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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
40/55

NO. 40 終着、そして

 戦いの結末はその規模と激しさに反してあまりにも静かなものだった。01と10との戦闘、およびリヒターの乱入、その決着をもって、モビーディック作戦は終了した。

 投入されたUAF極東支部所属第501特務戦隊はギガフロートを制圧。基地機能を掌握し、式典会場を襲撃した10もまた撃破された。電離層の本陣、アルバトロス級空中艦艇も健在。事実だけを列挙すれば、UAF側の勝利といってもいいだろう。

 そう、勝利したはずだ。敵を倒し、味方を守り、拠点を制圧し、彼らは勝利したはずだ。だというのに、彼等には勝者に相応しい喜びも栄誉もない。残ったのは傷だらけの身体と屍と謎だけ。かつての戦いで撃破したはずの三幹部、その生存はこの場所での勝利を覆い尽くして余りあるもの。再び出現したNEOHや突如ギガフロート内から跡形も無く消失したイワン・アルダノビッチ博士、そして奪われた永久炉心の中心核。あまりにも多く謎を残し、勝利すらも覆い隠してしまっていた。

 この場所で迎えるはずだった決着は遠ざかり、あの五年前の決戦にて終わるはずだった戦いはいまだに続いている。戦士達に休息が訪れることなく、彼等には決して敗北は許されない。

 選定の時は過ぎ、これよりはその先へ。彼等の悲願、その準備はようやく整った。継承者足りうるもの、神の座を得るのはこの世界にただ一人のみ。だれが世界を支配し、人類を守るのか。それはまだ決してはいない。

 

◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 昔からこういう集まりは苦手だった。

 喧騒から離れた部屋の隅で、一人息を吐く。誰から構わず愛想を振りまけるほど器用ではないし、こういう場で素のまま振舞えるような神経の太さも生憎持ち合わせてはいない。正直言って、まだ格式ばった意味のあるかも分からない式典のほうが気が楽だった。


「おいおい、しけた顔してんな。折角ただ酒飲める機会なんだ、楽しまなきゃ損ってもんだぜ?」


「息抜きが大事なのは分かる。だが、今の状況で浮かれられるほど楽観的にはなれない。それだけの話だ」


 祝勝会、その名の通り勝利を祝う宴だ。だが、何時俺たちが勝利した? 作戦は成功し、10は倒した、奪われたギガフロートも奪還した。だが、それ以上に明らかになった事実が重過ぎる。リヒターの生存、NEOHの再出現、まるで何もかもが五年前に巻き戻されたようだ。奴らはいまだに潜伏を続けているが、何かを企んでいるのは間違いない。やるべきことがあまりにも山積みでささやかな勝利を祝うような気分には全くなれない。


「――時々すげえ空気読まないよな、お前。こういうのはあれだ、リフレッシュだよ。人間肩肘張ってばっかじゃ生きらんねえ、今は皆息抜きを頑張ってんのさ。それにお前もたまには気を抜かないとどこぞの行き遅れみたいになっちまうぞ」


「……息抜きなら五年間いやと言うほどしてきたさ。あとエドガー、発言には――」


「――誰が行き遅れですって?」


 思わず身構えそうになる殺気の篭った声がエドガーの背後から響く。どうしてこう、無意識且つ無遠慮に人の地雷を踏み抜くのだろうか。


「う、聞いてたのか……」


「ええ、その仕事人間で女子力皆無で酒臭くて無趣味で無愛想な行き遅れって誰の事なのか、じっくり聞かせてもらいたいわね」


「い、いや、そこまでは言ってないって、俺は単にだな、えーと、特定個人の事じゃなくてな、こう普遍的な意味で言ったんだ、ほら、わかるだろう?」


「分からないわね。説明してくれるかしら?」


 顔は笑っているが目が全く笑ってない。そう気ににすることでもないと思うが、それを言ったらいったで怒られそうだ。


「お、俺、便所行ってくるわ」


「勝手にすれば? あと、仕事残ってるからとっとと片付けたら?」


「そ、そうするぜ、ま、また後でな」


 形勢不利と悟ったのかエドガーはいそいそと逃げ出す。どうせ逃げるならもうすこし滝原をなだめてからにして欲しかった。


「フン、余計なお世話よ。私だってね、こう見えても――」


 そんな事を言いながら隣のイスに滝原が腰を掛ける。良く見れば手には飲みかけのカクテルが握られ、顔が完全に上気している。

 無理からぬことだ、作戦から五日、どうにか甲板まで奴を背負って辿り着いた俺はそのまま意識を失い集中治療室に運び込まれ、二日前まで意識がなかった。その間も、滝原たちは事後処理に奮闘していたらしいが、あんなことがあった後だ、いつも以上に事後処理は大変だったはずだ。

 しかも、俺は予定外に10を連れ帰る始末。その苦労は察するに余りある。


「パーティに出ればね、皆私に声掛けてくるのよ? どいつもこいつも下心丸出しの奴ばっかだけど、声掛けてくるのよ? それにね、私これでも高給取りだし、お金は使ってないから貯蓄はあるし、顔だって悪くないはずよ? 結構な好条件物件なのよ? ねえ、聞いてるの? ねえってば?」


「あ、ああ、その通りだ。おまけに頭も切れるし、貰い手なんていくらでもいるさ」


「……無責任なこと言わないで。大体誰のせいで私が誰とも付き合えないと思ってるのよ!? 責任とってよ!?」


「あ、ああ、すまん。悪い。あー俺のせいなのか?」


「そうよ、貴方のせいよ」


「そ、そうか、いつも悪いな。迷惑を掛けている――」


「そう悪いといえば、あの連中よ! そう上層部の髭爺ども、偉そうにイスにふんぞり返ってる連中に一体何が分かるっていうのよ?! なにが機密保持と服務規定よ、そんなんで仕事ができるかっての!」


 酔っ払いの絡みは理不尽なものだ。しかし、これだけストレスを溜め込んでるのも大半は俺のせいだ。愚痴ぐらいはしっかり聞いてやるのが俺の役目だろう。


「支部長はまともに働いてくれないし、雪那は相変わらず拗ねてるし、貴方は勝手に10を連れて帰ってくるし、どうして皆、私の言うことちゃんと聞かないの? そりゃ、今考えればファインプレーだったわよ? でも、もうちょっとこう事前に相談して、お願いだから……」


「そ、そうだな、俺はいつも勝手にしすぎてるな、特に今回は……」


 耳の痛い話だ、特に10の件は全て俺の独断だった。滝原の言うとおり、博士の確保に失敗し、ギガフロート内のデータベースは全て破壊され、まともな情報源がほとんどなかった以上、あの10は唯一の情報源となった。結果として俺の行動はそれなりに意味はあったわけだが、それはあくまで結果論に過ぎない。あの時の行動は無謀な独断行動に過ぎない。しかも、それをやった理由がちっぽけな自己満足だなんて笑い話にするにはあまりに情けない。


「その10も本部に取られちゃうし、もう最悪よ。飲まなきゃやってらんないっての、仕事させる気ないのよあの連中……」


「――そうか、本部か」


 口に出さなくとも分かる。上で何かの取引があったのだろう。本部の管轄と言うことは即ち太平洋連合の管轄にあるということと同意義だ。研究用のモルモットとして活かさず殺さず実験体にされる結末しかない。

そこに同情を感じることは間違っている、原因は俺だ、俺に同情を感じる資格はないし、哀れみを感じるような傲慢さも許されてはいない。ただ事実として受け入れるしかない。


「……情報は回ってくるのか?」


「たぶんねぇ、いくら太平洋連合でも情報くらいはくれるんじゃないの?」


「――大体わかった、その話はまた後で聞くよ。だから……今は少し休め」


 大体の話は把握できたが、今の滝原はあまり当てにならなさそうだ。目線が泳いでるし、呂律もあまり回ってない。

 いいさ、いつも気を張りすぎてるくらいなんだ。たまには滝原が気を抜いたって、誰にも責める権利はない。その分俺が気を張っておけばそれで十分だろう。


「……すこし、肩貸してくれる?」


「ん、ああ、いいぞ。肩ぐらいならいつでも貸してやる」


「ありがと……」


 少し照れくさそうに滝原が寄りかかってくる。肩に心地よい重みと暖かさを感じる。少しの間、会話が途絶え、気まずくはない沈黙が流れる。こういうのもたまには悪くない。

 どれくらいそうしていただろうか、穏やか時間を端末の呼び出し音が破る。目を瞑っていた滝原がピクリと反応する。起こさないように上手く端末を取り出すと、呼び出してきたのは知らない番号だった。この端末の番号を知ってる奴は限られている、無視するわけにはいかない。


「はい、こちら――」


「――やあ、元気そうな声が聞けて嬉しいよ、愛しの僕だよ?」


「間違い電話だ、掛けなおせ」


 端末の向こうから聞こえてきたのは耳を犯すような艶やかな声。どうやら心配するまでもなくいつも通りだったようだ。


「おっと、切らないでよ。寂しくなっちゃうじゃないか……寂しいと僕、何かやっちゃうかもよ?」


「……はあ、わかった。何のようだ?」


 どうして端末の番号を知ってるのかはあえて聞くまい。こいつが知っていないことのほうが珍しいくらいだ。こいつにとって俺の端末番号なんてネット検索で出てくるようなもんなのだろう。


「たいした用事はないよ、単に同盟関係の延長を申し入れようってだけさ。受けてくれるだろう?」


「……そうなるだろうな。それだけか?」


 ギガフロート襲撃でたいした情報も得られなかった以上、こいつとの同盟関係はまだ有効性を持つ。俺独りで全てを判断できはしないがそうなるのは確定事項といってもいいだろう。だが、それだけならこいつがわざわざこうやって電話してくる理由がない。何か他にも目的があるはずだ。


「それだけじゃないよ、君の声が聞きたかった。そっちが本命さ」


「――何かあったのか?」


「――っどうしてそう思うんだい?」


「勘だ、いくら鈍くともお前の機微くらい分かる」


 不本意ながらこいつの事はよく理解している。僅かな声の調子からでもある程度の考えくらいは分かる、今日のこいつは少しおかしい。


「――うん、やっぱり君は最高だ。僕をこの世で一番理解してくれてるのは君だ。大好きだよ、01」


「……いや、ただの勘だ、そんなんじゃない」


 妙な素直さに思わず面食らってしまう。いまごろ端末の向こうで柔らかで屈託のない笑顔を浮かべているであろうサーペントの顔さえ浮かんでくる、俺も大概毒されているのかもしれない。


「――ふふ、照れなくてもいいよ、僕も凄く嬉しいんだ。そうだね、君の言う通りだ、僕も少し弱ってるのかもしれない。だから、確認したかったのかもしれない、僕を本当に理解してくれるのは君だけだって」


 らしくもない弱った声。あのサーペントともあろうものがらしくないにもほどがある。例のヘカテとかいう奴はよほどサーペントにとって何かかき乱されるものがあったのだろう。だが、そんなことは関係ない、こいつの調子が狂うと俺の調子も狂う、ただでさえこっちは混乱気味なんだ、こいつにはしっかりしてくれないと俺が困る。


「――何があったのかは知らないが、少なくともお前も俺もやる事は変わらない。お前は好きに暴れて、俺はお前を必ず止める。お前がおかしいと俺もおかしくなる、だから、しっかりしろ、サーペント、お前はお前だろう」


「――そうだね、君の言うとおりだ、本当に本当に君の言うとおりだ。誰が何を言おうとも僕は僕で、君は君だ。ありがとう、01、きみはやっぱり僕の最高の理解者だ。愛してるよ、この世の誰よりも君を愛している」


「……そうか、問題は起こすなよ」


 相も変わらず、恥ずかしいことを臆面もなく言い放つ。聞いているとこっちが照れくさくなってくる、いい加減話しているにはいろんな意味で危険だ。だから、電話を切る、長く会話しているとそれこそらしくない事をもう一度言ってしまいそうだ。


「ああ、分かってるよ。じゃあ、切るけど――――僕は浮気は許さないよ」


「なっ!?」

 

 電話がブツリと切れ、思わず背後を振り返る。壁があるばかりで何もないが、見られているとしか思えないタイミングだった。しかも、覗き見しているとしてもおかしくない相手なのだから、余計に肝が冷える。いや、ある意味、それでこそなのだが…………。


「――挙動不審よ兄さん、しっかりして」


 不機嫌な声に素早く振り返る。一瞬過ぎったまさかの可能性に思わず身体が反応するが、すぐに声の主に気付く。まったくタイミングが良いのか悪いのか分からないぞ、雪那。


「――どうかしたの? って聞くまでもないわね」


 雪那は俺に寄りかかった滝原を一瞥すると少し呆れたようにそういった。まあ、少し気を抜きすぎてるきらいはあるが、起きて絡まれるより俺としても楽だ。


「――ん、ああ、疲れてるんだろ? いいさ、このくらい」


「良くない、一応司令官ともあろうものが緩みすぎなのよ」


「そんなに怒ることか? お前こそ何かあったんじゃ……」


「怒ってないし、なにもない」


「……そうか」


 明らかに怒っているが、雪那が怒るときにはいつも大体理由がある。それを追求するよりも俺がしっかりしいているほうが雪那が落ち着けるのも分かってることだった。


「――身体の調子はどうだ? 相手が相手だ、病み上がりにしてはハードな仕事だっただろう」


 雪那が戦ったのはただの敵ではない。あのNEOHだ、感じる恐怖や実際の脅威度もただのドローンやサイボーグとは比べ物にならない。それがたとえ、紛い物であったとしてもNEOHの脅威は決して軽視はできない。


「……もう大丈夫、全く問題ない。それより兄さんこそ、どうして戦うたびボロボロになるのよ。腕だってまた千切れかけてたし、足も酷かったし、胸の傷だって少しずれてたら……」


「――いや、まあ、毎回ってワケじゃないんだが。今回は敵が強かったからな、死ななかっただけもうけもんだ」


「そういうことじゃないでしょ……心配するこっちの身にもなって。ようやく追いついたかと思ったら、兄さんはいっつも勝手にボロボロになって、私のことなんかお構いなし、待つだけがどれだけ辛いかなんて兄さんには分からないんでしょ」


 堰を切ったように雪那が言葉を漏らす。また心配を掛けていたらしい、いつもの事だが申し訳ない、誰よりも雪那がこんな俺を心配してくれているのに俺はいつもそれを無視してしまう。誰よりも彼女の心を身勝手に踏みにじっているのは俺だ。

 雪那は俺以上に何かを失う事を恐れている、雪那の過去を思えばそれも仕方のないことかもしれない。いつも誰よりも傷つく事を恐れないのは、大切な何かを傷つけさせないための不器用な妹の不器用なやり方なのだ。

 だが、その不器用さが、俺には愛おしく、そして尊く思える。だからこそ、それに報いることのできない自分が酷くちっぽけに思えるのだ。


「すまん、雪那。いつも心配ばかり掛けてる、俺は駄目な兄貴だ」


 自嘲の笑みを浮かべながら、雪那に謝る。素直な気持ちだった、俺はこれからも心配を掛け続けることになるだろう、分かっていてもそれをやめることはできない。俺には頭を下げることくらいしかできることがない。


「…………もういい、どうせ何言ったって兄さんは無茶するわ、だから、今度からは(そこ)は私の定位置にする、いいよね?」


「い、いや、それは難しいんじゃ……」


「いいよね?」


「あ、ああ」


「決まりね、細かいところは全部そこで役得してる人に任せればいいでしょう」


 強引に押し切られる。負い目があるとはいえ、俺は少し雪那に甘いのかもしれない。どうなるかは分からないが俺と雪那での二人組(バディ)は少々戦力の過度の集中になるのは確かだ。しかし、まあ滝原なら何とかなるんじゃないかと言う楽観的な自分がいるのも確か。少しだけ骨を折ってもらおう。


「? どうした雪那? まだ何かあるのか?」


 そこまで考えてたところで、まだ難しい顔をしている雪那に気付く。まだ何かあるのだろうか? 


「べ、別に何もない。た、ただ一菜凄く気持ち良さそうだなって、思っただけ」


「そうなのか? こんなに緩んでるのは確かに珍しいと思うが……」


 寄りかかられた左肩からは規則正しい寝息まで聞こえてくる。信頼してくれるのはありがたいが、すこし、無防備すぎる。それに気を取られていると、今度は雪那からの視線が余計にきつくなる。これでは考え事をしている余裕すらない。

 助けを求めるように視線をさ迷わせると、同じく端の方で所在無さげにしている人物が目に入る。そうだ、すっかり忘れていた。自分でした約束を忘れるとは忘れるなんて、耄碌にもほどがあるぞ。


「――雪那」


「な、なに? べ、別に私は……」


「少し滝原を頼む。俺は、少しばかり用事がある」


 守れない約束はしないし、一度した約束は守るのが主義だ。滝原には悪いが少し席を外させてもらうとしよう。


「い、いいけど、どうしたの?」


「野暮用だ、すぐに戻るから気にするな」


 滝原を雪那にあずけてゆっくりと立ち上がる。右脚を引きずりながらも、ゆっくりと歩き出す。やるべき事をやると決めた、ならまずは目の前の約束を果たすところからだ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「――岩倉特務官、なにをしている?」


「は、はい、えっと、何もしていません!」


 握手やら挨拶を適当に受け流しなら、会場を突っ切ってどうにか彼女の元にたどり着く。なんやかんやで楽しんでいるほかの面々とは違い、彼女は俺と同じく何か考え込んでいる。声を掛けると飛び上がるように反応するところを見ても、オンオフの切り替えが俺と同じくらい致命的に下手らしい。


「報告書は読んだ、なかなかの活躍だったようだな」


「い、いえ、私なんて大したことは……」


「謙遜するな。まだ二度目の出撃で此処まで動けるやつはそうはいない、俺も雪那も最初は酷かったもんだ」


 報告書の通りならこいつを含めた数名は十何年か前に俺たちがやったのと同じことをやったらしい。今の俺なら造作もないことだが、同じ条件で俺が同じことをできるかどうかには疑問符が付く。彼女たちのやったことはそれだけのことなのだ、もっと自信を持つべきだ。


「あ、ありがとうございます! 私なんかを気に掛けていただいて……」


「だから、謙遜はいらん。それよりも今話せるな?」


本題はそれではない、果たすべき約束はまた違う話だ。


「……へ、あっはい! 大丈夫であります!」


「あの時、言ってだろう、話したいことがあると。今なら時間がある、君がいいなら聞こうが、どうだ?」


あの時、10と戦う前、俺はこの任務が終わったら話を聞いてやると約束した。これからは忙しくなってくる以上、この祝勝会はいいチャンスだ。


「あ、はい、ありがとうございます、ですけど……」


「なんだ? ここでは話しにくいことか? ならーー」


言い淀む岩倉にそう問いかけるも、ふたりきりで話せるようなところはすぐには思い当たらない。さて、どうしたものか……。


「そ、そうではなくて、あ、あの約束の件ですが、保留にしていただけないでしょうか?」


「……俺は構わんが、どうかしたのか?」


あの時は大分彼女にとっては大事な約束であったように思えたが、保留でいいとは一体どういうことなのだろうか?


「こ、これから先はもっと大変な任務に就くことなると思うんです、わたしも隊のみんなも。だから、心残りを作っておこうと思ったんです。そうすれば、辛い時でもちゃんとしていられるかなって思いまして……」


「――そうか、君は」


後ろに行くほど声が小さくなっていくが、まあ大体分かった。理解できないことではない。つまりのところ、願掛けのようなものだ。生き残る理由と言い換えてもいいかもしれない、それは家族であったり、仲間であったり、恋人であったり、夢のためであったりする、人それぞれ違うものだ。だが、彼女は俺との約束をその理由にしたいと言っている。それはつまり他に生き残る理由になるものを何も持ち合わせていないということだ。

そこでようやく俺や滝原がなぜこの()を特別気に掛けているのか分かった。この娘は俺に似ている。どれだけ仲間がいても根本的に孤独で、任務と戦い以外に生き甲斐を持てない。人間のような機械、あるいは機械のよう人間。

 だが、それは間違っている。俺のような存在になっていけない、それだけは分かる。 だからこそ、今度はただの同情でなく、真に彼女には違う道を歩んで欲しい。


「岩倉、君にひとつ命令がある」


「あ、え、はい! 謹んで拝命します!!」


たまには隊長らしく命令を下すのも悪くはない。俺の見つけられなかったものを彼女に、いや彼女たちに見つけて欲しい。それは本当に心の底からの思いだった。


「これからの戦いで、俺との約束以外になんでもいい、どんなことでもいいから他に心残りを見つけろ、いいな?」


「は、へ、それはどういう……」


「なんでもいいんだ、くだらないことでもいいからなにか見つけろ。他に何か見つけられたら、その時は最初の約束を果たす」


「は、はい、分りました……」


 今は良く分からずともそれでいい。何かもが終わった後、全てが手遅れでなければそれでいい。そのための道を拓くのが生き残ってしまった俺の役割だ。

 そうだ、悩んでいる暇などない。何を血迷っていたのだ俺は、例えリヒターが生きていようと、例えNEOHの紛い物が再び現われようと、例え新たな敵が現われようとも、俺のやることは変わらない。敵を倒すために、仲間を守るために、あの日の償いのためにこの身が燃え尽きるまで戦い続けるのが俺の存在意義だ。だから戦う、君の元へいけるその日が来るまで、俺に許しは必要ない。

 ――ハッピーエンドが嘘ならば、今度こそ俺の手で嘘を本当に変えてやる。

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