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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: big bear
第一部 再びの始まり
3/55

NO. 3 白雪の誇り

「五年ぶり…かしらね。思ったより元気そう」


「ああ。そうだ、もう五年になる。君のほうも元気そう……ではないな」


 少しの気まずい沈黙の後滝原がそう切り出した。

 UAF極東方面支部所属、滝原一菜(たきはらかずな)統括官。随分出世したもんだ。昔から努力家で才能もあったが、この五年間の経験と絶え間ない鍛錬が彼女を鍛え上げた。言葉をかわすまでもない、一目見ただけでそのぐらいのことはわかる。ほんとうに立派になった。


「――そうね、少し疲れたかも。五年前のほうが忙しかったけどその分充実してたから、今は逆に」


 疲れた微笑みを浮かべ、どこか懐かしむような遠い目をしながら滝原は答える。

 どんな仕事であれ上に行けば上に行くほど気苦労は増える。毎日が命懸けの戦いだった五年前のほうが充実していたと語る彼女の姿は、俺の知らない滝原一菜のもの。それが悲しくもあり、嬉しくもある。何れにせよ、彼女は先へ進んでいる。


「今朝は悪かったな、忙しいところに迷惑をかけた」


 彼女の言葉を遮り、謝罪の言葉を口にした。今朝の一件の事後処理をしたのはおそらく彼女だろう。五年前より状況はましとはいえ、彼女も管理職。手間を増やしたのは純粋に申し訳ない。俺の存在を誤魔化すのは簡単なことじゃないはずだ。


「…今朝の? ああ、あの市街での戦闘ね。代わりに倒してくれたんでしょ? なら、謝るのはこっちになるわ。失態も失態よ、あのままじゃ人質を取られてたし、貴方がいなきゃどうなってたことか……」


「俺がいなくてもどうにかなってたさ。今の連中は、あー優秀だ」


 気にしないでと軽く流した彼女の表情には明らかに疲労が滲んでいる。上に立つ人間の苦労を安易に良く分かるとは言えないが、それでも彼女の苦労は一目でわかる。


「…あの彼女はどうなった? 傷は浅くなかったろう?」


 とりあえず端的に疑問点を尋ねる。あのまま放置して逃げたことに罪悪感を感じないほど落ちぶれちゃいない。致命傷ではなかったが、あの後どうなったかはわからない。


「まあ、大丈夫よ。おかげさまで傷は悪化してなかったから、命に別状はないし、意識もしっかりしてた。彼女、今日が初任務だったのよ」

 

「――そうか。初任務か」


 初任務で死に掛ける。五年前はそんなに珍しいことじゃなかったが、今ではそうあることじゃないだろう。その意外でもある、あの必死さもあれだけの意思の強固さはベテランのH.E.R.Oでも持ち合わせちゃいない。


「誰かさんに似てるでしょ? でも、任せた隊長が碌でもなかったのは私のミスね」


 そう指摘すると溜息交じりに滝原はそういった。その誰かさんには心当たりがないが、とりあえず、偶然且つついでとはいえ助かってよかった。俺のせいで死ぬ人間はもう沢山だ。


「それより――随分、沢山に見られたじゃない」


「ああ、やっぱりか」


分かってはいたが、ますます滝原に余計な苦労を掛けてしまって心苦しい。開き直っていて、彼女への迷惑を考えていなかった。


「部隊全体大騒ぎだったんだから。01を見たーってね。ログにも残ってたし、誤魔化すのが大変だったわよ」


「すまん」


 申し訳ないと頭を下げる。案の定な事態になっていた。

 俺は、いや01の姿はある種の象徴になっている。最初の改造人間にして最強の英雄、人類の守護者等々多種多様な大言壮語で脚色された英雄はいつのまにか実体を持たない一つの象徴になっていた。実際の俺とは似ても似つかないというのは皮肉な話だが。

 おまけに公式には五年間消息不明ということになっている。その五年間行方知らずだった有名人が突然目の前に現れたのだからそりゃあ騒ぎにもなるだろう。


「そんなに神妙にしないでよ。大丈夫だって、上手いこと言っておいたから」


 あわてたように滝原がそういった。今更ながらもう少し上手くやれたはず。鈍ってないと思っているのは俺だけだったらしい。


「そうか、迷惑をかけた。後ありがとうな。ここの人払い、お前がやってくれたんだろ?」


「え、ええ。一応、ね」


 礼を告げると急に滝原は歯切れが悪くなった。どこか戸惑うような、後ろめたさと迷いを感じさせる彼女らしからぬ態度だ。


「……なにかあったのか?」


 詳しくは分からないが、察することぐらいはできる。しかし、俺も鈍ったものだ。ここの人払いは何か目的があったのだろう。大抵こんな場合は、部外者には聞かせたくない話があるのか、何か見られたくないものもしくは事があるのかだ。ただ俺の自己満足のためにこんなことできるはずがない。

 

「それが……その」


 またもや滝原は答えに詰まる。やはり彼女らしくない。よほど言いにくいことなのだろう。昔から他人にばかり気を使って、自分のことは押し殺すタイプだったが、そこは変わってないらしい。


「――俺のことは気にするな」


 こういうことは俺から切り出したほうがいいのは経験上知っている。うぬぼれだが俺には話しずらいことなのだろう。五年間、廃人同然の生活をして世間から離れていた俺のような輩相手では話せないことのほうが多いはずだ。

 一瞬、脳裏によぎった可能性を噛み潰す。五年前から続く痛みと恐怖の記憶を必死で握りつぶす。そうでもしないと俺は彼女の前には立っていられなかった。


「――駄目ね私。覚悟は決めてきたのに……実は……」



 続く言葉は他のどんな言葉より決定的に、絶対的に、驚愕と衝撃を伴って俺のまどろみを壊した。




 ◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 病的な白と明るすぎる照明、窓際にポツンと置かれたベッドと窓から覗く空の蒼穹。間違いなく病室、この作られた白と薬品の臭いはどうにも苦手だ。

 だが、そんなことはいっていられない。ここにいるのは俺の妹だ。その妹が今ここで苦しんでいる。俺がどうこうなんていうのはどうでも良いことでしかない。


「――ッ」


 ベットに横たわる彼女の姿は美しさも、可憐さも、幼さも五年前から変わらない。長く伸ばした艶のある黒髪も、白磁のような肌も、幼さを残す顔立ちも五年前と同じ。随所に繋がれたチューブと様々な機器、血の滲んだ包帯が彼女の状況(へんか)をこれ以上なく雄弁に語っていた。

 彼女は戦い続けていた。俺が失い、迷い、ついには逃げ出したあの日から五年間、俺の代わりに痛みに耐え、悲しみに耐え、孤独に耐え戦ってきたのだ。

 その結果として彼女は傷つき、ここに横たわっている。その在り方は壊れそうなほど美しく、押し潰されそうなほどに眩しい。

 べッドに近づき、手をとり、声を掛けようとした。だというのに、指先は痺れたように動かず、乾いた喉からは言葉を搾り出すこともできない。胃の中に鉛のような重さを錯覚する。吐けもしないのに、胃がせり上がり、心臓を圧迫していく。

 俺は恐れているらしい。十年近くもの間、共に戦い続けた戦友を、俺と同じ血の流れる唯一の妹を俺は恐れている。

 そうだ、認めよう。彼女と会うのを、俺は恐れている。

 だが、そんな恐れは俺のものでしかない。俺が此処にいることで少しでも彼女の痛みを肩代わりできるのならそうすべきだ。

 なけなしの勇気と最後の意地を振り絞り、彼女の手に触れようとする。彼女は嫌がるかもしれないが、それが俺にできる些細な自己満足だ。

 ベッドの隣に崩れるようにしゃがみこみ、祈るように彼女の手を握る。白く、細い、触れれば砕けてしまいそうな彼女の指。

 それでも実際触れれば、分かってしまう。本物の皮膚の下にある造られた強靭な骨と筋肉。俺と同じだが決定的に違う、彼女はまだ生きている。この鋼の肉体には誇り高い魂と輝く精神が宿っている。俺のような抜け殻じゃない、それが彼女だ、今も昔も変わらずにそれが風見原雪那(かざみはらせつな)だ。


「――ん」


 意識の無い彼女が幽かにうめき声を上げる。咄嗟に握る手に力が篭った。モニターの数値には異常はない。素人目で見ても眠っている彼女の顔に苦痛の色は浮かんでいない。


「……雪那」


 静かに縋りつくように名を口にする。いつも名前の呼び方が雑だと怒られていた事を思い出す。任務中03(ゼロスリー)と呼ばれるのでさえ嫌がっていた。

 03が、雪那が瀕死の重傷を負った。滝原が語ったその事実は俺にとって、いや誰にとっても衝撃的なものだった。雪那は強い、俺よりも、この世界の誰よりも強い、本物の英雄だった。

 その雪那が、傷を負い、眠りについている。その事を知っているのは、俺と滝原、あとは数人だけ。

 彼女は俺と同じ、いや、俺のせいでそうなってしまった一つの象徴だ。おいそれと負傷したなどとは発表できない。公式発表として開示される以外の全ての情報は最高機密にすら相当する。それが俺が押し付けた物の重さ。俺が逃げ出したものを彼女が背負わされた。彼女の苦痛は全て俺へと起因している。

 今更だ。今更だと雪那は怒るだろう。だがそれでも――――。

 視線を感じた。終わりのない思考の迷路に迷い込んでいる俺をただ見つめる視線がある。


「――よう」


 ゆっくりと視線を上げ、妹と向かい合う。五年ぶりに正面から見た彼女の顔は夢見心地にまどろんでいた。


「…………夢ね」


 どこか拗ねたように雪那はそういった。俺の顔をまじまじと見詰め、頷きながらこれは夢だと自分に言い聞かせている。


「夢じゃない。幸か不幸かは分からないが……」


「夢ね。兄さんがそんなこというはずがないもの」


 熱に浮かされたような表情で、うわ言のように彼女は呟いく。それでいてどこか切羽詰ったような妙な印象を受けるのは勘違いじゃない。何度かこんなこともあった。本当に追い詰められたときしか、こんな顔を見せはしない。


「大丈夫か? おい、雪那? 夢じゃないぞ?」


 意識がハッキリしていないようなので声を掛けてみる。どうにも反応が鈍い。それもそのはず、彼女は奥の手を使った。こうして起き上がってること自体が奇跡に近い。


「夢、夢か。それなら、気にすることなんてないよね」


「ど、どうしたんだ!? 雪那!?」


 素人が判断しても仕方がないと、立ちがあがって医者を呼ぼうとした瞬間。突然、何の前触れもなく肩を掴まれる。皮膚の下の人工骨が軋みをあげる、相変わらずの馬鹿力。振りほどこうにも状況に追いつけない。

 これまた凄まじい力で引き寄せられ、そのままベットへと引きずり込まれる。女の細腕だが、雪那の腕力は俺よりも強い。軽自動車くらいなら変身しなくても持ち上げかねない怪力の持ち主。雪那を傷つけずに振りほどくのは正直無理だ。


「……一体どうした?」


「兄さん?」


 マウントポジション、力で無理やり押さえつけられ、抵抗らしい抵抗もできない。こんなことで自分の鈍り具合を実感するとは思わなかった。

 顔を上げると端正な少女の顔が目の前にある。あどけない少女の幼さと女性としての美しさを両立した相貌も濡れたピンク色の唇も、何もかもが綺麗になった。そんな綺麗な顔と互いの心音すら聞こえてきそうな至近距離で向かい合っている。ただそれだけで自分の卑小さに押し潰されそうだった。

 対する雪那の顔には、困惑が浮かんでいた。先程までの熱に浮かされたような朦朧さが消えかかっている。


「――すごいリアルな夢ね。明晰夢ってやつ?」


 そういうと何かを確かめるように俺の顔をペタペタ触りまわしたり、頬を抓ったりしながら、しきりに首をかしげている。まるで子供のような仕草だが、端正な顔立ちとのギャップでドキリとさせられる。あれだけ長く一緒に戦ってきたのに、雪那を相手にしている俺はまるで十代の餓鬼のようだった。


「……何か、何か顔に付いてるのか?」


「ホント凄い再現率…………質感は完全に兄さんね。でもすこし哀しそう」


 少し残念そうにそう言うと、雪那はどうしようもなく哀しげな顔を浮かべる。まるで何かを懺悔するような、許しを請うような表情だった。

 それにしても兄さんか。そう呼ばれるのは酷く久しぶりな気がする。まるで五年前に、彼女が生きていたあの頃に戻ったみたいだった。


「まさか……そんな…………そんなこと……」

 

 散々人の顔を弄繰り回した後、何故か非難めいた疑いの目線を向けてくる。いや、後ろめたいことは山ほどあるが今回ばかりは本当に身に覚えが無い。


「夢じゃない?」


「だからなんどもそういっただろう。ほら、あまり動くと……」


「いや、夢よ、夢。夢じゃなきゃ、こんな――ッ!?」


 瞬間、雪那は苦しげに胸を抑える。よく見れば病衣から除く包帯に赤い血が滲んでいた。続いて、繋がれた機械類がアラームを鳴らす。心電図が異常値を示している。起きて動いてしまったせいだ。傷が開いている。触れている手からは焼けるような熱も感じられた。


「動くな、すぐに医者が来るからじっとしててくれ」


 拘束が緩んだ一瞬に体勢を入れ替え、雪那をベットに寝かしつける。触れた肩からは幽かな震えさえ伝わってきた。


「痛い、痛い!? 胸が痛い――――痛いってことは夢じゃない!?」


 今更気付いたのか、雪那が叫び声を上げる。傷が痛んでいるというのに、そんなことよりも夢じゃなかったということが重要らしい。思ったより元気なのかと思いかけたが、繋いだ手から伝わる熱は火傷しそうなほど。傷口からの熱だけじゃない、改造部分自体がオーバーヒートを起こしているのだ。


「そんな、じゃあ、ほんとうに?」 


 うわ言のようにそう呟きながら、彼女はこちらを見詰める。瞳から涙一粒、零れ落ちた。

 雪那は人の前では決して泣かなかった。どんなに辛くとも、苦しくとも涙を堪えて、戦ってきた。その雪那がいま泣いている。それほどまで彼女を追い詰めてしまったのは俺だ。

 焼けるような戦いの熱、幾度となく経験したその痛みが俺の脳裏を掠めた。頭にこびり付いた最悪の記憶が熱を帯び始める。

 冷たくなっていく身体の感触、赤に濡れた白銀の腕、瞳から光が消えるその瞬間。どんな痛みより辛く、どんな孤独より耐え難い、どんな思い出よりも深く重い悪夢の記憶が現実を侵していく。


「――兄、さん」


 縋るように伸ばされた白い手が俺の意識を呼び覚ます。美しく、気高く、尊いその手は今救いを求めるように俺の元へと伸ばされている。


「――雪那」


 続く言葉は掠れて消えた。

 俺には彼女に詫びる資格さえもないのかもしれない。俺がここに来たのはただの自己満足でしかなかった。ただ余計に雪那を苦しませているのかもしれない。

 それでも、跪くように彼女の手を取る。そんなことしかできなかった。彼女の苦しみと痛みを俺が背負うことはできない、詫びることさえ許されない。

こうして雪那の(ねつ)を感じていないと、押し潰されてしまいそうになる。五年前の悪夢はまだ続いていた。

 

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