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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: big bear
第一部 再びの始まり
2/55

NO. 2 この場所からもう一度


悔恨に震える暇はどこにもない。

大地を踏み砕いて、空高く跳躍した。空中で身を翻して、世界を睥睨する。残された十数人の市民たちも、重傷を負った彼女も置き去りに状況を把握していく。

 感知していたレギオンは正確には十五。鈍ってはいないと思っていたが、そうでもないらしい。その十五のレギオンの視線(センサー)は全てこちらへと向いている。

 それも当然のこと、派手に光を放ったからこの地区中のセンサーが俺のほうを向いているはずだ。敵に逡巡はない。一秒に満たない時間でこちらを敵だと認識している。

 ほぼ同時に放たれる十五の閃光、空気を焼き天蓋を貫くレーザーカノンの一撃。直撃すれば俺の装甲でも耐え切れるかどうか分からない。死にはしないだろうが、中れば重傷だ。


「――ふ」

 

 空中で身を翻して、攻撃を済んでのところで回避する。どれだけ威力があろうが、この程度ならば蝿が止る。

 迫ってくる二体の敵を正面から迎え撃つ。飛べるあちらと落ちるだけのこちら、分はあちらにある。だがそれでも、俺の勝ちは揺るがない。先に接近した一体の頭部をすれ違い様に切り飛ばし、もう一体を落下しながら相手する。装備されたヒートブレードの一撃を回避して、真正面から拳を突き出す。防御などさせない、動力炉を寸分違わず貫いて即死させる。正確で精密なら余計な破壊は必要ない。ただの一撃で充分だ。

 爆風を背に受けて反転、光の足場を蹴って地上に向けて突っ込んでいく。落下ではなく突撃。大地に楔を打つように、立ちはだかる全てを打ち崩すべく突き進む。狙いは密集している四体、それこそ一瞬ですむ。


「――!」


 激突。速度を緩めず大地そのものを吹き飛ばして、二体の敵を纏めて蹴り潰す。ほんの一瞬の抵抗すらない、蟻を踏み潰すのと同じだ。

 続けてもう一撃。未だ反応しきれていないもう一体に拳を叩き込む。胸部ごと心臓部を破砕、そのまま回避運動へとうつる。

 紙一重、脇腹を掠めるようにして紅い閃光が放たれた。この程度は問題にならない。回避の勢いを殺さずに、最後の一体へと間合いを詰める。


「――遅い!」


 再びの閃光。正面から突っ込んでくる俺を迎撃すべく敵は正攻法をとった。その正攻法を正攻法で捻じ伏せる。

 閃光よりも早く、駆ける。一息に地を蹴って、敵の反応速度を超える。踏み込みから衝撃まで一瞬の間すらない。レーザが俺のいた場所へと届くよりも先に、俺の右腕が奴の中心を捉えていた。瓦礫が爆ぜて、頬を叩く。命を奪う感触は已然おぞましいままだ。


「残りは……」


 周囲にはレギオン以外の反応、展開しているUAFの部隊だろう。背中に視線を感じる。見られているのは確かだが、この際そんなことはどうでもいい。

 残りのレギオンの反応は少し遠い。遠いがこちらに向かってきている。都合がいい、元から全員始末するつもりだったんだ。蛾みたいに寄って来るのなら、片端から叩き潰していくまでのこと。蹂躙にはそれほど時間は要らない。

 準備運動にしてもお粗末だが、せめてものこと楽しませてもらうとしよう。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「それで、永山隊長? この状況、どう説明してくださるのかしら?」


「そ、それは……」


 結局のところ、永山には最後の最後までこの状況をコントロールすることができなかった。彼がまともな指示を下せるようになるころには、すでに何もかもが終わっていた。

 突如出現したアンノウンが瞬く間に敵を殲滅し、姿を消した。ただそうとしか説明のしようがない。現場からはあの01を見たなんていう妄言が報告としてあがってきているが、そんなことを言える筈がない。

 完全なる失態だ。敵を取り逃がし、市民を巻き込んで、状況を掌握することもできずに、アンノウンに全てを掻っ攫われた。そんな状況をどう説明しろというのか、どれだけ言葉を重ねたところで彼の失態は取り繕いようがない。


「――統制官! 統制官! コメントをお願いします!!」


「まあ、いいわ。マスコミ対応はお任せします、永山隊長」


「は、はあ、わかりました」


 彼を一言たりとも糾弾することなく、統括官は背を向ける。彼が理解することすらできなかった状況を、彼女はあっという間に掌握してのけた。市民のパニックを治め、破壊された敵サイボーグとレギオンを撤去。それだけのことを僅かの間に、ほとんど片手間で取り纏めてみせた。極東の才媛、片目の魔女、そう呼ばれるだけの才覚は確かに彼女にはあった。

 それを誇ることもせずに、ただ立ち去る。こんな場所には用はないと、あるいは彼そのものに興味がないといわんばかりに。彼女の世界では彼のような人間は存在すらしていないのだ。彼女の見ているものはもっと遠くに、届かないほどに遠くにあった。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



 身内をあまり悪く言いたくはないが、UAFの追跡を巻くのはそう難しいことじゃない。本来の姿に戻っていなければ、センサーには引っ掛からないのが俺達の強みだ。姿を変えさえしなければ、ありとあらゆるセキュリティをすり抜けられる。それこそが俺達がこの世界において最強足りうる所以。多少苦痛ではあるものの、人混みに紛れてしまいさえすれば見つけるのは不可能といってもいい。そうでなくてもこう雑な追撃では素人も捕まえられない。

彼女たちには悪いが、今は自分の都合を優先させてもらう。

 目的の場所は目の前にある。天を突くような慰霊の塔、数え切れない死者たちが眠るその墓地が俺の目指す場所にほかならない。

 人類戦役戦勝記念公園、名前の通り人類戦役での勝利を記念してその公園は造られた。中心の慰霊碑、全長五十メートルものそれには隙間無くびっしりと死者の名前が刻まれている。データ化され保管された彼らは総勢一億五千万人。一般人もいれば軍人もいる、老人も子供も男も女も、ありとあらゆる死者の名がそこにはある。俺の名も、彼女の名もそこには刻まれていた。

 慰霊碑へと続く道。巡礼のための回廊として作られたその壁面にはある戦いが記録されている。永遠に失われることのない生体装甲で作られた壁に、俺達の戦いが刻み込まれていた。

 人類戦役。人類が初めて経験した異種との生存競争。突如出現した人類種の天敵と歴史を裏側から支配していた”組織”との戦い。十五年間、只管人類は戦い続けてきた。その過程で、俺達(サイボーグ)が生まれ、死に、こうして世界は続いている。

 そう勝った。何もかもを犠牲にして戦い、その果てに勝利した。此処に刻まれているのはそれだけのこと。それ以上のものなど此処には存在していない。


「――は」


 長く果てのないように思える回廊を抜けて、慰霊碑の前にたどり着く。呼吸をするごとに身が竦む。人混みの中にいる時よりも、あるいは敵と向かい合ったその時よりも、遥かに重く、辛い。冷たい黒曜石の石碑は、これがお前がとりこぼしたもの大きさと重さなのだと静かに告げている。

 俺が全てを救えたと思い上がるつもりは無い。それでもこの中の一握り、ほんの数十人の死に俺は立ち会っている。今も思い出す、彼らの死に顔、あるいは死に様を、毎夜のように思い出す。

 力はあった、だが届かなかった。手は伸ばした、でも掴むことはできなかった。それだけの事だが、それが全てだ。


「――今年も来たよ。君は怒るだろうけどね」


 気圧された心を奮い立たせ、いつもの場所に立ち、冷たい壁に触れる。毎年行う儀式のようなものだ、こうやって彼女の思い出に縋らないと俺は立ってさえいられない。石に表示された彼女の名前に指先が触れ、文字をなぞると、少しばかり心が軽くなった気がした。死者は決して許してはくれない、身に染み付いた錯覚は錯覚で塗りつぶすしかない。


「今年は花は持ってこれなかったんだ」


 石碑の前には花束や供えられた様々な物品が並んでいる。しかし、生憎と手ぶらだ。此処に供えられるようなものは何一つ持ち合わせてない。我ながら情のない話だ。

 しばらくの間、目を瞑る。思い出に縋るわけではない、彼女を失った事に慰めは要らない。こうして此処に立つのは忘れないため。自分が救えなかったものの重さを思い出さないと、此処にいることに耐えられない。

 どれほど経っただろうか。一時間、あるいは一分、それは定かじゃないが、何時までもこうしてはいられない。

 背後には一つの気配。近づいてきているのは感じていた。彼女は敵じゃない。それにいい加減、向き合わなければ。


「――久しぶりだな、滝原」


 ゆっくりと振り返り、感情を押し殺してそう告げた。

 日の光に照らされた彼女の姿は一年前より少しやつれて見える。五年前は不釣合いだったUAFの制服も大分似合ってきた。幼かった顔立ちも大人のそれへと変わってきている。短く結んだ黒髪も少し伸び、大人びた印象を強める。何もかもが五年前とは違う。それが悲しくて、無性に嬉しかった。


「――そうね、久しぶり、01(ゼロワン)」


 そういうと彼女は(かな)しそうに微笑んだ。

 左目の眼帯だけが五年前から変わっていない。俺と同じで永遠に癒えることの無い傷が彼女には残されたのだ。

 それでも彼女は歩みを止めていない、そこが俺との違い。この五年間、彼女が歩んできた道は決して平坦ではなかっただろう。それでも彼女は歩き続けた。それが俺には眩しくて、愛おしく、そして後ろめたい。彼女の左目を奪ったのは俺なのだから。

 


 

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