逃げた先の世界06
「アキが人に近づいたのなんていつぶりなのかな?」
「自分でも驚いてるんだよ。でも、それはきっとまた、傷つきたくないから、かもしれない。いや、きっと助けた気になりたいだけ」
人が居なくなったカフェに二人でお酒を並べている。
「それでも、傷つかないなんて事は無いよ。魔法があるかぎり」
「分かってるさ」
グラスには氷が溢れるほどあるとはいえ、なみなみと注がれているウィスキーを一気に呷るアキ。
「いくら強いからってそんな呑みかたすると辛くなるよ」
「きっと、そんな気分なんだ」
ほら、とアキはハルにもグラスに注ぎいれる。
「あの子達上手くやれるの?」
ハルも同様に飲み干して、グラスに氷の音が響き渡る。
「星はそう答えた。けれど、彼らが辛いのはこれからだよ」
「運命は変えられるだっけ?」
「未来予知にも等しい星読みは元老院からしてみれば、定められた未来。でも私達、扱う事の出来る者から見れば、抗う事のできる未来だ。抗えるとは限らないけれどね」
一言、言葉を交わすたびにグラスの中のお酒は減っていく。
ボトルもそろそろで一本空くほどのペースでアルコールを身体へを入れている。
願うように、祝うように。
「きっかけはあったにせよ、なにはともあれ、私は嬉しいよ。アキ」
「注いだ私がいうのもあれだけど、ハルは少し飲みすぎだよ」
「人のこと言えないくせに」
でも、そう続けたハルはまた酒を呷る。
「今は、嬉しいからお酒に呑まれたい」
「それがつかの間喜びでもかい?」
「アキには答えが出てるはずなのに意地悪だね」
「大人は皆、意地悪で汚いさ。何処か打算で、気づか無いうちに、利益だけを勘定している」
「見も蓋もない答えだね。アキらしいけど」
そう答えたハルは、あーやめやめ、と新しいボトルを空けて、二人分お酒を入れる。
二人が酔いつぶれるまで。
◆
「えっと、こんな感じなんだけど、どう、かな?」
今、俺達が聞いているのはサビ入る一歩手前までの部分。
「香奈ちゃん。ここで終わり?」
俺達は仲のいい友達という事になっているので、名前で呼び合うことにしている。
彩音や涼音は学校も同じという事で直ぐにでも仲が良くなったみたいだ。
「ぼんやりとしすぎてて意気込んだ割りに、形に出来ませんでした。作っているうちに、何か違うような気がして」
香奈さんが俺達顔を見るなり苦笑いをうかべて、不安げな表情で返事を待っている。
「えっと……」
言いずらそうにしているのは涼音。
逃げ道を作るなら、プロではないし、良いと思うと答えればいい。
香奈さんが何処を目指しているか、なんだよな。
「作曲の手伝いは出来ないし、任せるしかないけど、評価は甘口と辛口どっちがいい?」
「やっていて楽しかったんです。弾いていた時には無かった感じで、建て前が欲しい時はいつもいい訳を並べちゃいますね」
たははと笑って見せこう続ける。
「辛口でお願いします」
曲作りは初めてだと聞いていた。その上での評価は厳しいものになるに決まっている。
「俺の感覚で言えば良かった。ただ、スゲーとなるほどではない。感覚的なもので悪いんだけど、聞き続けたくなるほどじゃないかな」
これを言っていいものか悩む所ではあるけど、辛口の評価をお願いされた以上は、言うべきだろう。何様だよと自分でも思い始めてるくらいには叩いてると思う。
「トドメの言葉になっちゃいそうなんだけど、シングルとかでよくある捨て曲」
香奈さんが大袈裟に崩れ落ちる。そう見せたのも平然を装うためだろう。
「お、おふ。言葉の刃って痛いね。でも大丈夫です。ばっさり斬られるのも予想のうちです。何かが違うとか、足りないって言うのを聞きたかっただけです」
胸を押さえて、うーあーなんて、転がっている香奈さん。
「凪が容赦なくばっさりと斬ったところで、ちょっと話を変えるんだけど、アコギの音とか、ベースの音まで聞こえてくるけど、誰がやるの?」
そう訊いたのは彩音だ。その彩音には言いだしっぺの法則で、ボーカルをしてもらう事になってる。
「エレクトローンピアノって言う電子ピアノがあるんですけど、アレで一応やるつもりです」
転がっていた香奈さんがぴたりと止まり正座をする。
「香奈ちゃん、練習の時間足りる?」
「何とかしてみせるのも我侭を口にした私の責務ってやつですよ」
とは言ってみせているものの、既に1日経過。残りは13日になる。
残り時間は少ない。裏作業に徹するつもりだったけど、どうするべきか……舞台に上がったらバレる可能性だってある。
「うーん。分かった。実は独学でよければアコギ弾いてた時期がる。好きな曲しか弾かなかったし、難しいのは無理だけど」
「ホントですか?」
「こんな時にウソなんか言わないって。まぁ、バレる心配が一番気になるんだけどね」
問題の一つはとりあえず解決。
「後は、ベースのルート弾きの方を誰かがやってくれれば私のほうは練習ほぼ要らないかもしれないです」
そう答える香奈さん。だけど、楽器に触れたことのない人が残り2週間も無い状態でものにするのは至難の業としか言いようが無い。
「練習するにも早く決めたほうがいい。ですよね」
小さく言葉にする涼音。何かを考え込んでいるかのようにも見える。
「と、言ってもまだ曲も完成じゃないし、俺だって上手いわけじゃない。問題しか残ってないな」
詩の方だって手付かず。何せ弾ける技術が少しあるだけで、作詞なんかの知識はからっきしだし、それこそ、そういうのにはセンスだって、経験だって必要なはずだ。
「そうそう、凪」
行き詰ったこの空気に彩音の声が届く。細かい所の気の利かせ方は涼音だけれど、こいう時に彩音の気遣いはありがたい。
「なにさ」
「ばれるのが心配だって言っていたじゃない?」
「それは現在進行形で心配だよ。むしろ自分でリスク上げちゃったし」
話をもったいぶる彩音。何故だろう? 嫌な予感しかしない。
「いい案思いついたんだけど、試してみない?」
「いや、何をするんだよ」
言葉煮詰まる彩音。言葉を捜してるのかもしれない。
「やればきっとバレない。凪ならね」
「スゲー怪しいんだけど?」
答えは教えてくれなさそうだし、リスクが減るならそれに越した事はない。
溜息を一つ。彩音に返事を出す。
「ばれなくなるなら何でもいいよ」
◆
正直あんな事を言わなければ良かったと実感している。
ばれなくなったとかそういう問題じゃないものが今浮上してるからだ。
「彩音、これはどういう事?」
今の格好を鏡で見ながら冷静問いかける。
「どういうって、ね?」
涼音と香奈をみて同意を求めている彩音。見て、分かるでしょ? と言わんばかりの顔をしている。
「小顔で、毛もないし、男性にしては綺麗な顔をしてるな。とは思っていたんですけど」
まじまじと俺の顔を覗き込んでこう答える。
「圧巻って言葉が正しいもかもしれないですね」
涼音の言葉に、ですね。と香奈も同意の様子。
「ばれなくなるとかその前に、性別を変えたいだなんて言ってないんだけど?」
「甘い、甘いわ凪」
勝ち誇ったように言葉にすると、続けてこう言い放つ。
「この学院の7割は男性教師。まず女の子を尋問するような事はないはずよ。だって、過
ぎた事をすれば、問題にしかならないじゃない女生徒には手荒な事はしないそれが真理よ」
指を指しぴしゃりと言い放つ彩音。
「でもさ、それって、俺が喋ったら終わりなきがするのは気のせいですか?」
「教師が近くに居た場合のみ喋らなければいいのよ」
言っている事は分か……りたくない。それにこの姿を受け入れろとか、いや、既に着ている人が言うのもあれですけどね。拒否権が無かったんだと言いわけもしておこう。
「男子の制服じゃ、ダメなのか?」
「却下。女装とは思えない姿じゃない。喋らなければ、だけど」
「いや、無理だろ? 違和感しかない」
「えー。涼音と香奈だって同意したじゃない。ね?」
三対一とか卑怯だ。この状況を打破する言葉を言わないと。
「それは色眼鏡をかけてるからだ。知らない人から見れば絶対に分かるって」
「なら、その格好で校内を歩きましょう。絶対に分からないって断言してあげる」
言葉を間違えたのか……何故こうなった。
ダメもとで涼音と香奈に視線を送るが、笑顔が戻ってくるだけ。見捨てられた!?
「いや、まって、ばれたら、世間的に終わっちゃう。女装してるキモイ野朗が校内を練り歩いてたとか、恥ずかしくてもう来れなくなるって」
「その心配はないって、ほら、行くわよ?」
◆
「西条。部外者をあまり入れるなよ? それと、もう少し手伝え」
彩音の教室では準備の為に残っている生徒がちらほら居て、俺達の姿を見るなち愚痴をこぼす。
「ゴメン。こっちはちょっと人手不足なのよ。それで、この子。可愛いでしょ?」
自慢するように俺を前に押し出す。
まじでやめて、喋るのは絶対に出来ないから目線だけで何とか訴えようと彩音を見る。
「この子、内気な所があってあまり喋らないの。度胸をつけるために、って今の時期だけ無理やり来させたんだけど、見ての通りもう涙目で」
通じた。ありがとう彩音。まじで泣きそう。
「どうしよう。ほんとに可愛いんだけど」
「あまりイジメてやるなよ? 可哀想じゃんか」
あぁ、俺、バレテない。か細い心に少し自信が付いた。ありがとう。彩音のクラスメイト。
しゃべる事は出来ないので、精一杯頭を下げる。
「メアド、あーいやいや、ラインのIDとか教えてくれたりしない? 彩音」
「私の?」
「お前のはもう知ってるよ。そこのシャイな子のだよ。あ、妹さんのでもいいぞ? 妹さんのお友達のもできれば」
「悪い虫が付かないようにするのも私のすべき事。凪達に変な事したら、もう手貸してあげないわよ?」
「凪ちゃんて言うのか。次ぎは彩音抜きで会おう」
「聞いちゃいないわね。まぁ、そんな感じでよろしく」
彩音の教室を後にすると香奈さんが不意に笑い始める。
「悩み続けていたんでこの感じ、忘れてましたよ」
うん。小さく言葉にして、五線紙の入った紙を取り出して符を入れていく。
調子がいいのか、俺達の声も届かないみたいだ。
「どうしようか。香奈さん動かなくなっちゃったけど」
俺も早く避難したい。すれ違う人に凝視され続ければいたたまれない。大丈夫。ばれてない、ばれてない……
「といっても、置いていくわけにもいかないじゃない?」
「ですね。あの、ベースって、難しいんですか?」
考え込んでいたのはこれか、なんて思いつつ返事を返す。
「誰かと一緒にセッションで弾いた事があるのが前提であれば細かい技術を省いて、それなりに形になると思う。だけど、ベースを扱わなくちゃけないから。残りを全て費やしてもギターを触れたことが無いと」
「難しい、ですか? ピアノなら、香奈さんと比べてしまうと下手なんですけど、それなりに弾けるんですけど」
ギターから、ベースギターならわりとすんなりルート弾きくらいやれるんだけど、ピアノからだからな……
「涼音のセンス次第」
「あの、凪さ」
「ん?」
「私からも、お願いしてもいいかな? 私の提案から始まった無理にも近い事なんだけど、やっぱり、皆で出来るならそうしたい」
そうだよな。普通ここまで係わっといて蚊帳の外は無い。
「ゴメン、ちょっと気遣いがなってなかった。面倒は俺が見るよ。上手いかどうかはさて置き、分かる人には分かる程度までなら、時間が無くてもいけるはずだ」
「じゃあ」
「うん。出来るかぎり涼音に協力する」
「その分、のお手伝いは私がしますね」
これで、心配事はあるにせよ、後は練習するだけ。指の練習ならこの後直ぐにでも出来る。
ハッとしたと思ったら、辺りを見渡して俺らを見つけると少し安堵した表情を浮かべた香奈さん。
「ごめんなさい。どれくらい停止してました? 多分そんなに時間は経ってないと思うんですけど」
スマホを取り出して、時間を確認する。
「15分位かな」
「良かった。あの、私今日はこれで失礼します。良いのが思いついたんで、今度こそ形にしますよ」
では、と手を上げて急ぐように香奈さんはこの場を後にする。
「なんだったんだ」
「天才って、他者には理解できないそうよ? それも日本人なら尚の事ね」
「日本人ってそんなに理解の無い人種だっけ?」
俺の疑問に答えのを出したのは涼音だ。
「日本人は皆が右を向けば右を向いていないと変だ。と答える国です。左を向いていたって、それこそ、正面や後ろ何処を向いていておかしな事はないでしょ? と言っても皆と違う、おかしいとほとんどの場合は返事が戻ってきます。和を強調する。そういえば、聞こえはいいですけど、個を殺してしまう。そうですね、ファッションなんかが良く分かると思います。有名人のコーディネイト、コロン。髪型に到るまで。流行というものがあるにせよ、誰々もしている事だからおかしくない。と同じ方向へ向いてしまうんです。そんな中に、独自性の強いものが混ざったらどうでしょうか? それは、異物に見えてしまうんですよ。親も、そう思うんです。あの子は周りの子と違うって。だからせめて、理解してあげれるなら、してあげたいです」
ちょっと考え方がずれているだけなのに、と言葉を締めくくる涼音。
親のくだりなんかはまるで見て、聞いたかのように言葉にしてる事を鑑みるに、周りにそういう人が居たか、涼音自身がそういう扱いを受けたか……
「天才は大成する前に潰される。だから既存のアレンジの方が上手くなった、か」
ふと思い出す何処かで聞いた言葉。極論過ぎると思っていたけど、今ならずれていないように感じる。
「きっと、天才は大変って事です。さあ、凪さん。ベースの練習の時間です」
「その前にベースがないと」
「なら、買いに行きましょう。善は急げです」
急かす涼音。楽器なので勿論値が張る。安物は結構冒険だ。
「凪、お金の心配をしたでしょ? 大丈夫よ。うちの家はお金持ちだから」
あーそうだった。とてつもなくデカイ家なんだよな。今思えばあの家いくらだよ。
「それじゃ、ベースギターの調達と行きましょうか」
この後、気に入ったからと、16万もするものを買ったのは驚愕しざるを得なかった。
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