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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
27/55

NO. 27 使命に殉じて

 戦いの瞬間、今此処にいる一瞬を刻んでいく。眼前には十数体の敵。そのどれもが、俺の隙を伺い、その瞬間を今か今かと待ち詫びている。静かな包囲には僅かな綻びもなく、この狩場から抜け出すのが容易でない。

 だが、舐めてもらっては困る。この程度で倒されるなら、最強のサイボーグと呼ばれてはいない。


「――っ!」


 こちらを囲む十五人、その全ての動きを把握しつつ、こちらのタイミングで隙を作る。重要なのは主導権を自分達が握っている、そう思わせること。どれだけの熟練の戦士でも、勝利の確信の瞬間だけは意識の隙間が生まれる。

 俺の狙いはただそれだけ、彼等が俺の隙をうかがうように、俺もこの瞬間を待っていた。


「――な!?」


「残念だったな」


 背後からの一撃。首を狙ったそれを紙一重でかわし、位置を入れ替える。振り返った先の瞳は驚きで染まっていた。そのまま、勢いを殺さず、彼女の手首を掴み、足を引っ掛け、投げ飛ばす。


「――ハッ!」


 続けざま、呼吸一つ分の間もなく、間合いを詰める。狙いは未だ状況を把握できていない後方の一人だ。一呼吸の間に、(エモノ)を蹴り上げ、顎を叩き、意識を奪う。一秒にも満たない刹那、一人を無力化した。

 瞬く間に包囲が崩れ、残る十三人が隙を晒す。遥かに遅い、こんな速さ、こんな反応では俺達(サイボーグ)には勝てない。こんな程度では人類の盾などとは到底名乗れはしない。

 決着は数秒の後、あまりにもあっけなく勝負はついた。後の十三人、その全員を倒すのはいとも容易い。戦いと呼べるほどに時間も労力も必要ない。一方的な蹂躙、そう呼ぶことす羅躊躇われるほどに一方的だった。

 どれだけ強固な連携も、強力な力も、一度崩れてしまえばこんなもの。使い手の意識がそれを支配できていなければ必ず、緩急が生まれる。その緩急を突くことで、俺は今まで幾多の敵を屠ってきた、それはこれからも変わらない。

 だが、今回はそういうわけにはいかない。ただ壊す、ただ殺すだけならどれだけ楽なことか。誰かに何かを伝える、何かを教えるということがこれほど難しいとは思ってもみなかった。


「…………ハア」

 

 思わず溜息を吐いた。これでこの戦いも十数回目、毎回同じ手を試してるが一向に上達している気がしない。いや、動きそのものは効率化されているのだが、微々たるもの。この程度では強くなったうちには入らない。

 俺達がサーペントと組んでから一週間と少し。それだけ間、俺はこんなことばかりしている。アイツからの連絡は一切なし。動こうにも動けないそんな状況が一週間以上続いていた。

 だからといって、慣れないことはするものではない。全くその通りだ、実際やってみてわかる。慣れない事をすると勝手も分からなければ、加減もわからない。成果が上がってるのかさえ全くの不明瞭だ。


「――滝原」


「ん、なに? どうかした? 何か問題?」


「後任は……決められないのか?」


「……まだ一週間でしょ? もう少し頑張ってみてくれない? バイトじゃないんだから、そんなホイホイ隊長は変えれらないわよ」


 モニター越しの滝原に思わず愚痴ってしまった。いや、本当ただ戦っているだけでいいならどれだけいいか。こういう仕事は致命的なまでに向いてない、それがどうしてこんなことになっているだろう。

 今回の一連の事件に対応するために設立された新設部隊、仮称、第五○一特殊作戦群戦隊、滝原を司令としたその部隊の第01分隊分隊長兼専任教官、それが俺の今の肩書きだ。最初に聞いたとき、自分の耳がおかしくなったのかと真剣に疑った。しかし、聞き間違いでもなかったし、四月一日でもない。上の連中が正気を失ってしまったのかと、思ったくらいだ。

 俺には人を指揮する、育てる、導くなんていう芸当は絶対に無理だ。そもそも生産的なあらゆる行動に向いてないのは実証済み。

 それに所詮、何処までいっても兵器である俺は壊すことしかできない。言うなれば向き不向き以前に火炎放射器で料理するか、日本刀で手術するようなもの、そもそもそういう用途で造られてないのだから、できるできない以前の問題だ。


「まだやれるか?」


「……………」


「無理みたいだな」


 目の前の死屍累々に対してそう声を掛ける。返事はなし、大半はのびているし、意識を保っている数名にももう向かってくるだけの気力と体力がない。またやりすぎたらしい。

 いくら向いてないとはいえ、それでも、任務は任務。やれるだけの事をしようと思い、この一週間、努力はしていきたが、成果はあってないようなものだ。俺が担当しているのは十三人、棺桶に護衛として同行した四人とあの戦いで生き残った隊員の内九名だ。合格率一割ともいわれるHERO試験を合格した連中をさらに厳しく審査して選ばれた十三人。そんな彼等に上達が見られないのは偏に俺の責任に他ならないだろう。

 試行錯誤の結果、いまさら基礎能力を上げようにも時間がないので、とりあえず実戦形式の模擬戦で経験を積ませることにしたのだが、どうにもこれが上手く行っていない。毎回毎回、俺が一方的に彼らを倒す、それが一日に多くて三回か四回程度、そんな無意味な行為をこの三日繰り返している。別の方法を試す頃合なのだろうが、無い頭を絞っても大した案は出てきやしない。いい加減、誰かが代わった方が効率的だ。


「――も、もう一度、もう一度お願いします!」


「……あ、ああ」


「ほら、そっちはあきらめてないわよ?」


 真っ直ぐな声に意識を引き戻された。他の連同様、虫の息だが、彼女だけは立ち上がった。一切手心なんて加えてない。途切れ途切れの呼吸、痛みと疲労に動かない身体、それでも彼女は立ち上がった。その姿は何とはなしに懐かしい。

 達人の悟りにはほど遠い俺でも、立ち合えば相手の本質をある程度は掴める。彼女には芯がある、決してぶれる事のない意思が彼女を支えている。彼女に戦士と資質があるのかどうか、それは俺に分からないが、重要なのは才能ではなく意思。その点においては彼女は俺なんぞよりよほど才能がある。


「じゃあ、来い」


「は、はい! い、岩倉ヒカリ特技官、い、いきます!!」


 だが、素質はあっても、この上がり症がどうにもその素質を相殺している感がある。戦っている最中はいいのだが、話しかけるとこの有様だ、やりにくくて仕方がない。


「緊張しすぎだ。俺もやりにくい、自然体で頼む」


「は、はい! 自然体でいきます!!」


「――岩倉特技官、命令よ、深呼吸しなさい。貴方、彼と話すたびにそれじゃこの先やってけないわよ?」


「え、あ、はい! 深呼吸します!!」


 滝原に言われて、スーツの上から分かるほど彼女は大きく息を吸い込む。これで少しは落ち着いてくれれば俺も助かる。

 彼女を待つ間、身体の調子を確かめる。傷は当の昔に癒えているから問題ないが、何十にも掛けたリミッターのせいでどうしようもなく身体が重い。動作が意識にワンテンポ遅れる、自分で身体を動かしているというよりも、ゲームのキャラクターを操作しているような感覚だ。

 ハンデとしてはこれでもまだ軽い。もう少し重くしても負ける気はしない。


「――今日はこれで最後だ、一撃でいい、俺に中ててみろ」


「――はい! いきます!!」


 俺が彼等に課した訓練はただそれだけ。装甲服を着た状態で、戦闘形態の俺に一撃でも攻撃を中てる、ただそれだけ。すぐにでもクリアするだろうと思っていたが、中々どうして厳しすぎるらしい。

 しかし、この程度ができないなら、俺一人で戦ったほうが遥かにいい。足手纏いは必要ない、必要なのは背中を預けられる戦士だけだ。彼等にはそうなってもらわなくてはならない、どんな手を使っても。


「――やあああああ!!」


「……!?」


 一瞬驚いた、さっきよりも疾い。俺の攻撃に少しづつ対応してきている。俺の模擬戦も全く無意味ではなかったらしい。秘めたる才能ゆえか、それとも弛まぬ努力ゆえか、彼女の速度域はどんどん広がっている。


「――はあああああああ!」


「――まだだ!」


 速度の増した攻撃を確実に往なしていく。俺から見ればまだまだ遅いが、単純な攻撃速度だけでなく、反応速度全般も上昇している。成長速度としては爆発的だ、飛躍したとも言っていいかもしれない。才能はあるのだろう確かに。

 それでも、苦戦するような力量にはまだまだ届かない。片手で相手できるレベルに過ぎないが、このまま経験を積めばかなり相当以上に優秀な戦士に育つはず。

 けれど、それを待つ余裕は今の俺達にはない。彼女には、いや、彼女達にはすぐにでも強くなってもらわなければならない。


「――せい!」


「いいぞ! その調子だ!」


 それでも、何故か無性に楽しい。何度倒れてもそれでも向かってくる彼女の直向さは心地よく、彼女が少しずつ強くなっていく実感は不思議な高揚感を齎してくれる。教官としては無能に等しい俺だが、これが人に教え導く喜びだというなら、悪くないものだ。

 ふと、彼女の笑顔が思い浮かんだ。彼女は俺が教官になったと聞けば、どう反応してくれるだろうか。笑う? そうかもしれない。俺を褒める? そうかもしれない。怒る? そうかもしれない。様々な彼女の顔が浮かんでは消えていく。戦闘中だというのに暢気なものだ、人の事を言えた義理じゃない。だが、悪くない。こんな気持ちで彼女の事を思い出すことになるなんて思いもしなかった。

 けれど、ただ一つ。どんな風にしていてもきっと、いつでも彼女は俺にあの笑顔を向けてくれる、それだけは確かだ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「あー、疲れた。もう勘弁して欲しいぜ、なあ?」


「全くだよな。俺なんか何回投げ飛ばされたかわかんねえよ、折れてねえのが不思議なくらいさ」


「あんたらはまだいいんじゃない? アタシも腕を圧し折られる寸前だったし。あのノッポ君なんか担架で運ばれてたっしょ?」


「あれじゃ伝説の英雄じゃなくて、伝説の鬼教官だよな、マジで。何が一撃でいいから中ててみろだよ、無理難題吹っかけやがって、おれたちゃアンタと違って人間だっつうの」


「アハハー、それ言えてる!」


 同僚たちの益体もない愚痴を聞き流しながら、ひたすら目の前の焼肉定食を掻きこむ。味は中々のものだが、それはもともとも気にしていない。それよりも、この広い食堂で離れた席に座っている自分に聞こえるほどの大声で堂々と愚痴をいうなんて、恥ずかしくないのかとそちらのほうが気になった。

 ヒカリにとって弱音とは決して外に出すべきものではない。内に沈め、糧とし、押し殺していくものだ。そうしなければ彼女は彼女ではいられなかったし、それを吐き出すこともできなかった。今更、それを悔いることもないし、寂しいとも思わない。それで救われる大事なものが確かにあったのだから、それでよいのだとさえ思っている。

 だからといって、弱さを責める気はさらさらない。彼女とて幾度も折れ、幾度も負けてこの場所に辿り着いた。自身の中の弱さも自覚している、しかし、それを人前でさらけ出す習慣を彼女は持たない、それだけの話だ。

 今、受けている訓練に彼女は一切不満を持っていない。むしろ、これ以上ないほどに一回一回の訓練に充足感を持っていた。もはや楽しんでいるといっても差し支えない。

 無論、ずっと憧れ続けてきた恩人に指導してもらえると言う喜びも大きい。だが、それ以上にあの時感じた無力感以上の成長を感じることができるのが彼女にとって喜ばしいことだった。厳しさに不安はない、ただそれだけだ。

 それに個人的な感情を抜きにして、この世界において最高の戦士の一人に教えを請うチャンスなどそうはない。この最高の機会を活かさないなんて、それこそH.E.R.O失格。一秒一瞬を体と心に刻み込んでいたかった。

 とっとと食事など済ませて、もう一度一人で反復したい。一秒たりとも忘れたくない、そういう気持ちに駆られて、箸を持つ手が早くなる。今日一日、体で学び、頭で理解した動きを反芻することでより強くなりたい。いつかの約束を守れるように、今を全力で戦う、それが彼女の唯一の目的、あの無力感を振り払うために立ち止まるわけにはいかなかった。


「――ここ、いいかしら?」


「どうぞ、って!!?」


 視線を落として考え込んでいたせいで、人の気配にまるで気付いてなかった。掛けられた声に無意識に答えてすぐに声の主へと視線を向ける。瞬間、料理をひっくり返してしまいそうになった。


「し、失礼しました! 滝原統括官とは知らず――」 


「はいはい、ご苦労様。さ、座って」


 彼女の硬い敬礼に、席に座った滝原一菜は軽い敬礼で返すと、座るように促す。滝原の前には見た目に似合わぬ大盛のカツ丼がどんと置かれている。

 実質的には軍隊そのものといってもいいUAFの組織において、上官と一緒に食事を取ることなどそうそうない。それが個人的な付き合いのある人物だとしても、仕事上において士官は士官、下士官は下士官というのはUAFにおいても変わらない。しかも、統括官というのは通常の軍隊でいえば、中佐もしくは大佐に相当する立場にあたる。現場の戦闘員はよくて准尉程度の地位でしかない。接点もなければ、顔も知らないのが普通だ。


「は、はい! 座らせて頂きます!」


「貴方はまずそのアガリ症を何とかしないとね」


 やれやれといった感じの統括官に最大限に気を使いつつ、がちがちになりながら腰を下ろす。緊張しているのは、貴方が相手だからだといいたくなるが言う訳にはいかない。

 01を相手にするほどほどではないが、それでも滝原和菜統括官は彼女にとっては十年間憧れてきた人物の一人だ。初対面ではないにしても、一対一で緊張するなと言うほうが無理がある。それを差し引いても、相手は伝説の一人だ。極東支部の才媛、鋼鉄の乙女、ゼロシリーズの指揮官と聞いて緊張しない人間のほうが少ないだろう。


「いただきます。さ、貴方も食べないと持たないわよ?」


「は、はい」


 黙々と食べ始めた統括官に、若干気圧されながら、ふたたび食事をかっ込む。ただでさえ分からなかった料理の味はますますわからなくなった。


「――どう? 訓練は?」


「は、え、訓練ですか?」


「大変でしょう?」


 不意に声を掛けられ、喉に料理を詰まらせかけながら、どうにか質問を理解した。失礼に当たらないように、慎重に言葉を選びながら言葉を紡ぐ。


「――はい、統括官。大変です、ですが訓練とはえてしてそういうものではないかと」


「そうね、そういうものよね。でも、彼のは特別大変でしょう? 見てるこっちも疲れるくらいだし」


「はあ……」


 会話の真意を掴めず、どうにも困惑しながら会話を続ける。正直言って、統括官との世間話など何を話していいのかさっぱりだ。


「――貴方は良くやってるわ」


「……へっ?」


「だから、よく付いて行けてるわよ、貴方。私の目から見ても、中々いい動きしてると思うわ」


「あ、え、は、はい」


 少し考えてようやく自分が褒められていることに気付いた。しかし、そうなるとますます、頭の中が混沌としてくる。褒められていることへの困惑やら、素直な喜びやら、言いようのない感動やらが綯い交ぜになってどうしていいのか分からなくなってしまう。


「そ、そのありがとうございます……?」


「自信を持ちなさい、折角良いもの持ってるんだから、活かさなきゃ罪よ」

 

「は、はい!」


 敬愛する指揮官からそんな言葉を掛けてもらえるなど、彼女にとっては望外の喜びだ。確かに嬉しいのだが、余りの事に現実とは思えないというのが正直な感想でもある。嬉しさが緊張に勝ったおかげで、過度の硬さは消えたものの、今度は今まで忘れていた重要な疑問が意識に上ってくる。


「し、失礼ですが、統括官、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ん、なにかしら? 機密以外は答えるわよ?」


「なぜ私をここまで気にかけてくださるのでしょうか? こう言ってはなんですが、私は所詮一戦闘員に過ぎません、統括官に気にかけていただくほどのものでは……」


 今更といえば今更な問いかけだった。ヒカリが滝原と始めてであったのは二年前の事だ。偶々訓練校に講師としてやってきた滝原と出会い、あの事件を経てから、なにかといえば声を掛けられたり、一方的に世話をされているのは気のせいではないだろう。自分の一体何が、伝説の統括官に気に入られたのか、そのことはこれまで聞けずじまいにいた大きな疑問だった。


「……今更でしょ、それ。まあ、贔屓してるのは確かかな。貴方、私の友達に似てるから」


「統括官のお友達……ですか?」


「そ、貴方みたいに真面目で、不器用な私の親友にね」


 そう言うと彼女は笑みを浮かべた。同性であるヒカリでも、ドキリとさせられるような大人びた美しさと少女のような可憐さを併せ持つ独特の色気のある笑みだった。

  一体、どんな経験を積めばこんな笑みを浮かべることができるのだろうか、今のヒカリには及びもつかなかった。

 いつかこの人たちの居る場所まで辿り着いてみせる、そう心の中で決意の炎が燃え上がる。そうしなければ、あの日救われた意味がない。あの日の約束を果たすためなら、命だって惜しくはない。




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