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NO. 41 生存競争

 適者生存という言葉がある。環境に適応したもの、最も適したものが生き残るという意味の言葉だが、その範疇には当然のこと人間も含まれている。人類という主が地球を支配し、最も繁栄した種族になったのは変化し続けている地球という環境に適応したからだと。

森を拓き、川の流れを変え、山に穴を穿ち、海すらも埋め立てた。環境に適応し、あるいは地球という環境を自分達に適したものへと変え、人類は生き残ってきた。数多の種族を滅ぼし、根絶し、屍の山を積み上げて、百億という数まで膨れ上がった。何れは病すらも根絶し、戦争すらも消し去り、死すらも乗り越えるかもしれない。もし人類に未来があるのなら、そんな輝かしい世界すらも実現できるかもしれない。

 だが、今人類は生存競争の只中にある。突如再出現した人類の天敵たるNEOH、倒したはずの”組織”その暗躍。五年前、一度は取り戻したはずの平和と安寧、その全てを人類は失った。一月後の、一年後の、いや、あるいは一瞬後の生存すらも約束されないそんな混沌のなかに全人類が落とされた。何の前触れも無く、闇の中で階段から転げ落ちるように、ビルの屋上から無造作に飛び降りるように。人類は未来の確証を喪失した。

 五年前と同じ、なにもかもが巻き戻され、全てが振り出しへと。違いがあるとすればただ一つ。俺たちはあまりにも多くのものを失った。心臓(ヒカリ)を同じくする兄弟達は残りは二人だけ、愛した彼女さえも失い、俺に残されたのはただの空白だけ。仮初の平和は失ったもの補うだけのものなど与えてくれはしなかった。

 喪失は埋まることなどなく、空虚な穴には冷たい風が通り抜ける。それは俺にとっても、あるいは仲間達にとっても、人類にとっても同じこと。出来ることならもう全てを投げ出して、運命に身を委ねることが出来たらならどれだけいいだろう。そう考えたことは一度や二度じゃない。

 それでも、俺たちは負けることは許されない。人類を守るため、仲間を守るため、愛するものを守るため、そして数多の死を無駄にしないために。戦場に立ち続ける理由はそれで充分。生きて帰る理由は遠い昔においてきた。

 俺は戦士だ。人でもなく、機械でもない、どっちつかずの俺は戦うことでしか彼らに報いることは出来ない。最期の瞬間、この永久炉(シンゾウ)が光を失い、命が尽きるその時まで誰よりも(マエ)へ。それが我が責務、我が望み、この鉄火の狭間こそが俺の存在理由。

 ゼロシリーズサイボーグ、NO.01。それが俺の名前、俺という存在の全てだ。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


 海というのものは何もかもを呑み込む深さとあらゆる悪徳を隠すだけの広さがある。どんな行為であれ、それを誰かから隠そうと欲するなら監視の目の届かない海で、途方もなく広い洋上で行うのは常套手段。開けた空よりもこの海は暗く途方もないのだから。

 南極海洋上、嘗ての戦いでその氷を大幅に失ったその極地は今だ地球上で人の立ち入らない数少ない場所のひとつ。そこに浮かぶこのタンカー船ライダモノ号は例に漏れず巨大な悪徳をその腹に隠していた。


「――時間だな」


 甲板に居並んだ男の一人がそう呟いた。三人の男、甲板にてその時を待つ彼らは人種や話す言葉、何一つとして共通点を持たないが、ある異常さだけを共有していた。気温は氷点下マイナス五十度、体を流れる血液すらも凍結するような冷たさの中で男達が身に纏っているのは灰色のロングコートだけ。寒さなど感じてすらいないのか、それとも呼吸すらもしていないのか、彼らの吐息は白くはなかった。いや、あるいは心音すらも存在していないのだろうか。甲板に揃った彼らは機械のような生前とした静かさでその時を待っていた。

 彼らの眼前、僅かに残った流氷を砕きながら海中よりそれは現れる。潜水艦、そう言ってもいいのだろうか、現れたそれは一般的に潜水艦として認知されるそれとは些か以上にその姿を逸している。

 腕のような側胴やまるで呼吸しているように蠢く装甲は一匹の獣を思わせる。このような不恰好なものがどうやって深海を進んだのか、まるで見当が付かない。奇怪なにものか、男達の待っていたものは間違いなくこの船だった。

 上半身、おそらくそのように見える部分が浮上し、ライダモノ号への接舷を終えると、その背中が静かに開く。


「――いやぁ、遅れて申し訳ない。少々彼らの追跡を撒くのに手間取りましてね」


「大して待っちゃいねえさ」

 

 そんな事を言いながら現われたのは恰幅の良い中年の男。コート一枚でこの寒さの中佇む甲板の男達に対して、現われた彼は完全防備。幾重にも重ね着された最新式の防寒服は恰幅のよさも合間ってまるで太ったトドかセイウチのようだった。


「それでブツは無事なのか? こっちも消耗が激しいんだ、こんな南極くんだりまで来て何の褒美も無しってのはな……」


「ええ、ナノカーボン繊維五十キロ、プラズマ炉のコアモジュール三基、新式ライフル十丁、そして今日の目玉が、生体装甲の一式。これはなかなか入手に困りましたよ、頑固な倉庫番を一人解雇する羽目になりましたし」


 男の背後から現れた彼の護衛そうと思わしきものたちが、次々とそれらの物品を甲板に並べていく。そのどれもが本来ならばUAFの監視下にあり、こうして持ち出されるはずのないものばかり。それの意味するところは酷くシンプルな事実。これを持ち出した人間がUAFの職員であるという事、それも管理記録に手を加えられるほどの高位の人間であるというだ。


「その倉庫番には事故にでもあってもらうさ」


「ええ、最近は物騒ですからね。それで? 例のものはまだ船内に?」


「ああ、一度目覚めたんでどうにか眠らせた。二人仲間を喰われちまったがな」


 それはお気の毒になどと返す太った男の言葉にも、仲間を失ったと口にした男の言葉にも感情など篭っていはない。まるで天気の挨拶のようなそんな気軽ささえもそこにはあった。


「あれを届ければ君達の昇進も間違いはないでしょう、素晴らしい! 幹部になれば君達もあのお方の御許にいける可能性が……」


「俺らは仕事してるだけさ。それより早く物の受け渡しをしたいんでな、船倉のあれを確認してもらえるかい?」


「ええ、もちろん!」


 その体系に似合わぬ目敏さで彼は男達の僅かな震えを見逃しはしなかった。拒絶反応、生身のそれと置換された骨が、肉が、血液が残された身体(ニンゲン)と反発しあっているのだ。あえて残されたその欠陥を抑える為には部品を取り替え続けるしかない。未完成な彼らの寿命はすなわちその部品の寿命であり、それゆえに得た力でもあった。

 言うなれば彼らに意思などというものは存在しない。自身の生すらも選択できない彼らにあるのはただ与えられた役割だけだった。

 並べられた物品は全て彼らのためのもの。次の任務まで彼らを延命させるためのいわば繋ぎだった。礼のものをこの絶海まで運んだ時点で彼らの任務は終わり、あとはしかるべき人物にしかるべきものを引き渡し、次の任務までの命の糧を得る。そのはずだった、それが空から降ってくるまでは彼らの生存は次の任務までは保障される、そのはずだった。


「―――っ!」


「なんです!? なにが!?」


 衝撃。ライダモノ号の船首に直撃した何者かは、その一瞬で15万トンのタンカーをそのまま宙返りさせかける。

 一体どれほどの高さから落ちてきたのか、まるで見当すら付かない速度。さらに不可解なことに、ライダイモノ号の船員達の強化された五感と高精度のESはこの落下物を察知することができなかった。まるで、機械的な要素を感知できなかったかのように。

 だが、そんな疑問を抱く余地は視界が晴れたその瞬間に跡形もなく吹き飛ばされる。なぜならば、目の前にあるのは彼らの敵、彼らにとって死を体現する災厄なのだから。


「――なぜ貴様がここに……」


「―――ヒィィィィ!!」


 粉砕された船首と瓦礫の中心に立つのもの。日の出の光を照り返す白銀の生体装甲、黒のエナジーラインと光を帯びた緑色の瞳。風に靡くマフラーは炎のような赤色。ゼロシリーズサイボーグ、NO.01、最強にして最大の”組織かれら”の敵がそこにいた。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


 朝日照らされた甲板には四人の男。そのうち三人は呼吸音はおろか心音すらも聞こえてこない。強化された聴覚がそれらを聞き逃すはずもない。こいつらの正体はハッキリしている。俺の同類、機械と人どっちつかずの半端ものだ。

 だが、問題はこいつらじゃない。重要なのはどちらも聞こえる方、きちんと呼吸して、心臓が動き、甲板の端で怯えて縮こまってるほうだ。


「っヒッ!?」


 僅かに視線を向けるとその太った男はますます恐怖に慄く。見てるこっちが気の毒になるくらいの怯えぶりだ。裏切り者にはむしろいい気味だが、恐怖で馬鹿な真似をされるほうが困る。いっそ気絶しててくれたほうが、こっちも仕事がやりやすいのだが。


「…………面倒だな」

 

 溜息一つ。それで意識を切り替える。どれだけ面倒でも仕事は仕事だ、その割りきりができないほど子供でもないし、経験が浅いわけでもない。それに面倒は早く済ませるに限る。上で待ってるやつらのためにも手早くことを済ませよう。

 こちらを見ている、いや、見据えている敵へと向き直る。殺気すらも機械的で、こちらに仕掛けるタイミングを探っていることなど一目瞭然だった。


「……分かっていると思うが、UAFだ。大人しく投降すればお前たちは法によって公平な裁きを――」


 瞬間、甲板が爆ぜた。超音速、音すらも置き去りにして奴は踏み込んだ。サイボーグとしての機能を十全に活かした一撃。俺とて正面から受ければ死にかねないそれは、必殺といってもいいほどのもの。ただのサイボーグが相手ならこれで終わりだ。


「――なっ!」


「――話が早くて助かるよ」


 それでも遅い。踏み込んできた刹那、拳を振り上げたその雲耀に身体を滑り込ませる。紙一重、際どいがそれだけ。当たらなければ意味がない。

 そのまま勢いを殺さずに一撃。無防備な頭部に拳を叩き込む。必殺の感触、振りぬいたその先に命を奪った実感を見出す。


「――っ!」 


 砕けた頭蓋、弾けた脳髄、その全てを置き去りにして跳ぶ。先ずは一体、残りは二体。例のものは下の船倉だとして起こさずに事を済ませなければならない。なおかつ、巻き込まれた哀れな裏切り者を死なせずに。

 簡単な仕事だ、とっとと済ませよう


「クソッタレガァァァァ!!」


「――フッ!」


 俺から見て右側の個体。二番目に体勢を整えたそれにすぐさま仕掛ける。姿勢を限界まで落として地を這うように接近、苦し紛れの一撃を跳ねてかわす。

 

「二体目!」


 空中で身体を反転、振り子のように右の踵落しを頭頂部に叩き込む。この間合いでも威力は充分。根幹の一つたる脳を潰すにはそれで充分。破壊は必要最小限、これ以上はスマートじゃない。

 残りは一体。後数秒とも掛からない。


「――うおおおおおおおお!!」


「ま、まて! 私を巻き込むきか!? やめ――」


「チィッ!」


 問題は残り一体。変化した左手、大口径のレーザーキャノンをこちらに向けているそいつ、いや、そ射線上にいるそいつが問題だ。腰でも抜けたのか、あるいは逃げようとしたのか、そのどちらにせよ邪魔であることには変わらない。ここで死なれるわけにはいかないのだから。

 射線上に滑り込み、光を帯びた右腕を盾のように翳す。この程度ならば耐えられる、その確信はある。命を削ってもここを引くわけにはいかない。


「――っ動くなよ!」


「ヒッィィィィ!!」


 こちらへと進む赤い閃光を正面から受け止めた。弾けた光が甲板を溶かし、穴を開けていく。生体装甲(ハダ)の表面が焼け、盾とした右腕は熱が篭っていく。予想よりも出力が高い、受けきる分には問題ないがダメージは必須だ。

 だが、下手に逸らせば、”あれ”を起こしてしまいかねないのは明らか。身をかわそうにも背後には確保すべき標的だ、このまま受けきる他ない。


「なにっ!?」


 閃光を裂きながら、一歩前に。この体そのものを盾にして一万二千度の熱線の中を押し進む。上も下も右も左も駄目。ならば道は一つ、前に進むのみ。例え四肢が欠けたとしても立ち止まることは性に合わない。

 赤色に呑まれた視界、その切れ目から敵の顔を垣間見る。そこにあるのは恐怖、必殺の確信を崩され、向かってくるこの俺に怯えている。

 さらに一歩。迷いなく、躊躇なく閃光のその先へと。恐怖と驚きは実感として感じる。間合いは詰まった、今だ。


「っく!?」


「遅い!」


 レーザーの照射限界、その瞬間に先んじて甲板をふみ砕き、至近距離へ。慌てて白兵用に武装を組み替えようとしても、遥かに鈍い。こんな程度では俺は愚か、上位のサイボーグには届きはしない。

 交差、その刹那に拳を振りぬく。光を帯びた右腕は盾から矛へと。無防備な敵の心臓を寸分違わず打ち貫いた。

 あっけない、そう言ってしまえばそこまで。目の前で消えいく命には、あるいは壊れてしまった機械はそれ以上の意味を持つことはない。俺が勝ち、命を奪った。ここに残る結果はただそれだけだ。そこに感情を向けるには少しばかり戦い過ぎた。


「――さて、一緒に来てもらうぞ、(チャン)副支部長」


「な、何故私の名前を!?」


 そんなことは決まりきっているが、わざわざ答えてやる義理もない。

 UAF上海支部副支部長、張小龍(チャンシャォロン)、こいつの動向を一月半も追跡していたのだ。食べ物の趣味から週末の過ごし方、知りたくもない事を山ほど知る羽目になった。

 肥えた溝鼠、雪那はそう評していたが正しくそのとおりだ。こんな男が、俺におびえて腰を抜かすこんな小物が。探してきたUAF内の裏切り者の一人だなんて正直なところ、怒りを通り越して呆れてしまいそうになる。いっそのこと権謀術数に長けた影のフィクサーのほうが憤懣のぶつけようもある。こんな小突いたらそのまま死んでしまいそうな、ヤツが相手では鬱憤の晴らしようがない。

 これではわざわざまた電離層からスカイダイビングをやった甲斐がない。敵のレーダーを交わすためとはいえ、着地の直前まで生身というのはさすがに肝が冷えた。まさか二回もやることになるとは思わなかったが、さすがに三度はごめんだ。


「そ、そうだ! エージェント・01、わ、私は潜入調査の途中だったんだ! 危ないことろを助けてくれて――」


「副支部長がわざわざ潜入調査か。それはご苦労なことで。お疲れのようだから迎えを呼んでやるよ」


 説得力皆無の演技をする副支部長を無視して、遠隔通信の回路を繋げる。かなりの距離があるが、まあ、妨害がなければ充分届く距離だ。


『――聞こえるか? こちらA-01、甲板の制圧を完了した。ヤツも起きてない、降りるなら今だぞ』


『了解。例の鼠、きちんと捕まえといてね』


 通信に出たのは意外にも滝原本人。その声にどこか嬉しさと安心感を抱く。こうしていると五年前に”彼女”の生きていたあの頃に戻ったような、そんな錯覚さえあった。それがどこか喜ばしくもあり、虚しくもある。

 しかし、滝原が直接通信にでるとは驚きだ。今はもう戦場全体を指揮する統括官だというのに、どうにも現場に出たがる癖が治らないらしい。微笑ましくもあるが、もっと腰を落ち着けることができるようになってもいいころだ。


『言われるまでもない。そっちも気をつけてな』


「――ヒッ!?」


 言ったそばから逃げ出そうとした副支部長の鼻先で足を踏み鳴らす。衝撃に甲板が軋み、船が僅かに揺れる。まあ、こけおどしだが、こいつには充分だ。


『ええ、後十五分で着くわ。先に――』


「滝原?」


 瞬間、通信が途切れた。魔をおかず状況を把握する。上空、遥か電離層の高みで何が起こったのではない。問題が起きたのはこちら、俺のほうだ。


「――起きたのか」


  背筋を良くないものが登ってくる。八年前、東欧ジブラルタル地にて邂逅した異形。俺と隼一(02)が倒し、どうにか封印したそれ。あの十三支部、棺桶から持ち出されたものの一つ。その胎動を確かに感じる。

  どうして目覚めたか。それはいまはどうでもいい。問題はここでやつを倒さなければこの星を食い潰される、ただそれだけ。――まあ、いつものことなのだが。




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