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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
26/55

NO. 26 蛇との契約

「――それで? 話を聞かせてもらいましょうか?」


 滝原の声は不機嫌というよりは、もはや、怒り心頭といった様子。頭に来すぎて一週回って冷静になってる、そんな感じだ。こうなると、雪那の癇癪のほうがまだいい。


「そうね、私も聞きたいわ、兄ぃさん……」


「ゆ、雪那……」


 肩に軽く置かれた手、その指先が俺の体に食い込んだ。その力のあまりの強さに人工骨が軋む。前言撤回、雪那も同じくらい怖い。

 二人と目を合わせるのが怖くて、周囲を見回してもこの狭い執務室の中には救いはない。反対側のソファーで唯一俺を睨んでないエドガーに視線を送っても、咥えた煙草の煙が左右に揺れるだけ。禁煙したんじゃないか、という言葉は今は禁句だ。これ以上敵を増やしたくない。

 この部屋、極東支部の滝原の執務室に集められたのは、俺と雪那と待機を命じられたエドガー、この三人だけ。これから話すこと、これから行われるであろう事はここにいる俺達以外には決して知られるわけにはいかない。

 あの襲撃から三日、俺達にはただ待つことだけしかできなかった。救援要請によって駆けつけた滝原たちの援護により、第十三支部を取り戻したものの、すぐに本部に管轄が移った。施設の一切が封鎖され、全ての情報が遮断。今日に至るまで、外部には何一つとして知らされてはいない。

 つまり、その不自然なほどに早い本部の行動によって、俺達は”棺桶”がどうなったかについて何も知ることができないでいたのだ。支部の内部の裏切り者、”棺桶”から持ち出されたであろう物品、あの時出現したNEOHの群、あの場所で起きたすべてについて何一つとして俺達は知る事を許されなかった。

 

「――あーもう、煩いよ、君等。折角、彼の膝を堪能しているのに、眠れないじゃないか」


 だが、俺達も(やつら)に知らせていないことが一つだけある。今、ここで俺の膝の上で猫のように寛いでいるこの女、サーペントが生きているという事実は本部には知らせていない。

 俺が殺した、跡形もなく欠片の一つも残さずに消滅した。本部の公式記録にはそう記されているだけで、こいつの生存を知るのは此処にいる三人とあの場に居合わせた新人達だけだ。


「百歩譲ってこの部屋にいるのはいいとして、どうしてそいつとイチャついてるのか、説明して欲しいんだけどね」


「いや、別に、イチャついてる訳じゃ……ッ雪那」


「…………」


 弁明無用とばかりに雪那の指がさらに肩に食い込む。怒るのは分かるし、悪いのは俺なのだが、すこし過剰だ。昔から特に雪那はこいつを嫌っていたが、五年経ってもそれは変わらないらしい。


「――ふふ、相変わらず器量が小さいな、妹」


「――アンタに妹と呼ばれる筋合いはない」


 からかう様な声に答えるのは、殺気さえも感じさせる冷たい声。後一度でもそう呼べばその瞬間に殺してやると、そう言わんばかりだ。

 そんな雪那の激情が面白くて仕方がないのか、サーペントはなお身体を寄せてくる。何処からか調達してきたUAFの制服の上からでもその体の豊かさを感じてしまう。鼻を突く色香は脳を侵すようでさえある。それが分かっているからこそ、サーペントは絡み付いてくる。俺を惑わすのが三度の飯より好きなこいつのこと、わざとに決まってる。


「離れろ。このままじゃ話にならん」


「はーい、君がそういうなら離れるよ。狭量な妹をもつと苦労するねえ」


「――このっ!」


「雪那」


 その色香と内の迷いを振り払うように、サーペントを引き剥がし、殴りかかろうとした雪那を止める。ここで大喧嘩をやらかされるのは困る。


「相変わらず、だねえ。少しは我慢を覚えたらどうだい?」


 それでも雪那を挑発するのをやめないところを見ると、こいつもこいつで雪那とは相性が悪いのは変わらないらしい。持てる力の相性ゆえか、それとも、もっと根深い部分でか、どちらにせよこの二人が折り合うことは決してない。それだけは断言できる。どんな人間にも、どんな存在にも、それ以上は踏み込めない一線がある。それは理解できるし、あって当然のものだ。


「――雪那」


「――ッ分かってるわよ!」


 だが、今はそれでは困る。遺恨や怒り、憎しみ、そういった人間らしいものは何一つとして今は不要だ。

 視線だけで雪那に無視するように伝え、滝原のほうに向き直る。なんにせよ話を進めなくてはならない。これらからすべき事を為すためにも。


「聞かせてもらうわよ。貴方の提案、狙い、全部ね」

  

 刑罰を告げるように、滝原がそう言った。三日間の間放置していた、放置し続けざるをえなかった問題を今此処で解決しなければならない。

 一つ提案がある、そうただ一言俺に告げてから、こいつは三日の間眠り続けた。あの葬儀の場に現れるまで極東支部の独房で治療を受けていたのだ。俺の暴走で受けたダメージを回復するためか、それとも他の理由なのか、それは俺にはわからないが、ともかくこいつがいなくては話が進まない。今はそれこそ、猫の手、いや、蛇の手でも借りる必要があった。


「……僕の提案はシンプルさ。君と僕らで同盟を組もうってただそれだけの話。ほら、難しいことは何にもない」


 予想はできていたものの、部屋そのものが凍り付いてしまったようなそんな錯覚さえ覚える。サーペントはまるでなんでもないことのようにその提案を言い放ったが、それはこいつにとってだけだ。

 あのサーペントと手を組む。本来ならばそんなこと考え付きもしない暴挙だ。ありとあらゆる視点、ありとあらゆる観点から考えても、ありえない選択肢。UAFに対する重大な背信行為といってもいい。

 ともすればこれまで積み重ねてきた全てのこと、全ての犠牲、俺達の人類戦役(たたかい)そのものを否定することでもある。


「――俺は受ける。間違っていても、そうすべきだと、思う」


 だからこそ、この選択肢は意味と価値を持つ。敵に、UAFの内部にいるであろう裏切り者と”組織”にとって唯一計算外があるとすれば俺達が手を組むことだ。不倶戴天の敵である俺達が手を組むこと、それ以外に奴等の裏を掻く方法はない。

 俺には義務がある、責任がある、誓いがある。死んでいった彼等に、病床で横たわる雪那(イモウト)に、五年前のあの日冷たくなっていく彼女に誓った言葉がある。あの言葉を嘘にしないためなら血に染まる事も、泥の中を進むことも、毒に塗れることも恐れはしない。修羅の道、ただそれだけが俺の行くべき道だった。


「…………わかった。私は賛成、後の二人は、どう? いまなら逃げ出しても懲戒処分で済むかもよ」


「なにいってんだか、こいつが死んだって偽装した時点で俺達全員運がよくて銃殺刑だ。それに俺は昔からこいつに一点張りよ。ついでに言うと、いまんとこ負けなしだ」


「……兄さんがそういうなら私は付いていくだけよ。今度こそ最期まで……」


 地獄への道連れが三人。こんなところまで五年前と何も変わっていない。本らならば俺一人で進むべき道に、三人を付き合せてしまう。そんな事実が堪らなく苦しくて、許せないほどに頼もしい。全て俺の力のなさゆえ、我が弱さゆえだ。最強のサイボーグが笑わせる、結局のところ俺にできるのは壊すことだけだった。

 それでも今はできることがある。そのことだけが唯一の救いだった。


「…………話は決まったね。奴等の拠点は僕が見つける、また連絡するよ、01」


 その声には何処か羨むような、それでいて悲しむようなそんな響きがあった。何れサーペントは敵になる、それは分かりきった事実だ。変えることもできなければ、変える気もない。


「ああ、任せたぞ。サーペント」


 だが、今はこいつを信じる。サーペントならば必ずやつ等を見つけられる、そう信じて全てを託す。俺達は俺達のできる事を、こいつはこいつのできる事を今はただそれだけが全てだ。


 

 ◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



 目の前に広がるが虐殺の跡には一体どれほどの意味があるのだろうか、何度考えをめぐらせても答えは出ない。ここにいた全ての実験体と試作品を殺しつくしたのは自分だというのに、彼女にはその意味がまるで理解できなかった。

 全身に返り血を浴び、鈍い銀色の両腕を肉の塊に突き刺した。ただそれだけの事、そこに付随するものに価値などない。

 二百を越えるそれらの死体を作り出すのに要した時間は五分と満たない。一体ごとに様々な試行錯誤を加え、全ての能力を駆使するように努めても、その程度の時間しか必要でなかった。


「――――」


 血に濡れた掌を眺め、体内を走査する。傷はない、先ほどの戦いでの負傷、あの01により付けられた傷も全て完治した。痛みなど何処にもない、結果だけが目の前に横たわっていた。

 怯えるものも、逃げるものも、立ち向かってくるものも分け隔てなく平等に殺した。彼等が全て、彼女を作るための試作品(プロトタイプ)であったことになど何の意味もない。

 それらの漏らす悲嘆も怨嗟も理解できない雑音でしかなかった。殺すことも、壊すことも、戦うことも、生まれ持った機能の一部。呼吸するようなものだ、そこにわざわざ何かを抱くようなことはありえない。

 この実験も、いや、この調整もその一環。価値など存在していないし、意味など何処にもない。試すまでもなく、彼女は完璧だった。


「素晴らしい! プロトタイプたちを五分も掛けずに殲滅してのけるとは…………」


 だというのに、聞こえてくる通信越しの(マスター)の声はひどく満足げだ。十分前、この調整を始める前とは正反対なその様は、まるで子供のように無邪気だ。

 そんな主を目の前にしても、彼女以前無表情のまま。与えられたものではない機能(ココロ)、あるはずのないものをどう処理すべきなのか彼女には知り様がない。

 ただ、主が喜んでいる。彼女が成果を上げれば上げるほど主は歓喜する。そのことだけが彼女に理解できる唯一のことだ。それが自ら望んだものなのか、それともただ脳に摺りこまれた機能でしかないのか、それは彼女にも分からない。


「やはり、お前は私の最高傑作だ、10。お前ならば必ず彼奴を……」


「はい、マスター必ず……」


 その機能(ヨロコビ)を理解できないままに、主の声に答える。いまはただそれでいい、彼の望みを知り、その望みをかなえることができるのならそれだけで充分。感情も傷みも嘆きも、不要ならば切り捨てるだけのこと。ましてや、瞳から流れたものなど無用の長物でしかなかった。

 決して迷わず、疑問を抱かず、容赦を知らない最高の器。およそ、非の打ち所ない完璧な器として彼女は創り上げられた。主はそれを信じているし、当然彼女自身それを自負している。それだけではない、長い”組織”の歴史を見ても、彼女以上のサイボーグは存在していない。”組織”の持ちうる全ての技術と失われた永久炉(カギ)、その二つが揃った以上、もはやかの仇敵、裏切り者たちの創り上げた紛い物など物の数ではない。

 彼女の、10の完成をもって、彼らの計画は最終段階へと到った。その事実が、僅かな綻びを覆い隠していると知らぬまま、彼らは最後の駒を動かす。

 すべては”裁定”の時のために。何もかもが収束しようとしていた。





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