NO. 11 十番目
残る敵は二体。仲間が目の前で殺されてもなお、静観に徹している。仲間意識すらないのか、それともそもそも仲間だとは思っていないのか、どちらかは分からないが、厄介なことには変わりがない。感情に乗せられない相手ではまともに正面からやりあうしかない。敵の性能が分からない状況では、こちらの不利は以前同じだ。
それでもやる事は何一つとして変わらない。敵は倒す、ただそれだけのこと。そいつが何者だろうが、どれだけの力を持っていようが構うものか。
しかと敵を見据えて、力を循環させる。胸の永久炉で作り上げた光を隈なく全身へ。どんな瞬間でも、どんな動きにでも、間違いなく対応できる。こちらから攻めかかるにしても、あちらの動きを待つにしても、準備は万端だ。
「――流石は01、プロトタイプ達をこうも容易く破るとはね…………」
「……………だれだ?」
今まさに動き出さんとした、その直前、秘匿回線に割り込まれた。この回線を使うのは俺と滝原だけ、もし見知らぬ声が聞こえてきたとしたら、それは敵しかありえない。聞こえてきたのは、静かな男の声。聞き覚えは無いはずだが、どうにも頭に引っかかる声だった。
「誰だとは……これまた失礼な物言いじゃないか。君と私は随分前に会ってるというのに…………いや、そうか、君は覚えていないんだったね」
「――ああ、生憎と覚えてないな」
会話を続けながらも、状況を掌握していく。全身にスキャンをかけても異常は見当たらない。通信回路に割り込まれただけで、ハッキングはされていない。戦闘に支障がないが、どうにも解せない。俺達のセキリティが破られたことなど一度としてなかった。
驚きはあるが、ただそれだけ。感情で戦いに影響を出すほど若くはない。もし、撹乱が狙いならあてが外れている。
「……そうだね、一つ言うとしたら、君たちのファンの一人さ」
「……ファン?」
「古くからの、ね。その証拠に君たちのデータは全て私の手元にある。集めるのには苦労したんだ、何せ君たちの戦闘データはどれも最高機密扱いだからね」
残る二体への警戒を決して緩めずに、通信の向こう側からできるだけ情報を引き出す。恍惚とした声でベラベラと教えてくれるのだから、喋り続けてくれたほうが良い。あとで尋問する手間が省ける。
「――最強のサイボーグ、人類の守護者、完璧な英雄、なんとも素晴らしいじゃないか……これほどの賛辞と崇拝を受けるものは歴史上にもそうはいない。だが、君たちはそれと同じかそれ以上に恨まれ、妬まれ、疎まれている。特に私たちのような裏側の人間にはね。君は仕事をしただけだと嘯くだろうが、私たちにとっては…………」
なるほど、大体の素性には予想がついた。早合点は禁物だが、この程度の情報も読み取れないほど耄碌しちゃあいない。 元”組織”所属の技術者、そんなところだろう。芝居がかった物言いといい、らしく振舞うことに必死なことといい、現場慣れしていないのは明らかだ。
「ああ、勘違いしないでくれたまえ、私は別に君たちを恨んでいるわけじゃないんだ。むしろ、あこがれていた、いや崇拝していたといってもいい。君たち自身を、君たちを構成する技術を、そして君たちを作った彼女をね」
こちら聞き出すまでも無く、通信の向こう側の男は話し続ける。この手の話は聞き飽きた。
その間も二体の敵はピクリとも動かず、こちらを観察している。どうやら飼い主の命令を受けないかぎりは動けないらしい。
しかし、こちらを見るその視線には命令以外の感情が明らかに込められている。憎悪でもなければ、憤怒でもない。今までに感じたことのない感情がその視線からは感じられた。
「――だが、それももはや、過去の話だ。五年前、憧れるだけだった私はついに君達を完成させた。似姿でなく、君達そのもの、いや君たちを越えうる唯一の存在を作り上げたのさ」
大それた言葉と共に、ようやく敵が動き出す。先に動いたのは擬装用のマントを纏ったほうの個体。先ほどから、奇妙な視線をこちらに向けているほうだ。無防備で隙だらけだが、正体のつかめぬ確信と疑念が俺に二の足を踏ませる。
正直に言うと、このときの俺は男の言葉にまともに取り合ってはいなかった。この手の連中は昔もいた、確か”アイツ”が有名税みたいなものだとか何とか言っていたのを覚えている。
しかし、今回は違う。そんな確信が何処かにあった。
「さあ、10(ワンゼロ)。さあ、君の父君に君の姿を見せてあげるといい」
その瞬間、奴の身体を覆っていたマントが内部から焼け落ちた。センサーが最大警報をかき鳴らし、視界を朱色の光が塗りつぶす。目もくらむほどの閃光、戦意高揚を目的とした過剰エネルギーの放出、酷く見慣れたものだ。
ありえない、ありえてはいけない。だが、その光を間違えようはずがない、その力を間違えようはずがない。目の前にあるのは永久炉の光、もはやこの世界に三つしか存在しないはずの永久機関の放つ光だった。
「――ッ……」
光が晴れ、敵がその姿を現す。血の様な赤に鈍い銀色を基調とした生体装甲、女性型特有の丸みを帯びたデザイン、黒色のエナジーラインとマフラー、そして俺と同じ緑色の眼。間違いない、外見だけならば俺達の特徴を全て備えている。
奥底で沈めていた怒りが再び炎を上げた。感情の奔流に頭が割れるように痛む、足元から崩れていくような気分の悪さ。目の前の存在の悪趣味さがどうしようもなく許せない。俺達の姿を、俺達の力を、こいつらが真似るなど、どうやったって我慢できない。
「――どうだい? 完璧だろう? 永久炉の光は素晴らしい、これこそ希望の灯火そのものだ」
「…………直ぐに消してやる。そこで見ていろ」
酷く自然に感情が漏れていた。封じていた感情が鎌首をもたげ俺に忍び寄る。痛みすらも覚えるほどに苦しい。 妹を殺そうとしたこいつらを八つ裂きにしろと、式典会場を襲い、たくさんの人間を殺そうとしたこいつらを皆殺しにしろと、頭の中で声が喚く。そしてなによりも、彼女の永久炉と仲間達を汚すこいつらを絶対に許すなと自分が叫んでいる。
「いいね! 素晴らしい! 見事なまでの感情の発露だ! しかし、驚くのはこれからさ!」
今になって調子に乗った声が、酷く耳障りだ。こいつが何者でも構うものか、こんなマネをされた落とし前は必ず付けてもらう。
重心を前に、踏み出す足に力を溜めて、一瞬に向けて全てを集中していく。敵が動いた瞬間に、こちらも動く。一瞬の交差で、俺達を再現したなどという妄想を打ち砕いてやる。
「見せてあげなさい、10。君の力を」
主人の号令と共に猟犬が拳を振り上げる。間合いは開いている、追加装備がない以上、接近戦を挑んでくるはずだ。一体、何を――っ!!
「――重子崩壊!」
「――ッ!?」
刹那、世界が崩落した。抗う間もなく、全てが遅かった。
「――は、ははは! どうだい!? 動くこともできずに地面に這い蹲る気分は!?」
立ち上がることができない。それどころか指の一本すら動かせない。身体の全てが何百倍、いや何千倍にも重量を増している。地に着いた膝が地面にめり込み、全身の人工血液が流れることもできずに停滞している。異常が及んでいるのは俺だけでない、周囲の空間、建物や瓦礫、ありとあらゆる全てが目の前の存在に屈服したかのように潰れていく。まるで悪夢だ、世界の全てが目の前の力に平伏していた。
生体装甲が軋み、人工筋肉が千切れ、温かみのない血が滲む。負荷に耐え切れず、視界の一部がシステムダウンした。あまりの重さに倒れこむことすらできない。思考すらも重く鈍重で、意識を保つので精一杯だ。
避ける間などなかった、気付いたときにはこうして地面に縫い付けられていた。奴が手を上げた瞬間この場の全てが自ずから頭を垂れた、抗うことの許されない支配的な圧力の前にはあらゆる防御が無意味だ。
だが、覚えている。思考は鈍ったままだが、未だ生きている痛覚と四肢に刻まれた経験はこの攻撃を知っている。そうだ、この攻撃はあいつの……………!
「――重力子制御。どうだい、懐かしいだろう?」
「……紅也の力!!」
「そうだよ、再現したんだ。君の弟、九体目のゼロシリーズ・サイボーグ、渡紅也、NO.9の能力をね」
やつの声が、我慢できないほどに癪に障る。際限なく鳴り響くアラームすら煩わしい。痛みと怒り、二つの熱で気が狂いそうだ。機能しない頭とは裏腹に激情だけは際限なく燃えあがる。認めたくは無いが、この重さ、痛み、質感、すべてが紅也と同じものだ。それだけに怒りが湧いてくる、アイツの能力は、誇りはこんな奴らが使っていいものじゃない
赤と黒に点滅する視界のなか、あの敵を睨みつける。ありったけの殺意と怒りをこめても身体はピクリとも動いてくれない。怒りの熱だけが先走り、肝心の身体は止まったままだ。それでも構わない、こいつらを殺せるなら全てをくれてやっても良い。
「君らの能力のなかで最も再現が難しかったのが彼のものだ。さすがは最後のゼロシリーズだよ。再現した私でも驚いたくらいさ。いやはや、まさか重力特異点を自力で生成できるとはね。認めたくはないが、彼女の才覚やはりすばらしいというほかない……」
「――マスター」
陶酔の声を新しい声が咎めた。ここに来てようやくあの紛い物が声を上げたのだ。
飛びそうな意識の中、怒りと嫌悪を必死で抑えつけ、生きている回路を繋ぎ合わせる。この負荷が全て、紅也ものと同じなら、同じ方法で対処できるはずだ。後の事を考えている余裕など、無い。次の反撃に全てをかける、一撃で決着だ。
「――おっと、話し過ぎたか。時間がない、次に移るとしようか、10」
主の命を受け猟犬が再び攻撃に移る。その前に永久路の出力を限界まで一気に引き上げる。熱を持たない血液が炎を帯びた。炎は全身の血管を焼きながら四肢の末端まで駆け巡り、力をくれる。欠損部分は熱と勢いで繕って、俺は立ち上がる。何時もそうしてきたように、立ち上がり、戦うだけだ。
「た、立ち上がるのか!? 五千倍の重力付加だぞ!? いや、構うものか、次に移れ、10!」
「はい、マスター」
瞬間、重力負荷が消失した。能力発動までのタイムラグだろう。いや、次に何がくるのかなんてことはどうでもいい。この身が砕けても後一撃叩き込んでみせる、ただそれだけだ。
右足を踏み込むと同時に、一直線に紛い物へと突っ込んでいく。右腕のエネルギー伝達は万全、問題ない。
「ッ!」
「弾けろッ!!」
予想以上に反応が早い。問題はない、掠めでもすれば仕留められる。過剰出力に右手が破壊の極光を放つ。間接と指先が悲鳴を上げるが、痛みはとうに無い。このまま叩き込む。
咄嗟に庇った左腕へと一撃、装甲の上から全エネルギーを注ぎ込む。外装を無視した内部破壊、生体装甲だろうが関係あるものか。破裂した光が周囲の全てに干渉し、光の触れた場所はすべて無へと帰る。その必定は誰にも覆せない、我が光は何もかもを平等に原子へと屠るのだ。
「……ッ痛い」
「なっ!」
不覚、頭の中を驚愕が白に染めあげた。壊したはずの敵は未だ健在、放出したエネルギーは本来の威力を発揮せずに外装を焦がしただけ。ありえない、相殺された。俺の一撃を防げるとしたらただ一つ、同種の力を持ってしか、俺の攻撃は防げない。防いだとすればその理由はただ一つ、奴もまた俺と同じ力を持つという事に他ならない。
あまりのことに動きが一瞬鈍る、そのほんの一瞬を見逃すほど敵は甘くない。
「……っく」
放たれた一撃を紙一重躱す。緩慢な理性ではなく、研ぎ澄まされた本能にしたがって体が動いたのだ。しかし、それではそれ限り、続く攻撃には反応が追いつかない。
腹と胸に二発、衝撃が走った。生体装甲を越えて内部にまで響くほどの威力、傷ついた器官が裂けたたのか、口の中に血の味が広がる。
だが、痛みのおかげで、意識がはっきり戻った。三撃目を喰らうつもりは無い。同じ力をもっていようが構うものか、ここで殺すという決意に変わりはない。
「ッ!」
右の蹴りを受け流し、カウンターを叩き込む。大して効いている様子は無い。生体装甲を砕くには威力が足りないが、このままこちらの間合い、ぺースに引ずりこんでしまえばいい。
そのまま懐に入り込む。重力操作はこの間合いでは使えない、白兵戦で叩き潰す。
距離をとろうとする切っ先を制し、ひたすら攻めまくる。一撃ごとに身体が軋む、一秒ごとに精度が落ちていく。すぐに決めなければ、こっちの自壊が先。いいだろう、そんなことは承知の上。ここでこいつを殺せるのなら、命などくれてやる。
「――さ、流石だね、もはや立っているだけでも精一杯だろうに。見ていて心苦しい限りだ、10、終わらせてあげなさい」
「イエス、マスター」
何かが来る。だが、退いても先は無い。奴が何かをする瞬間にこっちの全力を叩き込む。元よりそれしか能がない、故にこれが最善策だ。相打ちで済むならそれで上等だ。
「はあああああ!!」
握った拳に全出力を押し込める。内部破壊が無理なら生体装甲ごと、永久炉を叩き壊すのみだ。そのための力はある。ここで倒す、なんとしても。
「超電・放出」
再びの驚愕と痛み。目を焼くような雷の華、認識よりも速く駆け抜ける激痛、物理的衝撃と防ぎようのない数千万アンペアの超電流。こいつは――ッ!
「ッああああああああああ!!」
耐え難い激痛と共に、メインシステムが落ちた。もう既に視界どころか音も消えている。けれども、まだ四肢の感覚が残っている、地面に踏ん張り、拳を振るうことはできる。それで充分だ。
この永久炉が止まるまえに奴にこの拳を叩き込む。それが俺の使命、俺の義務だ。
「?!」
「なにッ!?」
どの感覚が消えても、拳の感覚だけは分かる。俺の一撃は確かに奴には届かない。敗北だ、いい訳のしようもなく俺の負けだった。




