NO. 38 裁定の鉄槌
「――はあああああ!!」
「――っ!!」
最後の一撃は間違いなく動力炉心を貫いた。射出された杭が火花を散らしながらも装甲を砕き、体を貫通した。如何なサイボーグとはいえ、これで終わり。心臓を貫くか、首を刎ねるか、まるで怪物を退治するような手段でしか、サイボーグは殺せない。
そのための装備が彼女達の装備には備わっている。大振で、あまりにも大仰な杭打ち機。それを打ち込むための隙を作り出すために、この戦いはあった。
「ッ――!」
杭を引き抜くと同時に全身に激痛が走る。リミッターを外した反動は彼女の体を確実に蝕んでいる。気を抜いてしまえば、そのまま倒れこんでしまいそうだった。
彼女だけではない。共に戦った仲間達は皆傷を負っている。それほどまでにこのサイボーグは強力な敵だった。
十五分、このBクラスサイボーグを撃破するまでに要した時間だ。十三名のA分隊総掛かりで、幾度もの危機の果て、彼らは敵を打ち倒した。今までの訓練と培った技術の全てを駆使して、死中に活を生み出したのだ。
「――動けるか?」
「…………はい、大丈夫です」
隊長代理の言葉に、呼吸を整えて応える。全身の痛みは酷いものだが、動きに支障はない。この程度ならばまだ耐えられる。まだ戦えるなら休んでいることなどできない。
「動けないものは後続部隊に回収を任せる! 動ける奴はついて来い!」
戦いはまだ終わってはいない。この先に待つのは本丸である動力炉と艦橋、そこを制圧せねば決着とはいえない。
状況は終局に向けて動き出しつつあった。中心部では01と10の戦いが決着し、動力炉並びに艦橋へと続く通路ではA分隊と敵サイボーグの戦闘がしゅうりょうした。他の地点においてもそれは同じく、UAFは瞬く間にギガフロート全体を制圧しつつあった。
残るは艦橋と動力炉を残すのみ。形勢は完全にUAF側に優勢、10が破れた以上、もはや01に対抗できる戦力などこの戦場には存在していない。決着は間近だった。
扉が開いたのはそんな頃合だった。空間と空間を繋ぐその扉は今は失われた技術によるもの、永久なる光が齎す奇蹟の一つがこのギガフロートに顕現したのだ。それは正しく両者にとっての凶兆であり、この戦場の行く先を決めるもの。目の前に確かにあった勝利さえも不確かなものへと変わり、戦いの意味すらも消し去る。そんな存在が現れようとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
生きている。まだ、生きている。荒い自分のものではない呼吸音が鼓膜を打つ。損傷は余りにも深刻で、立ち上がるどころか呼吸すらままならないが、奴はまだ死んではいない。
全力の一撃でも殺すには到らなかった。致命傷は与えたものの、また殺しそこなった。情けない話だ、あれだけの力を込めておきながら、またも仕留め損なうとは我ながら中途半端さに怒りさえ覚える。
「――ッ」
しかし、いつまでも自己嫌悪に浸ってはいられない。痛みを堪えながら、瓦礫を払いのけて、立ち上がる。
右脚の感覚がない、痛みさえないということはおそらくは神経が全て焼き切れたのだろう。自己診断プログラムは働いていないがそれでもその位は分かる。さっきの一撃の負荷が強すぎたのだろうが、この程度は想定内だ。
システムの殆どは潰れている。通信も含め、まともな機能はほとんど残っていない。立っているのがやっとだが、まだ動ける。
半分潰れた視界で周囲を確認する。異相空間に入る前に居た場所とはまるで違う光景が広がっていた、おそらくは最後の一撃が異相空間を破壊し、床を突き抜け、その下にあるこの区画まで貫通したのだろう。
周囲には瓦礫が積み重なり、その瓦礫の合間に無事な培養ポッドが散在している、奥には髑髏を巻いた巨大な蛇のような重粒子加速装置と冠のようなグラヴィティーキャンセラー。見覚えがある光景だ、かつてここにいたとき、見飽きるほど見慣れた景色に酷似している。第一研究区画、俺(01)が作られたのその場所に間違いない。
わきあがる感情を処理し、余計な感傷を封じ込める。今は必要ないものは必要ないものでしかない。
右脚を引きずりながら、消えかけの呼吸へと歩を進める。そこでようやく奇妙なものに気付いた。
白いボディスーツに身を包んだ傷だらけの少女がそこにはいた。年の頃は十五歳程度、細身な身体と肩まで届く銀色の髪が特徴的だ。
仰向けで横たわる彼女の胸部は赤に染まっている。
そこまで考えてようやく、この少女こそ10なのだと気付いた。俺の攻撃で変換核が停止したのだろう、再変換により素体の姿に戻っている。
遠目からでも傷の具合が確認できた。抉れている、胸部中心部、重要機関が集中したその場所が見事に欠けていた。永久炉の一部と変換核、再生機構、メインの制御装置の大半が損傷し機能を停止している、俺達を俺達たらしめる最も重要な部分は全て損失してしているのだ。サイボーグの、ゼロシリーズとしてのこの敵は死んだといってもいいだろう。
辛うじて生きているのは、あの一撃で変換核が停止し、奴の身体が再変換されたから。比較的生身に近い人工肺にはエネルギー汚染が及びにくい。生身の身体が文字通り盾となって、永久炉の暴走、自己崩壊を辛うじて食い止めたのだろう。
だが、即死は免れたものの機械部分のエネルギー汚染はすぐに生身の部分を蝕み、生命維持機能を阻害する。もって後数分、呼吸が止れば奴も死ぬしかない。
それを待つ気は毛頭ない。
「――っ」
右脚を引きずりながら、奴へと近づいていく。奴のほうも俺に気付いたらしく、動こうと身をよじり始めた。そんな些細な抵抗を試みたところでたいした意味もないというのに、奴もまだ諦めてはいないらしい。
この場所にいると否応無しに昔の事を思い出される。瓦礫に埋もれたポッドや奥に鎮座する装置も、ありとあらゆるものが記憶を刺激する。要らない感傷が一歩ごとに膨らんで、足取りを重くしていく。思い出と言うには重く冷たい記憶たち、彼女といた痕跡が鎖のように足に食い込む。
「……」
「随分と大人しいな……」
赤い道を引きながら、奴の元へと進む。知らずのうちに声を掛けていた、らしくないにもほどがある。奴はただ俺をにらみ返すだけで、抵抗らしい抵抗もできていない。
落胆の感情が湧いてくる、俺はこいつに期待していたらしい。
一体何をだ。俺の正真正銘全身全霊の一撃を受けてなお立ち上がって、俺を殺してくれるとでも期待していたのか。そんな身勝手な話もあるまい、自分で自分を終わらせる勇気もないくせに、他人に何かを期待して、勝手に失望する。五年間で此処まで俺も落ちたらしい。
生きている回路を通じて、左腕にエネルギーを集中させる。どれだけ落ちぶれようが、俺の感傷と任務は何の関係もない。自らに課した義務を遂行するまでだ。
左腕に力を集めながら、こちらを睨むやつの目を見返す。瀕死の状態でありながら確かな意思の篭った双眸は、今まで受けてきた印象とはまるで違う。歳相応の少女のようでありながら、ただの操り人形ではない確かな意思を持った戦士の瞳。雪那や滝原、岩倉や部下たちの瞳を見ているような錯覚に囚われる。だが、それでも、こいつは所詮敵だ、今まで倒してきた連中と何も変わりはしない。
「――っ」
だというのに、纏わり付くような感傷が今になって動きを鈍らせる。横たわる少女の姿の敵が、どうしようもなく五年前の彼女の姿が被る。
降り続く雨、消えていく熱、光を失った瞳。この場所の記憶に触発されて、どうしようもなく全てが蘇る。無力感、怒り、憎悪、哀しみ、痛み、嘆き、喪失感、あの時感じたあらゆるものが堰を切って噴出そうとしている。
違う、こいつと彼女は似ても似つかない。それはわかっている、それなのにどうしてこうも痛みの記憶が噴出してくる。この程度のことで迷うほど俺は弱かったのか。
「……終わりだ」
「…………」
迷いを振り払うように、そう自分に言い聞かせた。ここでこいつを倒す、今はそれしか考えない。痛みも感傷も胸のうちに強引にしまいこむ。心を蝕むような痛みと悲しみを押し潰すように、俺は裁定を下した。
拳は間違いなく永久炉心を貫き、今度こそこの敵を10を抹殺する、そのはずだった。
「――なっ!?」
「――!?」
振り下ろしたはずの拳が止る。その瞬間、思考よりも先に本能が直ぐ傍にある死を感知し、反応する間すらなく身体がボール玉のように吹き飛ばされていた。
驚愕と痛みで染まる視界に敵が映りこむ。それが何であるのか、自分を吹き飛ばした敵が何者であるのか、それを認識した刹那、怒りと憎悪が何もかもを焼いた。焼けた世界に、あの五年前のあの日に、再び突き落とされたように。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
恐怖はもはや混乱へと変わり、立っていることすらままならない。今送られてきているこの映像が本物ならば、彼がこの船に来ている。その事実が恐ろしくて堪らない。できうることならば何もかもを捨てて逃げ出してしまいたい、そう思うほどに。
十五年間の研究、執念、復讐、その何もかもが無意味に成り果てた。その代償を払わせるために彼は現れたのだ。そうに違いない、少なくとも博士はそう確信していた。
選定の儀式は失敗した。10が敗れた以上、彼もまた器の作り手として相応しくない。莫大な資金と時間を費やし、失敗作を創り上げた無能として処理される。彼に許された運命はただそれだけだった。
「――何故だ、何故…………」
頭の中で巡るのはその問いかけばかり。何故敗れたのか、何故失敗したのか、何一つとして理解できない。負ける要因は何一つとしてなかった。同じく永久炉心を搭載しただけではない、性能ではこちらが完全に上回っていた。兵器として必要な経験も摺りこみ、不要なものは全て削ぎ落とした。完成度という点においては、感情に左右される旧式の彼らなど比べ物にはならないはず。
だというのに、彼の作品は、あの01に破れた。後一歩というところまで追い詰めながら、またしても。
「ありえない……一体どうして……何故……」
失意のそこに沈んだ彼が、それに気付くことができなかったのは至極当然だった。足元で蠢く影、虚数に繋がるもの、ある存在の護衛として形を持ったそれは静かに彼を呑み込んでいく。己に課せられた役目、ただそれを遂行するためだけに。




