NO. 18 背徳の弾丸
「だろうと思っていたよ。それでこそ、君だ。迷っても、恐れても、いつでもすべき事をする。そんな君も愛おしい」
俺の返答は満足のいくものだったらしく、檻の向こうで蛇は嗤う。なんにせよ、こいつは一度として俺を否定したことがない。
「それで? どんな条件だ? そこから出せてって言うならそいつは無理だぞ」
いくら条件を呑むといっても限界がある。こいつのせいで被害を被るのは俺だけで充分だ。それでも殺させてくれなんていうのはお断りだが、大抵の条件なら呑んでもいい。
「うーん、どーしようかなー。いざとなると中々迷うね」
そんなことで迷うとはコイツらしくない。いつでも直情径行、己の欲望に対しては素直すぎるくらいなのだ。それが何をして欲しいかで悩むなど、嫌な予感しかない。
「ま、楽しみは後に取っておくとしようかな。五年もまったんだから、あと少しくらいなんでもないさ」
待つことすらも楽しくてしかたがないという様子でサーペントは笑う。一日千秋だとか、一日一日拷問だったとか言う割には、この調子だ。俺に会えただけで大抵のことは帳消し、思案の外らしい。
しかし、こっちはこいつに会っただけで満足するほどひねくれてない。それに聞き出すことを早く聞き出してしまわないと、毒されてしまいそうだった。
「――答えをまだ聞いてないぞ。取引しただろう」
「――約束と呼んで欲しいな。そっちのほうがロマンチックだ」
これまでとは違う色の悦びを含んだ声が、静かに響いた。まるで、終わりを告げるように厳かに、そしてどこか怖れすらも抱かせるような響きだった。
「さて、君の質問に答えるとしよう。――それこそ、三年前の今日さ。あのやせっぽちの彼は私の前にやってきた。連れてこられたというほうが正しいだろうか、あまりの怯えぶりにいたぶりたくなったのを覚えてるよ。名前は知らない、興味もないしね」
そうやって、サーペントは語りだした。三年前、こいつはここに捕まる直前に”組織”の連中と接触したらしい。十五年以上、UAFと”組織”の追撃をかわして、好き放題し続けたこいつを見つけ出すという時点で、今回の敵の規模の大きさを改めて思い知る。少なくとも全盛期の”組織”と同じか、それ以上の規模を今度の敵は誇っている。
「……最初は護衛諸共溶かしてやろうかと思ってたんだけど気まぐれで話を聞いてみると中々面白いことをいうんだ、君達を造りたいとね。まあ、どうせ粗悪な紛い物しかできないんだろうけど、暇つぶしさ。君は休暇中みたいだったしね」
「俺たちを造りたい……か」
納得はいく。俺が戦った敵は全て、俺達を模したものだった。技術面で考えれば、わざわざまた俺たちを劣化コピーする必要はない。永久炉が存在していない以上は、それに適した設計というものがある。だが、そいつは、少なくともこの敵は俺達を造りたかった。それならば、あの設計にも意味はある。
そして、何よりも重要なのは、敵は俺たちの模倣に成功したという事。あの10と呼ばれたサイボーグは、ほぼ完璧な俺達だった。
「その反応を見ると、どうやら成功したらしいね。そうかそうか、教えた意味はあったらしい。見た目にしてはやるじゃないか、名前を覚えておくべきだったかな?」
「ぬかせ。お前が解式を教えたんだろうが……」
他人事のようなその口調が、どうにも腹立たしい。雪那が傷を負ったのも、あんな紛い物がいまでもこの世界に存在しているのも全部、元を辿れば全部こいつのせいだ。それを悪いとも思わない、それが許せない。自分の責任など忘れて、ここでこいつを殺してしまいたかった。
「フフ、良い眼だ。本当にそそられる。でも、正確に言うと僕は解式を教えてはいないんだ。ヒントはくれてやったけどね。成功するとは思ってなかったけど、いやはや、執念っていうのも馬鹿にはできない」
くつくつと笑いながら、サーペントは己が罪を紐解いていく。ヒント、なにを教えたのか、俺には検討も付かないが、今まで誰にも解読できなかった解式を導き出すのに、十分なものだったのは確かだ。
「…………それはわかった。重要なのはメンバーの名前と連中の目的、潜伏場所や拠点の場所だ。知っているんだろ?」
しかし、こいつの罪の重さを追求することに何の意味もない。罪を罪とも思わないやつに罰を与えても仕方がない。重要なのは俺がどうするかで、コイツがどうするかじゃない。
「メンバー? 期待には応えたいが、無理なのは知ってるだろう? ご存知のとおり僕は君以外の個人には興味がないんだ。それに連中は”組織”だ、拠点なら世界中に持ってる、どこといわれてもどこにでもとしか言いようがないよ」
「……わかった。目的だけでいい」
分かった、いや、分かっていた。敵は残党などではない、本物の”組織”だ。分かっていながら信じたくなかっただけ。奴らは壊滅などしていなかった、ただそれだけの話なのだ。
五年前確かに総帥は倒した、俺がこの手で確実に殺したはずだ。その時、奴等の神は死んだ、それで終わりそのはずだった。主要な拠点は全て壊滅し、幹部のほとんどは土の下。実際にこの五年間、”組織”の活動は確認されていなかった。
それでもヤツらは消えてはいなかった。ただ、それだけのことがどうしようもなく受け入れがたかった。
「…………決まっているじゃないか、連中の目的は、”世界の救済”、ただそれだけさ。確かに君たちは彼を打倒した。そのおかげでこの世界は今ある形を保っていられる。でもそれだけじゃやつらを滅ぼすにはたりない、奴等の歴史は人類の歴史とほぼ同義だ、あまりにも根深い。親はなくとも子は育つというだろう? 彼を失っても”組織”は残り続ける、もともとそういう風に作られたんだ。君が気に病むことじゃない」
どこか悲しむように、なにかを悼むように、サーペントはそういった。その内容に驚きはない。奴らのしつこさは良く知っている。だからこそ、俺も彼女も、雪那達も命を懸けて戦ったのだ。そのことは誰よりも良く俺が知っている。
「――いくら組織が根深いとはいえ、指導者は必要だ。もし情勢が僕の予想通りなら、指揮を取ってるのは七人の顧問達とあの女。その気になれば、五年間、痕跡を完璧に消すことだって難しいことじゃない。そのための数世紀、数十世紀だ。協力者に自覚があるかも怪しいところさ…………」
「………………」
そこまで聞いたところで、不意に視線を感じた。檻から今までとは違う感情がこもった視線が俺へと向けられている。
憐憫? 違う、そうじゃない。今までの粘つくような、足元から呑みこまれるような慕情とは違う。今にも泣き出してしまいそうな、悲しみにぬれた視線が俺を見ていた。
「…………一つ言っておくけど、君の戦いは無駄なんかじゃない。君がいなければ、五年前の時点ですべて終わってんだ。それに僕だってこうして存在してない。だからそんなに落ち込まないでくれ、君が悲しんでいると僕も悲しくなる」
「…………な……」
あまりのことに思考が停止した。どうやらコイツは俺を心配して、慰めているらしい。しかも心から、一切の下心などなく、本当に心の底から、コイツは俺のためを思っている。それは疑う余地がない、なまじこいつを理解できているが故にそれが理解できる。
だからこそ、恐ろしい。人間を玩具とみなし、悲鳴の中で笑みを浮かべる残酷さと子を抱く母のような慈しみ。その二つが、こいつの中では矛盾することなく同居している。それがどうしようもなく恐ろしかった。
「――さて、続けようか」
俺が無言でいるのは肯定と取ったのか、サーペントは話を続けていく。衝撃的ではあるが、これまでの話は正直なところ大した意味は無い。重要なのはここからだ。
「――確かに”組織”の拠点は数え切れない、かぞ切れないほどあるが、、永久炉の中心核を生成できる場所は限られている。奴等でもその事実は変えられない。ここまで言えば分かるだろう? 」
「馬鹿な……」
「気持ちは分かる。僕もあの船は沈んだものと思っていたからね。僕と君には思い出深い場所さ」
ありえない、そう叫びたくなる。あらゆる記録からあの場所の存在は抹消された。あの場所にあったあらゆる罪と一緒に忘れ去られたはずだ。そもそも、滝原でさえ知らないあの場所の存在を知ってる人間自体がもうほとんど残っていない。もし、あの場所が今も存在しているのを知っているとしたらそれは、俺が俺になる前から計画に関わっていたものしかありえない。だがそれは――――。
「……はあ、もうか。ほんと、空気の読めない連中だよ」
最悪の可能性は確かな形を持って俺の後ろに忍び寄っていた。背後で鈍い音が響く、重たい扉がゆっくりと開いているのだ。
振り返っている暇は無い、考えている余裕は無い。ただ必死にその場から飛び退いた。その弾丸は背後よりのもの。何が起きているかは明白、裏切りだ。




