NO. 34 存在証明
通路に群がる敵を蹴散らしながら、真っ直ぐに中央区画に向かう。俺の記憶とサーペントの情報が正しければ、そう時間はかからず到達できるはず。今のところあの甲板も、通路も、壁も、すべて遠い記憶の通りだ。
たったそれだけのことなのに、どうしようもなく頭の中をかき乱される。此処にあるのは思い出というには余りに血に濡れた記憶ばかりだ。余りに多くの人間が此処で死んで、俺が、01が生まれた。そうして、戦って、殺して、最後はこの場所を捨てた。名すらも奪われた彼らの記憶を封じ込めて、俺はこの場所を切り捨てたのだ。
それが十四年前の事、それだけの年月を経てまた俺は此処に舞い戻った。今度はこの箱舟を守るためではなく、壊すために。
「邪魔だ!」
通路を塞ぐ熊のような体格のサイボーグを掬い上げるようなアッパーで吹き飛ばし、そのまま進行方向に向かって蹴りを叩き込む。背後に群がるレギオンは味方の銃撃に貫かれ、奴等の攻撃が俺の背中に届くことはない。俺がとりこぼした敵は味方が処理する、俺はただひたすら道を開くことに集中していればいい。
まだ動こうとするサイボーグの膝を砕いて、動きを止めた。即座にその場を飛び退くと、重粒子弾の嵐が周囲を蹂躙した。万全ならかわされるか防がれるかだが、いまならば仕留められる。四肢と胸部を的確に弾丸に貫かれ、大型が沈黙した。
周囲の敵はレギオンとドローンが大半で、時折サイボーグが混じっている程度だ。サイボーグさえ倒してしまえば、あとはたいした敵ではない。
「――隊長、百五十メートル先に異相空間の反応を確認しました」
「――このまま直進する、付いて来られるな?」
「当然です。隊長からご指名だ、A3から7は右の通路を抑えろ、8から15はこのまま付いて来い!」
十四人、一人も欠けることなく俺に付いてこられている。頭のどこかでは全員が生き残る事を諦めていたが、この調子ならお守りは必要ない。俺がいなくとも彼らの実力ならば充分生き残れる。だからこそ、彼の活路を開くためにも、俺は役目を全うしなければならない。
周囲の雑魚諸共、邪魔をする敵サイボーグを粉砕する。明らかに今までの敵よりも劣るこいつら程度では俺も彼らも止められない。
通路を進むと、また同じような敵の編隊がこちらを待ち受けていた。あの程度で俺たちを止められると思っているなら大きな間違いだ。
「――オオオオオオオオ!!」
奪い取ったブラズママシンガンを連射して群がるドローンを撃ち抜きながら、引っ掴んだサイボーグを壁に叩きつける。今まで相手してきた連中と違いこいつらにはたいした戦闘能力はない、それぞれなにか固有の能力は持ってはいるが、それだけだ。この至近距離での室内戦では純粋な地力の高さがものをいう。こいつら程度なら物の数ではない。
勢いのまま壁をぶち破り、向かい側の廊下に躍り出た。
「……あれは」
瓦礫と炎を拭い去ると、目の前には奇妙な歪みがあった。機関室へと繋がる通路その中心には転移回廊にも似たその歪みは荒涼とした荒野に繋がっている。
その中心で奴が、あの10と呼ばれたサイボーグが待ち構えていた。あれこそが奴等の用意した決闘場、俺と奴が戦っても周囲に被害を齎さない隔絶された空間だ。俺が扉を潜らなければ戦いは始まらない、この扉を挟んでにらみ合ってるうちは奴は部隊に手を出すことはしないだろう。あくまで望みは一対一、決闘というわけだ。
それはこちらも同じ。あちらが場所を用意してくれるのなら好都合だ、全力で暴れられる。
摑んでいたサイボーグを放り、両の拳の感覚を確かめる。体に漲るのは怒りと戦意、しかしそれに身を任せるのではなく、理性と経験でその手綱を握る。研ぎ澄ました刃のように鋭く、巨大な槌を振るうように力強く、空を裂く弓矢のように静かに動く。余計なものは必要ない、それが俺だ。
「――隊長、援護は……」
「――いや、俺一人で充分だ。あとは予定通りに」
「……了解です。迂回して機関室への道を開きます。A-2からオールAへ、第三段階だ、これよりは私が指揮を執る」
「りょ、了解」
形ばかりの指揮権を副隊長に移譲する。片手間に指揮できるほど器用でもないし、そんな余裕もない。
「行くぞ! 俺達の仕事をするんだ!!」
俺を除いたA全員が一丸となって駆けて行く。俺に向かって略式敬礼をするものもいれば、すれ違い様に声を掛けてくるものもいる。一人また一人と、俺の隣を過ぎていく若き戦友たち、扉を潜るのは最後の一人を見届けた後だ。
迂回路を進んだとしても、機関部に辿り着くまでそう時間はかからないはず。当然敵の妨害はあるだろうが、今の彼らなら何とかできる。せめてものこと、殿くらいは引き受けよう。
ふと、こちらを見詰める視線に気が付いた。10の無機質な視線とは違う、静かで力強く、心強さと心地よさを感じさせてくれる。すぐに視線の主に気付いた、一体どうしたというのだろうか。
「――A-15、どうした? 早く行け」
「は、はい、隊長。……その」
「……何かいいたいことでもあるのか? あるなら早く言え、置いていかれるぞ」
A-15、岩倉ヒカリ特戦官が俺を見詰めている。訓練にて最優秀の成績を残した勇士が俺の目にはおびえた少女のように映っていた。だが、それでも彼女は立ち向かおうとしている、自分の使命を果たそうとしている。もし俺にその最後の一押しができるなら、迷う必要はない。
「……隊長、この任務は終わったら、お話したいことがあります。よ、よろしいですか?」
「――わかった、約束しよう。俺は約束は守る、だから必ずお前も生き残れ。いいな?」
「はい!」
どこか思いつめたような声にしっかりと答える。何を話すかは見当が付かないが、それが生き残る理由になるならそれでいい。生き残る理由も無しに戦場に立っても、ただ死ぬだけだ。
力強い背中を見送って、扉の向こうへと視線を戻す。彼らは彼らで成すべき事を成す。俺は俺で成すべき事を成さなければならない。
敗北は許されない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
扉を潜る懐かしい感覚。一瞬にして世界がひっくり返ったような錯覚と揺れる視界、ふらつきそうになる足を叱咤し、決戦の荒野をしっかりと踏みしめる。之ならばしっかりと踏み込める、戦うには充分だ。
「――やあ、ようやく来たね。随分待ったものだよ、五年と――なっ!?」
「――ッ!」
御託は聞き飽きた。こういう輩は放っておくといつまでも喋り続ける。
待ってましたといわんばかりに喋りだしたあのいけ好かない博士を無視して、一直線に10へと突っ込む。
「――くっ!?」
「――!」
敵の眼前で急停止、フェイントを挟んで一撃。当然いなされるが、脇腹が空いた。ガードの合間を縫って脇腹に拳を差し込む。やはり、接近戦での判断が甘い。
さらに連撃。崩れた防御に間髪いれずに畳み掛ける。これで決められるとも思えないが、此処で殺す、そのつもりで打ち込む。
「――10! 反撃しろ!!」
よろめいた姿勢からの反撃を潰し、腕を取って体を浮かす。そのまま防御の上から叩きつけるように拳を放つ。瓦礫を巻き上げながら、10を地面に叩きつけた。挨拶はこのぐらいでいいだろう。
「――ッ!」
10が素早く飛び起きる。それに合わせて動く、狙うのは頭。どれだけスペックが高くとも、構造は人間と同じだ。脳を揺らして行動を潰せば、能力の発動も抑制できる。
思い切り踏み込んでからの回し蹴り。威力は十二分だが、動きは単調。当然打点を外され、足を取られる。万力のような力で締め上げられるが、折込済みだ。
「――フッ!」
「ッ!」
体を捻って左足の蹴りを頭に叩き込む。蹴りの威力は精々痛みに呻く程度のものだが、左足に注ぎ込んだエネルギーを破裂させて顔面を焼いてやる。生体装甲は堅牢だが、表面を焼くくらいならそう難しいことではない。奴がのけぞり、右足の拘束が外れた。
光で潰れた視界の中で、10の体を右足で蹴って距離を開ける。頑丈さはなかなかのものだ、三発叩き込んでも大してダメージはないらしい。だが、それだけ。三発で足りぬなら、くたばるまで叩き込むまでだ。
「コード・07!」
光を引き裂いて襲い来る数千万アンペアの雷撃を紙一重でかわす。性懲りもなく、兄弟達の技を使う。形だけの虚ろなものだが、速度と威力は変わらない。
だが、どれだけ早くとも直線的な攻撃など避けるのは容易い。再び一息で距離を詰める。相手の手を読み、こちらのペースに引きずり込む。やはり読みどおり、一度こちらの土壌に引きずり込めばそれを破るほどの経験がこいつからは欠けている。
雷撃の合間を縫って、至近距離まで。出力最大での右の正拳。これならば防御の上からでもダメージを通せる。
「ッく!」
正面からの一撃のやつの体勢が大きく崩れる。続けざまに足を踏み抜いてからのラッシュ。距離は取らせない、こちらの間合い、こちらのペースで戦わせてもらう。生体装甲を抜くには溜めが足りないが、そのための隙ができればそれでいい。
「――まだまだ!!」
稚拙な反撃を誘い、確実にカウンターを叩き込む。敵の動きは精密で正確だが、柔軟さと対応力に欠けている。前回の戦いのときよりも多少は洗練されているが、それでも付け入る隙は充分にある。こいつには相手の動きを読み、呼吸を合わせ、隙を穿つ技量がない。できることといえば力任せの蹂躙だけ。至近距離での白兵戦は経験と技術がものをいう。その点においては俺が遥かに勝っている。
「……10! コード・09!」
「っ了解」
当然そう簡単に決着はついてはくれない。使われたのは前回と同じく09の能力。あらゆるものを圧壊させる重力の檻だ。
重力異常に世界が歪むその直前、全身の出力を二倍にまで引き上げる。重力異常帯の範囲は熟知している、その効果範囲から逃れるためにどれだけ跳べばいいのかもだ。
「――チィッ! かわされたか!」
全力で地面を蹴って後方へと跳ぶ。着地を考える必要はない、グラヴィティの特性上奴はいまは動けない。重力を操り、ありとあらゆる物質を圧壊させ、はてはマイクロブラックホールの生成さえ可能とする重力制御機能にも弱点はある。
まずはその効果範囲。重力制御はその威力の強大さゆえに効果範囲を極小規模に限定されている。兵器として有用性は言うまでもないが、どれだけ強力でも味方まで巻き込んでは意味がない、効果範囲はおおよそ半径二百メートル、それ以上遠ざかってしまえば精々重力も通常二倍から三倍程度、俺たちにとっては有ってないようなものだ。
「――――現出」
音声コマンド共にプログラムをスタート。体の機能を一瞬で切り替える。彼我の距離は三百メートル弱。両の足と右腕に出力を集中させ、脳裏に設計図を描く。猶予は数秒、その間に武器を用意しなけてばならない。
意識を研ぎ澄ます。外壁をぶち破ったときのように大雑把にぶちまけるのとは違う、一寸の狂いもない集中と象を針の穴に通すような技術がいる。コンマ一秒の誤差で俺の右腕が吹き飛ぶ。それで済めば御の字だ。
「くっ、10! 早く能力を解除しろ!」
「了解」
二つ目の弱点は能力発動中は、発動者が一歩もその場から動けないということ。周囲の重力を何千倍にも増大させるその能力から自身を保護するために、自身の周囲だけは重力を遮断していなければならない。その遮断範囲は精々一メートルの範囲、しかも動かせない。あの瞬間、この力を選択したのはほかでもない、あの博士のミスだ。
重力異常帯を抜けて、奴を貫く武器が俺の手にはある。見くびった報いはその身で受けてもらうとしよう。
「――っ!?」
「ま、まずい! 退避しろ、10!!」
ようやく気付いたところでもうすでに遅い。重力制御は非常にデリケートで、少しでも扱いを間違えば暴走を招きかねない。それゆえ、発動から重力機構の完全停止まで数秒掛かる。
それが三つ目の弱点。数秒間、奴に目に物見せるには十分すぎる時間だ。
拡散しようとする光を掌の上で収束させる。離れていく粒子を凝縮し、形を整え、一点へと。体内での出力調整とはまた別の精密なエネルギー操作、無駄も多ければ難易度も格段に高い。一歩間違えば暴走した光に俺が焼かれる。
そもこの使い方は、俺の性能にはない独自に編み出したもの。危険で無駄が多いが、威力は申し分なし。カタログスペック通りにしか能力を使えないこのパクリ野郎には丁度いい目覚めの一撃だ。
「――いくぞ」
エネルギーの成型を続けながら、駆け出す。助走距離は充分、これをやるのは相当に久しぶりだが、ミスはしない。
イメージするのは一本の槍、重力を振り切り奴を貫く光の槍だ。鋭くそして重たく、丁寧かつ迅速に練り上げる。収束した光が周囲の空間に干渉し、金切り声を上げて加速していく。けたたましい警告音も集中を妨げるには足りない。寸分の狂いもなくイメージを実体に。表面は鋸の刃のように流転しながら、内部はしっかりと固定し、微動だにさせない。この感覚だ、間違えようがない。
一際大きい輝きと共に、イメージに違いなく光の槍が完成した。それと同時に一際大きく踏み込む。地面を砕き、粉塵を巻き上げて、投擲の構えに入った。
「射出――!!」
腕力ではなく足を使って投げる。助走の勢い、踏み込み、瞬間の力み、外部出力と内部出力のタイミングを合わせ、その全てを一気に解放する。
全力で放った一撃は光速にすら迫る。エネルギー塊がまるで夜空を裂く彗星のように重力域を引き裂いていく。回避は間に合わない、この距離なら一瞬にも満たない時間で着弾する。奴は避けるのではなく、さらに重力を増加させることで攻撃を防ごうという腹積もりなのだろうが、無駄な抵抗だ。
「――あっ……!?」
あらゆるものを押し潰す重力の地獄を、光はものともしない。着弾までの刹那、永遠にも感じられるその時間の終わりに、破壊の光が世界を蹂躙した。
現われた光の柱と一瞬遅れてやってくる衝撃波が周囲の空間を揺るがす。メガトン級気化弾頭に匹敵する爆発に異相空間そのものが悲鳴を上げているのがわかった。身を裂くような衝撃に歯を食いしばって耐える。無様に吹き飛ぶわけにはいかない、まだ終わっていない。
「――そうじゃないとな」
数秒の後に破壊の嵐が収まり、視界が晴れた。クレーターとなった爆心地の中心にはまだ奴が立っていた。防御したのであろう右腕の装甲が吹き飛んで、ふらついてはいるもののまだ立っている。それでいい、この程度で勝てるとは俺だって思っちゃいない。
「――くっあ……」
「…………おのれ、おのれ!! よくも貴様ッ!!」
オープン通信で例の博士の恨み言が聞こえる。それを無視して、油断なくもう一度構えなおす。俺に何度も同じ手が通じると思ったら大間違いだ。
この前の借りは返した。あとはあいつ等の能力を愚弄した報い、しっかりと受けてもらう。
「10ォ!! やつを殺せ!! お前の価値を証明しろ!!」
「……イエス、マスター」
切り離したはずの感情の中で、怒り似た高揚感と邪な歓喜が交じり合う。認めよう、こいつは強い。今まで戦ってきた敵の中でも、指折りだ。こいつならば、俺の全力を受けてなお、終わらせてくれるかもしれない。そんな身勝手な願望と怒りと使命感が鬩ぎあう。それでも戦うしかない、敵を殺し、戦場で朽ち果てる。そのために生き、そのために死ぬ、それが俺だ。
きっと彼女なら否定してくれるだろう、あの声で、あの暖かな腕で俺を抱きしめてくれるだろう、血に濡れる事すら厭わずに。けれども、そんな安らぎは、俺の救いは五年前になくなってしまった。だから、いまはこれでいい。戦うことが、俺の存在証明だ。




