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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
35/55

NO. 35 三番目の戦士

「――FH(フロント・ヘッド)からAー02、現状を報告せよ」


「こちらA-02、こちらは現在、第三工場(ファクトリー)区画で敵サイボーグ複数と戦闘中。FH、そちらの状況は?」


「相変わらず上とは通信が繋がらんが、それ以外は……まあ、おおむね順調ってとこだ。敵の戦力がそっちに集中してる分、他の制圧は進んでる。だが、まだそっちに増援は回せん。どうにかできるか?」


「どうにかするのが我々の仕事、そうでしょう?」


「言われちまったな。できるだけ早くこっちも仕事を済ませるが、待たなくてもいいぜ。遠慮なくやっちまえ」


「了解した、FH。これが終わったら一杯奢って下さいよ」


 戦場の只中でそんな軽口をたたいて、A分隊の代理分隊長たるライアン・クロウは通信を切る。状況はUAF側に傾きつつある。これまでの状況に比べれば余裕すらあった。

 作戦開始から既に一時間近く、作戦はほぼ順調に遂行されている。各ブロックの抵抗は予測していたものよりも緩やかなもので、制圧は順調に進んでいる。主要ブロックの半数の制圧が完了しつつあり、残るは機関部と艦橋この第三工場区画の三つだけだ。

 問題は作戦の要たるその二つの区画の制圧状況が芳しくないということ。敵は主要機関の中でも最も重要な艦橋と機関部とそこに繋がるこの場所に戦力を集中したらしく、複数体のサイボーグが彼らの行く手を阻んでいる。精鋭ぞろいのA隊でも突破は至難の技、施設設備を盾にバリケートを構築して膠着状態を保たざるをえなかった。

 しかし、弱音を吐いてばかりもいられない。彼等が役目を放棄することは即ち作戦の失敗を意味する。この程度の困難など何度も退けてきた障害に過ぎない。彼らが進むべき道はこの先にこそある。


「――いいか、こういうときこそ教本どおりだ! とにかく撃って撃って撃ちまくれ!!」


 ライアンの言葉に合わせるように十五の銃口が火を噴く。プラズマ化した弾丸が蒼白い光を放ちながら、三体のサイボーグへと殺到する。致命傷とはいかずとも、少しでも動きが止ればそれでいい。如何にサイボーグといえどこの火力での集中砲火には耐えられない。

 彼らには回避以外の選択肢はない。所詮は汎用型プロトタイプに過ぎない彼らならサイボーグでなくとも対抗はできる。


「――チィッ!」


 射撃を絶やさず、サイボーグの接近を徹底して阻止する。人類戦役の頃に確立した対サイボーグ戦術の一つで、有効ではあるが、所詮は時間稼ぎ。銃弾に限りがある以上、何れはこちらの限界が訪れる。


「――幾田、ラーキン、岩倉!!」


「――はッ!」


 射撃指揮を部下に任せ、特に戦闘技術に長けた三人を呼び寄せる。打開策が必要だ、危険を侵すことにはなるが、それだけの価値がある。ここを突破できなければ、作戦そのものが失敗してしまう。命の懸け時があるとすれば、今がそのときだ。


「お前たち三人と私で先陣を切る。全員、リミッターを外せ」


「……は? た、隊長代理? 冗談ですよね?」


「私も冗談だといいたいが、冗談ではない。EMPと閃光弾と同時に突撃する、屋内突入(ブリーチ)と同じ要領だ」


「しかし、リミッターを外したら制御が――」


「――了解です」


 同僚の言葉を遮って、ヒカリは迷わずリミッターを外した。記憶を辿れば、確か前例があったはず、同じような状況で第01(ゼロイチ)特務戦隊が同じような突撃を敢行した。それも彼らは粗悪な初期型スーツで勝利している。不可能ではない、ならばやるだけの価値があるということだ。実際、これ以上の妙案など誰にも思いつきはしない。


「ッ畜生、なるようになれだ……」


「……わかりました」


 渋々といった様子で残る二人もリミッターを解除した。解除するのは二段階まで、最大出力までは解除できない。二段階解除ですら体にかかる負荷は通常の十倍近く、通常ならまともに動けるかさえ定かではないが、今は違う。オートバランサーを解除して、マニュアル操作に熟練しておけば、通常よりもさらに細かい調整が利く。多少操作難易度は増すが、充分増加した出力に対応しきれるはずだ。そのための訓練は今まで重ねてきた。その結果どのような傷を負うとしても、それも本望だ。


「一体につき二人でやる、右の奴は私とラーキン、左の奴は幾田と岩倉だ。残りの奴は全員で掛かる、手早く片付けるぞ」


 無言で頷く。緊張の色が濃いほかの二人とは違い、ヒカリは酷く冷静だった。緊張はなく心は澄んだ水のように静かで、明確な意思に満ちていた。完全な集中、雑念は一切ない。

 それでも、なお際どい。正面からの白兵戦では確実に勝ち目がない。一か八かの賭け、命を懸けねば戦うことすらできない。


「カウントは三秒、射撃の間隔に合わせて突っ込むぞ」


 ライアンがそう告げる。もはや後戻りはできない、勝利か死か、ただそれだけだ。

 三人が息を呑み、カウントが始まった。

 一秒、射撃の合間を縫って敵が迫る。バリケートの一部が吹き飛び、一瞬部隊に動揺が奔った。返す刀の反撃で敵は散開、彼我の距離が再び開いた。

 二秒、再び敵が迫る。一瞬で攻防が入れ替わる、今はどうにか敵を退けられているが、何れは限界が来る。緊張に隊員の体が強張る、恐怖で引き金にかけた指が震えている。それでも力を振り絞り、部隊は間断なく弾幕を展開し続ける。

 最後のカウントが始まるその直前、誰にも気付かれることなく静かに、ヒカリはもう一段階リミッターを解除した。後のことは二の次、いまこの瞬間を生き残るためには全てを注ぎ込む必要がある。かつての約束を果たすために、今日交わした約束を果たすためには力が必要だ。

 三秒。ライアンの合図に合わせて無数のEMPグレネードが投擲された。円筒型のグレネードが空中で弾け、電磁波を撒き散らす。効果範囲が狭いおかげで味方に被害はないが、三体のサイボーグのセンサーが一時的に停止した。間髪いれず、今度カメラを焼くような強烈な閃光が炸裂した。これで敵は数秒間、まともには動けない上に、こちらの姿が見えない。

 バリケートを乗り越えて四人が跳び出す。左の敵は閃光弾を防いでいる、すぐに対処しなければ手痛い反撃を被ることになる。背後では一足遅く残りの隊員達が彼らに続いて飛び出した。


「――幾田さん、援護を!」


「あ、ああ!」


「――くっ!」


 一瞬行動が遅れた幾田を叱咤するように声を荒げ、ヒカリは誰よりも早く敵の懐に飛び込んだ。すれ違いの様の攻撃を掻い潜り、間合いのうちへ。敵の攻撃は驚くほどに鋭いが、いまなら回避も容易い。幾田の射撃が敵の動きを牽制しているおかげで幾分か動きやすい。

 予想外の反撃にサイボーグたちの動きが一瞬鈍る。それでもたった一瞬だが、いまの彼女達ならばその隙を充分に突く事ができる。


「――はあああああ!!」


「ぬあっ!?」


 銃からヒートナイフに切り替え、右上腕の間接部へと刃を突き立てる。真正面から装甲を破るのには時間がかかるが、間接部なら一瞬ですむ。そのまま刃を引いて腱を裂く。

 そのままもう一撃、引き抜いたナイフを首に向かって振るう。サイボーグの耐久力でも首をはねてしまえばそれで終わりだ。


「チィッ!」


 かわされた。敵は腐ってもサイボーグ、そう簡単に倒れてはくれない。ひるまずに攻勢を続ける、もう一振りのナイフを取り出して、そのまま鼻面を切り上げる。痛みと驚きに敵の体が退く、射線が空いた。

 すかさず無数の銃弾がサイボーグの体を貫く。的確に間接部を撃ち抜かれ、敵の動きが鈍る。さらに続けて、背後の仲間が放った無数の拘束用アンカーがサイボーグを繋ぎとめる。その瞬間、考える間もなく彼女は組み付いた。負傷させた右側から間合いを詰める、狙いは同じだ。


「これでっ!!」


 一息で間合いをつめ、ナイフを振るう。硬い手応え、分厚い装甲に刃が食い込んだ。そのまま、両手で刃を押し込む。少しづつ進んでいくナイフと、サイボーグからもれる苦悶の声。背筋に這い寄るような悍ましい快感と不愉快な手応え、ドローンやレギオンとの戦いではこんな感触はなかった。


「あ、づーー」


耳障りな声をあげて、サイボーグが倒れた。振り抜いたナイフには返り血すら付いていない。一瞬遅れて刎ねられた首がごとりと地面に落ちた。

 初めて味わった命を奪う感触を反芻する間もなく、次の敵へと狙いを定める。不可思議なことに最後のサイボーグは味方に加勢するでもなくただ静かに状況を観戦していた。

 視界の端では、隊長代理が敵に組み付ている。敵の腕を取り、回り込むようにして間接を極める。そのまま足を払うようにして地面に倒す、流れるような動作であっという間に制圧してみせた。そうして力任せに暴れるサイボーグ押さえ込み、携行したハンドカノンで顎から脳を静かに打ち抜く。援護など必要ないのではないかと思えるほどの見事な手際だった。流石は人類戦役を経験したベテラン、といったところだろう。

 此処までは順調、残るは不気味に構えた最後の一体のみだ。


「――雑魚どもが。簡単に死にやがって……」


 倒された味方を見下すように最後の一体が言い放った。どうやら仲間意識と言うのは彼らの間には存在しないらしい。

 スーツに備え付けられたESが最大警報を鳴らす。目の前の敵は先ほど倒した二体とは違う。本来ならば、ゼロシリーズや同じサイボーグが対応すべき相手だ。

 

「――全隊! 攻撃開始!!」


 だが、これで最後の一体。どれだけの力を持っていたとしても、十分に対応できる。この一ヶ月、あるいはUAFに入隊したときからの全てはこの時のためにあった。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


 ギガフロートでの戦いが佳境を迎えた頃、宇宙に座す大怪鳥(アルバトロス)もまた重大な局面を迎えていた。

 この空中要塞はいわば第501特務戦隊全部隊の頭脳。部隊からの報告を受け、指揮を下すこの司令所が存在してなければこの作戦そのものが機能しない。地上で戦う彼等同様、いや、それ以上にこの場所は要といえた。

 そんな重大な機能を担う機械の会長の内部は今混乱の只中にあった。艦橋に詰めた十人からのオペレータが慌しくコンソールを操作し、青い顔をした技術士官たちが機材を解析し異常がないかを大急ぎで点検している。様々な指示、情報が行きかい、どれが正式なものなのかも分からない。


「――衛星経由は試したわね? 反応は追えてるんでしょ?」


「どの衛星からも通信が繋がりません、太平洋連合のものも、中華共同体も、日本のものも繋がりません。反応は終えてますが、エネルギー障害が激しく細かい位置までは……」


「つまり、何も分からないってことね。いいわ、予備隊に繋げて、すぐに動いてもらうわ」


「はい、司令。すぐにお繋ぎします」


 作戦開始から一時間近く、本来なら既に地上部隊からの長距離光通信での定時報告が届くはずの時間だ。しかしながら、報告はない。未だに敵の通信妨害が有効なのかそれとも、味方が全滅してしまったのか、どちらにせよ状況は芳しくない。。確認しようにもこちらの通信は妨害されたままで、突入した第一陣は愚か、周辺制圧を担当する第二隊突入とすら通信不能だ。

 突入が成功したのは確認しているが、それ以降の情報は一切なし。地上に降りた彼らを信じていないわけではないが、なにか問題が起きたことは確実だ。

 これ以上は待っていられない。予備隊、この司令所の護衛を投入してでも状況に変化を齎す必要があった。

 しかし通信回線を起動したその瞬間、耳を劈く警報が艦内に鳴り響いた。


「せ、接近警報! 空間転移反応です!!」


「熱源を捕捉! 前方宙域、三百キロメートル範囲、か、数は五百以上!」


「総員、戦闘態勢!! 防空システム起動! 迎撃準備急げ!! オペレーター、望遠映像を出しなさい!」 


 すぐさま正面のモニターに映像が表示された。

 その瞬間、環境の全てが凍りついた。暗黒の宇宙空間に開いたなおも深く暗い穴。見間違えようはずがない、転移回廊ならばそこから現れるものはただ一つしかない。人類の天敵、NEOHだ。


「は、反応解析結果でます! 構成要素の八十パーセントがNEOH(ネオ)と一致!」


「ネ、NEOH(ネオ)だ……間違いない、やつらが戻ってきたんだ!!」


「――そ、そんな嘘だろ。NEOHだなんて、しかもこんな数、この艦の装備で対抗できるわけ……」


「撤退しましょう! 司令、あれがNEOHだとしたら、現有戦力では対抗できません! 撤退を進言します!」


 副官までもが恐怖に取り乱す、それも致し方ないこと。一菜でさえ、手の震えを押さえ込むので精一杯だった。人類に対する根源的敵対種(Natural Enemy Of the Human)、人類戦役直前に突如として出現した怪物たちの総称。単体での転移回廊(ポータル)形成能力と堅固な生体装甲を併せ持った人類の敵対者、全ての人間に死と絶滅の恐怖を刻み付けたその存在が今再び彼らの前に存在していた。

 二十億人、当時の総人口の五分の一がNEOHによって虐殺された。それも抵抗も許されず一方的にだ。転移回廊により人口集積地を襲撃する彼らの前には通常装備は通用せず、核をはじめとした大量破壊兵器すら意味を成さなかった。それでも、二度、サンフランシスコとメキシコシティ、そしてバミューダ海域において核兵器による殲滅作戦が決行された。それでも、結果は明白、ただ人類は死を待つだけだった。

 そんな現状を打開すべく発案されたのが、ゼロシリーズ計画であり、サイボーグ技術を占有するUAFだ。滅亡を傍観するだけのみの”組織”から持ち出された技術で持って人類は二つの敵と戦った。

 それが人類戦役、人類を支配してきた”組織”と人類を滅ぼさんとするNEOHとの十五年にも及ぶ戦いだ。その終結が五年前、たとえ決戦以来その発生が完全に停止しても、NEOHへの恐怖は今だ強烈に息づいている。

 そんな恐怖そのものともいえる存在が群れを成して彼らの前に再臨した。01の報告の通り彼らはまだ消えてはいなかった。今目の前に確かに存在している。ありえないだとか、そんなはずはないだとか、そんな言葉を口にしている余裕はない。


「――落ち着きなさい! 相手がたとえNEOH(ネオ)だとしても我々にやるべきことは変わりはない! 弾幕を形成しつつ後退!!」


「りょ、了解!」 


 恐怖と疑念を捨て去り、一菜は大声で指示を飛ばす。彼女の言葉通り、例え相手がNEOH(ネオ)でもいや、NEOHであるからこそ、彼らは戦わなければならない。それこそがUAFの存在意義、訓練も装備も元よりそのためにある。

 だが、現実問題としてまともな戦闘能力を持たないアルバトロス級では対抗できない。遅滞戦闘が精一杯だ。この指令所が撃墜されるわけには行かない、今はとにかく援軍が到着するまで持ちこたえる必要がある。

 問題はまともな援軍など到底期待できないという事、ただそれだけが最大の問題だった。


「急速接近! 敵は包囲陣形を形成しつつあり!」


「馬鹿な……なぜNEOH(ネオ)が戦術行動を取る!? 連中に知性などないはずだ!」


「今はそんなことはどうでもいい! 副官、パニックを起こす前に仕事をなさい! オペレーター、反撃はしなくていいから、全出力を防御シールドにまわして!!」


「りょ、了解!」


 反撃を諦め、穴熊に徹する。どうせ機銃照射など中りはしないし、中ったところでたいした意味もない。成体のNEOH(ネオ)の戦闘能力はAクラスサイボーグにも匹敵する。アルバトロス級の空戦能力では到底対抗できはしない。

 それでも数分持つかどうかすら危うい、一瞬あとにもシールドも食い破られてもおかしくはない。


「……違う、こいつらじゃない」


 そんな切迫した状況の中、一菜は確信を強める。やはりこの敵は違う、かつて戦ってきたNEOH(ネオ)とは何かが根本的に異なっている。この敵は何かがおかしい。


「シールド出力低下! も、持ちません!」


「敵は……そんな馬鹿な、レーザー兵装を使用しています!」


「――もう何でもありね。次はなに、エイリアン? それとも怪獣?」


「し、司令、何を暢気な――」


「――か、格納庫のハッチが勝手に開いています! 一体誰が……?」


「シ、シールド停止! やつらが取り付きます! 装甲が――」


 終わりは突然訪れた。抵抗を試みる間もなく、迫る死に恐怖する間もなく、絶望に膝を屈する間すらなく、終わりは訪れる。

 司令部が陥落すればこの作戦は失敗だ。地上部隊の連携が失われれば、その時点でギガフローとの制圧が不可能になる。つまるところ、彼らは敗北するのだ。

 世界は蹂躙され、すべて”組織”の手に堕ちる。それが確定した未来だ。覆ることは決してない、そのはずだった。


 その絶望(ミライ)を――。


「ッやあああああああ!!」


 朱い嵐が覆す。

 意思を持った嵐が暗い宇宙に吹き荒れる。アルバトロスの周囲に突如発生したエネルギーの奔流は周囲の全てのNEOHを瞬時に引き裂いた。紅い風、この宇宙には決して吹くことのないそれは正しく破壊の先触れ。それに触れたものは全て、内側から崩れ、破壊を伝播させていく。神話の再現、そう表現するしかない破壊がこの場所では行われていた。

 続けて嵐から飛び出した一筋の閃光が嵐から逃れた個体を次々貫いた。逃れようとしたものは先回りした閃光に引き裂かれ、向かっていくものは正面から打ち砕かれる。

 レーダー上の光点が瞬く間に数を減らしていく。亜光速での飛行が可能なはずのNEOHが逃げる間もなく蹴散されている。まさしく蹂躙と言うべき光景だった。


「い、一体何が……?」


「副官、呆けてないでしっかりなさい。今のうちに後退するわ」


「は、はあ」


 事態についていけず、呆然となった副官とは違い、一菜は落ち着き払っていた。恐怖がなかったわけではないが己の用意した策を、それ以上に彼女を信じていた。どんな絶望的な状況であっても、彼女がいれば覆すことができる、とそう少しの疑いすらなく信じていた。


「――V-3からHQ。このまま殲滅するわ、このぐらい一人で充分。邪魔にならないように下がってて」


「は、え? し、司令?」


「-―許可します、病み上がりなんだから気をつけて」


 どこか楽しげに一菜は謎の通信相手にそう告げる。ようは手加減が利かないから巻き込まれないように下がっていろということだ。実際、彼女の能力範囲はゼロシリーズの中でも最も広範囲に及ぶ、最大限離れていなければ巻き添えを喰らいかねない。


「あ、あれは――」


「マジかよ! 俺生で見たのは初めてだ!」


「―ー助かるんだ! 俺たち助かるんだ!!}


「どうして、彼女が此処に……」

 

 モニターに映し出された彼らの救世主の姿に歓声が上がった。彼女がこの艦に搭乗していた事を知っていたのは、一菜を含めて僅かな技術士官のみ。それも、すべて裏切り者に知られるのを避けるため。本来は地上部隊支援のために用意した切り札だ、味方を騙してまで切るにたるタイミングを待たなければならなかった。

 そして、その切り札は最高の効果を発揮している。シームルグユニット二号機の上に立つ一つの人影、その姿はただそこにあるだけで味方の士気を大いに高めていく。敵を前に、味方を背に、たった一人で立ち向かう。それこそが彼女の在り方でもあり、強さでもある。

 深い緑を貴重とした生体装甲は美しいフォルムを形成し、丸みを帯びたその肢体は少女のそれでありながら勇ましささえ感じさせる。全身を走る赤色のエナジーラインにはあふれんばかりの膨大な熱量が満ちて、宇宙(ソラ)の闇を照らす。純白のマフラーと紅く鋭い双眸、その全てが彼女が三番目の戦士である事を証明していた。病み上がりを感じさせない、力強いその姿こそが彼女の本来の姿、ゼロシリーズサイボーグ三番目の戦士、NO.03、風見原雪那の本来の姿だ。


「――紛い物の掃除はすぐに済ませる」

 

 特徴的な腰部のスカートと脚部のブラストユニットから紅色のエネルギーが噴出し、彼女の全身を包み込み、シームルグにも流れ込む。宇宙空間なら手加減はいらない、最大出力のクリムゾンモードで暴れられる。こんな紛い物に苦戦などしない。

 独りではない。それだけでこれほどまでに心が軽やかで、内側から力が沸々と湧き上がってくる。胸の傷の痛みさえ、些細なことにさえ思える。この五年間、彼女は孤独だった。どれほどの賛辞を受けても、どれほどの歓声を浴びても拭い切れない孤独が彼女のうちに確かにあった。

 その孤独は今は消えている。いまは兄が、01がいる。例えどれほどの距離が離れていても、一緒に戦っている。それだけで、彼女の心は満たされていた。


「――時間はかけない、速攻で片付ける! 兄さんが待ってるんだから!!」


 今度は置いていかれない、最後まで一緒に戦う。胸の奥に仕舞いこんだその言葉は誓いであり願いだ。紅い戦装束(ドレス)と共に彼女は宇宙を舞い踊る、誓いを果たすその日まで。


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