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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
33/55

NO. 33 選定のとき

 天空をかける機械の翼は、我が体。その実感と共に羽ばたき、闇を切り、この大空を支配する。今この瞬間だけは、俺は機械の怪鳥と一体となった。

 認めたくはないが、あの男が開発したというだけはある。驚くほどの追従性と速度だ、俺の動きに全く遅れず、いや、この翼は正しく俺の体の一部となっている。

 これならば飛べる。十重二十重の敵の攻撃を掻い潜り、鯨の懐へと突っ込むことができるはずだ。

 脊髄接続型可変式飛行デバイス試作一号機、名をシームルグ、ペルシャの伝承に伝わる不死鳥の名を継いだのがこの機体。その名の如く、この死地を越えてみせる。


「――あと十秒、まだ時間はある」


 残り十秒、いや、突入時間を考慮すれば七秒。意図的に残したこの時間、この七秒間が全てだ。ギガフロートの外壁をぶち破り、味方の突入口を開く。それが俺の役目だ。ただ破壊するだけならいつでもできる。問題はそれを何時行うかだけだ。

 ギガフロートには修復機能が備えられている。穴を穿とうというなら、中途半端な一撃では駄目だ。最強の一撃を、最適のタイミングで叩き込む。なんのことはない、何時どおりの難題だ。

 エドガーも、滝原も、雪那も俺を信じて託したのだ。だからこそ、俺も最善を尽くす。

 残り五秒、視界を埋め尽くすミサイルの合間を縫い、ギガフロートの懐へ。大口径の対空砲が待ち構えているが、構うものか。あたったところでたいした被害はない。ドローンとミサイルを引き連れながら、さらに速度を引き上げた。マッハ5、全身に叩きつけるような抵抗を感じる。申し訳程度の負荷軽減にまわしていた出力も全て加速へとまわす。

 けたたましく鳴る激突警報を無視して、特攻まがいに直進する。背後のドローンもミサイルも律儀に付いてきている、ご苦労なことだ。


「――ッ」


 激突の寸前、刹那の間にアフターバーナーを起動する。一瞬の減速に合わせて、シームルグの頭を海上へと向ける。俺の意図をすばやく感じ取ったシームルグは瞬時に翼を折む。五メートルはあった翼は一メートル足らずまで縮小され、機械の怪鳥は鋭利なフォルムを成した。

 速度をそのままに、巨大な水飛沫を上げながら頭から海面に突っ込む。音速以上で突っ込めば、海面もコンクリートの地面もたいした差はない、思わずうめき声を上げそうになるような衝撃が全身に走った。

 シームルグの背にある取っ手をしっかりと握り、引き剥がされそうになる体を固定した。一瞬の間にシームルグはぐんぐんと潜っていく。海中でもこの機動性、我ながら恐ろしいまでの性能だ。一体どれほどの技術と予算が使われているのか、俺にはあたりをつけることすらできない。


「ッおおおおお!!」


 なおも食い下がるドローンを引き剥がすように再加速、それと同時に頭を上げる。再び圧殺されそうな抵抗を振り切って、海上を目指す。視界の端に残り三秒の警報が見える。充分だ。

 ミサイルもドローンも俺の挙動に対応しきれていない。これで降下部隊が狙われる心配はない。もう味方は捕捉されているだろうが、砲塔の半分と今出撃しているドローンの標準は俺に向いている。問題はないはずだ。

 月を背に、海面を飛び出して空を舞う。瞬時にエンジンカット、翼を開き余剰エネルギーを周囲に放射する。内部機構をショートさせるエネルギーの波は追走してきたミサイルとドローンを叩き落とし、敵の迎撃に一瞬の隙間を生じさせた。

 残り三秒。脊髄コネクタを切り離す、自動操縦に切り替わったシームルグの背を蹴ってギガフロートに向かって跳ぶ。

 リミッターを外す、引き金を引くように確かに永久炉(シンゾウ)の重石を取り除いた。溢れるような力が血管(エネルギーライン)を焼き、骨格(ナノカーボン)が白熱化して光り輝く。体から漏れ出した光が暗転の空を照す。痛みはない、体を焼く熱さえも今は心地良く思える。

 肥大化したエネルギーを一点に、右足に収束させる。久しぶりの全力の一撃だ、手加減は当然効かない。降下部隊のとの距離はまだ充分にある。指向性を持たせてぶちかませば味方が巻き添えを食うこともない。

 勢いを殺さずに体を反転。溢れた光に視界が染まる、此処までくれば見るまでもない。タイミングは体が覚えている、今だ。


「おおおおおおおおおおおお!!」


 装甲に足を突き入れたその瞬間、収束したエネルギを一気に解放した。夜空を引き裂くように立ち上った光の柱が分厚い装甲を容易く蹂躙する。視界は真っ白に染まり、焼け付いたような右足はバターのように外壁を溶かし、穴を穿っていく。

 一層、二層、三層、数える気も薄れるような数の防壁を蹴り穿ち、内部まで大きな突入口を開いていく。一秒の間の事なのか、刹那の合間の事だったのか、外壁を抜けたと確信した。

 しかし、急に止れるわけでもない。エネルギーの奔流に身を任せたまま、甲板と思しき場所を蹂躙しながら、エネルギーを周囲に逃がす。視界は相変わらず真っ白なままだが、生きているレーダーは数え切れない数の敵を捕捉している、そいつらも蹴散らせて一石二鳥と言うわけだ。

 甲板を削りながら勢いを殺して着地する。回復した視界には機械の天辺とそれを埋め尽くす数え切れない敵。懐かしさを感じる暇すらない、所詮は烏合の衆とはいえこの数は厄介だ。

 攻撃に備えるべく身構えたその瞬間、彼らが追い付いた。


「――全部隊! 射撃開始!!」


 上空からの弾幕に、降下地点周辺の敵が次々と撃墜されていく。舞い降りた漆黒の戦士たちは敵を蹴散らし、機械の鯨、その腹の内へと降り立った。見惚れるような戦いぶりだが、ただ見ているだけにはいかない。

 立ち塞がるドローンを叩き潰しながら、降下地点前方の敵を思いっきり薙ぎ払う。そのまま力任せに地面を踏み込んで、前へと出る。懐かしき我が定位置(ポジション)、誰よりも死に近いこの場所こそが俺の居場所だ。


「――おう、無事だったか」


「エドガー、部隊の損耗率は?」


「ゼロだ、肝は冷えたがな」


「慣れたもんだろう?」


「お前と仕事してりゃあな。久しぶりのスリルってヤツさ」


 すぐさま隣に陣取ったエドガーが機動服の下でそう笑う。相も変らぬ図太さに、戦場のど真ん中で笑い出しそうになる。これでこそ、俺の戦友、エドガー・ウェルソンだ。


「――全員、足は竦んでいないな?」


「当然です、隊長。このぐらいなら隊長の訓練のほうがきついっすよ」


「自分は次はもっと余裕を持って突入したいです」


「相変わらずのビビリね、モテないわよ?」


「……それだけ口が利けるなら十分だ」


 続いて着地した隊員たちが周囲を固める。同じく軽口を叩く余裕すらある新人たちを頼もしく思うが、通信越しの声には僅かな恐怖が混じっている。こればかりは訓練で消えるものでもない、経験の浅い新人たちにおいては仕方がないことだ。

 後方では続々と通常部隊が降り立ってきている。俺が開いた突入口は早速閉じ始めているが、どうにか間に合った。


「……ここからは作戦通りだ。お前たちの命は俺が預かる。俺の背中はお前たちに預けた。遅れずに付いて来い!!」


「――(イエッサー)!!!」


 誰よりも早く、先陣を駆け抜ける。恐怖や憎悪、余計なものは全てこの高揚が洗い流してくれる。重要なのは今この瞬間だけ。後のことも、前のことも、この場所には不要でしかない。

 目指すは、機関部動力炉と艦橋、そして、あの10(ワンゼロ)。俺にできるのは戦うことのみだが、いまはそれでいい。この戦い、この瞬間こそが、俺が此処にいる証に他ならないのだから。




◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 



「――何故だ! 何故止められない!? たかが相手は戦隊規模だぞ! しかも、大半が通常部隊だ!! ドローンどもは何をしている!!」


「現在、敵部隊はB-3地区まで侵攻。各地区に試作品(プロトタイプ)を投入、敵部隊を甲板まで押し返します」


「潜航までの時間は? 区画移動はどうなっている!?」


「左舷側のアクティブフィンがシステムダウン、復旧までの所要時間は約十五分。区画移動完了まではあと三十秒、標的の行動予測とも合致します」


 眼前で繰り広げられるいくつもの戦いを俯瞰しながら、博士ははやる気持ちと震える足を押さえつけた。ギガフロートの内部機構は区画ごとに独立しており、戦闘や巡航形態等必要に応じて構造を変化させることができる。今は戦闘形態、肝心要の動力炉と艦橋を敵からできるだけ遠ざけるように区画移動が行われている。完全に戦闘形態に移行すれば博士のいる艦橋は隔離状態になる。艦橋までの分厚い隔離壁はUAFが運用していた頃から遥かに強化してある。たとえ01でも容易には破れないはずだ。

 堅牢な外壁を持ち、あらゆる敵を寄せつかないギガフロートもその内部は脆い。ほとんどの機能を自動化し、徹底的に人間を排した結果、内部の防衛までもがマザーコンピュータの統括するドローンとレギオンとに依存している。

 相手が各支部の最精鋭が集められた特殊部隊が相手では分が悪い。このままで敗北は時間の問題だった。


「――彼女と通信を繋げ」


「はい、博士(マスター)


 それでも、心の奥底には確かな自信があった。彼女が敗れることはない、どれほど施設が破壊されようとも、全ての手駒が撃破されたとしても、彼女さえいれば勝利は我が手にある。その事実が恐怖に駆られた頭を平静へと引き戻してくれる。


「……10、調子はどうかね?」


「問題ありません、マスター」


「そうか、そうか、その通りだ! 本来なら01との戦闘はもう少し先のことになるはずだったのだが、君ならば何の問題もあるまい。さすがは私の最高傑作だ、出来損ないの試作品どもなど話にならないな!」


 永久炉のエネルギーを利用した異相空間を利用した実験場、巨大で広大なギガフロートの中でも、異質なほどに広く、殺風景に広がる無の荒野にその場所に彼女は佇んでいた。ゼロシリーズ同士の全力戦闘ともなれば、ギガフロートといえども内部崩壊しかねない。通常空間から隔絶した果てのない荒野はお誂え向きの闘技場と言うわけだ。 

 焦りと恐怖から高ぶった声を上げる博士とは対称的に、10の声は一切の感情を含まない。何処までも冷静で無機質なものだ。自らの存在意義を証明するための戦いを目の前にしても彼女は全くもって揺るがない。

 この歪みの向こう側に、彼がいる。彼女の原型(アーキタイプ)であり、宿敵である01が迫ってきている。彼を倒すことが彼女の存在意義、彼を越えられなければ彼女が存在する意味もない。

 彼女の敗北は即ち”組織”の敗北。いわば、彼女の肩には”組織”全体の命運がかかっていた。


「……ッ」


「実験区画前方に対象のシグナルを確認、(ポート)を形成します」


「――来るぞ、彼だ」


 彼女の前方の空間が揺らぎ、裂けていく。少しして、人が一人通れるほどの入り口が開いた。穴の向こうでは、チカチカと点滅する照明が薄暗い通路を照らしていた。

 通路の向こう側では戦いの音楽が鳴り響いている、爆発音、銃声、破砕音、それらの混声合唱が少しづつこちらに近づいきている。


「――――!」


  そうして、轟音を纏いながら白銀の光が通路に躍り出た。しかと見据えた宿敵は、白銀の装甲に血の化粧をして、左手で試作体の死体を引き摺っている。正しく死神、幾多の同胞を屠った最強の裏切り者がそこにはいた。

 背後には彼に仕える歴戦の従者たち、蹴散らされたドローンとレギオンの屍の道を彼等は進んでくる。”組織”に一度は死を齎した死神の群れ、その再来だ。

 あれが敵だ、あれが01だと、(プログラム)が叫んでいる。前回は邪魔が入ったが今回はそうはならない。完全な一対一、決闘だ。それをあの敵も望んでいる。


 「――ようやくこのときが来たんだ、ここで私の最高傑作が、君を、いや彼女(……)の最高傑作を倒す。そうすることでようやく私は、十五年前のあの日を越えることができる……!!」


主の歓喜の声に答えて、彼女は戦闘体制に移行する。01はもう目と鼻の先、異相空間に開いた扉の向こう側でこちらを見据えている。その瞳からは何も窺い知ることはできないが、身に纏う全ての気配が刺すような敵意と戦意を確かに湛えている。

 ようやく真の意味で彼女の戦いは始まる。完璧たる彼女の成すべき唯一のこと、それは彼を倒すこと。前回のような横槍の入ることのないこの場所で、彼女は自らの役割を果たす。それしか知らず、それしか求めない、それが彼女の在り方だった。

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