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RE:バーンドアウトヒーローズ    作者: ビッグベアー
第一部 再びの始まり
12/55

NO. 12 その果てに

 

 その感情の名前を彼女は知らなかった。心臓部の上、最も分厚い装甲(はだ)に感じる痛みを中心としてその感情は全身へと広がっていく。

 背筋から這い上がる悪寒のような、今まできちんと踏みしめていた地面が突如喪失したような、そんな感情。巨大な培養ポッドの中で脳に直接書き込まれた知識ではなく、もっと奥底から湧き上がるもの。それがどのような名前を持ち、どんな役割をもつのか、彼女は知りえなかった。

 目の前の存在、傷だらけで、今にも息絶えそうな、彼女と同じ心臓を持つ存在。父とも、あるいは兄ともいえるような存在。01という名を持つサイボーグがその原因。彼女の放った一撃は、確実にこの01を破壊しうるものだった。

 だというのに、敵は目の前に、依然として存在している。致命傷を負いながら、神経を焼ききられながらも、まだ立っている。あまつさえ、その死にかけの存在が彼女の命に手を掛けた。

 彼女を通してこの場を見ている主には分からずとも、彼女にはわかる。心臓部の掠り傷、それがあと少しでも、あと一ミリでも深いものだったなら彼女は死んでいた。あと一アンペアでも出力を下げていれば、あと一瞬でも能力の展開が遅れていれば、永久炉を抉られていた。それが理解できた、自身の存在があと少しで消えていたのだという事実を彼女は認識してしまった。

 だからこそ、理解できない。データ上では全てにおいて彼女が勝っている。何百回と行ったシミュレーションでも全てが彼女の勝利、傷一つ負うことのない圧勝だった。現実とシュミレーションとは違う、その知識はあるし、理解はできている。

 しかし、これは理解できない。あと少しで殺されていた、あと僅かな変数でこの存在に敗北していた、その事実が理解できない。

 故に、その感情は生まれた。それまでは彼女の世界には存在しなかったもの。抗い難く、胸のかきむしるようなその感情の名は、恐怖といった。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「――きょ、今日は驚かされてばかりだよ。ま、まさか反撃できるとはね、いやはや、驚いた……」


 一瞬の後、ノイズしか存在しなかった聴覚に耳障りな声が飛び込んできた。穴だらけながら視界が戻っていく。どうやら、まだ死んでいないらしい。

 痛みは認識できない、神経が丸焦げになったおかげで痛覚そのものは消えている。それは拙い、せめて拳を握る感覚だけは取り戻しておかないと。


「――――」


 まず目に入ったのは焼け焦げた大地、電撃は周囲のありとあらゆるものを分解したらしく瓦礫さえもそこには存在していない。続いて、目の前に立ちはだかる敵。その眼には驚愕と恐怖が浮かんでいる。見慣れた感情(いろ)だ、驚くようなことじゃない。見れば、左胸、永久炉のその直上に僅かな傷。俺の付けたものだ。

 俺の一撃は確かに奴の胸部を抉った。だが、そこまでだ。永久炉までは届いていない。仕留めきれなかった。ほんの少し、ほんの少しだけ出力が足りなかったのか、打点をずらされたのかはわからない、ただ、俺は唯一のチャンスを逃がした、それだけのことだった。

 そう、それだけのこと。まだ、終わりじゃない。まだ動く、まだ戦える、だから、まだここにいる。


「な……!? まだ動くなんて……!? わ、10、早く止めを刺すんだ! 早く!」


「…………イエス、マスター」


 麻痺した足に出力を送って、ちぎれた神経を強引に繋ぎ合わせる、再び立ち上がるにはそれで充分。あれで駄目なら、もう一撃。そのための力はまだ、ここにある。

 意識は恐ろしいほどにハッキリしている、死が近づいてくればくるほど、頭は透明(クリア)へと近づいてていく。煩わしい感情も、消えない痛みさえも、全てが彼方へと押しやられ、今この瞬間だけが全てになる。


「――紅蓮舞踏(クリムゾン)起動(レディ)


 紛い物の全身から紅い波動が立ち昇る。その光は良く知っている、その威力も、その脅威も良く理解している。だからこそ、許せない。この光は、この色は、この力は唯一無二のもの。雪那の誇りであり、俺達(ゼロシリーズ)の誇りだ。こんな紛い物が使っていいものじゃない。

 だが、それは失策だ。こいつは力を使うことはできても、それだけ。故に隙が生まれる、それがたった一瞬でも俺には充分。この身がどうなろうが、ここで殺してやる。

 奴の右腕が上がり、紅蓮の奔流が一点へと集中していく。今だ。


「ッ!?」


「なんだ!?」


 激突の瞬間、最期の一撃を交わすその直前に、最悪のタイミングで横合いからの閃光が俺と奴を分った。完璧な奇襲。奴の意識は俺と同じく目の前にのみ集中していた。普通なら簡単に避けられるはずの攻撃に奴は拘束されている。

 続いて、いくつもの閃光が奴へと降り注ぐ。ここにきてようやく頭が状況に追い付いた、間違いない、味方からの援護射撃だ。


「――01! 今のうちに下がって!!」


「あ、ああ!!」 


 頭に響く快いその声が俺に力をくれる。動かなくなっていた足を強引に動かして、その場から逃れる。血溜まりを残しながらどうにか、攻撃範囲の外へ。背後では地を揺るがすような爆発音、滝原の奴、航空支援まで使っているらしい。


「全隊火力を集中! 敵を釘付けにしろ!!」


「――救護班(メカメディック)! こっちだ早く!!」


 落ち着いて周囲を見渡せば数えきれない味方。H.E.R.Oも一般兵科も、己が身を省みることなく敵と対峙している。俺のような捨て身とは違う、本物の勇気がそこにはあった。

 数秒の後、砲撃がやむ。俺の眼から見ても十分すぎる火力の集中。その果てに残るのは徹底的な破壊だけ。本来ならば、生き残る道理はない。


「…………!」


 そのクレーターの中心に奴はいた。先ほどと寸分変わらぬ無傷のままで、その場に留まっている。砲撃を防いだのは紛い物ではなく、もう一体の生き残り。どうやって防いだかまでは分からないが、防御特化の個体が全ての砲撃から奴を守っていた。

 事実はそれだけ。それだけのことだが、味方に走る動揺は大きい。現に、次の対応に移ることができていない。このままでは、あの時と――。


「時間をかけすぎたか。しかたがない、10」


「な、なんだ!?」


「――ッ全隊!」


 滝原の指示が飛ぶが、既に遅い。今から退いたのでは間に合わない。この一帯、味方の展開したこの周辺全てが奴の能力圏内だ。

 奴らはここで退くつもりだ。胸の永久炉が共振を告げている。回廊が開かれる前触れを俺は確かに感じている。ここまできて退く、その真意はわからないが、敵が今何をしようとしているかは分かる。

 退くにしても、殺せる敵を生かしておく道理などない。ここで全員殺すつもりだ。


「では、別れの挨拶を、10。壮大にね」


「イエス、マスター」


 その言葉、俺にしか聞こえないその通信と共に、紛い物が腕を振りあがる。瞬間、目視できるほどのエネルギーの渦が奴の周辺に顕現した。次に何が起こるのか、考えるまでもない。何度も自分が使ってきた力だ、それがどんな結果を齎すかなど熟知している。


「滝原!!」


「わかってる!! 全員! 防御姿勢を――!!」


 そこで通信が途切れた。あれの影響だ、味方の防御は間に合わない。


「全員、俺の後ろに下がれ!!」


「は、はい!」


 声を枯らして、裂けた喉で叫ぶ。

 このままでは五年前の悪夢が再現される。そんなことは容認できない、何があってもそれだけは――。


「――ッ!!」


 手段は一つ。壊れた回路に強引にエネルギーを流し込み、意図的に暴走状態を作りあげる。そうでもしなければ、あのエネルギーの奔流を防ぎきれない。せめてこの場にいる者たちだけでも、俺の背後にいる誰かだけは守る、今度こそ必ず。

 炸裂、そして閃光。周辺の全てを消し飛ばしながら光は押し進む。視界の端で、隣を味方が駆け抜けていく、それでいい、そうしてくれないと守れない。あの時とは違う、一人でも多く、今度こそ。

 光は臨界へ、俺の存在をかき消すように眼前へと迫りくる。突き出した両腕に全てのエネルギーを集中させる。


「――あああああああああああ!!」 


 焼けたはずの痛覚が消失の予感に悲鳴を上げた。存在の消滅、原子への回帰、いままで自分が使いこなしてきた力がどのようなものか、再び実感する。

 それでも膝は屈しない。五年前とは同じにはしない。光と光のぶつかり合い、触れた場所から光は行き場を失い、他の何者を消すことなく、ただ消滅していく。

 身体の中を熱が荒れ狂う、血管も内臓も全てが焼けてドロドロになったような錯覚さえ覚える。火花を上げて左目の視界が消えた。この熱も今は在り難い、崩れかけの意識を繋ぎとめてくれる。あと少しでいい、ここで倒れるわけにはいかない。あと少し、あと少しで良い。こうして立っていられるなら、それでいい。

 

「――っ」


 どのくらい経ったのだろうか。一瞬にも永遠にも感じれられる時間の後、気付いたときには光は消えていた。目の前では黒い洞の中に奴が消えていく、逃げられた、いや見逃された。

 揺れていく視界と黒点に塗りつぶされていく意識の中、感情を認識した。怒りと憎しみ、悔しさ、そして喜び。数値化されたそれらのなかに、少しづつ熔けていく。


「ゼ、01!!」


 消えていく景色の中、誰かに抱きとめられた。聞いた覚えがあるが、一体誰の声だろうか。いや、誰の声でもないのかもしれない。 

 答えを求めても、全てが霧の中で何もかもがあやふやだ。数えきれ無い声と映像が千切れ、混ざり、乱雑に再生されている。霧の中で確かなのは数え切れないほどの”何故”と拭いようのない後悔の痕だけ

 その果てに、その場所に辿り着いた。降り注ぐ雨と煌々と燃える誰かの死体、腕の中で消えていく熱の感触。五年前のあの場所、あの戦いは手に俺は辿り着いた。

 彼女は笑った。俺に何かを告げるように、声にならない声で必死にもがいた後、彼女は微笑みを浮かべた。

 それが幸せだったのか、俺にはわからない。それを知らずにいることだけがただ、心残りだった。

 全てが崩れた後、意識が途絶える。この先にはきっと答えが待っていると、そう信じて俺は自分を手放した。


 


 


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