NO. 22 その手を取る意味
タイミングを合わせるのではなく、呼吸を読む。サーペントが俺の思考を理解し、先読みするように俺もやつの呼吸を読み、次の動きを感覚する。それさえなせれば、連携をとるのに言葉など必要ない。もとより、不倶戴天の宿敵同士、お互いの手の内は知り尽くしている。
凄まじい速度で上昇するエレベータフロアの上で、お互いの背中を守り合う。絶え間なく動き、入れ替わり、ダンスを踊るように鮮やかに攻守を切り替える。感覚に狂いはなく、指先まで力がみなぎっていく。盤上の駒を見下ろすように、己の動きと相手の動きを掌握する。手は足りている、詰めまであと一歩だ。
敵の攻撃からサーペントの背中を守り、俺の背中をサーペントに預ける。こんな日が来るとは夢にも思わなかったが、実践してみれば意外なほど馴染む。
「キシャア!!」
「サーペント!」
「ああ!!」
射出された十数本の棘、その処理をサーペントに任せる。展開された毒の力場、展開された蛇が棘を溶かして、赤熱化を防ぐ。俺ではこうはいかない、爆発までも溶かせるのはサーペントだけ。下手に炸裂させていたら、このエレベーターそのものが壊れかねない。
通路では戦いにくいからと、このエレベータに戦場を移したものの、制限がつくことには変わらない。そもそも俺達は屋内じゃ制限がつく。一人で殺しきるにはあまりにも場が悪い。
「01……!」
「分かってる!」
背後のサーペントと入れ替わるようにして、兄と呼称された蟹型を蹴り付ける。俺の蹴りでも装甲を砕くに足りないが、牽制し距離を開けるだけで充分だ。
「――シッ」
俺の脇を漆黒の槍が通り過ぎる。装甲に触れない本当にギリギリの至近距離だが、恐怖は感じない。こいつの攻撃は俺を傷つけない、少なくとも今は。
「――っ!」
「隙ありってやつさ、存分に溶けるといい」
槍の先端が、分厚い装甲を物ともせずに突き刺さった。突き刺さった肩の部分から分泌された黒い毒は瞬く間に装甲を侵していく。しかし、それも一瞬のこと、当然のように敵もそれには対策済みだ。侵食していた黒はふたたび元の色へと塗りつぶされていく。こいつらに毒は通用しない。
だが、織り込み済みはこちらも同じ。敵が一対であるように、こちらもまた一対だ。
「――砕けろッ!」
間髪いれず踏み込んだ。苦し紛れに振るわれた爪を最小限の動きでかわし、懐に潜り込む。狙いは一点、今だ毒に侵された肩部装甲、分厚い装甲も今ならば容易く破れる。抗体を持っていても、侵食部分の装甲強度の低下はどうしても避けられない。
「ぐあっ!?」
「兄さん!!」
突き出した拳は装甲をぶち破り、内部機構へと到る。作戦成功、狙い通りだ。そのまま内部の部品を引きちぎり、神経回路を焼き切る。これでしばらくは動けないはずだ。
「よくも!!」
向かってくる弟を足をとめて迎撃する。あの棘は厄介だが、この間合いなら避ける必要は無い。
「――ッ!」
防御した両腕に数本の棘が突き刺さる。痛みに歯を食いしばり、地面をしっかりと踏みしめた。棘の赤熱化、炸裂までの時間は最速で0.3秒、奴が算出したこの時間を信じて、全力で敵へと跳ぶ。
「き、貴様!?」
「この距離じゃ爆破はできないな。さあ――墜ちろ!」
至近距離も至近距離、拳を振るう隙間もないほどに密着してしまえば、棘を破裂させることはできない。こいつは脆い、敏捷性を追求した結果の齎す構造的欠陥と軽装甲は自身の攻撃にも耐えられないほどに脆弱だ。故に、この距離まで近づけば、爆破という選択肢を潰せる。
稚拙な反撃をいなし、正面から掴みかかる。そのまま、空中で身体を入れ替えた。俺が上で奴は下だ。奴が次の行動に移るよりも速く、思いっきり下へと蹴り飛ばす。空中では充分な威力は出ないがそれで良い、狙い通りの方向には飛ばせた。
「ハハ! 絶妙のタイミング! やっぱり君は最高だ!!」
「ッああああああああ!!」
一本の槍から分化した無数の棘が容赦なく、全身を貫く。百近くにまで分裂した棘の束は一本一本に侵食毒が染み込んでいる。見ているだけで背筋が凍りそうなくらいの圧倒的な面制圧能力、これで俺を巻き込まないように加減しているというのだから堪らない。
こいつらの、この二体の連携は見事なものだ。もとから一対として設計されたのだろう。息が合っているとかではなく、動きも呼吸も、思考までもが連動している。故に隙など存在しないし、一部のズレもない。二体一対の連携としては完成形といってもいいだろう。
だが、それはこちらも同じ。連携の完成度ならばこちらも負けてはいない。
サーペントは俺が自分の行動を理解しているという前提で動いている。故にギリギリのレベルでの無茶ができるし、逆もまた然りだ。今の槍による攻撃も、少し俺の位置がずれていれば成功しないどころかば俺も巻き込まれていた。その無茶を強かな計算と俺への狂信でやってのけるのがサーペントという怪物だ。その狂気が今は頼もしい。
しかし、このまま巻き込まれては本末転倒だ、各部のブースターを吹かし、安全な着地点へと身を翻す。サーペントがわざと空けていたのだろう、着地点はすぐに見つかった。
着地しながらも、ダメージを負わせた二体から注意を外さない。まだ仕留めたとは思えない、これでは終わっては拍子抜けにもほどがある。
「――ふーん、思ったよりは丈夫みたいだね。殺したと思ったのに……」
突き刺したまま放り投げた弟がまだ息があるのを見て、サーペントが忌々しそうにそう吐き捨てた。それには俺も同意だ、兄のほうにしてももう立ち上がってこちらを睨んでいる。神経を焼ききっただけとはいえ、あまりにも再生が早すぎる。
「……こいつらどうなってやがる」
「新型装甲に再生細胞、ついでに相互保存か。随分と詰め込んだものだ、見苦しいにもほどがある」
口をついて出た疑問に、サーペントが答えた。目の前では再生を終えた二体は遠巻きにこちらを警戒している。一度は殺されたのも同然なのだ、これで警戒しなければただの阿呆だ。
からくりが分かったところで大した変化は無い。今のやり方では仕留めきれないのが分かっただけだ。再生能力程度、いつもなら鼻で笑ってやるところだが、今の状況では笑おうにも笑えない。こっちは十全の破壊能力を発揮できず、相手は生半可な攻撃では死なない。せめて、通常空間ならもっとやりようがあるのだが、今は生憎とこの閉所だ。これではどうにも一手足りない。
「――兄さん、あれをやろう。このままじゃ埒が明かないよ」
「だが、弟よ、あれは……」
「…………」
敵の様子を探りながらも、意識を鋭く、一点へと研ぎ澄ませていく。連中がどんな手段をとるにしても、対応すれば良いだけのこと。
隣のサーペントも同じ腹積もりらしく、力の高ぶりを感じる。仕掛けるならばあちらが仕掛けるのと同時、敵の必殺を踏み越えて、こちらの必殺を叩き込む。
「それしかないよ、兄さん。あいつらにも上の連中にも僕たちの優秀さと有用さを証明してやるんだ」
「いや、しかし……」
「兄さん、ここでこいつらを殺せなきゃ僕らが殺される。そうでなきゃ、意識をデリートされて再利用だ。やるしかないんだよ」
「――そうだな、弟よ。ああ、そうだとも」
連中には切り札が残っているらしい。それもただの切り札ではなく、それ相応の代償が伴うような切り札が。
上等だ。捨て身でくるなら、こっちもそうするまで。危機を注げる直感にわざわざ付き合うつもりはない。
「――ん、この反応は……」
「どうした? 何が――!?」
サーペントの答えを聞くよりも早く、あらゆるセンサーが最大限の警報をかき鳴らした。このエレベータどころか、地上施設すらも吹き飛ばすほどの膨大な反応が二つ、それだけならまだいい。問題はその二つが重なり合い、一つになってきていること。強く重なり合うほどに、反応も爆発的に強まっていく。一体何が起こっているのか何一つとして理解できなかった。
「――待って、01、これは――」
「――!」
思いっきり踏み込み、正面から弾丸のように飛び込む。サーペントが何か言っているが、今更気にしている暇はない。理解できないが、それでもこのまま放置していいものではない、ということくらいはわかる。
攻撃あるのみ。殺してしまいさえすれば、切り札も何もない。
「――まずい!」
「ッ!?」
止められた、申し分の無い一撃を容易く止められた。
その事実以上に触れている巨大な鋏から伝わる敵の力量に驚愕を禁じをえない。上昇したのは、単純な数値だけじゃない、戦闘能力そのものが今までと格が違っている。
「――シャァアアアア!!」
「……クソッ!」
反撃で振るわれた反対の鋏の速度は俺の予想よりも格段に速い。避け切れなかった先端が胸部の装甲を確かに抉る。焼ける様な痛みが走った。
「ギシャアアアア!!」
「チィッ!」
続いて振るわれる鋏の連撃を紙一重でかわしながら、敵の姿を観察する。かなりの速度だが、それでもどうにか捉えられた。
歪な姿だった。二色の生体装甲は互いに混じり合わず、凄惨なグラディエーションを作り上げている。巨大化した身体を構成するパーツ一つ一つは完璧に融合しているのに、二体の特徴は全く独立していた。
兄の持っていた二つの大鋏は更に肥大化し、甲殻類のような装甲が腕と肩、胴体を覆っている。背中に生えた無数の棘、もはや槍のようなそれは間違いなく弟のものだ。脚部は同じく肥大化した弟のものだが、しっかり二体の区別ができているわけではない。新たに生成された頭部は一つ、身体と同じく二体の特徴が交じり合うことなく同居している。
二体の合体、いや融合というべきであろうそれは俺の頃にはなかった技術だ。
「はあああ!!」
「ギッ!」
その効果は正しく見事なもの。どうにか反撃を叩き込んでもまるで手応えがない。速度、装甲、出力、なにもかもが段違い。此処の能力だけ見れば、永久炉なしで俺を上回っている。五年前の最終決戦、”組織”の最盛期でもこれだけの戦力はそういなかった
「考えたね、同型の動力核の共鳴反応による出力の二乗化と融合による特質共有か。僕が寝てる間に人間も中々進歩したじゃないか」
「暢気な事を言う前に対策を考えろ! どうやったらこいつを殺せる!」
どうにか攻撃を捌き、後方まで下がると、サーペントが感心したようにそう言った。スポーツ観戦でもしてるつもりなのか、どこか他人事のような気軽ささえ感じられる。
かわしながらも弱い部分を狙って攻撃を加えたが、一瞬で再生された。あの再生能力からして、毒に対する抗体も高まっているはずだ。始末するには一撃で消し飛ばすか、コアを砕くしかないが、今はその手段が無い。
「融合にも問題なし、炉心も安定している。ふむ、なかなか興味深い、解体してみたいね」
「サーペント!」
絶え間なく飛んでくる棘の弾幕をかわしながら、サーペントの答えを催促する。やつは皮膜が防いでくれるかもしれないがこっちは、そんな便利なものはない。動き続けなければ死ぬだけだ。
「――ん、ああ、対策ね。ちゃんと手は打ってるから褒めてほしいな」
「速くしろ!!」
攻撃が激しくなっていく。この密度と範囲、何れは捌ききれなくなる。この事態を打開できる手があるなら、この際なんでも良い。それが正気で、なおかつ効果的なら、こっちからキスしてやってもいいくらいだ。
「りょーかい、少し濡れるけど我慢してね?」
「お、お前、何を――!?」
ガコンという大きな音と共に、地面が揺れ、慣性に一瞬体が浮いた。フロアエレベーターが休息停止したのだ。続いて耳に飛び込んでくるのは、待機を揺らす爆発音。
瞬間、自分を殺したくなった。目の前には、壁に空いた大穴と視界を覆い尽くす大瀑布。逃げなければと考える暇すらない、知覚した瞬間には信じられないほどの量の海水に押し流されていた。
どうしてこいつを信用したのか。こういう碌でもないことになるのは分かりきっていたのに。
「――さ、行こうか」
誰かの手が、俺の手を掴んだ。力強くも優しい手つき、見えないはずのその美貌が微笑んでいるのが分かった。全く持って碌でもない、こいつの手を暖かく感じるなんて。




