逃げた先の世界08
「どうですか?」
「音を合わせようとするとズレる。合わせようとするとよれるかな」
昨日の今日で無理を通そうとしてる。先がまだ見えない状態だ。
「むしろ、良くここまで音に出来たなって思ったくらいなんだけど」
まだ、圧倒的に練習不足。
「あの彩音さん?」
「ほい」
「ここの詩は……こんな感じで、どうです? ちょっと音の粒が多いので音程が取りずらいかも、なんですけど」
「この方が絶対にいいよ」
本当に残り時間も少ない。それこそ、睡眠時間を削ってでもやらないと間に合わない所まで来てる。
「あの、凪さん。休憩にしませんか? 根を詰めすぎても、成果の向上は難しいですよ」
焦っても、涼音の言う通りで。
「学校じゃないと音を出せないのが問題なのよね。練習時間もそのおかげで限られちゃってるわけだし」
「あ、そのことについてなんだけど、ちょっと相談があるんだ」
アレセイアさんの事情を香奈さんの前でそのまま言うわけにはいかなかったので、少し言葉を変えながら、ハルさんを頼る経緯を話す。
彩音達は事情を察して、香奈さんはこれ以上無い条件が手に入るならと、ハルさんの喫茶店を訊ねた。
「こんにちわ。話して通ってます?」
通ってないと、それはそれで困るんだけどね。
「アキから話は聞いてるよ。暫く防音の部屋を貸す代わりに、、凪くんをこき使っていいって話?」
少し、間違いがあるような気がする。そりゃもちろん手伝いはするけど。
「間違ってないですけど、間違ってます」
いやー、凪くんはちゃんとツッコミが戻ってくるねぇ。なんて楽しそうにしてるハルさん。それは置いといてだ。
「それで、その場所って」
「地下に部屋があるんだけど、空調も整ってるし、広いからそこを使って。後、鍵がかかってるから必ず、この鍵で開ける事」
ポカンとしてる香奈さん。何せ、狭いこの国で最初に問題なのは十分な場所。
それを確保してるとなればそりゃびっくりだ。
「ご飯もお金さえくれれば作ってあげるから、声かけてね」
手を振って地下に足を運ぶ俺達を見送ると、お客の接待へと戻っていく。
至れり尽くせりとはこの事だね。
「ありがとうございます」
頭を下げる。
挨拶も早々に、俺達には新しい拠点に持ち込まなくちゃいけない物もある。
「楽器はいいにても、アンプも持ち込まなくちゃだよね」
鍵を使って開いたドアの先に広がったのは物置の空間。大きさはこの建物と変わらない様に見えるけど、ドアを閉めた瞬間不安になるほどこの部屋以外の音が無くなる。
おそらく、あの鍵は空間と空間を繋ぐもので、それに応じた部屋に繋がってる。
と、言うのも、アレセイアさんのワインセラーから、ワインを取ってきてほしいとお願いされた時だ。
とてもあの森の中にあるとは思えない気候だったので、聞いてみた所、保管されている場所はイタリアだ。なんて言われた時は疑いざるを得なかったけど、実際外に出てみると信用しざるを得なかったのを覚えてる。
「凄くいい場所、貸してもらえましたね。多少物が置いてあるにせよです。これだけの広さがあれば、練習に布団を敷いて寝てもまだ余りますよ」
香奈さんも思わず興奮気味に言葉にしてる。
今日から、学園祭の終わりまでここで過ごす事になる場所。
「この荷物っていったい」
被さってる布を取ると隠れていたのは大型のアンプ。しかも、あの手のは六十万オーバーって品物だ。
ホント、感謝しますよアレセイアさん。
◆
練習と言ってもマジレッスンに等しいこの合宿(仮)は熾烈を極める事数日。
さすがは天才。決して皮肉とかを言ってるわけじゃなくて、人間メトロノームすぎる。
「はぁ」
琥珀色の液体を一口。まぁ、コーヒーなんだけどね。ため息と共に、周りを見回す。
小休憩だったはずはなのに、暖かいコーヒーを飲むと彩音と涼音はそのまま寝てしまった。
考えてしまう。
何故、魔女はこんな回りくどい方法で人を助けるのだろう。確かに、その理由を聞いたし、助けるにも限度があるっていうのもわかる。
それもでも、魔法ってものがあるのなら、何でもできてしまうんじゃないかって。
魔法は万能じゃない、なんて言ってたけど、俺からしてみれば、やっぱりなんでも出来る人を超える力。
「どうしたんですか? 難しい顔をして」
そう言葉にして現れたのは香奈さんだ。
「あぁ、ちょっと考え事をね」
「当てましょうか?」
それが分かってしまうようなほど顔に出してただろうか? そんな無駄な思考を巡らしてると、また声が届く。
「凪さんは自分のしてる事に不安を感じてる」
俺の心にある不安な部分を的確に突いた言葉。
「誰でもわかりますよ」
自分でも思ってしまってるがあまりに、そういわれてしまえば否定は出来ない。
「そう、かな」
「はい。凪さんは、なよなよと悩んでる私に背を押しただけです。道を決めるのは私ですよ」
じゃ、なんでアレセイアさんは俺をこの仕事に? いや、違うな。そんな考えじゃいけない。ただの人間である俺が他者を導こうなんて事自体がおこがましい。
俺は、アレセイアさんじゃない。なら、俺なりのやり方がきっとある。なんて、思っていても、どこか空回りなんだよな。
「誰かに用意されたくないじゃないですか。自分の道を。親でも、他人でも。何かの要因に運。そういうのもあるものだと私も思います。でも、そんな奇跡みたいなを言い訳にしたら、それこそこれから先、迷っちゃいますよ。凪さん達と知り合って1週間程度なのに、ずいぶんと長い間一緒に居るみたいで、そんな人達が友人になって私の我儘に付き合ってくれてる。私にとってこれは最高の贅沢です」
それに比べて、俺のした事はいかに恥ずかしいかがわかる。恥の上塗りをしてるんだから、何を今更だな。
形は違えど俺の境遇に似てる人で、変な力に頼らず自分の道を見てる。
きっと、奇跡なんて起こしちゃいけないんだ。けれど、それに縋りたくなる。
でも、彩音には惜しげも無く魔法を使って見せた。それは信用させるため? それこそ、当人のアレセイアさんじゃなければ分からない事だ。
「最初はさ、ただ乗りかかった船だったんだけど、今は俺も楽しんでるよ。彩音も涼音もね」
「はい。だから、感謝してるんです」
「あっははは。マジでこんな会話をするのも恥ずかしいものがあるね」
「たまには、いいと思いますよ」
そうかもしれない。俺がしてこなかった事がここにはある。楽しい。そう感じたのは久しぶりだ。
◆
残り時間はともかく、テンションがおかしくなってるこの人をどうにかしてほしい。
「なによぉー凪。私はまだ元気よ!」
カラ元気な人ほどそういうんだよ。ノリで徹夜コースをしてしまったわけだけど、俺はともかく、皆には学校があるわけで。
「皆これから学校だろ? 大丈夫なわけ?」
「行くぶんには大丈夫だと思います」
虚ろな目をして、頭を揺らしながら返事をしても、それはもう駄目だと言ってるようなものだよ涼音さんや。
あの日から、発作は無いみたいだけど、いつあの発作は起きてもおかしくは無い。
アレセイアさんも一時的に抑えるものだって言ってたしね。
「香奈さんは以外に平気そうだね」
「あぁ、私はここ数日半分位昼と夜が逆転してたんで、まだ。お昼過ぎたら多分アウトですよ」
若気の至り恐るべし。なんて考えてる場合じゃないな。
「ともかく、朝ご飯くらいは食べようか。最悪、野菜スープでもいいしね」
朝食を取るべく声をかけるとゾンビのごとく体を揺らしながらのそのそと歩いてくる。
これ、状況が分かってなかったホントにホラーだよ。
時間も六時を回った所だ。お店もあと少しもすれば開くし、ハルさんの手伝いをしながら朝食を用意してもらおう。
「おはようございます」
「うん、皆おはよう」
それぞれが挨拶をしてる様に見えるけど、言葉になってない。
「朝食お願いできますか? 徹夜明けなので、出来ればお腹に優しいので」
「その方が良さそうだね」
椅子に座ってる彩音達をみてハルさんも苦笑いを浮かべてる。
「俺はまだ元気なほうなので、手伝いますよ。それに、お昼までは寝る予定なので」
そう答えて、カウンターの方へ入っていく。
「そうか、凪くんは休学中だったね」
「建前上は、ですけどね。あ、起きたらお手伝いするんで、少し寝かせてください」
「そうだね。どのみち、今の寝不足な顔をお客の前では見せれないよ」
確かにそうだ。
朝食もだるそうな会話くらいしかしてないけど、本当に大丈夫なのか、あれ。
ともあれ、皆外泊の許可までもらってここに来たのだから、学校を休むわけにもいかないんだろうけど。
正直年頃の女の子にはあるまじき顔で登校していった三人を見送くって俺も地下へともどって即座に寝る。
それでも、慣れない場所だったのか、時間は十一時寝た時間はざっと四時間ってところか。今日しっかりと寝れば問題ない。
十二時になればこの喫茶店もお昼ご飯を求めてお客もやってくるだろうし、ハルさんの手伝いに向かう。
「もういいの? 凪くん」
いつまでも布団に潜ってると出るのが億劫になる。決めたら即出るのが吉ってやつだ。
「ええ。手持ち沙汰なので、俺も手伝いますよ」
「確かに、そろそろ昼だからね。手は借りたいんだけど」
いいの? と手でコードを抑えて、右手で見えない弦を弾いている。
「リードとはいえ、簡単な方なので。涼音の事もありますし、やるなら、皆で、の方がいいんですよ。それに、何だかんだお世話になりっぱなしですから」
この様子だと、手は借りないつもりだったのかな。なおさらお世話になりっぱなしは気が引ける。
「それじゃ、お願いしようかな。ほら、お客さんだ。接客の前に着替えておいで」
最初にここで働いた時も思ったけど、普通の喫茶店と変わらない。何か特別な事がある
わけでもなし。でも、アレセイアさんからしてみれば情報を得る場所。
そういう所なんだ。とのことだし、何か魔法にかかわる案件が舞い込んでくるんじゃないかって、見ていてもやっぱり何も変わった様子すらない。
「何か、考え事?」
「いえ、アレセイアさんからは情報が集まる場所なんて聞いてたんで」
「あぁ、そういう事。凪くんも基本は暇だったでしょ? いつも何かをしてるわけじゃないないんだよね」
確かに、アレセイアさんから習ったのはお茶の入れ方に、お菓子作り。あれ? 俺は魔女の助手って立場だったような。
「あぁ、確かにそうでしたね。俺が習ったのなんて、3時のおやつスキルばっかりですよ」
「おや、アキからそんなのをならってたんだね。評価の方は?」
「お茶入れは結構良かった気がします。お菓子も要領ですし」
今は大分任されてる。気が向いた時にはお菓子作りはお手の物ってね。
「んじゃ、凪くんのお仕事はフロアと暇な時にはお茶入れ、アキから習ったお菓子でも作って貰おうかな」
◆
昼の忙しい時間が終わっても、喫茶店は人が来る。時間外れのお昼を食べに来たり、はたまたゆっくりした時間を求めてコーヒーや紅茶を飲みに来るお客は以外に多い。
「たっだーまー」
店に入るなりそんな事を口にしたのは彩音だ。
「ちょっとお姉ちゃん。お客さんが居たらどうするんですか」
「確認はしたわよ」
皆が帰ってきたって事はもう、四時近い時間って事か。
「うん、おかえり。皆何か飲む? 勿論御代は貰うけどね」
「じゃあ、私はミックスジュースで」
「彩音はミックスジュースね。二人は?」
香奈さんのお気に入りの場所、角にピアノが置いてある。その横の席に彩音達が腰を下ろす。
「私は、コーラで」
「私も涼音と同じのでお願いします」
盆に載せて、グラスを三つ置く。
「凪はいつまでお手伝いなの?」
「ここは食事を出してるのは七時までらしいから、そこまでかな」
「いやいや、そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。と言いたい所だけれど、そうだね。皆がこれから七時までここに居る間働いてくれたら、学園祭が終わるまでここに居るの間、御代はタダって事でどうかな?」
「そこまでしてもらっていいんです?」
俺達が学園際終わるまでただ飯って結構負担のはずだ。
「うん、勿論。香奈さんにはピアノを弾いてもらいたい。きっとそれだけで、リピーターは増えそうだしね」
五時を過ぎると仕事を終えた社会人達、部活を終えた学生がちらちらと見え始める。
一人目のお客が入ったと同時に、香奈さんのピアノの演奏が始まる。
スピカーから聞こえる音じゃない生の音だ。
香奈さんのレパートリーって想像以上に広い。JAZZもありなのか。
いつもと違う喫茶店。俺達が居る事も、ピアノから音が出てる事も。
「ハルさん。これ、狙ってたんですか?」
気づけば、半分は埋まってる。しかも、最初は忠実に弾いていた曲も興が乗ってきたのか、どんどんアレンジの加えられた物に変わり始める。
「可能性の一つとしてね。彼女の力は本物なわけだし。かっこいい事を言えば、それくらいの事はしたいじゃない? 大人として、かっこうをつけたいわけよ。はい、これナポリタンは八番席だから」
「はい。もっていきます」
ナポリタンを席に置くと、ちょうど曲が終わる。静かに立ち上がって、お辞儀をすると、飛ぶのは拍手だ。そのままぺこぺこしながら、カウンター席にやってくる
「すみませんハルさん。何か飲み物もらえませんか?」
「分かった。凪くんも少し、休憩するといいよ」
周りを見ると、少しなら確かに余裕がありそうだ。
「コップ一杯分はそうさせてもらいます」
うん。と頷くと奥へ消えて、飲み物を持ってくる。
「弾いてみて、どうかな?」
入れた飲み物をテーブルに置くと、氷がカランと音を鳴らす。
「思ってた以上に好きです。でも、同時に怖かったですね」
「それは、なんで? こういっちゃうのもあれだけど、素人が聞いてるだけだから、評価なんて、上手い以外に付けられるわけないと思うけど」
「素人だからこそ、好き嫌いがハッキリ出てしまうものなんですよ。ヘタをすれば、審査員よりも的確にイヤ場所を突いてきたりとか……」
嫌なものは余計に鼻に付くって事かな。素人が聞けば上手い人の演奏が上手く聞こえるわけじゃないか。
「不味いと思い込んで、口にした物は美味しいわけが無いってやつだね」
「はい、その通りです」
そう考えると確かに難しい。
「未だに、どっちつかずですみません」
色々と天秤にかけると、しっかりと学べる学園へ行ったほうがいい。それも、その道のプロが背中を押してくれる。、そして、何よりも重要なお金心配がない場所。だけど、迷ってる。
「大丈夫。俺達は香奈さんの手助けだし。それにだ。ちょっと言い方はかっこ悪いけど、まだ、もがけるよ」
未だ、学園祭じゃない。悩める時間はまだある。
「そう、ですね」
読んでいただきありがとうございます。




