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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
20/55

NO. 20 唇に触れて

 その異変に最初に気付いたのは、経験に勝るエドガーだった。突然の停電、普通ならば電気回路か発電炉心の異変かと考えるべきその状況が、エドガーに敵の襲来を確信させた。


「おい! お前ら! 装甲服は着けてるか!?」


「え、いや、着けてますけど制御(セキリティ)が……一体何が――」


「クソッ、どうしたもんか」


 上層部の談話室。おまけ程度に併設されたその場所に、彼等は待機していた。状況は全くの不明、分かっているのはこの区画一帯が停電してしまったという事だけ。少なくとも、新人達には何一つとして、自分達がどんな状況の一部となり、どのような役割を果たすべきなのかまるで理解できていなかった。

 そんな中で唯一、エドガーだけが状況を理解しようとしていた。この場所で停電が起こることなど絶対にありえない。数十基のフォトンリアクターが互いを補うようにこの施設は設計されている、停電するという事はそのリアクターが全て同時に停止したという事。そんなことが偶然であるはずがない。

 人為的に停電を起こす。そんなもの敵襲以外にはありえない。


「いいか、足音を立てるな。もう声も出すな、静かに俺について来い」


「――――」


 声を出さずに頷いた新人達に満足げに頷き返すとエドガーは彼らを先導する。さすがに優秀だ、余計な質問をせずとも只ならぬ状況であることは理解している。

 暗闇の廊下を静かに進む。かといって悠長にしているような余裕はない。目立たないに越したことはないが、敵が予想通りの相手ならこの暗闇も彼らの姿を隠してはくれない。慌てず騒がず、かつ迅速にこの区画を脱出する必要がある。


「探せ! まだこの区画にいるはずだ!!」


「――――!」


 予想通り、敵は来た。足音からして通常兵科、それでも一小隊。いくらH.E.R.Oとはいえ、装甲服(アーマー)なしでは手に余る。

 状況を完全に理解した新人達が緊張に息を呑む。ようやくホルスターから抜いた拳銃が小刻みに震えていた。

 実戦経験がないわけではないが、装甲服なしでの戦闘など訓練でしか知らない。ましてや、人間に命を狙われる経験など全くの皆無。恐怖に足が竦まなかっただけ、彼等は優秀といってもいいだろう。


「――」


 だが、エドガーは違う。こういう状況には慣れている。動揺もなければ恐怖もない。五年ぶりの実戦に些か悦びを感じているくらいだ。

 拳銃の引き金にゆっくりと指を掛け、覚悟を決める。すべきことははっきりしている。相手が何者であれ、家族の元に帰る為、使命を果たすだけだ。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 正直なところ、思考が停止していた。何度も見たはずのその姿、五年ぶりに目撃しただけのはずのその姿に、理性が思考を放棄したのだ。美もここまで極まれば毒と同じ、現実を淫らに犯す愛の化身(メガミ)、それがこいつの正体だ。


「おっと、見惚れてるのかな? もっと近くで見ても構わないよ? いっそ触ってみるかい? 胸とはいわず、腰でも、此処(……)でもお好きなように」


 白魚の指が完璧な肢体を這う、まるで踊りを舞うように、あるいは愛を請うように蛇は指を走らせた。腰から胸、背中、臀部、指の行く先に眼が向いてしまう。視線を外さなければと思えば思うほど、意識を溶かされていくようだ。


「――ッ」


 内心の動揺を読み取れられ動揺した隙に、サーペントは、こちらへと歩み寄ってくる。そうやって歩いているだけだというのに、脳味噌を直接かき回されるような、衝撃があった。

 ボロ衣のような拘束服ではほとんど隠しきれてない。水滴が肌を伝い白い谷間へと滑る、その一滴一滴が足を撫で、丸みを帯びた臀部を愛でる度に意識をかき乱される。水気を帯びた肢体は麻薬のような色気を発し、合間から覗く肌は視神経を焼くようだ。

 完璧な存在として創られた、それを証明するだけのものがこいつには備わっている。


「クク、遠慮することはないよ。この胸も、この身体も、この心も全て君のもの。だぁかぁらぁ――」


 極力意識から締め出しても、どうしても視線がいく。それを確認するとサーペントはますます嬉しそうに微笑んだ。完全に遊ばれてる、いつも通りの最悪だ。

 認めるのは非常に癪だが、こいつは本当に美しい。もともと完全な存在として創造されたこいつは、どんなものより美しく、優秀に、賢く造られた。どんな人間だろうが、いや人間でないとしても、こいつに魅了されないものはいない。

 いや、こいつがどれだけ綺麗かなんてどうでもいい。どれだけ見てくれは良くても中身は醜悪極まる。


「いいから腕輪を壊せ。話はそれからっ――!?」


 そこまで言ったところで目の前にサーペントの顔があった。染み一つ無い肌と、潤んだピンク色の唇まではっきり見える。艶かしい吐息が鼓膜を打つのが分かる。

 紅の瞳には俺の瞳に映っていた。ほんの一瞬、骨身に刻まれた本能までも蕩かされていた。


「ああ、君に触れられるなんて――」


 固まった刹那に奴の手が俺の首に添えられる。懐のうちに蛇のように忍び込まれたのだ。奴の細い指が俺の頬を撫でる。そのまま、抵抗を試みるよりも早く、床に押し倒されていた。

 

「――っなにを」


 倒れた俺の上に馬乗りになると、そのまま、両の手首を抑え、動きを封じてくる。意識の隙間を見事に突かれた。実戦なら死んでいた、いや、このままでは何もできないままに殺されてしまう。


「ふふ、すこしジットしててくれ。すぐに済むから」


 火照ったように熱の篭った声からは、次に何をしようとしているのか、一つとして読み取れない。

 目線が交わり、声が消える。聞き取れるのは互いの息遣いのみ。会話は必要ない、お互いの存在だけがそこにはある。ある意味、完璧な世界がそこにはあった。

 その静寂を破るように、さらにサーペントの顔が近づいてくる。避けようとしているのに、本能(からだ)が動かない。そして――

 


「――!!」


「――ん」


 瞬間、サーペントの唇と俺の唇が触れ合った。粘膜の接触と同時に痺れるような感覚が俺の体を駆け巡った。触れた唇に感じる感触はただ生暖かさと鮮烈なまでの命の鼓動だけ。

歯を噛み締める間すらなく、舌が口内へと潜り込み、俺の舌を捕まえる。 舌先から感じるのは、サーペントの粘膜と蕩けるような快感、そして、ザラザラとした柔らかな感触。触れ、絡み、舐られる度に脳が焼け、理性が消えていく。口内を満たしていく自分のものではない体液はまるで甘露のよう。快感、そう呼ぶには余りにも破滅的なそれは全てを押し流した。

まるで蟒蛇に頭から呑み込まれるよう、身動きはおろか呼吸すらできない。このまま唇から、舌から、脳髄から消化されていく。ならば俺は蛙か、喰い殺されるまでこのままーー。

溶けた理性と呑まれた本能。それに抗議するように、接触部から流れ込んでくる何かを冷徹な機械が認識した。


「――っ!!?」


 すぐさま払いのけると、奴は舞うように俺から離れた。零れた唾液が糸を引いて、あとを残す。動揺する俺に対して、サーペントは唇に指を当て、恍惚の表情を浮かべたまま、喜びを全身で表している。してやられた、見事までに。


「アハッ、ご馳走様! 七年ぶりのキス、最高に気持ちよかった!! できるのなら永遠に味わいたいくらいに!!」


「お前――!!」


 置いてけぼりだった殺意がようやく追いついてくる。こいつは敵だ、殺し殺されてるほうが健全で好ましい。

 腕輪があろうがなかろうが、構うものか。此処でこいつと心中することになってもここで殺してやる。


「そう怒らないでくれよ、約束は守ったんだからさ」


「何を……!?」


 良く見れば右腕に嵌められていた腕輪が外れている。キスしたときのあの短い時間で腕輪を破壊していていたらしい。


「ふふ、存分に暴れるといい。鬱憤、溜まってるだろ?」


「……………二度目はない」


 りょーかい、などと返事を返すサーペントに、誰のせいだと怒鳴り返したくもなるが、契約はこれで完了だ。後は俺の仕事、本懐を果たすときだ。こいつに俺なりの意趣返しをするのはその後でも良い。


「――いくぞ」


 ここにきてから乗せられっぱなしだが、これでもうそれも終わりだ。

 永久炉が威勢良く回る。エネルギー循環に問題はない。10に付けられた傷も大した障害ではない。

 一瞬で俺の体が作り変えられる。この感覚、この感触が此処にいる意味だ。このまま隔壁を叩き壊して、上へ戻る。この身体なら、分厚い隔壁もあってないようなものだ。

  隔壁を前に、拳を振り上げる。一撃で充分、隔壁の向こうの連中までまとめて吹き飛ばしてやる。


「……いいね、最高だ、生身の君も大好きだけど、その姿の君はまた別の意味で愛おしいよ。あーだけど」


「――今度は何だ」


 拳を振り下ろすその直前に再び横槍が入った。時間が無い、こいつのいうことにいちいち構いたくはないが、経験上こいつの言う事を無視するのはもっとまずい。手遅れになってから後悔する気はない。


「隔壁を壊すのはお奨めできないな。僕と海水浴がしたいなら別だけど」


「……説明しろ」


「その隔壁は少しでも衝撃を受けると、あらゆる過程を無視して最終プロセスが起動するように設計されてる。ようは気化爆弾が起動して、ボカンさ。ここを無傷で抜けたいなら、システムを乗っ取ってから、この隔壁を壊さなきゃならない、お分かりかな?」


 嘘はない。それは分かる。それにそういうシステムもあるなんてことは簡単に想像がつくことだ。壊すだけが能の俺一人ではどうにもできない。


「……ならとっととやれ。時間がない」


「――先にお色直しといこう、初めての共同作業に披露宴だ。正装(ドレス)に着替えなきゃ、お客さんに失礼だろう?」


 頼るのは嫌だが、ここでそれができるのはこいつだけ。こいつの毒ならどんな防壁でも容易に解け落ちる。


「――展開(セット)九頭龍(ヒュドラ)


 黒色の閃光が俺の目の前で膨れ上がる。周囲の全てを呑みこむ様な深く圧縮された闇の卵は触れる全てを侵食し、その質量をエネルギーへと変換していく。それは正しく、こいつの在り方の具現。現実を艶やかに喰らう、完璧な(バケモノ)だ。

 数瞬の後、艶やかな黒の卵が内側から食い破られる。餌を求める雛のように九匹の蛇が卵の穴から鎌首を擡げた。無機質な双眸が、獲物を見定めるように、俺を見詰めていた。

 IFFとエネルギーセンサーが最大限の警告をしつこいほどにかき鳴らす。今更喚かれずとも、自分が何を解き放ったかなど嫌と言うほど理解している。

 

「――この姿も久しぶり」


 殻が完全に崩れ去るのと同時に、卵の中から退廃と扇情の女神が現れた。卵と同じ呑み込まれそうな黒が魅惑的なラインを保ったままの輪郭(フレーム)を覆い、銀色の髪はそのままに無数の機械の蛇たちがそれを構成している。紅の瞳と白のエナジーライン、黒く輝く生体装甲、俺の姿を鏡で写したようなその姿こそがこいつの真の姿だ。唯一の違いは、戦うために作られたその姿さえ美しいということ。


「さ、戦争(ダンス)をしようか?」


 蛇の瞳が俺を射抜く。その視線が、その姿が、その声が俺の全てをかき乱す。頭から爪先まで雁字搦めで動けない。生きたまま蛇に呑まれる感覚、そう言い表すのが正しい。

 ただ、それだけ。呑まれたからとて終わりじゃない。腹を食い破り、頭を引きちぎり、胴体を焼くのみ。こいつを外に出した責任はいずれ果たす。

 だから、今は――。

 

 


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