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NO. 47 研鑽と策謀と

 呼吸すらも忘れて真っ直ぐに駆け抜ける。一瞬でも恐れれば、差綱でも迷えばそれで終わり。何かを考えている暇などありはなしない。

 もう一歩、機械化装甲服に覆われた右脚が地面を踏み抜く。リミッターとバランサーを解除されたそれは彼女の意志に一切の遅延なく応える。正しく電光石火、今ならば音の壁すらも置き去りにできる。この機械化装甲服の性能を限界まで引き出すこと、それが彼女が己に貸した目標だった。

 周囲は荒野。何に遠慮をする必要も無い。最大限機体の性能を活かして、最高のパフォーマンスを発揮できる状況だ。


破城槌バンカー機動レディ!」


『OK STANDING BY』


 機械に補助され刻まれた意識の中、そう命令をくだす。彼女専用に改造チューンされた補助電脳は迷いもしなければ、疑うこともしない。ほんの一瞬、右腕は光に包まれ、装甲が武装へと再構成される。第三世代機械化装甲服、その最大の特徴を彼女は最大限に活用していた。


「――ッ!!」


 警報、正面からの攻撃、アラームが鳴るよりも早くステップを踏んで、射線から飛び退く。紙一重、ギリギリのところを青い閃光が削り取っていく。その威力たるや一目瞭然、着弾点はまさしく爆心地グランドゼロ、形成されたクレーターは底が見えない。

 一撃でも当たれば、いや、掠めればそれで終わり。今眼前にある敵は彼女とは比べ物にならない強者。こうして彼女がいまだ生き延びているのは奇蹟のようなものだ。

 続いて補助視界を赤色が埋め尽くす。全方位、三百六十度、蟻の這い出る隙間すらなく囲まれている。回避行動を選択した一瞬に周囲を蒼色の光体が旋回していた。


限定リミット――!」


 光体が輝きを増し、照射に備える。猶予は無し、逃げ場もなし。此処で詰み、彼女はここで重力子砲の光によって跡形もなく消滅する。何度繰り返したところでそれは変わらない、人の身ではこの運命を越えられない。結末は変えられない、それが現実だ。

 だが、それを越えてこそのH.E.R.O、奇蹟を起こさずしてその名を背負っている資格などありはしない。


「――展開バースト!」


 音声認証共に機械化装甲服スーツの外装、その一部が強制パージされる。一つ一つがエネルギーを帯びた質量弾。炸裂したそれは僅かであるものの、蒼色の閃光を押し止め、彼女の道を拓いた。


「――っはあああああああああああ!!」


 勝機、その一瞬に全てをかける。脚も砕けよとばかりに地面を踏み込み、一瞬で最高速へ。目の前には十点されていくエネルギーの渦、発射までは一秒。勝利、そんな可能性が脳裏を過ぎる。

 右腕を振り上げると同時に、破壊城槌が唸りを上げ、標的を見定める。狙うは胸部、黒い装甲の下に隠された動力炉を確実に打ち貫く。


「――えっ?」 


 勝った、そんな確信を上方からの衝撃が粉々に砕く。空中に展開された光体、そこから発せられた閃光が彼女を打ち抜いたのだ。

 薄れていく彼女の意識の中で響いたのは訓練の終了を告げる無機質なブザーのみだった。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


『仮想空間を解除、VR訓練を終了します』


 機械の声が無機質に響き渡り、目の前の光景はアフリカの荒野からただの訓練場へと戻っていく。仮想空間と過去の敵のデータを活用した訓練場。オレの頃はなかった代物だが、中々に使える。俺や雪那の、あるいは他の兄弟達ゼロシリーズ戦闘経験データや俺達自身のデータも再現できる範囲でこの訓練には使われている。当然実戦どおりとは行かないが、それでも手っ取り早く戦闘経験を積むには最適といってもいい。

 今回再現されたのは九年前のアフリカでの戦い、”組織”製のサイボーグであったジュピトリアとの戦闘。重力子光線の威力は俺も良く理解している。下手をすれば山の一つや二つは消えていただろう。だが、それでも大した敵ではない。

 今まで経験してきた数え切れない戦いの中ではこの程度はいつものこと。何度も乗り越えてきたよくある障害に過ぎない。

 だが、それを誰かに強要するつもりは毛頭ない。彼等ニンゲンにできることと俺達サイボーグにできることは違う。戦うこと、壊すこと、殺すことに関しては俺達サイボーグの専売特許だ。


「も、もう一度! もう一度お願いします!!」


「――駄目だ」


 訓練場からの通信を間髪いれずに却下する。もう三時間ぶっ続け、俺が見ているだけでそれだけだからもしかしたらもっと長いかもしれない。どちらにせよもう限界だ、俺達サイボーグには軽くとも彼女にはそうはいかない。此処まで続けて、少しずつ上達していること自体が驚くべきこと。彼女という戦士の才能は確かに証明されている。

 だが、それでも限界だ。彼女がどれほど才能に満ちていても、限界は必ず訪れるのだ。


「や、やっぱりもう一度――」


「駄目だ、上がって来い」


 どういわれても此処を譲る気はない。訓練でH.E.R.Oが過労死なんて冗談にしてもたちが悪いし、何より部下の体調管理は上司である俺の責任だ。下手な真似をさせるわけにはいかないし、オレの部下からこんな場所で脱落者を出す気はない。

 多少厳しくとも、時には制するべき時がある。それが今だ。


「――ご苦労」


「は、はい、ありがとうございます」

 

 階段を上がって現れた彼女、岩倉ヒカリ特技官にそう声をかける。全身を覆う機械化装甲服は頭部だけが解除され、短く結んだ栗色の髪と意思に満ちた顔立ちが覗いている。平気そうにしているが、疲労が相当にたまっていることは一目でわかった。

 思えば彼女の訓練に付き合うようになって半年になる。付き合いそのものは一年程度だし、こうして訓練に付き合った回数もそう多くはないが、今では戦友のようなもの。彼女という人間の人となりはそれなり以上に理解しているつもりだ。

 とかく彼女は努力家だ。雪那に似ているといえば似ているが、加減を知らないという意味ではそれ以上かもしれない。


「そ、その、隊長、もう一度お願いできませんか?」


「駄目だといってるだろう。隠しててもわかるぞ、足、もう動かないだろう」


 またこれだと、内心あきれながらもそういい諭す。未だはっきりとは理由を聞いていないが、彼女はあまりにも生き急いでいる。明日の強さを得られるなら、十年先など必要ない。そう思えるのは立派だが、それは人間の生き方じゃない。彼女がそこまで命を削る必要はないし、それはそもそも俺の役割だ。

 

「で、でも――」


「でももへったくれもない。それに今日だけで十分な進歩だ、最後の動きは俺の目から見ても中々のものだったぞ」


 こういうのは苦手だが、まあ、事実を口にするだけなら大した技術も必要ない。実際彼女の動きは回数を重ねるごとに鋭く、かつ的確なものになっている。天才がいるならば彼女のような人間のこと、単純な技量で評価するならばこの支部においては並み居るベテランたちを押しのけて、オレと雪那に次ぐだけのものはある。しかも、それを身につけたのはこのたった一年間、無論彼女が並外れた努力家でもあるということもあるが、それでもすさまじい才能だ。


「は、はい……」


「それに何度も言ってるが、H.E.R.Oの戦いはチーム戦が基本だ。今回のジュピトリアも小隊で対処すれば十分、倒せる相手だ。君一人で戦う必要はどこにもないし、そんな状況ならば生存を優先すべきだ。教本にもそう書いているだろう」


 それでも納得いってない様子の彼女を理詰めで諭していく。言葉でどうこうというのは昔からどうにも性に合わないが、そうも言ってられないのがいまの俺の立場だ。それにこれは基本の基本、本来ならば訓練段階で叩き込まれているはずだ。

 だが、どうにも彼女にはそれが欠けている。どんな状況下でも誰よりも先に、誰よりも早く戦おうとする。誰の助けも借りることなく一人で前線で戦う、誰が相手でもそれは変わらない。むしろ敵が強大であれば強大であるほど、彼女は一人で戦おうとする。一歩も退かず、最前線で誰の助けも借りずに一人で。

 それは勇敢か、いや、否だ。そんなものは決して勇気とは呼ばないし、ただの自殺行為だ。彼女の行動が仲間を犠牲にしないための献身故でも、ただの自殺願望故でも、そのどちらであるにせよ戦場においては不要なものだ。俺達サイボーグ彼女達ニンゲンは違う。できることとできないことがある、ただそれだけのことだ。


「…………はい、ご迷惑お掛けします」


「……いや、訓練だけならいつでも構わん。ただ自分の限界を理解しておくことは重要だ、いざ任務で疲れて動けないじゃプロ失格だろ?」


「……そうですね、ありがとうございました」


「あ、おい、待て。それはまず……」


 ようやく説得できたらしく、ヒカリは装甲服スーツを解除しようとする。が、此処ではまずい。というか、何度目だ、これ。

 そして、また遅かった。展開されていた装甲服が光と共に量子化して腕のデバイスに収納されていく。無論その下にあるのは通常ならばUAFの制服か、あるいは専用のボディスーツを着ているはずだが、この特別製の新型スーツのプロトタイプだけは他とは違う。一体開発者のあの主任ヘンタイが何を考えてるのか知らないが、専用のボディスーツが必須。そしてそのボディスーツのはデザインがこれまた最悪なのだ。


「へ? あ? 」


「……まったく、いい加減覚えろ」


 目の前にはまるで水着のような、いや、もはやヒモかと疑いたくなるようなボディスーツの痴女。重要な三点はどうにか紺色の布地に隠れているが、ただそれだけ。意外と豊満な肢体は鍛え上げられ引き締まっている。筋肉質であるがしなやか、本人の性格とは似ても似つかないが、猫科の猛獣、雌のライオンや豹を思わせるような肉体美だった。服の上からは分かりにくいが、出る所は出ている。男性職員に隠れファンがいるというのも納得はできる。

 だからといって、何を思うわけでもない。言い方は悪いが、毎回これじゃいい加減、見飽きてもこようというまでだ。というか、毎回これではどちらが被害者か分かったもんじゃない。


「す、す、すいませええええんんん!」


 一瞬目に入った肌色を記憶から削除しながら、去っていく背中を見守る。いつものパターン、脱衣所に走りこんでそのまま訓練終了だ。


「――まあ、いいさ」


 なんにせよ、これでようやく一人。訓練に付き合う約束はしたが、俺としてはこれからが本命だ。決行は明日、時間は充分。身体の感覚を確かめるには丁度良い、新装備のデータは既にインストール済み、後はその感覚を確かめるだけだ。

 手早く環境設定を入力し、続けて仮想敵エネミーと難易度の設定。当然難易度は最高で固定だが、問題はそれ以外。この操作も最初は慣れなかったが、一年も経てば慣れてもくる。

 

「よし、いくか」


 決意と共に心臓の永久炉に火を入れる。光が瞬く間に全身に広がり、身体を造り替えていく。人間としての仕事は此処で終わり、これからは戦士サイボーグの仕事だ。

 目の前には果てのない蒼穹の空。踏み出す足は迷いなく、自由落下の重力に身体を任せた。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



「――では、張副支部長とは面会謝絶なのですね?」


「はい。命に別状はありませんが、ウイルス兵器が使用された可能性があるので……」


 我ながらこうも嘘が続いて出るものだと、いい加減嫌気が差してくる。この五年間では嘘をつくのには慣れたが、だからといってそれが好きというわけではない。

 ”立場というものは厄介で、上になればなるほど重たくなる錘みたいなもんだ”かつて上司の言葉が彼女の頭の中で反響する。七年前はよく理解できていなかったが、今となればそれがどれだけ正しかったかなど、考えるまでもない。

 目の前にいるのは直属の上司である佐久間支部長。彼が裏切りものの一派であるか否か、それはまだ定かではないが、彼に真実を告げるわけにはいかない。副支部長の状態は完全な部外秘、素早い対応のおかげで知っている人間は十数人、それでも口止めするのは容易ではなかった。それでも苦労した甲斐はあった。今のところは此方の狙い通りに事態は推移している。後一歩、如何なる油断も許されはしない。


「そんな状態で移送命令とは本部も滅茶苦茶言いますね。もし途中でなにかあってもこっちの責任にならないといいんですが……」


「ええ、まあ、UAF内の背信行為が発覚した以上は監査局の管轄ですから……」


 どこか愚痴っぽい局長の言葉に当たり障りのない正論で返す。いつもなら局長としての自覚が足りないと噛み付いてみせるところだが、今は波風を立てたくない。手早く印鑑を貰って、明日の作戦行動を承認させるだけ。準備は全てできてる、明日何が起きるにせよその備えは完成している。

 重要なのはただ一つ。今すべきことは一つ、新たな手掛かりを見つけ出す、それだけだ。


「君にしては珍しい、事を言いますね。本部嫌いは治りましたか?」


「……いえ、そういうわけでは。ただ、最近は忙しいものですから、たんに怒っている余裕がないだけです」


 意外な指摘、想定外の鋭さに面食らいながらも冷静にそう返す。単に恍けているようで、この男の鋭さと思慮深さは侮っていいものではない。でなければ数あるUAFの支部でも有数の錬度を誇るこの極東支部をまかされることなどありえない。しかも、元はといえば彼に後事を託したのはあの伝説の前支部長だ。新任というならそれ以上のものなどそうはない。


「では、承認をいただきます。よろしいですね、支部長」


 だからこそ気に食わない。幾ら歳若いとはいえ、本来ならば次期支部長には彼女滝原一菜が選ばれるはずだった。それが大方の見方であったし、彼女自身も指名されれば引き受けるつもりでいた。彼の後を告げるだけの手腕を持つのはUAF広しとはいえ数人だけ。その中でも元01特務戦隊からのたたき上げは彼女を含めて、二人。もう一方が内務監査局の局長に就任した以上は彼女は極東支部の局長に。そうなるはずだった。

 だが、六年前、蓋を開けてみればこうなっていた。彼女は現場に留め置かれ、極東支部の局長には佐久間が抜擢された。それに文句はないが、当然、しこりは残っている。判断に感情は交えないが、内心で何を思おうがそれは自由だ。


「うん? こんなに戦力を投入するんですか? ただの本部への護衛に?」


「ええ、まあ、あらゆる可能性を考慮しています。ことがことなので」


 指摘されると分かってはいたことだが、自分自身自覚している事を言われると頭が痛い。たかが移送の護衛にゼロシリーズ二体と三個小隊を投入というのはあまりにも過剰だ。まるで国一つ叩き潰すのかと言われるような凄まじさ。

 ”組織”が相手と考えればこれでも戦力としては五分。もし、生存が確認された”三幹部”やあの”10”に匹敵するような戦力が投入された場合、この戦力でも一手足りない。せめてもう一体、無いものねだりだとは分かっているが、それでもそう思わざるをえない。


「ーーまあ、最近は物騒ですからね。いいでしょう、承認します」


「は? はあ、どうも」


 しかして、承認は意外なほどあっさりと下される。もとより一菜が杞憂だったのか、佐久間支部長はあっさりと書類へと判を押す。これで作戦の全指揮権は彼女へと移行され、責任は支部長が負うことになる。そんな書類に支部長はまるでなんのことでもないように認可を下したのだ。


「そういえば、滝原くん。サイパンでの一件、君はどう思いますか?」


「サイパン?」


 まるで不意打ちのように佐久間支部長は一菜へそう問いかける。当然のこと、いきなりそう問いかけられても一菜には答えようがない。支部長の方にも答えを求めてはいないような、そんな雰囲気さえあった。

 

「いえ、知らないならそれで結構ですよ。さ、書類をどうぞ」


「あ、どうも……」


 摑みどころのない笑みを浮かべ、局長は書類を一菜へと手渡す。

 書類と共に胸中に去来するのは確かな違和感。長い経験に培われた直感がどうしようもうなく危機を告げる。何かを見落としている、そんな予感が一菜の脳裏がまるで傷跡のように刻まれていた。


「――失礼します」


 短い挨拶と共に退室、それと同時に端末に手を掛ける。やれることは全てやった、それは確かだ。だが、それでも、まだ足りないと記憶が叫んでいる。ならばすべきこと一つ。


「――お願いだから出てよ」


 コールする番号は一つ。覚悟を決めればあの喧しい声も気にならない、はずだ。

 運命は確かに動き出している。決して止らず、勢いを増す濁流が彼らを待ち受けていた。


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