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NO. 45 死に至る病

「ぜ、01!? な、なにを!?」 


 滝原の困惑の声を背に、一歩踏み込む。説明している暇は勿論ない。何もかもことが済んだ後だ。

 この部屋と尋問室を隔てるのはこの壁一枚。道を拓くのはそれこそ一瞬、間に合うかどうかはそれでも紙一重だ。


「こ、今度はなんだ!?」


 一撃で壁を粉砕し、道を拓く。エドガーの驚きに構っているような時間はない。すべきことは一つだけ、確信などどこにも無いが、やれるだけのことは今やらなければならない。

 目の前には血反吐を吐きながら今まさに消え行こうとする命。直前に感じていた強烈の気配の残滓は今も感じられる。クレタスと似通いながらもなおも濃いそれの正体には見当すらつかない。だが、好きなようにさせておく道理は無い、それだけは確かだ。

 死に掛けの瞳、既に光の消えかけたそれがオレを見詰めている。死の間際でありながら、俺が何をしようとしているのか、それを疑問に思っているのだ。それも当然か、副支部長にとっては俺は敵。その敵が自分の命を救おうとしているなど普通は信じられない。

 一度目は成功した、二度目は失敗した、三度目はどうか、これから試してみるとしよう。駄目で元々、テニスボールがどちらに落ちるにしても神に祈るのは全てやるべきことをやってからだ。


「お、おい、01、お前何を……」


「少し下がっててくれ、エドガー。それと直ぐに救護班と主任を」


「お、おう!」


 それだけで意図を察したエドガーがすぐさま部屋の外へ。俺ができるのは精々がその場しのぎ、今死ぬ人間の命を数分、いや、数秒長続きさせるだけだ。本当に命を救うことができるのは、きちんと訓練を積んだ人間だけだ。

 心臓からのネツを両の腕に。静かに、穏やかに、正確に。払うべき注意と用いるべき集中は普段とは比べ物にならないほどに細心に。目的は破壊ではなく、もっと繊細でもっと困難なこと。壊すことには変わらないが、もっと限定的に小さな物を壊す。殺傷ではなく救命のために、幾度と無く行い、あの時は試みることすらできなかったそれを今行う。


「――いくぞ」


 人体の構造は頭に入っている。光を通じて異常を探る。原因は毒じゃない、それはわかっている。あの時感じた気配は間違いなく外部からの干渉、ならば今も副支部長の身体を壊している原因があるはず、それさえ取り除くことができたならそれで僅かばかりの延命が適うはずだ。

 猶予はどれだけ長くとも後数秒。心臓にせよ肺にせよ、どちらか一方ならどうにかなるはずだ。


「見つけたぞ」 


 瞬く間に体内に浸透した光はすぐさま異常を見つけ出した。僅かな力の残滓、体内で荒れ狂い、今も宿主を殺そうとしているそれを確かに捉える。

 実際に相対してなおその残滓の正体は掴み所がない。確かにクレタスのそれと似通ってこそはいるものの、決して同一ではない。わかることがあるとすればその性質だけ。クレタスよりもなお質が悪く始末も悪い、その力の性質だけだ。

 侵食ではなく複製、次々と増殖し全身へと転移していく。ウイルスに似通いながらも、宿主を殺すことただそれだけに特化したおぞましいそれは生物としてすら間違っている。自然界には殺傷だけを目的とした生物は存在しない。

 もしそんなものがあるとすれば人間の作った武器、兵器の類に他ならない。


「――ッ」


 確かに捕まえたそのウイルスもどきが俺にも牙を向く。感染した両の腕に激痛が走る。ナノカーボンすらも分解しながら、体内を真っ直ぐ永久炉心シンゾウへと迫っているのを知覚した。

 好都合だ、このほうが遥かに壊しやすい。出力を引き上げ、一息に焼き払う。光が消滅させるのはこのウイルスもどきだけ、自分の身体を消滅させるようなヘマは犯しはしない。

 問題は此処から。人体はオレのように頑丈じゃない、ほんの僅かでも力の制御を乱せば、それで終わり。救うどころか殺してしまう。内臓どころか、血管一つでも焼いてしまえば人体には充分致命傷だ。

 激しく、静かに、一息に。破壊による延命、その矛盾すらも呑み込んで体内から敵を除去していく。

 

「もう…………少し!」


 針の穴に、象を押し込んでいく。幾億はあるであろうそれらを一つ一つ認識し、壊していく。刻まれた時間、引き伸ばされた感覚のかでも死は確実に歩みを続けている。

 弾けた胃や爛れていく肝臓には構ってはいられない、守るべきは心臓と肺、そして脳。即死さえしなければそれでいい。

 不可能そのものだと理解していても、だからこそ成し遂げる意味がある。これを仕込んだやつの目的がなんであれ、救われるなどとは微塵も思ってないはずだ。この副支部長を救うのはただの慈善事業じゃない、やつらの狙いを挫こうとするのならこの行為は決して無意味じゃない。


「――ッハ」


 おもわず息を吐いた。戦闘とは比べ物にならないレベルでの集中。機械化された脳が熱を持ち、神経が焦げ付いている。脳に痛覚などありはしないが、その錯覚だけで意識を手放してしまいそうだった。

 だが、その成果はあった。目の前には瀕死の副支部長。少なくとも数十秒間、彼の命を繋ぐことができた。出血は続いているし、失った臓器は何れは死に繋がるもの。それでもまだ死んではいない。いまは、それだけでいい。例えそれだけでも命を救えた、その事実だけで十分だった。

 朦朧とした意識の中、幾つかの足音を聞く。駆け込んできたのはおそらくエドガーの呼んだ救護班。どうにか間に合ってくれた。優秀さは身に染みて知っている、彼らなら死んでさえいなければどうにか命を繋ぐはず。オレの役目はこれで終わりだ。


「――大丈夫?」


「ああ、問題ない」


 背後から問い掛けてきた滝原の声にそう答える。焼けた神経がどうしようもなく痛むがただそれだけ。失敗だらけだが、今度はしくじらなかった。しくじりの方がいつも多かったが、今は成功した。そのことが何を意味するにしても、重要なのは連中の思惑を挫いたという事。ようやく手にした手掛かりをそう簡単に奪い返されるつもりは毛頭ない。

 此処で立ち止まるわけにはいかないのだ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 初めての痛みは全身を引き裂かれるような衝撃と鮮烈さを伴った。植えつけた子供じぶんらが瞬く間に消えていく。殺されたのではなくその一片も残さぬままにこの世界から消滅した。


「ーーッハ」


 喪失感と恐怖に堪らず息を吐いた。あくまで喪ったのは末端も末端、身体と呼ぶのも相応しくない細胞の一部だが、それでも痛みには違いない。

 背筋を駆け抜けた痺れるような快感(イタミ)は未だに脳に焼き付いている。思い返せばそれだけで絶頂()んでしまいそうなほどに鮮烈だった。


「ーーッあ」


 思わず嬌声が漏れた。あの力、自らの一部を一瞬で消し飛ばしたあの光、それを全身に受ければどうなるか、想像するだけで身体が嗤う。それはきっと、他のどんなものよりも鮮烈で悍ましく、愛おしいものとなるはず。

 身体を抱え込むようにして衝動を抑え込む。あの光を浴びてみたい。細胞の一つまで残らず犯されて、快感の中で絶頂(サイゴ)を迎えてみたい。そんな獣じみた情動が心を塗りつぶしていく。ああ、叶うことならば今すぐにでも、使命も義務も放り出し、彼と殺し合いたい。そうすればきっと、ああきっと……。


「――モルタ、首尾を報告せよ」


「……はい」


 山鳴りのような声が彼女を現実へと呼び戻す。享楽に耽るのは今しばらくお預け。与えられた名に相応しい働きをせねば、それこそ存在している意味を失ってしまう。

 閉じていた瞳を開けると、目の前には十一の鬼火。薄暗く空虚なこの空間には彼らが座すべき円卓だけがポツンと置かれている。

 一つは既に空席となってしまったが、それでも彼女を合わせて十二人。既に必要な数は揃えられている。後はその時を待つばかり、全ての準備は整っていた。


「……彼の処理に失敗いたしました。まだ生きております」


「――ほう」


 端的な応答に、列席者の一人が感心したようにそう漏らした。彼女のが受けた命は用済みになった駒の始末。今まで自分達の指のひとつとして働いていた彼を何の感情も交えずに殺害する、それが使徒として命じられた最初の命令だった。

 別段、難しい使命ではない。相手は所詮、何の力も持たないか弱い人間。事前に植えつけておいた細胞ジブンの一つを起動すればそれだけでことは済む。人間程度が抵抗することなど不可能、ものの数秒で物言わぬ死体に成り果てる、そのはずだった。


「……またもや01か。一体幾度目だ」


 一人がそう忌々しげに呟いた。この世界において彼女らに抵抗しうるものは少ない。凡百のサイボーグや人間風情などは論外。あの忌々しい裏切り者とその系譜に連なるもの、それだけが彼らの敵。打ち倒すべきはただそれだけだった。

 だが、その打ち倒すべき敵は幾度となく彼らの思惑を挫いてきた。此度だけではない、何度も何度もかっらの同胞をあの敵は打倒してきたのだ。


「ふん、最初から俺に任せておけば今頃、全てカタがついていたものを。奴等がどれだけ強かろうと所詮は機械人形。血を受けていない旧世代のガラクタなど……」


「これだから頭まで筋肉でできたような輩は困るのだ。何事にも頃合があるという事を理解できぬと見える」


 粗暴な声を不遜な声が遮る。見下した調子を隠すつもりのないそれはこの場においては珍しいことではない。十二人の兄弟たち、同じく神の血を受けながらその面々には何一つとして共通点がない。あえてそのように選別されたのか、あるいはただの偶然か。兄弟たちと呼ぶにはあまりにも彼らの生きる世界は異なりすぎていた。こうして言葉をかわしていることそのものが、奇蹟といってもいいだろう。


「ほざいているがいい。その時が来て本当に家柄だけでないのか、見ものではあるがな!」


「――よかろう、此処で証明してくれようではないか」


「――は! 吼え面かかせてやるぜ!」


 一触即発。幾つかの鬼火が形を持ち始め、空間を圧する強大な質量がその場へと収束していく。

 まるで台風と地震の衝突、しかしその本質は縄張り争いをする獣も同然、余計に質が悪い。彼ら二人だけではない、周囲で静観しているものたちも隙あらば殺し合いでもしかねない有様だ。仲間意識や連帯感を持てというには彼らは一人一人が強すぎる。多種多様な猛獣を一つの檻に閉じ込めて殺し合うなといっているようなもの。連携や協調など到底不可能だ。

 

「――鎮まれ、星見の巫女の御前であるぞ」


「……チッ」


 その声が響くと途端に荒れ狂っていた二つがその矛先を納めた。静かでありながら嵐すらも圧倒するような威厳がその声には宿っている。声が響くと途端に荒れ狂っていた二つがその矛先を納めた。

 この場に集ったものは何れも神の血を受けた正真正銘の神の子。そんな彼らでもひれ伏さざるをえないほどの力が、そこには在った。文字通り虚空から姿を現した二つの人影、その二つには彼らを統率するに足る資格が確かに備わっている。

 

「まあ、そんなに堅苦しくなさらないでください。ワタクシまで緊張してしまいますわ」


 貌のない人影がそう微笑みかける。かの審判者を横に控えさえながらも緊張した様子すらない。朗らかな調子に蕩けるような甘い声。殺意さえも宥めてしまいそうなそれには背筋の凍る冷たさが確かに潜んでいる。何の感情ヒカリも宿さない瞳に見据えられているようだった。


「フフ、若いっていいですね。みなさん、頼りになりそうで私も安心できます」


 冷たく笑いながら巫女と呼ばれたそれは彼らを見渡す。神の子である彼らと同じか、あるいはそれ以上に重要な役割を与えられている。彼らは替えが利くが、彼女だけはそうはいかない。積み重ねてきた年月と彼女得た知識はどうやって補えるものではないからだ。

 この場における序列が示すものは決して力ではない。如何にかの総統と近しいか、彼にとって価値を持つのはただそれだけだった。


「さて、では始めましょうか。もう準備はできていますね?」


「――は。すべて滞りなく」


「それは良かった。でないと、待った甲斐がありませんから」


 その答えに満足したのか、巫女は満足げに頷く。彼女にとってこれは幾星霜を待ち続けた最初の舞台、何もかもを完璧に進めようとするのは当然のことではあった。だからこそ、換価できないものがある。処理するべきは二つだけ、計画のために排除するべきはただそれだけだった。


「それじゃあまずはあの子を捕まえて、例の彼を処理しましょう。それでですが……」


 そうして、逢引の勝負服を選ぶような気軽さと慎重さで彼女は吟味する。盤上の駒は十二個、それをどう動かすか。全ては彼女の御意のまま、世界すらもその掌中にある。それも当然、彼女こそが”組織”の全てを継承した彼らの神の巫女なのだから。

 静かに、そして確かに全ては動き出した。もはや、選定の時は過ぎ、これよりは戦いの時。なにもかもは悲願の成就、ただそのためだけにある。

 神の座を巡る戦い、全ての終着を告げる最後の戦いが、始まろうとしていた。




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