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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
19/55

NO. 19 解き放たれるもの

 弾丸の渦の中を生身で潜り抜ける。頬を、肩を、足を数発の銃弾が掠め、檻の周辺に着弾した。サイボーグの装甲を打ち抜くHEAT弾頭とはいえ、サーペントの檻は壊れない。


「狙え! ヤツだ! 絶対に逃がすな!!」 


 致命傷と直撃弾を避けて、押し進む。生身でも強化された反射神経と動体視力の性能は変わらない。目指す場所はひとつ。緊急用の制御端末、そこにたどり着きさえすればここを封鎖できる。

 

「――ッ」


 端末へと延ばした右手、その掌を銃弾が貫く。強化されているといっても、生体装甲無しではこんなもの。神経を走る痛みも、まじりっけのない本物だ。


「――ッ緊急封鎖! コード・レッド!」


「撃て! 止め――」


 届いた。必死に伸ばした右手が、端末に触れ、張り上げた声が音声認識をパスした。瞬間、開いていた扉が、瞬きの間に閉鎖される。分厚い隔壁は連中の声どころか、特殊弾頭すらも遮り、このフロアと外界を完全に隔絶した。



「……クソ」


 銃弾の掠めた脇腹と肩の熱よりも、ふつふつと湧き上がる怒りが思考を寸断ずる。自分で閉じた隔壁を怒りに任せて殴りつけても、ひんやりとした硬い金属の感触と金属と金属がぶつかり合う甲高い音しか返ってこない。

 隔壁に背を預け、倒れるように座り込む。生身で傷を負うのは久しぶりだが、背中から撃たれるのはもっと久しぶりだ。あまりの懐かしさに、自分を忘れそうになる。


「――ハ」


 嗚咽のような笑いが漏れた。枯れ果ててたと思い込んでいたのに、気取っていただけでそうではなかったらしい。雪那の時とは違う、あの10と戦っていたときとも違う、この感情は怒りじゃない。もっと明白で、もっと強烈なもの。即ち憎しみだ。

 UAFの中に裏切り者がいる、その事実に俺はどうしようもないほどに憎悪している。連中を殺して、裏切りのつけを払わせろと、そう喚き散らしている。

 忌々しい腕輪さえなければ、喜んでそうするところだ。憎しみに任せて暴れようにも、変換(トランス)を封じられた今の俺ではどうしようもない。今すべきことは怒ることではなく、考えること。この状況をどうにかするためになにができるか、だ。


「……上はどうなっている」


 一度緊急閉鎖を起動させてしまえば、こちらから開くことはできない。向こう側から開くにしても、上層部の司令室からしか解除コードを入力できない、少しは時間を稼げるはずだ。

 問題はここではなく、その地上だ。新人達やエドガーがどういう状況におかれているのかまるで分からない。もし襲撃するとしたら、このサーペントの牢屋だけが標的のはずがない。ここに囚われているのはこいつだけじゃない。そいつらを解放されるだけでもこっちにとってはかなりの痛手だ。

 少なくとも新人達では相手にならない。あいつ等やエドガーが無事かどうか、まるで分からない。あるいは彼らが味方がかどうかでさえ、不確かだ。

 疑いたくはないが、事実は変えようがない。この状況で信じられるのは今ここにいる、自分だけ。そして、その自分はどうしようもないほどのポンコツだ。


「――無粋な連中だ、折角の逢引を邪魔した上、僕の01に手を出しやがって……」


 目の前でこれ以上ないほどの憎悪が燃え上がる。俺のそれよりも遥かにおぞましく、遥かに苛烈だ。こいつに自制などない。有言実行、宣言したことは必ず実行する。


「なんだ、お前の差し金じゃないのか」


 思わず反撃のつもりでそう口にしていた。皮肉なことに、コイツのおかげで少しの間、憎悪を忘れられた。


「当たり前さ、君を傷つけるのは僕だけの特権だ。あんな無粋な奴等、僕の奴隷なら八つ裂きにして、火にくべてる」


 分かりきった質問に分かりきった答えが返ってきた。律儀に答えられずとも、こいつの意図じゃないのは明らかだ。こいつのやり方はもっと陰湿で回りくどいし、宣言どおり自分以外が俺を傷つけることなど許容しないだろう。


「どうしたもんか」


 選択肢は二つ。ここで事態の変化を待つか、こちらからこの扉を開けて敵に攻撃を仕掛けるかのどちらか。前者は上の状況が分からない上に、性に合わない。となれば、こちらから仕掛けるほかないのだが、問題が一つある。

 この腕輪、こいつをどうにかして外さないとどうしようもない。自力で外せるようならセキリティとして成り立たないが、何か方法があるはずだ。

 試しに壁に思い切り叩きつけてみても、音が反響するだけで、全くの無意味だ。自力での破壊は無理。銃でもあれば違うんだろうが、生憎それも上で取り上げられた。


「仕方ない。やるか」


 ならば、敵の銃を奪えばいい。一人程度ならどうにか制圧できる、問題はタイミング。銃を奪い取っても、腕輪を壊すより先に蜂の巣にされてちゃ世話が無い。分厚い開かずの扉の向こうで待ち受ける敵に奇襲を仕掛けなければならない。まったく、楽しそうだ。

 覚悟を決めて、エアロックの前に立つ。端末から隔壁のシステムに干渉することくらいなら、今の俺でもできる。右手の傷は深いが、血止めは済んでいる。動かすだけなら何の問題もない。

 準備はできている。後は実行に移すだけ。端末に干渉しようと、左手を伸ばす。その直前、獣唸り声のような轟音が響き渡った。


「――っなんだ!?」


 腹の底に響くような重低音の駆動音。隔壁の向こうで何かが起こっている。間をおかず今度はアラートが鳴り響き、赤い光が周囲を照らす。不味い事が起こってるのは間違いない。


「ここを切り離すつもりみたいだね。よっぽど僕を始末したいみたいだ、それとも僕達かな?」


「……なるほど、なりふり構わずってわけか」 


 確かに、始末するだけなら、わざわざ扉を開ける必要はない。フロアごと深海に放り出して、気化爆弾で諸共消し炭にしてしまえばいい。どうやら連中も本気らしい、ここで完全に俺達を始末するつもりだ。

 今度こそ打つ手無し、このままでは魚の餌どころか、深海の砂直行コースだ。死ぬのは怖くないが、このまま、何の責任も果たさないまま、消えるわけにはいかない。

 時間が無い。コントロールがあちらにある以上、こちら隔壁を開くには時間が掛かりすぎる。あと数分のうちに、このフロアは切り離され、気化爆弾のカウントダウンが始まる、その前に何とかしなければならない。今すぐに手を考える必要がある。


「――どうすればいい、どうすれば」


 最悪の事態だが、頭は冷えていく。焦りは無い、恐怖も無い。静かで安らいでる。しかし、冷静になれば冷静になるほど、手詰まりを自覚してしまう。こうしてる間にも、刻一刻とタイムリミットは迫ってきている。

 変換さえできれば、この程度の隔壁簡単にぶち破れるが、そうはいかない。今の俺にできるのは精々、八つ当たりくらいだ。


「いやー、困ったなあ。このままじゃ君と僕で心中だ。……ん、よくよく考えるとこれも一つの愛の容だね、悪くない、むしろ良いかもしれない」


 考えを纏めている途中で割り込んでくるのは、からかうような声。それでいて何処か本気のようにも聞こえるのだからなお質が悪い。


「お前と心中するつもりは無い」


「じゃあ、どうしたいのかな? 知ってると思うけど、出口はそこだけだよ」


「少し静かにしてろ。今考えてる」


 よりによってここにいるのは俺とこいつだけだ。最期の時を過ごす相手としては最悪の部類に入る。

 だが、このままじゃこいつの言うとおりになるのも事実。切り離しが始まった以上、一か八か隔壁を上げて突撃することもできない。


「クソッ、何か手は……」


「僕がいるじゃないか。しかも、ただの助っ人じゃない、君を一番理解していて、君を一番愛してる僕がいる。君の相棒(バディ)を勤める人材として、僕以上の人材は存在しないよ?」


 背後から楽しげに提案されるのは最低最悪の選択肢。悪魔との契約以外の何者でもない。


「冗談じゃない。お前を解放するくらいなら死んだほうがましだ」


 頭の中で悪魔の囁きをかき消す。それしか手段がないにしても、それだけはできない。こいつをここから出すなんて、安全装置のない核弾頭を何時誤作動を起こすか分からない制御装置と一緒にして、大都市の真ん中に放り出すよりなものだ。少しでもまともな判断力があるなら、思いつきもしない。もし実行に移す奴がいるとすれば、それは極めつけの愚か者か、どうしようもない狂人だけ。俺はそのどちらになるつもりはない。


「そうか、心中がお望みか。いいね、段々感じてきた。それに、君の素体は日本人だったね。えーと、あれだ、歌舞伎にあるだろう、心中もの。今生では結ばれぬ運命の二人が来世を契り合って、お互いを手にかける、それに似た顛末だ。日本の文化はなんとも趣深い。僕は憧れてたんだけど、君はどうだい?」


「――何か手があるはずだ、何か手が」


 堂々巡りだ。何を手間取ってるか知らないが、切り離しが遅れてるのは不幸中の幸いだ。後数秒あれば、何か考え付くかもしれない。


「……畜生が」


 考えても考えても、逆転の一手は湧いてこない。これで最期だってのに、頭はすっきりとしてる。むしろ清々しいくらいだ。上家入れてしまえば何のことはない、五年前に迎えるべきだったものを今受け入れるに過ぎないからだ。


「本当に何をすべきか、分かっているはず。君も僕もここが相応しい場所じゃない」


 だが、まだ、役目が残ってている。ここで死んでも償いにはならない。


「…………」


 天秤の二つの皿に、二つの重しを載せる。一つの皿にはあの10と裏切者たち、もう一つの皿には終生の宿敵、最悪の毒蛇(サーペント)。どちらが重たいかなんて、考えたことも、考えようとも思わなかった。敵は倒す、それが例え誰であったとしても平等に打ち倒してきた。ただの一度も敵に区別をつけたことはなかった。それでも、今は決めなければならない。例えそれが、どんな苦渋の決断だとしてもだ、だから――。


「……一つ条件がある」


「ふふ、なんだい? 君のお願いなら僕は叶えてみせよう」


「そこから出たら、まず俺の腕輪を壊せ。……後は好きにしろ」


 一言搾り出すたびに、後悔と自己嫌悪に駆られるが、それでも、これが今取りうる最善の手だ。こいつの狙いは俺だけだが、奴等は”組織”だ。目的ははっきりとしてる、奴等のいう救済だけは絶対に遂げさせられない。

 それにこいつの始末をつけるのは俺の義務でもある。こいつがこうして存在しているのは俺の責任、ならこいつを殺すのも俺の責任だ。こればかりは他の誰にも譲るつもりはない。


「そんなことならお安い御用さ。さ、僕の傍に」


「それでどうすればいい。時間がないのは分かってるはずだ」


 檻へと歩み寄り、サーペント正面から向かい合う。塞がれているはずの両目の視線を確かに感じる。その時理解した、こいつが五年間この暗い海のそこで待ち続けていたのは、この時なのだと。


「僕に触れてくれ、そのうっとおしいガラス越しでいいから」


 言われたとおり檻に手を触れる。淡い光を放つ特殊培養液は、熱を持たない。ただ只管に冷たく、吸い込まれそうなほどにおぞましい。


「――ああ、なんて暖かい。こうして触れてくれて、本当に本当に嬉しいよ」


 その言葉と共に俺の中で光が弾けた。硝子に触れた指を通して体内に侵入されたのが分かった。抵抗しようと思い至る間すらない。プロテクトが一瞬で破られ、永久炉(シンゾウ)にサーペントの指が触れた。

 瞬間、奴の檻が眩い光を放つ。見覚えのある光、俺の永久路から漏れ出した永劫の炎、奴はそれを喰らっている。俺の永久炉を使って、己の枷を食い破っているのだ。

 その姿に一瞬心奪われる。何を思うでもなく、ただ漠然とその美しさに全てを忘れてしまっていた。


「――っ」


 光が最高潮に到ると共に、檻が内側から砕け散った。残骸が周囲に飛び散り、フロアの壁に激突する。溶液が床に飛び散り、鎧のような拘束具が剥がれ落ちていく。それは丁度、雛鳥が卵の殻を破るような祝福と歓喜に満ちていた。


「ああ、久方ぶりの空気だ。しかも、目覚めて最初に見るのが君の姿なんて最高の目覚めだ!」


 残骸の真ん中に奴は立っていた。

水気を帯びた白銀の長髪は光を帯び、白磁のような肌に反射した。

 女神でさえ裸足で逃げ出すような豊満で艶やかな体は黄金比に基づいたもの。官能を通り越して神秘性すら感じさせるような腰つきも、見ているだけでおかしくなってしまうようなその双丘も、互い互いを損なうどころか高めあっている。その本性さえ知らなければ今すぐにでも、そう思ってしまうほどの完璧さがそこには体現されていた。

 ただのボロ衣でさえもこいつが身に纏えば一流の装飾品。余計な飾りなどこいつには不要だ。

 人間味を感じさせないほどに完成された相貌には見るものを魅了する妖艶な笑みが浮かぶ。貴種たる証である紅の瞳に映っているのは俺ただ一人。

 相もかわらず頭を侵略されるような蠱惑的な姿、美しいという言葉ですらこいつの前では陳腐に思える。この姿こそ、サーペントそのもの。我が宿敵は相も変らぬ完璧さで、そこに存在していた。



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