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逃げた先の世界09


都会と離れたこの地域では学園際の準備期間は一週間。明後日から、この期間中は午後の二時には、授業を終えている。

 勿論、時間が足らない所は一ヶ月前とかから準備が必要なのだろうけど、部活に入ってるわけでも無し、クラスの出し物も飲食店だそうから、十分に時間がある。

「はい、凪くん。このチーズケーキは三番ね」

「分かりました」

 時刻は三時頃。そろそろ、皆戻ってくるはずだ。

「いらっしゃいませ」

 扉が開くと、同時に声を出す。入ってきたのは、彩音達だ。

「皆さんは、一度休憩入れてからにします?」

 お客様達がいる以上は、敬語。それに、学校から、帰ってきたばかりだろうから、休憩をはさんでからの方がよさそうだ。

「えーっと、じゃあ、三人お願いね。ボーイさん」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 注文を受けて、カウンターに戻る。

「今日はこの時間から、演奏する事になるけど、凪くんはどう思う?」

「どう、って、お客さんの反応ですか?」

「そう」

「昨日通りなら、悪くない反応があると思いますけど」

「そう。彼女は、ここが腕の見せ所なんだよ」

 俺に言葉を返すと、注文の品をカウンターに並べていく。

「これは、六番のお客様」

 程なくして、香奈さんがピアノを演奏し始める。

 昨日の華やかな演奏と違って大人しい音色だ。多少の喋り声は聞こえるものの、殆どがコーヒーや、紅茶などを注文して、本を読んだり、中にはノートパソコンを出しているお客がいる。

 なんとなく分かった。夜は、食事を楽しみながら音を楽しんでいた。でも、今はのこ喫茶店に必要なのはゆっくりと流れる時間なんだ。

「分かったかな? 凪くん」

「はい。時間、それに伴う客層によって求められてる音が違うんですね。この時間に昨日の様な音は似合わないと思います」

「そう。それを求めてお客さんがやってくる。私が思った以上に、レパートリーが多いね。彼女なら、確かにモノするかもしれない」

 ガチャリと扉を開けて出てきたのは彩音と、涼音だ。

「ハルさん。お待たせしました」

「それじゃ、お願い。とは言っても、もうちょっと休んでいても良かったんだよ?」

「香奈ちゃんが弾きはじめちゃったし、私達も休んでるって感じじゃないですから」

 演奏場所がある事で、やる気が上がってるみたいなのはいい事なんだけどね。

 この後、夜も引いて、更に、俺達と寝るまでみっちり練習。

「頑張りどころですし、嬉しいんだって、言ってましたよ。学園でも」

「香奈ちゃんがそんな事をね。どうするんだろう。転校」

 当初は香奈さんの実力もあるし、お誘いには乗る方がいいとは思ってた。

 でも、今の何かを心に決めて演奏してる香奈さんの演奏を聞いてると、今、こうしてる事のほうが良いようにすら思えてくる。

「私は、本心を言ってしまえば寂しいですね」

「こら、涼音。本末転倒だよ?」

「分かってます。ここで、弾いてくれるなら、いつでも聞きに来れるなって」  


 

 現在時刻は4時頃。この時間帯は手持ち沙汰って時間だ。お客さんは居ても、簡単なものを頼むだけの人が多い。

「さて、順に休みも兼ねて、ご飯でも食べようか。今日は凪くんの希望にそって、2種のハンバーグだよ」

「ホントですか?」 

 デミグラスソースとトマトソースの2種類のハンバーグなんだけど、これが最高なんだ。

「うん。期待してくれていいよ。それじゃ、彩音と涼音から、休憩をお願いしようかな」

 二日目でそう簡単に何かが変わるものじゃないけど、香奈さんは楽しんでしてるみたい。俺から見ると、もどかしくはあるけど、こればっかりは一長一短だ。

「いらっしゃいませ。何名様でしょう?」

 見た感じ、大学生のグループかな。

「ほら、僕のいうとおり、ピアノの生演奏だったでしょ。あ、すみません、3人です。手荷物が大きいんで、邪魔にならない席ってありますかね?」

 チェロのケースかな、あれは。

「はい、分かりました。奥の席にどうぞ」

 案内するのは必然とピアノに近い席だ。そこが一番スペースがある。

「コーヒーってこんなに種類あるのな。じゃあ……」

 それぞれの注文をとって、カウンターに戻ってくる。

「それにしても、あのグループ凄い荷物ね」

「中身は楽器だよ。ハルさーん注文いいですか?」

 ハーイと声が戻ってくると、ハンバーグを手にカウンターに戻ってくる。

 うわぁやっぱいい匂いだ。

「うん。ちょっとまててね」

 注文を伝えると、手早く3人分のコーヒーを作り始める。挽いた豆をにお湯を入れる瞬

間が好きだったりする。あの、立ち上る匂いがいい。

「俺、コーヒーを出してきます」

 注文をテーブルの上に置けば、この喫茶店の雰囲気に身を任せて、後は、音楽に耳を傾ける。

 暫くして、演奏を終えると、拍手と大学生の一人が立ち上がって、香奈さんの居るピアノへ向かう。

「もし、よければ、なんだけど。僕たちとセッションしてみないかな?」

「え?」

「あー、迷惑じゃなければ、でいいんだ。お店の都合とかもあるだろうしね」

 困ったような顔を浮かべて、ハルさんを見る香奈さん。

「いいんじゃないかな。たまには趣向を変えるのも、ね」

「店長のお許しもでたので、是非」

「決まったね。いや、正直言うとさ、キミのピアノに惚れちゃって」

「おまえ、相手は高校生だぞ?」

 ヴィオラを手に持つ仲間がそう答える。

「いや、僕も十九だし」

「歳の問題じゃねーよ。口説くなって話な」

「えー? そんな事したつもりはないんだけどね」

 チェロを持っている大学生が頬をかいてる。

「お前は、そういう奴だよな」 

 そう口にしたのはケースから、ヴァイオリンを出した大学生。

「あー、えーっと。弾き始めはピアノの子に決めてもらおうか。徐々にお互いを分かってもらう感じで」

「わかりました。どんな曲でもいいんですか?」

「勿論。JAZZだろうと、クラシックだろうとね。それ以外でも歓迎だ」

 音楽が流れ始める。香奈さんも凄いと思ったけど、即興のはずなのに、ずれてない、様に聞こえる。それを引っ張てるのがピアノ。チェロがそれを行き過ぎないように止めて、ヴァイオリンはピアノを更に引き立ててる。それらを全部繋ぐヴィオラ。

「おー。思った以上ですね」

 凄いと、涼音の一言。それも分かる気がする。

「私には一つ言える事があるわ。きっと、私には音楽の才能はない」

「だから、ボーカルな訳だし」

「何故か凪にいわれると、むっとするわね」

「まぁまぁお姉ちゃん」

 口は災いの元。ってね。追求されずに済んだのは良かった。あれで、彩音も手癖が悪いからな。俺にだけ。涼音はテレ隠しと親しいから、なんて言ってたけど、これ以上抓られたら、頬が伸びる。

「ともあれ、本当に即興で組んだとは思えないよね。俺達なんて、ヨレヨレなのに」

「それは、下地の差ってやつですよ。好きで触ってる人には敵いませんって」

「たしかに」    

 一曲が終わると、それぞれが礼をする。

 まだ、お客さんも疎らな時間に居る人たちだけに向けられた、少し贅沢な演奏。

「いやあ、ピアノの音色は想像どおりでしたよ。是非僕たちのグループに入って貰いたいくらいです。いやね、外で音色を聞いた時には既に惚れ込んでいたんですけど」

「ありがとうございます」

 ああやってべた褒めしてると、確かに口説いてるようにも見える。

「あ、口説いてるとか、そんなんじゃなくて、ですね」

「分かってますって」

 わたわたとし始める大学生に返事を返してる。

 大学生っていうと、ずっと大人に見えたりしたけど、こういう人も居るんだ、なんて、不謹慎な事を思ってしまう。

「それじゃ、次の曲行ってみようか」

 今度はヴァイオリンのリードで曲が始まる。時折休憩を挟んでは、演奏して、晩御飯を食べに来たお客さんに拍手を貰ったり、リクエストがあったり。

 今日の音を彩る。

「凪は、この毎日が続けばいい。なんて思ったりしない?」

「なにさ、唐突に」

「魔女様に出会って、取り巻く環境が変わって。涼音もさ、ここ最近は調子もいいみたいだし、この毎日が続いたらなって」

 確かに、この毎日は楽しい。だけど、彩音の口から、こんな言葉が出てくるなんて思わ

なかった。

「音楽のおかげで、黄昏ちゃったとか?」

「そうかもね。私は、案外こういう事してるのが性にあってるのかも」



 あの大学生が来てから、香奈さんを取り巻く環境が変わってる。

 ツブヤキなんていうモノのおかげで、聞きに来る人、そしてセッションを希望する人。

 彼女の音を求めて、この喫茶店に人がやってくる。 

「いやー。香奈ちゃんさまさまだね」

「この数日でこうなる事を見越してたかのようですよね」

 あの、大学生グループが来てから、確実に変わった。音楽を聴きに来るお客、はたまた、ハルさんの料理を食べに来るお客。確実に数字は増えてる。

「私はアキじゃないから、そんな事出来ないよ? 彼女が全部掴み取ったもの。実力と運」

「全ては偶然なんだ。ですか」

 アレセイアさんなら、きっとそう言うだろう。言うのは簡単だけど、それまでの要因は

 あったように感じるのは、アレセイアさんの影響が強いんだと思う。

「分かってるじゃない」

 よくやりましたと、微笑むハルさん。魔女に係わる人はこんな感じなのかな。

 さっきまでは微笑んでいたハル顔が、次ぎには少し真剣な顔になる。

「アキのそばに居ると、奇跡を体験するでしょ。でも、それらはそれぞの頑張った結果だったり、一期一会の出会いがそうさせた。仕組んでるかのように、見えてしまうだけでね」

 例外は恐らく、あの手紙。

「こら、凪。唯一の男手なんだから、手を貸してよ」

 微妙に痛いデコピンが飛んで来る。

「あた」

「おや、彩音ちゃんにおさぼり勧告を受けてしまったね」

「みたいですね」

 ハルさんは、私は洗物をしておこうかな。と、水に浸していたお皿を洗い始める。

「で、俺は何をすればいい?」

「倉庫にコーヒー豆を取りに、涼音が行ったから、手伝ってあげて。私はホールに居るから」

「あいよ。それじゃ、ちょっと外しますね」

 倉庫は外だっけか。ドアが開いてるしここかな?

「涼音?」

「あぁ。凪さん」

「いたいた。手伝いに来たよ」

「ありがとうございます」

 二人しか、居ないし、聞いておきたい事が一つある。

「あれから、体の調子はどう?」

 一時的に、抑える薬だって言っていた。つまりは、治ってはないはずなんだ。

「あれから、快調ですよ。病院の薬は傷みを何とか抑えるだけでいたけど、頂いた薬は治ってしまったんじゃないか、って言うくらい発作が起きてないんです。おかげで快眠ですよ」

「それは良かった」

「はい。あ、これが、頼まれたコーヒー豆だと思います」

 亜麻袋にちょっとじゃなくて、パンパンに詰ってる。これじゃ、女の子には辛いかな。

「んー」

 持ち上げようと力を入れてるみたいだけど、やっぱり重いみたいで。

「俺が持つよ。涼音は他に運び出す物があれば、それで」

「でも」

「もともと、手伝いに着たんだから大丈夫」

「それでは、お願いしますね」

「任されました」

 流石にちょっと重いかも。見栄を張りきれる距離で助かった。

「これで、よしっと」

「お疲れ様でした。凪さん」

「それじゃ、夕方の忙しい時間になるまで、休憩でもしようか。食事時は忙しくなるしね」

 晩御飯以外はお金を取る、なんて話だったけど、香奈さんのおかげでタダ。   

「香奈ちゃん。ご馳走様です」

「いえいえ。運が良かったんです」

「そんな事ないですよ。香奈さん」

「そこは涼音に同意かな。晩御飯がタダなのは俺にとっては大きい」

 お給料として、アレセイアさんから、かなりのお金は貰ってるけれど、無駄遣いは禁物。

 ハルさんが、調理に掛かると、鈴の音が聞こえる。お客さんの入る扉が開いた音だ。

「すみません。ここで、生の音が聞けるって話だったんですけど、あっています?」

 後ろにいるのは、女性って事はカップルか。

「あ、聞かれて行きますか?」

 立ち上がって、ピアノに向かう香奈さん。それを申し訳なく思ったのか彼氏さんがこう答える。

「そう、ですね。皆さん休憩中のようですし、晩御飯時にでも、また」

「私達、晩御飯休憩を取る前なんです。ご飯の出来上がるまでの時間だけでも、聞いていって、いただけませんか?」

「そいうことなら、お願いします」

 なら、俺は注文を取りに行くべきかな。

 流れ出した曲は最近ブレイクした、バラードのピアノアレンジ。即興でこんな事も出来るのか。

「お客様。ご注文は何にしましょう」

「あの、おすすめってあります?」

「カボチャのケーキはお勧めですね。バニラアイスを上に乗せて食べるのが一番美味しいです」

 少し値が張るのがネックだけど、その価値はある。香奈さんが毎度食べてるのも納得ってものだ。

「それじゃ、それを二つ」

「はい。かしこまりました」

 選曲されるのは最近のものから、前に流行ったものまで。

 今、流れてるのは、なんだろう? 聞いた事ない感じだけど。洋楽か、何かかな。

「先に頂いてるわよ?」

「すみません。私も」

 おー。今日はハンバーグか。ハルさんのハンバーグはデミソースか、トマトソースを選べるから、2種類食べたくなるんだよね。

「ハルさん。カボチャのケーキにバニラトッピングで」

 厨房の奥から返事がすると、カットされたケーキをカウンターに置いて、また厨房に消えて行く。

 それじゃ、お客さんの所に運んできますかね。

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 カウンター戻ると、ハルさんが飲み物を用意してくれている。

「ありがとうございます」

「もうちょっとで出来上がるから、そのままでいるといいよ」

 はい。と返事を返すと、流れてくる音楽と共に考え始める。

 あのカップルといい本当に、口コミが広がってるみたいだ。

 香奈さんの行く末、か。一つは学園の誘いに乗って王道を歩く。それで食べていけるかは分からない。そもそも、音楽の世界なんて、一筋縄じゃない。

 もう一つはここに残って、ピアノを引き続ける。これはもっと現実的じゃない。

 いくら、こういう所の演奏が気にって、喫茶店で噂になった所で、先にあるものには繋がりづらい。最終的には香奈さんがどうしたいか、なのは分かってるつもりでも、それを手伝っている以上、どこかもどかしい部分がある。

「おーい出来たぞ? 凪くん?」

「あ、はい」

 大分考え込んでた見たいで、さっきのカップルもいない。

「私達も晩御飯にしようか。申し訳ないけど、彩音と、涼音にはお客様の対応お願い」

 それぞれがカウンターについて、手を付け始める。

「そういえば、俺達が来る前はご飯どうしてたんです?」

「一人だったからね。合間をみて適当にね。気楽な部分もあったんだけど、居たら居たでいいものだね」

「良かったです。結構迷惑かけてるんじゃないかって、思ってたんですよ」

「いやいや、そんな事ないよ香奈ちゃん。ピアノのおかげで売り上げはここ数日で右肩上がりだよ。私としても嬉しいしね」

 時刻は晩御飯時。お客さんの出入りもそれなりにある時間帯だ。一人の男性が扉を開く。

「すみません。園村香奈さんという方とお会いしたいのですが」

「今、あそこで演奏しているのが本人です」

「彼女の演奏が終えるまで、待たして貰っても、いいかな?」  

 どこかで聞きつけたのかな。紳士服から、名刺を渡される。

 伊藤、渉……楽団の人なのか。

「俺は、とある楽団に居てね。なんていうんだろうか。突き動かされた。なんて曖昧な感情でここに来たんだ。ほら」

 見せてもらったのはこの前の大学生グループと演奏していた動画。

「演奏を終えるまで、待っていてもらえますか?」

「それくらいなら、構わないよ。喫茶店だし、コーヒーでも貰おうかな」

「かしこまりました」 

 演奏を終えると、いつも通りの拍手が送られて、頭を下げつつカウンターに戻ってくる。

「初めまして、園村香奈さん。俺は、シンフォニア楽団の伊藤渉といいます」

「そんな凄い楽団の人がどうして、私のところへ?」

「衝動的に、かな。なんというか、俺の目から見ても後三年もみっちりやれば、確実にプロとして、やっていけるって思うレベルの子を見てしまったから」

 そんなプロが、どうして、香奈さんの所へ? とも、思う。

「キミは。プロの世界に興味があって、ピアノを弾いてるのかな?」

「そう、ですね。そういうことも出来たらいいと思いながら、毎日弾いています。でも、そう思ってた道以外の道が見えてしまって」  

「迷っている」

 この伊藤渉という人の言葉に、コクリと頷く香奈さん。それに続くように、伊藤渉さんは、こう言葉にする。

「居たんだよ、俺の楽団にも。キミのような人が」

「私のような人が……えっと、その人は今も弾いてるんですか?」

「弾いているよ。ただ、舞台の上に上がる事はなくなってしまった」

「それは、どうしてですか?」

 もしかしたら、答えを得れるかもしれない。けれど、香奈さんは少し返って来る言葉を恐れてる気がする。

「迷ってる。それは、大きな歪を生んで、音色が分からなくなった。何が正しくて、何が間違っていたのか。キミも、もしかしたら、片足を入れてしまっているんじゃないかってね」

「迷ってる、ですか……」

 香奈さんが、言葉に詰ると、新しいお客さんが入ってくる。

 席を案内しようと、向かうと、入ってきた女性は香奈さんの方へと歩いていく。   

「やっぱり、渉に任せなくて良かった。ほら、渉は失礼だから、注文を取って座ってて」

「酷いいいとようだね、美穂。俺に頼んだのに」

 それはそれ、これはこれ。なんて言って、香奈さんにみ向きなおす。

「神埼美穂さん」

 有名人を目の前にして、浮かれているのとは違う。尊敬の眼差しを向けてるのが分かる。

「貴女ね。あのピアニストは」

「はい。私です。私、あなたの演奏を聞いて、ピアノを弾こうって思ったんです」

 憧れの人を目の前にして、萎縮しきってる。

「嬉しい事言ってくれるのね。渉は脅しに脅しただけだろうから、私から、説明するね」

「はい」

「貴女はいいピアニストになる。でも、今迷ってるなら、その道は違うかもしれない。いい先生に出会って、志が同じ人達と肩を並べる。その先には世界にだって名前を覚えてもらえる人になることだって夢じゃない。でも、憧れだった世界を見てしまうと途端に色褪せてしまうかもしれないの。貴女の器が大きすぎてね」

 神埼美穂さんが小さく微笑むと、また言葉を続ける。

「私と同じ人を見つけたの。貴女は、頂きに立った瞬間きっと迷う。迷子になって、疲れ果ててしまう。型に嵌った演奏は退屈だ。って事はない? それがあるなら、貴女は今一度、世界を眺めた方がいい。私が居れば、何処からでも補正出来る」

 言い終えると、少し微笑んで、ピアノに座る。

「店長さん? コーヒーと、ケーキもらえるかしら? 後、ピアノを弾く事も許してもらいたいのですけど」

「かしこまりました。それと、一曲お願いします」

 コクリと頷くと、鍵盤の上で、指を踊らせる。香奈さんも上手いと思ってたけど、神埼美穂さんの音は違う。はっきりと香奈さんの言う所の音に色がついてるのが分かる。

「ここまで、違うものなんだ」

 時間にして、五分あったかどうか。曲が終わると静かに立ち上がってお辞儀をする。

「どうだったかな?」

 自信に満ちた言葉。けれど、その手は少し震えていた。それを誤魔化すようにして、手を握ってる。

 そんな事を聞くまでも無いに。なにせ、感動にも近い感情がある。

「凄いです! あの、美穂さんはこの町に住んでるんです?」

「ええ。そんな事もあって貴女に会いに来た。歩の方が名前が売れてるなんて、安易に思ってたけど、彼は口下手なのを忘れてたの。何処までも真っ直ぐな分、分かりやすいものだから、失念してたわ」

 苦笑いを返す香奈さんにこう答える。

「香奈さん、まだ遅くない。道が見えたら、答えを聞きたいの」

「まだ、分からないんです……でも、何かが見えて。あの、学園祭で、弾くんです。見に来てもらえますか?」

「ええ、勿論」

読んでいただきありがとうございます。

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