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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
24/55

NO. 24 この身が灰になろうとも

 その音を聴いたその瞬間に、体が動いていた。あのサイボーグとの戦闘でも解除しなかった最後の出力制限を解除し、来るものに備える。限界を越えた熱と光が体内を巡り、装甲へと伝播し、空間を侵す。被害や巻き添えを考えている余裕など微塵も残さず吹き飛んでいる。

 ありえないだとか、信じられないだとか、そんなことを考えている暇はない。荒れ狂う光と燃え上がる感情(イカリ)が確信を告げている。奴等がくる。


「――ッ!」


 サーペントの触手、蛇たちが防御姿勢を取り、全身を覆う皮膜がその強度を増す。言葉を交わすまでもなく、サーペントは俺の意図を理解した。だからこそ、巻き添えを食わないように自ら動いたのだ。

 それでいい、やつらを相手にするなら俺に他を考えている余裕などない。俺にできるのはただ戦うこと、ただ壊すことだけ。その破壊の全てを向けるべき相手が、今此処に訪れようとしている。

 

「…………」


 声一つ、言葉一つなく、その瞬間を見届ける。空に開いた無数の穴、転移回廊(ポータル)と呼ばれるそれらは果てしない虚数の闇へと通じている。何もないその先がやつ等の故郷だ。

 開ききった転移回廊から絶望(それら)は現れる。光を帯び、風を侍らせ、世界を傅かせて、天敵は来るのだ。

 その様はある種、見るものに美しささえ感じさせる。それらが齎す破壊と死、抗いがたい絶望を忘れてしまうほどに奴等は美しい。光さえ吸い込まれるような暗く、黒い生体装甲。人の手を介することなく精錬され、成型されたその異形は神秘的な機能美を讃えている。それらが象るのは、様々な生物。四足獣もいれば節足動物や鳥類、霊長類さえも混じりあい、一切の法則性を感じさせない。

 それこそが、人類の天敵、NEOHと呼称される存在だ。五年前、途方もない犠牲を払い、この手で全滅させたはずの存在が今またこの世界に降り立とうとしていた。

 全身の光を炎に変え、細胞という細胞に力を宿し、呼吸一つで破壊を支配する。足元の地面が熱に熔けるのを感じ、焼けた空気を肺一杯に吸い込んで、その瞬間を待つ。

 戦う、否、殲滅する。一匹残らず、一片残さず、その存在の一切を焼き尽くして、何もかもを消し飛ばす。この身にできるのはただそれだけ、憎悪も、後悔も、虚無感も今は不要。考えるのは後でもできる。

 今はただ、この身の赴くまま、この身体の動く限り、殺して壊して戦いつくす。俺の存在意義、造られた理由をここで証明するだけだ。


「――行くぞ」


 光と共に跳ぶ。直近の一体、虫型、おそらくは蜘蛛型、それが動き出すよりも早く、攻撃を仕掛ける。交差は一瞬、強固な生体装甲を容易く砕いて、コアを引き裂く。

 止っている暇などない。視界にある全てが敵、空間の穴は空を黒く塗りつぶしている。上等だ。


「ッおおおおおおおお!!」


 突撃してきた鳥型を正面から受け止め、その頭蓋を圧し砕く。衝撃に体が軋み、嘴が脇腹を削る。慣れた痛みだ、心地よくすらある。

 傷口から干渉し、コアを消し去り、落下していく死体を足場に跳ぶ。考える必要はない、すべきことは知っている。


「―――は!」


 三体の敵を砕きながら、空へと一直線に駆け上がっていく。その間、こちらに喰らい付く無数の個体を凌ぎ、逸らし、叩き落す。どれだけ数がいようが関係ない。一匹たりとも残さない、こいつらが最後の群ならここで今度こそ滅ぼす、ただそれだけだ。

 

「――ッ!!」


 敵の群を抜けて、蒼穹へ。数え切れない敵がこちらを見ている。瞬間、心臓の炎を最高潮へと。焼けていた血管が灼熱へと変わり、全身の生体装甲(ひふ)が焼けて、最大の光を放つ。心臓が、魂が燃えて、この瞬間に全てが収束していく。


「―――オオオオオオオオ!!」


 電磁封鎖線、空を塞ぐ天井を蹴って、地へと飛ぶ。身を翻し、追ってきたNEOHに右脚を突き立てる。粉砕、そして炸裂。全ての出力を右脚に。

 刹那、光が嵐となって、世界を蹂躙する。電磁封鎖線が揺らぎ、嵐を中心にして空間が歪む。巻き添えになったNEOHたちが光に蝕まれ、侵され、呑みこまれていく。

 破壊の万能感が今此処にいる事を証明してくれる。俺という存在が意味を持つのは今、この瞬間だけ。彼女を失った五年前から、感じたことなかった充足感を俺は感じていた。


 ◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 第十三支部全体が、いや、第十三支部を内包する空間そのものが揺れていた。01が一撃を振るうたび、それにNEOHが対応するたびに世界が悲鳴を上げ、 何もかもが崩壊へと向かう。その様に比べれば、先ほどの戦闘などただのお遊戯にさえ思えた。


「くっそ! 相変わらずお構いなしかよ!!」


 管制室の防御力場を制御しながら、エドガーはそう悪態をつく。どうにかこの施設が倒壊しないようにして、封鎖線を維持するだけで精一杯。もとより電磁封鎖線はゼロシリーズサイボーグの最大出力での戦闘の被害を外部に及ぼさないために開発されたもの。彼らの戦闘性能が数値どおりであるならそれで十分だった。

 だが、結果は明らか。永久炉を搭載された彼らの攻撃性能、及び破壊性能は算出された数値を易々と蹂躙した。この封鎖線では01の最大機動には耐えられない。空間異常と汚染が近海に広がるのは時間の問題だった。

 それでも、他の手段を講じている余裕はない。例え根絶されたはずとはいえ、こうして目の前に存在している以上は対処せざるをえないのだ。人類の天敵、人口密集地を狙う、最悪の怪物をこの支部の外に出すわけにはいかなかった。


「おい! 新人ども! セキリティは解除したから、装甲服(スーツ)着けてろ!」


「―――あ、え?」


 目の前の光景、根絶されたはずのNEOHの出現、01の最大機動、連続した衝撃は彼らの思考を完全に停止させていた。考えるという行為そのものを放棄し、目の前の存在にただ見入るだけ。この瞬間、彼等三人(……)は自らの義務、職務を完全に放棄してしまっていた。


「まだ死にたかねえだろ!! とっととしねえと、巻き添え食う前に俺が撃つぞ!!」


「は、はい! 直ぐに……」


 懐から銃を抜き、天井に向かって三発。怒鳴り声と銃声、その二つがようやく彼等を現実に引き戻した。そうでもしなければ、巻き込まれることになる。それはいまだ歳若い彼等にはあまりにも酷だ。

 分かりきってはいることだが、相手がNEOHである以上、01にこちらを慮るような余裕は一切ない。一体残らず殲滅するまで彼は止りはしない。そうである以上はこの施設全体が空間汚染の圏内、装甲服の防護機能がなければ巻き込まれることになる。エドガーはもう今更としても、新人達をそれに巻き込むわけにはいかなかった。

 

「――ッ」


 悔しさに血が滲むほどに拳を握り締める。今、彼女に、ヒカリにできるのはただそれだけ。数百時間に及ぶ訓練と最新鋭の機動装甲服も役に立ってはくれない。彼女はただ、無力な人間でしかなかった。

 己の無力はいやというほど理解していた、いや、理解していたつもりだった。初めて装甲服(スーツ)を装着したときも、訓練校に入学した時も、あるいはあの瞬間からひと時も欠かさず、自分の無力を思い知らされてきた。お前には何も守れないのだと、お前には何一つとしてできることなどないのだと、世界の全てにそう告られて生きてきた。

 だが、それでも理解できてはいなかった。この瞬間、こうして彼の戦いを改めて目の当たりにするまでは何一つとして理解できてはいなかった。誓いも、決意も、覚悟も意味などない。

 ただ絶対的な力、そこではそれだけが価値のあるものだった。

 

 ◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇

 

 全力で拳を振りぬき、最後の十数体、こちらへと向かってくる群を纏めて吹き飛ばす。永久炉から供給される破壊の光、その一斉放射が齎す破壊は絶対的なもの。一撃決殺、核に干渉するのではなくその体ごと一息に消し飛ばした。

 一瞬抵抗すらなければ、回避も許さない。こいつらの動きは全て理解(しって)いる。後先を考えなければ殲滅するのは容易いことだった。

 倒した敵は数知れず、数百のNEOHは全て動かぬ残骸になった。全身を濡らす黒い血液がどうしようもなく不快で、耐え難いほどにおぞましい。


「――――」


 憎悪は燃え尽き、怒りさえ消失して、残ったのは灰と瓦礫、傷だらけの身体だけ。結局のところ、これが俺に生み出すことできる全てだ。

 それを嘆いたことはない、この身体になったことを、それまでの自分の全てを捨てた事を後悔したことはない。嘆くことがあるとすれば、この身も無力だけ。悔やむべきことがあるとすれば、あの瞬間だけだ。

 残り火をかき消すように、足元の死体を無造作に踏み潰す。俺が五年前から何一つとして変わっていないのと同じで、こいつらも何一つとして変わっていない。相も変わらずに純粋で、それゆえにおぞましい。こいつらとの間には、敵意すらも存在しない。ただ殺すか殺されるか、こいつらと人類の間にはそれだけが唯一の繋がりだった。


「――ッ」


 戦いは終わった。一匹残さず殺しつくして、決着を付けたはず。

 だというのに、光が消えない。一度火の付いた機能(ホンノウ)はそう簡単に消えてはくれない。まだ終わりじゃないと、まだ戦えと体が吼えて、喚いて、叫んでいる。

 

「クッ――!」


 膝をつき痛みに悶える。文字通り内側から体が焼けていた。制御を失った永久炉の光が体内で荒れ狂い、俺自身に牙を剥く。全力での戦闘機動の代償、その痛みは五年の時を経てすら凄まじい。

 炎で魂さえも熔け落ちてしまいそうだった。敵はまだいる。役目はまだ終わっていない。殺すべき敵は未だに数知れず、これだけの破壊ですらまだ十分ではないと、そう叫んでいた。何もかもを壊しつくすまで、(ホノオ)を際限なく燃え上がる。俺自身を焼き尽くしても、きっと焔は燃え続けるだろう。これこそが力の代償。その終着点は俺自身に他ならない。

 永久炉の暴走。最も恐れ、最も懐かしい痛みが何もかもを蝕んでいる。世界の全てが焼けていた。このままで周囲を消し飛ばしてしまう、また俺だけを残して全てを焼いてしまう。


「――01」


 燃える世界の中で、そいつを、そいつだけを認識した。瓦礫と死骸、炎の中に宿敵が立っている。俺だけを見て、俺だけに見えるような、そんな儚さでサーペントはそこにいた。


「――そっちに行くよ」


 誰かに宣言するように、何かに誓いを立てるようにそういうと、サーペントはこちらに近づいてくる。黒い戦闘形態ではなく、元の姿、人間として与えられた姿のまま、俺のほうへと確りと歩み寄ってくる。


「お、おい、待て、今は……」


 何のつもりかは知らないが、今は駄目だ。いくらサーペントでも今俺に近づけば、ただではすまない。全力機動の齎すエネルギー汚染と空間異常は今もまだ続いている。生体装甲を纏っているなら未だしも、生身ではどうしようもない。数分、いや数十秒で死に至る。そんなことはこいつだって承知しているはずだ。


「いいんだ……分かってる」


 俺の制止など耳に入ってすらいないのか、聞いたうえで無視しているのかは知らないが、サーペントは立ち止まることはしない。いつもの、蛇のような歩みではなく、一歩一歩踏みしめながら、こちらへと。


「来るな……今はまだ…………」


 殺すわけにはいかない、その言葉を搾り出すことができない。光が喉を焼き、両手足の神経が焼失した。ピクリとも体は動かず、這うことすらも難しい。

 永久炉が光を生み出し続け、血管を這い回りながら、外へと向かおうと癇癪を起こす。制御しようにも、装甲から漏れ出した一部が空気と地面を焼き、何もかもを崩壊させていく。それはサーペントとて例外じゃない。この世界で生き残るはただ俺だけ、そのことは五年前から何一つとして変わってない。


「大丈夫。僕は此処にいる、僕だけは」


 麗しい肢体を光が焼き、サーペントの美貌(カオ)が苦痛に歪む。受けているのは喪失という痛みを越えた痛みだ。

 その痛みも、苦しさもよく知ってる。その中を進むのがどれだけの苦行で、どれだけの覚悟が必要かよく知っている。一歩進むごとに自分が消え、死が這い寄ってくるその恐怖を、俺は誰よりも知っている。

 光が世界を埋め潰していく。何もかもが崩壊して、地理すらも消えていく中、その感触だけが俺の全てになった。

 

「君から離れない。最期の時まで、今度こそ私だけは――」


 誰かに抱きしめられている。熱に焼けた掌に、暖かさを感じる。儚くて、すぐにでも消えそうで、何よりも強いその暖かさは、間違いなく俺の失ったものだった。


「それでいい、それでいいんだ」


 今度こそ確りと掴む。過ちは二度とは繰り返さない。この暖かさを失うことに比べれば、喪失の痛みなどなんでもない。


「――!」


 制御するのではなく、光を支配する。主導権を握ってるのはこんな形のない力ではなく、俺だ。壊すものは俺が決める、もう二度と、永遠に、何も奪わせはしない。

 思い出すのはあの忌まわしい記憶。五年前の最後の戦い、あの瞬間、あの”総帥”と退治したときのあの力の感覚、この光の先へ一直線に。


「――ッ! それでいい、それでこそ――」


 掴んだ。光の先にあるもの、何もない場所、誰も知らない領域で、確かに自分を掴み取る。必要なのはただそれだけ、ただそれだけのことが此処にいる事を証明してくれた。

 光を一点に、永久炉(シンゾウ)へと全てを収束させていく。痛みも、苦しみももはや地平の彼方。今感じている温もりと確かこの感覚だけがすべてだ。他のものなどすべて余計なものに過ぎない。


「――ッは」


 気付けば光は消えていた。周囲を無差別に破壊するはずだった永久炉の光が壊したのは、俺の周囲僅か数十メートルだけ。永久炉の暴走、およそ対処のしようのないはずのそれを押さえ込むことができたのだ。五年前のあの時と同じように。

 限界を越えた身体が再構成され、人間の姿を象る。強制機能停止と模造人体の再構成、この身体に仕込まれた唯一のセーフティがようやく機能したのだ。


「――っおい!」


 そこでようやく目の前に横たわる誰かに気付いた。傷だらけの誰かを慌てて抱え上げた、先ほど感じた確かな暖かさを掌に感じる。


「よかった……怪我してないみたいで、それは僕の役目だから……」


「そんなこと言ってる場合か! お前一体どういうつもりで…………!!」


 今にも掻き消えてしまいそうなその声はおよそらしからぬもの。それを否定したくて声を張り上げていた。何もかもがあの瞬間と異なっているようで、何もかもがあの瞬間と同じだった。


「大丈夫だよ、少し疲れただけだから……でも、心配してくれて、嬉しい」


「まだお前に死なれるのは困る。だから――」


 弱弱しい指が俺の頬を撫ぜる。その手付きだけでサーペントの命を確かに感じる。消えてはない、まだ確かに残っている。それだけが、五年前とは違っていた。


「まだ死ぬな。俺にしてほしいことがあるんだろうが」


「ああ、そうだね。その通りだ、君を思いっきり困らせるまでは、死んでなんかやるもんか」


 その微笑に安心した。再生の兆し、人造人間として最高の肉体が死を拒んでいる。指先から感じるその証に俺は安心していた。

 ああ、認めよう、認めてやる。此処でこいつを死なせるわけにはいかない、いや、ここでこいつを死なせたくない。俺は本心からそう思っている。何百、何千という人を苦しめ、自分の欲望のために俺達の人類戦役(タタカイ)を利用しようとしたこの(ヘビ)を死なせたくないと確かにそう思っていた。


「――少し眠る。抱きしめてくれたら本当に……」


「わかった」


 考える間もなく、サーペントに応える。足元から抱えあげて、頭を胸に寄りかからせる。こいつには借りがあるからと自分に言い訳をして、俺はこの暖かさを守ろうとしていた。あの時と、五年前と同じように、性懲りもなく、人間の真似事をしていた。


「……あ。うん、安心した」 

 

 そういうとサーペントは静かに眼を閉じ、眠りへと落ちる。俺に体の全てを預けて無垢な子供のように意識を手放したのだ。そこには普段の妖艶さや誘うような気配はまるでない。ただ純粋な美しさだけがそこにあった。


「――――」


 サーペントを抱きかかえたまま、空を見詰める。開いていた回廊が閉じて、空を覆っていた封鎖線が解除されていく。もう少しすれば通信も回復するだろう。

 自分がやったこと、ここで起こったこと、その全てを知る義務が俺にはある。もしこいつを、サーペントを外に出した責任を果たす手段があるとすればそれだけ。こいつの始末は俺が付ける。

 だが、それでも、今だけはこの重さを、温もりを感じていたかった。



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