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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
28/55

NO. 28 予兆

 溜息一つ。やはりここにはなにもない。此処で過ごした二年間と同じくこの場所は空虚な入れ物だった。

 埃っぽいベッドに腰掛けながら、適当に荷物を鞄の中に放り込んでいく。荷物の量自体はそう多くない、下着を数着と貰いものの品を一つか二つ、ただそれだけ。必要でないものは全てここに置いていく。

 ますます殺風景になった部屋を眺めながら、この部屋で過ごした時間を思い出そうとして、すぐにやめた。思い出すようなことがほとんどないことに気付いたからだ。この場所での時間は余りにもゆっくりで朦朧としたものに過ぎない。

 もうこの場所には用はない。あの棺桶での戦いから十日、ようやく此処を引き払うことができる。滝原に押し付けられた休暇だが、折角だから有用に使わせてもらった。

 時計に目を向け、時間を確かめる。おおよそ、十二時過ぎ。確か十二時半に迎えが来ることになっていたはず、少し時間が余ってしまった。


「――仕方がない」


 何か時間を潰そうにも、たいしたことも思いつかないので、何の気なしに端末を起動して適当にチャンネルを合わせる。何か見たいものがあるわけでもないが、暇を潰すにはこれ以上のものはないだろう。


「――最近の一連の事件について、UAF本部の公式発表は依然、調査中という回答のみです。恵谷さん、その点についてどう思われますか?」


「いやー、いつもの事ですよ。UAFは市民の安全を保障するといいつつ、いつも重要な情報を隠蔽します。式典会場といい、例の秘密施設といい、何一つとして市民には知らされてない。これは異常な事態です」


「やはり、以前から指摘されているUAF内での隠蔽体質が原因でしょうか?」


「私はそう思いますがね。UAFは設立当初から、徹底した秘密主義の立場を取っていましてね。取材も基本的にNGで、何か聞いても機密ですの一辺倒でまともな答えなど返ってこない。それに最高委員会により非常に強い権限を与えられていますし、これでは不都合な情報も簡単に隠蔽されてしまいます。市民には知る権利があるというのに、彼等がそれを無視し続けている。もう戦時中ではないというのに何時までも彼等は特権を手放そうとしていない、これは問題ですよ、ええ」


「では、なにか情報を掴んでいるのに発表していないと?」


「十中八九そうでしょう。それにですね、私はなにか、UAF内での重大な過失を隠しているのではないかと考えているんですよ。ほら、01の復活劇、あれ絡みでしょうね。私の掴んだ情報では……」


 最悪だ。よりにもよって流れていたのは昼のワイドショー、しかも内容はどんぴしゃ俺たちのこと。相変わらず耳障りな声で無責任な事を言ってくれる。

 善悪に関わらず、秘密にするのには秘密にするだけの理由が何時だってある。仮に今回の事件が”組織”絡みで、全滅したはずのNEOHが出現しただなんて発表してしまえばたちまちパニックが起きて、戦いどころではなくなる。それこそ時計の針を五年前まで引き戻す結果になりかねない。

 しかし、到底そんな事を考えてはいないのだろうが、あながち言ってる事が全て間違いと言い切れないのが痛いところだ。実際UAF内に重大な過失が今ものさばっている。

 奴等の情報と同じく、UAF内に存在しているであろう裏切り者についても現状では何も分かっていない。この一週間と少しの間、滝原とエドガーが使える手は全て使って調べているが、尻尾すらも掴めない。いるという事ははっきりしていても、そこまでしか分からない状況が、じれったく腹立たしい。目の前の事に集中しようにも今日一日は滝原から休暇を押し付けれて、仕事もできない。それに仕事といってもほぼ手詰まりだから、困ったものだ。

 

「しかし、01は何故五年間もの間、公に姿を見せなかったのでしょうか。一時は死亡説がまことしやかに語られていた彼が何処で何をしていたのか、当番組では当時の関係者の証言を交えつつ、徹底調査を行いました。VTRはCMの後で」


 CMを待つまでもない、本人自ら答えてやる。正解は今と同じで何もしていないだ。こいつらが期待するようなものはあの五年間にはない。あったのは虚無と喪失感だけ、見つけたのものもあったが、それ以上に失ったものが大きすぎた。それだけだ。

 そんなくだらない事を考えていると、インターホンの機械音が無機質に響いた。時計に目をやれば十二時二十分過ぎ、少し早いが迎えが来る時間としてもはおかしくない。やかましいCMの端末の電源を落とすと、すぐさま立ち上がり、扉に向かう。


「わざわざ、迎えご苦労。じゃあ、行こう……か?」


 扉を開けると、おもわず言葉を失った。目の前にいたのは見覚えのない可憐な少女。年の頃は十六歳くらいか、深く被った帽子から覗いた艶のある黒髪には何か覚えがある。柄物の眼鏡のせいで瞳は見えない。年頃の少女が好みそうな赤いミニスカートに、なにかのキャラクターのロゴの付いたTシャツの上からどこかのブランド物と思わしきジャケットを羽織っている。こんな知り合いはいない、UAFの職員にしては若すぎるし、一体誰だ。新手の宗教の勧誘か?

 そんな俺の考えを察したのか、何故か少女が不機嫌そうになる。この反応からして、俺の知り合いではあるらしい。だが、俺のほうにはとんと覚えがない。このままで埒が空かないので誰か尋ねようとしたとき、無言のままだった彼女がようやく口を開いた。


「――悪かったわね、似合ってなくて」


「――あ、雪那か!」


 声を聞いてようやく気付いた。自分の妹だというのに、気付けないなんて俺は一体いつから耄碌したんだろうか。言い訳がましいが、いつもの雪那と印象が違いすぎるのだ。UAFの制服姿の印象が強い上に、数少ない私服は無理に大人びたやつばっかりだった。しかし、今度の服は大分、違う。端的に言えば雪那の容姿とあいまって凄く似合っている。


「いや、すまん。そういうわけじゃないんだ、その、新鮮だな、っとじゃなくて似合ってるぞ」


 素直に感想をつげるのはあまり得意ではない。しかし、文句のつけようがないほど今の雪那は可憐な少女そのものだ。贔屓目抜きにそんじょそこらのアイドルよりも雪那の方が断然可愛い。ファッションセンスなんて元から持ち合わせてないが、この上なく素晴らしい素材をセンスのコーディネートが装飾しているのだ、俺の目にもわかるほどに美少女そのもの。文句があるなら、どこのどいつだろうが、この俺が相手になってやる。この熱情を口下手な俺ではその熱情を上手く表現できないが、せめて視線に熱意をこめて正面から雪那を見詰める。我が妹ながら可愛いにもほどがある。


「――い、いいわよ、お世辞なんて。そ、それより部屋に入れて、目立つから」


「あ、ああ、そうだな。入ってくれ」


 少しは熱意が伝わったのか、俺と同じく表情を隠すのが下手な雪那が顔を真っ赤にしながら脇をすり抜けていく。迎えに来たんじゃないかという言葉を飲み込んで、後から付いていく。まあ、いいさ、どうせ今は暇だ。たまに兄妹水入らずの時間も悪くない。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「あー、お茶でも飲むか?」


「いい、すぐにでるから」


 部屋に戻ったはいいものの、何もすることがないのは変わらない。というか、すぐに出るなら何故部屋に入ったのかとも思うが、口に出したら怒られそうなので口には出さない。

 雪那は何をするわけでもなく、部屋の中を眺めて難しい顔をしているだけ。改めてみるとこの若々しい服装は雪那によく似合っている。

 なんというか可憐そのもの。幸か不幸か、知り合いに美人は多いが、その誰とも違うタイプ。小動物的な可愛らしさと気の強さの同居、そのギャップがなかなかに素晴らしい。そもそも素材がいいのだから――。


「――ッ!」


「……?」


 そんな事を考えていると、不意に雪那と視線が合う。すると、途端にそっぽ向かれる。なにかしたのだろうか、俺。


「…………」


「…………」


 気まずくはないが、少し長い沈黙が続く。何か切り出したほうがいいんだろうが、どうしたものか。

 話題を探そうとベッドに腰掛け、妙にそわそわしている雪那を観察する。帽子を脱いでいると、綺麗な黒髪が流れて、一目で雪那だと分かるようになった。度の入っていない眼鏡を外したおかげできれいな瞳も覗き込める。そうだ、服のほうは似合っていたが、この野球帽と眼鏡だけは違和感があった。


「なんで帽子なんか被ってたんだ? 外、雨だろ? それに眼鏡なんて……」

 

「顔隠さないと面倒だから仕方ないでしょ」


「あ、ああ、そうか。そうだよな……すまんな」


 そういわれれば納得だ、というか俺のせいだ。雪那は俺の代わりにUAFの宣伝活動に引っ張り出されて、ほとんどマスコットみたいなもんだ。当然、変換前の顔も知れ渡っている。それこそ、そこらの有名人よりは有名だ。顔を隠さなければ、気軽に出かけることもできない。本当に、申し訳ないとしか言いようがない。


「――別に、もう慣れたから」


「……そうか」


 またも沈黙、大体が俺の責任とはいえ話題を続けるのも気まずい。話題を変えよう。


「そういえば、例の歌、聞いたぞ。思ったより上手くて、びっくり――ってうお!?」


「何で聞いてるのよ!!」


「ゆ、雪那!?」


「忘れて、歌のことは! 全部! てか、忘れろ!!」


 話題を変えようとした途端、物が飛んできた。どうやら見事に地雷を踏み抜いたらしい。というか話題が変わってなかった。予想以上に上手かったから褒め言葉のつもりでそういったのだが、完全なる薮蛇。豪速球並みの速度で目覚まし時計が飛んでくる。


「……………すまん」


「謝るのはいいから忘れて。早く、今すぐ」


 どうにか落ち着いた雪那に平謝り。今一状況は掴めないが、よほどあの歌手デビューの一軒には触れて欲しくないらしい。案外上手かったのだが、何がそんなにまずいのだろうか。

 まあ、なんにせよ触らぬ神には祟りなし。今後この話題には触れないようにと固く決心する。


「――それにしても、どうしてお前がわざわざ迎えに来たんだ?」


「暇ならってことで一菜に頼まれたの。まだ傷のせいで訓練もできないし」


「……お前、車の運転できたっけ?」


「免許取ったの、兄さんがいない間にね」


 一々言葉に棘があるのは気のせいではあるまい。雪那が怒るのは当然のこと、あの時は頷いたとしても割り切れない部分があるのは誰でもそうだ。その蟠りを解く、あるいはその不安を受け止めるのは俺の役目だ。


「……すまん。だが、この前も言ったとおり他に方法がない。俺達だけじゃ”組織”には勝てない、五年前と同じように」


「だからってよりにもよってアイツなんて納得できない。兄さんだって、あいつが何をしてきたか忘れたわけじゃないでしょう、それなのにアイツと手を組むなんて、絶対に納得できない」


 少し雨に濡れた体を怯える様に抱きしめながら、雪那は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。握り締めていた眼鏡が拉げ、レンズが割れた。掌から一筋、赤い血が流れる。その姿を見ているだけで、足元から崩れ落ちてしまいそうな錯覚を覚える。できることなら、全て投げ出して、雪那を抱きしめてやりたいが、それすら俺には許されない。


「俺も忘れちゃいないさ。だが」


「――そうよね、そのとおりだわ。あのままじゃ兄さんは死んでたし、”組織”も裏切り者のことも追えない、このままじゃやられっぱなしだから、悪魔と手を組む? 全く筋が通ってるじゃない、ねえ兄さん?」


 雪那の叫びはもはや糾弾というより悲鳴に近い。信じていたものに裏切られた、それを否定するために雪那は震えている。


「――面目ない。俺の責任だ、俺を責めて満足するなら好きなだけ責めてくれ」


 何か傷を押さえる物はないかと視線で周囲を探りながら、雪那と視線を合わせないように逃げる。我ながらどうしようもない臆病者だ。


「――そんなことがしたいわけじゃない! 私は、私は……」


「分かってる……俺は卑怯だな」


 雪那がいいたいのはそういうことじゃない。それなのに責任云々持ち出して、雪那が何もいえなくなるようにした俺は余りに卑怯だ。もう一人にはしないと誓ったのに、俺は何時も雪那のことを置いてけぼりにしてしまっていた。


「――兄さんが悪いわけじゃない。それはわかってる、これはただの私の我侭だから。けど、それでも良いなら一つだけ約束して、今度は置いていかないって、ちゃんと帰って来るって約束して、お願いだから……」


 最後の声は消え入りそうな嘆願だった。その切実な言葉が重く心に圧し掛かる。雪那もまた瞬間に、あの五年前に縛り付けられているのだ。それも全て俺の咎、全て我が力の無さゆえに雪那に負わせてしまった罪だ


「――約束する、今度は絶対に最後まで一緒だ。俺は約束は破らない、知ってるだろう?」


 決意を込めて言葉を紡ぐ。できない約束はしない、それはつまり約束したことは絶対に守るということだ。俺は卑怯者だが、自分の信念を安売りするほど、下種になってはいない。それが、大事な妹との約束ならなおさらだ。


「うん、知ってる。けど、怖いの、どうやっても」 


「判ってる。だから今は傍に居るよ、お前が安心できるまで、ずっと」


 そういいながら、ようやく見つけた貰い物のハンカチで雪那の手の傷を押さえる。俺が握ったその手は、冷たく震えていたが、それでもその奥に確かな強さが感じられた。その強さがどんなものより愛おしい。

 今度こそ、この手を一人にはしない、最後の瞬間まで何があっても守り抜く。それが俺からたった一人の(カゾク)に果たすことのできる唯一の責任だった。

  

「――行くか」


「――うん、ただ……」


「ああ、握ってるよ」


 雪那の手を握ったまま歩き出す。少しの間でも、こうして雪那と話せたのは得難い時間だった。弱音など言ってられない。彼女の兄として胸を張っていたい、戦う理由はそんな些細なものでもいい。こうして再確認できただけでもこの時には確かな意味があった。

 この場所、二年間燻っていたこの場所から歩き出す。その寸前、端末の呼び出し音が甲高く鳴り響いた。けたたましく部屋を満たしたそれは正しく凶兆。なにかが始まろうとしていた。


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