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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
39/55

NO. 39 この光に

 痛みなど支障にもなりはしない。傷だらけの装甲(カラダ)も、砕けた四肢も、焼け付いた心臓も構いはしない。ただ殺す、この前の存在を否定しなければ存在すらしていられない。ただそれだけが俺の望み、存在意義だ。


「――っアアアアアアアアアア!!」


 傷ついた脚を踏み込み、無事な左腕に全てを篭める。ありったけの殺意と憎悪、破壊を齎す原子の光を此処にもたらした。周囲逃れ気が粒子に変わり、空間さえも歪な悲鳴を上げる。

 だがそれでも、やつには届かない。あらゆる全てを蹂躙して、光と波動がぶつかり合う。やつの持つ槌から発した波動は、俺の光と同種のものだ。

 これでは足りない、これでは殺せない。目の前の存在はそれだけのもの。決して破れない盾、難攻不落の城砦、一度は倒し、殺したはずのその存在が今再び俺の目の前に立ち塞がっている。


「っ!」


「チィッ!」


 境界線が弾け、体を押し戻される。彼我の距離は僅か、その気になれば一瞬で詰められる。今ので駄目ならばもう一撃叩き込むまで。


「――見事、その身体でそこまで動けるとは。それでこそ我らが宿敵だ」


「……ふざけるな。今更死人が出てきやがって、どういうつもりだ」


「然り、あの時確かに私は一度死した。しかし、我が肉体は滅せども、我が魂は死せず。五年の雌伏を経て再び現世に依り代を得たのだ」


 冗談じゃない。どうやったかは知らないが、蘇ったとでもいうつもりらしい。どうやっても死人は生き返らない、そんな当たり前を傲慢にも否定して見せたのだ。

 永久炉(シンゾウ)が灼熱を持って燃え上がる、身を焦がすような熱は心臓から四肢へ。熱と怒りが痛みを吹き飛ばし、さらに光が勢いを増す。右脚の間接を最大出力で無理やり稼動状態へと回復させた。右腕は動かす関節が残ってないからどうしようもないが、両足と片腕があれば戦える。


「満身創痍でなおその闘争心。最初の男はそうでなくてはならん」


「――いいさ、もう一度殺してやる」


 三人の護衛団筆頭、鉄槌の裁定者(リヒター)。かつて戦った総統に仕える三人の怪人たち、”組織”の中でも比類なき実力を持った最高幹部。かつて戦った最悪の強敵が今また俺の目の前にいる。理屈は分からないが、その事実だけ認識できていれば十分だ。

 生きていようが死んでいようが構うまい、満身創痍だろうが構うまい。どうやって蘇ったかなどどうでもいい、一体どういうつもりで此処に現われたのかなんてどうでもいい。幽霊だろうが何だろうが、絶対にこの場で殺してやる。アイツらの戦いは無駄にはさせない、この身を引き換えにしても辻褄を合わせてやる。


「――ふ、やはり猛るか」

 

 俺の殺意と殺気にリヒターが応える。手にした戦槌が力を帯びた。

 戦槌から発せられるのは空間を圧する鮮烈なる波動。一振りで地を砕き天を裂く神話の武具の一つ、目の前にあるのはそれそのものだ。10と対峙したときよりなお凄まじい死の気配、幾多の敵を屠り、数多の城砦を一撃で砕いてきた古の災厄が今再び振るわれる。

 身構える、勝負は一瞬で決めなければならない。先程よりはましだがそう長くは堪えられない。先程よりも鋭く、小さく、全てを奴の絶殺のために収束させる。

 永久炉の波長域をわざと乱す。制御を放棄し、意図的に暴走状態を作り上げる。これでいい、今の俺少しでも刺激が加えられれば破裂する臨界状態の核爆弾のようなもの。死なば諸共、俺の最後にこいつらは道連れにしてやる。俺の命一つで、あのリヒターと10を始末できるのなら安い取引だ。


「……死を賭して、か。まさしく戦士の姿、そう賛辞を送りたいところだが――」


 最初の一歩を踏み込む。一瞬で間合いに入る、これで終わりだ。


「――今の貴様は死人だ。死を恐れているのではなく、生きてはいないだけだ。故に――”停止せよ”」


 呆れたような言葉と見下すような憐憫と共に、戦槌の柄が打ちつけられる。槌の先端が煌き、赤黒い波動が空間を波立てながら、ドーム上に展開された。

 まずいと思ったときには遅い。弱まった防護を容易く通り抜け、波動が間接部に干渉する。全身の力が抜け、転がるように地面に膝をつく。その状態から動けない、各部の間接が麻痺したように停止している。状況を認識すると同時に、自分への怒りで頭が真っ白になっていく。情けなさを通り越して自分に殺意すら覚える。


「――あの01が堕ちたものだ。以前の貴様ならばこの程度、簡単に捻じ伏せたであろうに。感情と行動が混じり合わずにお互いを高める、それが貴様らサイボーグの本質ではなかったのか?」


「…………っ」


 動けない俺を無視して、リヒターは踵を返す。絶好の機会に体が動かない、脳と四肢が寸断されたように手足が凍っている


「――トドメを刺してやりたいところだが、今はそのときではない。そこで大人しく見ているがいい」


 そういうと奴は俺に背を向け10に近づいていく。俺は眼中にすらないらしい、目的はあくまで10の回収、納得はできるがそのためにわざわざリヒターが出向いたとも思えない。


「――やはりこうなってしまったか、予測していたとはいえ苦々しいものだ。しかし、致し方あるまい。器にはなれずとも、使い道はある」


「…………?」


 儀礼を行うように恭しくリヒターは戦槌を翳す。一拍の間のあと、槌から波動が溢れる。敵に向けられる破壊と蹂躙をなす為の波動ではない。結果は苦痛と悲鳴を伴うものの、そこには一片の殺意すらも存在していない。まるで機械を解体するような無造作な動作だった。


「――っあ、ああああ!!」


「一体何を……」


 戦槌に惹かれるように永久炉の光が集積していく。その光が増大するたびに、10が大きく悲鳴を上げる。永久炉に干渉している、そうでなければあれほどの光はありえない。だが、なぜ? 10は”組織”にとっても重要な存在のはずだ、それになぜあんなマネをする。

 何故、何故、何故、疑問だけが頭の中で堂々巡りを続けていた。


「あああああああああああああ――!!」


「これでようやく、二つ目の鍵が揃う!」


 一際大きな悲鳴のあと、光が収まっていく。心臓の様に脈打つ光だけが戦槌に残される。永久炉の光、その集積、中心核を動かす種火までもが吸い上げられている。傍らに伏す10の呼吸が止るのがわかる。完全なトドメ、俺が行おうとしたことをリヒターが行っていた。


「――これが”光”、あの時目にしたものと同じ真なる光、この輝きこそが……」


「……何を企んでいる」


 状況に頭が追いつかない。奴らにとって10は重要なはずだ、だというのになぜ殺すようなマネをする。しかも、なぜいまさら永久炉の種火を手に入れる必要がある? なぜ10そのものを回収しない?

 何故、頭の中で疑問が渦巻く。余りに理解しがたい、状況の推移が突飛過ぎる。


「企んでなどいないさ、貴様と同じ為すべきを為している、それだけの話だ。ではな、最初の男よ、いずれまた合間見えようぞ」


「……っ」


 戦槌の先に(ポータル)が開く。逃げられる、いや見逃される。止める間もなく、奴は扉を潜った。奪い取った光と共に奴は転移回廊の先へと姿を消す。それを呼び止めることすら今の俺にはできない。

 逸る気持ちに対して体は微塵も動かない。

 戦場だったこの場所につかの間の静寂が訪れる。何もできない俺と消えかかった呼吸音だけがこの場所に残された。

 目の前で命が消えていくのを感じる。命を奪うときのような刹那の瞬きではなく、静かにゆっくりと消えていく。あの時と同じだ、あの時と同じく俺はただ立ちすくんでいる。教えてくれ、瑠璃華、俺は一体、どうすれば――。


「――っ」


 自分が何をしているのか理解できない。自分が何をしようとしているのか、自分が何を望んでいるのか、自分が何故戦っているのかさえ、分からなくなってしまった。渦巻く困惑と疑念が封じていたものを解き放つ、憎しみ、憤り、哀しみ、虚無感に無力感、その全てが何もかもを押し潰して、何も分からなくなってしまった。

 何もかもが分からなくなっても、皮肉なことに体は動く。右脚を引きずりながら、ゆっくりとそれに近づいている。


「――――はあ、はあ、は、あ」


 鼓膜をたたく呼吸音は一瞬ごとに消えていく。それは即ち命の秒読みに相違ない。俺が壊し、リヒターが奪った命に確実に終わりが迫っていた。

 足が動く。なぜ? お前は何をしにここに来た? お前はこいつを殺しに来たのではないのか? だというのに、俺は何をしている? 何故奴に近づいていく? トドメを刺すためか? 

 いや違う、放っておいてもやつは死ぬ。俺が与えた傷は致命傷だ、その上永久炉の火は消えかかっている。辛うじて生きているのは、奴が創られた存在であるからだ。もし、奴の素体が人間ならばもう生きてはいないだろう。

 では、何故だ? 俺は何をしようとしているんだ? 分からない、だというのに足は動いていく。


「――、――――、――!」


「―、――――」


 ノイズが聞こえる、自己修復は機能しているらしい。通信機能が回復し始めている、だというのに頭の中では混乱が続いている。頭も身体も言う事を聞かず、自分が何をしているのかも分からない。

 それでも体は動く。どうしようもなく動いてしまう。全身の痛みは一向に俺を正気に戻してはくれない。水の中を泳ぐようにのろのろと近づいていく。自分が何をしているのかもわからないまま俺は進んだ。


「――俺はいったい何をしている? 俺は…………何を……」


 声に出してみても疑問はまるで晴れてはくれない。もはや彼女は目の前、消えかけの音が酷く耳障りだった。

 倒れこむように膝を突く。それだけで胸の傷から、紅い血液がこぼれる。人の事を言えたものではない、こっちもこの様だ。


「…………」


「――――そういうことか」


 光の消えかけた瞳が俺を見詰めていた。救いを求めるのでもなく、恐怖を抱いているのでもない、ただ諦め、死を受け入れた瞳。そこに映るのは傷だらけの俺の姿、途方に暮れ、自分が何をしているかも分からない哀れな男の姿だった。

 瞬間、はたと気付いた。この瞳は俺と同じなのだ、与えられた役割しか生きる意義をもてない、それなのに機械にもなり切れない中途半端な、俺と同じものの瞳だった。何を為すのかも何を望んでいるのかさえ、自分で決められない哀れな存在。俺とこいつは何が違う、俺とこいつを分けたのはただどちらに立っていたか、ただそれだけだ。

 苦痛に視線を逸らす。自分の姿を見続けるにはあまりにも傷を負い過ぎた。俺は未だに自分に向き合えない。だからここにいる、だからこうして自分を救えないから、こいつの命を救おうとしている。

 霧散した光を再び左腕に集める、なけなしの光でも消えかけた種火に再び火を灯すには足りている。

 とんだ偽善者だ、許せないほどに自分勝手で、どうしようもないほどにクソ野郎だ。殺すはずだった相手を自分の事情で助ける、それもただ単に自分と同じ姿を見ていられないというただそれだけのことで、俺は背信行為ともいえる行為を働いている。

 こいつから引き出せる情報もあるとか、リヒターがこいつを殺そうとするなら助けることでなんらかの意図を挫けるはずだとか、頭では尤もらしい理由を並べ立てているが、そのどれも違う。結局のところは俺は弱くなったのだ。此処にいるだけで決心も何もかもが鈍っていく、機械のように敵を始末してきたのに今更になってこいつを助けようとしている。それもただ、こいつと自分が同じだからと言う理由で、そうすることで救いようのない自分自身を誤魔化すために。


「――――」


 ゆっくりと左手を翳す。壊すときとは違い強引に力を押し込むわけにはいかない。初めてではない、前に同じ事をしたときの感覚を引き出し、あらゆる指向性のない純粋なエネルギー体として光を使う。壊すよりも遥かに難しい、だが、やってみせる。


「――――ッ」


 意識が霞む。痛みと疲労を極力排除して、できうる限り意識を集中する。まだ大丈夫だ、体は動いている。

 10の永久炉に注ぎ込んだ光をそのまま制御して循環させる、体を流れるエネルギーは血液と同じだ。全身に行き渡せれば、あとは機械のカラダが命を繋ぐ。これは延命措置だ、種火を灯すには時間が要る、それまで時間を稼ぐ必要がある。

 光が際限なく膨れ上がり、熱が奔る。俺の永久炉が10の永久炉に繋がり、二つの心臓の炎が混ざり合っていく。

 意識の混濁が始まる。俺の意識と10の意識が混ざり合い、自分の認識を手繰り寄せる。痛み、恐怖、困惑、憎悪、自分のものではないそれを搔き分け、理解し、押し進む。溶液の中から眺める景色、死んでいく無数の試作体、甲斐甲斐しく世話を働く誰か、そして、光を纏った俺の姿、自分のものではない記憶が走馬灯のように駆け巡る。余りにも短い記憶、見た目の通りこいつは子供と変わりない、生まれたての何も知らない無垢なのだ。だから自分の抱く感情そのものに戸惑い、命令以外に存在意義を見出せない。

 それでも、俺とは違う、まだこいつは救いようがある。


「……あっ」 


 共鳴した二つの永久炉がお互いの出力を引き上げ、消えかけた種火を再び灯していく。

 鼓動が戻ってくる。あとは心肺蘇生と同じだ、俺が注ぎ込んでいるエネルギーは心臓を再び動かす電気ショックのようなもの。一度心臓が動き出してしまえば血液が流れるように、永久炉の循環も再び始まる。そうなれば、身体の機能も回復を始めるはずだ。

 どうにかなんとかなった。倒れるように座り込む。永久炉間の接続を切断し、変換(トランス)を解除する。精神も身体も恐ろしいほど磨耗している。正直言って、意識を保っているのでさえしんどい有様だ。

 だが、通信は戻ってきた。全周波で甲板へ集結せよと呼びかけている。俺以外は皆上手くいったらしい、それがせめてもの救いではある。とりあえず皆生きてはいる、俺のやった事もまるで無駄ではなかったということだ。とにかく上に戻らなければならない、こいつを背負ってもだ。

 立ち上がろうとして身体に力を入れた瞬間に、こちらを見詰める視線に気付いた。恐怖でも、憎悪でもない、ただ何故と問い掛けるような視線だった。


「――どう、して……?」


「……ただの自己満足だ、お前が気にすることじゃない」


 光の戻った瞳にそう答える。事実だ、どれほど理屈を並べ立てても俺のやったことはそれにすぎない。英雄が笑わせる、結局のところ俺はそんなちっぽけな奴に過ぎない。何時だってそうだった、だからあのとき、彼女を守ることすらできなかった。

 血だらけの手を見詰める。血で染まったこの手にできるのはこれだけだ、だが、この手でもまだやれることが残っている。なら――自己満足に過ぎないとしても構わない。俺が生かしたこいつを利用してでも、為すべき事を為すまでだ。


 


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