその一点だけ。このチャンスを最大限に活かさなければならない。


「ともかく、俺たちの仕事はハッキリしてる。何があっても守りきる、そうだろう?」


「――当たり前でしょ、私と兄さんでできないことなんて今まであった?」


「……ああ、その通りだ」


 このチャンスを決して逃さない。そのために俺と雪那がここにいる。それは間違いない。戦力で言うならここにはこの地球上において最強ともいえるだけの戦力が揃っている。この移送中何が起きたとしても問題なく移送を済ませ、”組織”の刺客を捕らえるだけの準備は充分に整っていた。

 問題があるとすれば何も起きなかった時、このまま何事も起きずに移送が完了してしまった場合だ。


『現在、ハワイ上空。後五分でニューヨークの本部の管轄空域に入ります』


「了解。巡航速度を維持、急ぐなよ」


 コックピットからの通信にそう答える。もう少しで本部の管轄空域、だというのに敵は一向に仕掛けてこようとはしない。足の遅く交戦能力の低い輸送機を狙うなら地上からの援護の期待できない洋上で攻撃を仕掛けるのがセオリー。事此処にいたるまで仕掛けてこないのはいっそ不気味ですらある。


「――何事もないのはいいこと、だよな?」


「まあな。ま、あの01と03が揃ってんだ。敵さんがびびるのは無理もないさ」


 呑気な部下達の言葉も馬鹿にはできない。もし敵が俺達二人が揃ってる事を警戒しているのだとしたら、表立った手段ではなく、もっと別の手を使ってくる可能性は充分にある。勿論そちらの対策もしているが、本部に到着してしまっては余計にやり難くなる。事を済ませるなら移送中に、それが滝原と俺たちの考えた最善の手順だった。


「――ライアン、作戦通り始まったら指揮はお前に任せる」


「はい、わかってますが……」


 このまま事が起きない、ということは作戦そのものが台無しになるが、それでも信じて待つしかない。サブプランに移行するまではまだ時間がある。こう願うのはおかしな話だが、連中が攻めてきてくれるのが唯一の打開策だ。


「…………」


 俺たちの仕事は戦うこと。敵がいなければその仕事も果たしようがない。平和が一番だという意見に含むところは一切ないが、今の平和は薄氷の上にある。何か一つ間違えば、僅かでも踏み外してしまえばそれでお終い。何もかもが氷の下だ。そうなれば誰も助かりはしない、仮初の平和はその瞬間に本物の地獄へと姿を変える。

 いや、あるいはそれがこの世界というものなのかもしれない。俺には実感がないが、考えてみればそういうもの。この世界は誰か一人の朝の気分で吹き飛ぶもの。核弾頭なんてものはもう時代遅れだが、人間は今でもその気になれば地球を何度でも岩の塊にできる。それこそ導火線には火がついている、誰がそれをやったにせよ、何れは炸裂して何もかもを吹き飛ばす。その前に火を消すのが俺達、終わりのないイタチごっこだが、それでも何もしないよりはいい。

 少なくとも、俺たちが存在する限りこの世界を終わらせはしない。なにも望みがなく、戦う理由さえもなくとも、それでも彼女が守ったものを守り抜きたい。その想いだけは誰にも否定はさせない。

 

「――前方に積乱雲を確認。妙だな、この時期にこんなでかさのやつがあるわけないんですが……」


「……来たな」


 しかして、仮初の平穏はようやく崩れ落ちた。コックピットからの通信、なんでもないようなそれが始まりを告げた。根拠など必要ない、間違いなく敵が来たのだと直感が吼えていた。


『とにかく針路を変更します。嵐に出くわすのはごめんですからね』


「いや、望遠映像を出してくれ。雲の様子が詳しく見たい」


『は? ええ、そいつは構いませんが……』


 通信を送るとすぐさま、モニターに望遠映像が表示される。巨大ではあるものの、何の変哲もない積乱雲。晴天の空に聳えたつただの雲の塊から目が離せない。まるでそこに何かを見出そうとするように、両の目が確かに吸い寄せられていた。


「……兄さん?」


「雪那、シームルグは動かせるな?」


「え、ええ、直ぐに動かせるわ」


 直感を確信に変えるよりも先に、行動を。手遅れになってからでは遅い、間違っていたとしてもオレが恥を掻くだけ。それで済むなら取り越し苦労で結構だ。


『……計器の故障か? どうして生体反応なんざ……」


「ッ今すぐ――!」


 回避指示を下す暇などない。考える間すらなく、体が宙に浮いていた。

 天地が引っ繰り返ったような衝撃、輸送機の機体が凄まじい側で揺さぶられ、逆様になったモニターの中で白い雲が輝きを帯びていく。モニター越しでも、あの雲の中にある力を感じることが出来る。考えるまでもなく、あれは敵。あの中にいるもの、あの雲の中にあるものは間違いなく俺の敵だ。


「――!!」


「うっあ、なんだ!?」


「っ!!」


 何が起こっているのか、見当もつかない。天が地に、天が地に。幾度もそれが繰り返し、その度に脳がシェイクされ、視界が回転している。擬似的な無重力、宙に浮いてるのは俺だけじゃない。雪那や部下達、何もかもが空で溺れていた。こんなことは長く戦ってきて初めてのこと、巨大な輸送機が、兵士たちを運ぶ鉄のコウノトリが独楽のように回転していた。

 だが、明らかなことが一つだけある。このままだと、間違いなく墜落だ。


「-―雪那!!」


「分かってる!」


 叫んだ瞬間、光が全身を覆う。言葉を交わすまでもなく、雪那も変換核トランスコアを起動する。

 ほんの一瞬で体が造り替えられ、意識が切り替わっていく。状況は不明だが、それでもやることは変わらない。その正体が何であれ敵が目の前にいるのだ、戦って倒す、ただそれだけ。それだけが俺の役目、俺のするべきことだ。

 

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