逃げた先の世界03
「おはよう。西条彩音さん」
朝食を食べた後に、箒で家の周りを掃いている。
ここは森の中の家で、11月の半ばだ。勿論、落ち葉だって半端じゃない。
「おはようございます。凪さん」
何処かぎこちない俺達。年はそう変わらないはずなのに、お互い敬語。
長いこと敬語を続けてしまうと止めどころが難しくなるし、何処か、よそよそしい。
何か変だと言われれば、まさしくそうで、目上の人に対してならともかく、やっぱり変だ。
「やっぱりさ。違和感あるよね?」
だから、俺から崩して話をかける。そうすれば、彼女だって遠慮はしなくなるはずだ。
「だよね。私も思ってた」
そう言って頬を綻ばす西条彩音。
「挨拶のしなおしから始めた方がいいかな。西条」
「それも、くすぐったいかな。私だけ苗字なんて変」
「それもそうだ。おはよう、彩音」
「うん、おはよう。凪」
箒を立てかけ、紅葉で出来た絨毯を歩いてきた彩音を玄関へと案内をし始める――
「うわぁ、やっぱり魔女様の家は素敵」
「中は普通だよ。まあ、普通じゃない人も居るけどね」
「凪の雇用主様なんじゃないの?」
普通じゃない人というキーワードで連想するのは彩音の言葉通り、俺の雇用主であるアレセイア=ク ローリィー。魔法という奇跡を扱う魔女。
「まだ、どこかで魔法を否定したいのかな。もう否定しきれるわけが無いほどの奇跡を目の当たりにしてるはずなんだけどね。聞かれたら、怒られそうだ」
冗談半分で言葉にして、笑い飛ばす。
ドアまでたどり着き、そこまで言うと俺はドアノブを回して押し開けた。
「やあ、彩音。今朝は早いんだね」
「ご迷惑でしたか?」
不安そうに答える彩音に、アレセイアさんは微笑んで見せると、彩音に笑顔が戻る。
すると、満足そうにアレセイアさんは頷く。
笑顔一つで、辺りが明るくなったかのように感じられるのが彩音の凄い所なのかもしれない。
「いや、そんな事は無いよ。いつでも来ていいと言ったのはこの私だからね」
「はい、魔女様。おはようございます」
ここですみません。とかの謝罪をする言葉ではなく、挨拶に持って行けるのは彩音故だ。
「うん。おはよう、彩音。凪も、これくらい素直で居てくれたらいいのだけどね」
「確かに少し捻くれてはいますけど、素直な返事をしようものなら、何か違う反応が戻ってきますよね?」
なんて無茶苦茶な注文を……
「確かに、素直な凪は少し気味が悪いな」
「ふふっ、散々ないわれようだね。凪」
「そう思うなら、もう少し労ってくれてもいいと思うんだ」
「私は、魔女様の見方だよ?」
理不尽だ。分かってたけど。
「それでは彩音様。ロシアンティーの合わせは梅ジャムと梅ジャムと梅。どれがいいですか?」
「なんで選択肢が梅しかないのよ!? しかも最後の梅ってそのまま!?」
「いえ、梅がお好きだと聞きましたので」
なかなかテンポのいいツッコミを入れる彩音に、さながら執事の真似事をしてみせる。勿論、顔はにやつきながら。
「凪の冗談はともかくとして、林檎のジャムを作ったんだ。今日はそれにしよう。凪、入れてくれるかい?」
昨晩アレセイアさんが作っていたので、もとより俺も林檎ジャムの予定だった。
分かりました。と簡単に返事を返して、キッチンへ向かう。
この五日間、俺もただ手伝いをしていたわけではなく、アレセイアさんに簡単な紅茶の入れ方を習っていて、OKをもらえるほどに成長したわけだ。今では仕事の一つになっている。
「彩音はジャムを溶かすのと添えるのどちがいい?」
「いやー驚いた」
俺の言葉に目を数度瞬きをさせてそう答える彩音。
「何をだよ」
「ロシアンティーってほら、普通、紅茶に入れたものをさす方がこの日本ではメジャーだと思うんだよね」
ちなみに、本来はスプーン1掬いのジャムを舐めながら紅茶を飲むもの。
寒い地方での飲み方なので、直接入れてしまっては冷めてしまうって事らしい。
「まぁ、たまたまだね。喫茶店でのバイトもした事あるし」
なるほどね。と彩音は言ってたけど、何処か納得していないように見える。
バイトをしていた事は本当だけど、習ったわけじゃない。嘘の中に事実を混ぜると、本当の事に聞こえるだなんて実際は分からないと実感した。これが女の勘だなんて曖昧なものであるなら上恐ろしい。
「そうだ、魔女様。今日は凪と同様にお手伝いをしたいです」
「こまったね。いつも外に出て手紙を渡して回っている訳じゃないんだよ。どちらかといえば、暇をして、こうして料理の腕を上げるくらいなものでね。今日は凪に集めさせた落ち葉で焼き芋でもと」
「いいですね、それ」
「ちょーっとまって。あの、凄く想像と違うんですけど?」
「俺も勤めてまだ五日なんだよね」
この答えは予想していなかったんだろう。
俺もこの五日間でした事はお茶の入れ方を学んだくらいなものだ。
そういえば、迷い込んで来た外人が一人。ものすごく日本語が優長なのを覚えている。
「傷のお礼をしたいと思ったんですけど、そうなんですか……」
「治したのは下心ある贈り物だと言ったろう? 彩音が気遣う必要はないよ」
それでも、と、少し間が空いた後に瞬きを数度。
「それじゃ、晩御飯は私に作らしてください」
食事の提案を唐突にし始める。
「まだお昼も回っていないのに気が早いね、彩音は。それで、晩御飯は何にするんだい?」
「えっと、カレー、とか?」
「カレーか……最近食べてないし俺作りますよ」
「凪の料理もなかなかに美味しいからね。シンプルなほど腕が試される」
アレセイアさんの挑戦状と受け取った俺はアレセイアさんの言葉に自信をこめ、力こぶを作る。
「任せてください」
「あ、あれ!?」
「彩音はあくまでもお客さんだ。またの機会にお願いするよ」
◆
今晩の献立はカレーに決定。でも、食材は無いので買出しをしに行くため森の中だ。
そこに牙を持つ動物の姿を見つける。
「うそ、こんなに寒い地方なのにイノシシ!?」
俺の言葉に彩音が俺と同じ方向へ顔を向け――
「チョット!? こっちに向かってきてる」
はたまた似たようなリアクションで此方へ突進してくるイノシシに驚く。
「あぁ、この森は何処へでも繋がっている。だから、紛れ込んできたんだね」
うんうん、などと言いつつ向かってくるイノシシに慌てる俺達を他所にアレセイアさん
が解説を始める。
「何をそんなに、暢気ににしているんですか、アレセイアさん」
逃げ出す様子一つ見せる事無く、落ち着いている本人はどこ吹く風。
「何、慌てる必要はない」
「その自信は一体どこから!?」
杖一振りさせると風を生むと、2振り目に目標へと集めた風を飛ばす。アレセイアさんがイノシシに向けて飛ばしたのは風の刃だ。
風は本来見えないはずのもので、風を感じるだけならまだしも、はっきりとした形で首元に三度当たるのが見えた。
刃は首元の動脈を切り刻むと、苦しそうに悲鳴を上げながら、もがき、生き物は血を勢いよく飛ばして絶命する。
「うわぁ……」
当たり前の事なのに、一歩引いてしまう。スーパーなんかに売っているのは原型すら止めていない肉塊で、食用の生き物が死んでいく様なんて普通に生活していればまず見ない。俺も彩音も目を背けている
「生き物だからね。それを私達は食べているっていう事を忘れてはいけない」
俺達は壮絶だったのもあり、コクリと頷く事しか出来ない。
「人間は生き物の中で強すぎるがあまりに、傲慢になる。ある意味では、弱肉強食の摂理に反しているのが人だ。勿論、人間社会にも弱肉強食があり、搾取される側と、する側が存在する。でもそれは、直接死に係わることのないものだ。余程酷い国でもない限りね。現代の社会ではそれだけ珍しいとさえ言える」
説教が過ぎたね。と冗談めいた口調で彩音の頭をなでる。
「さぁ、今日は予定を変えてイノシシの鍋だ。二人は野菜を買ってきてもらえるかい?」
「魔女様」
「なんだい?」
「私も、魔女になれますか?」
唐突にそんな事いいはじめる彩音に困惑しつつ、アレセイアさんは言葉を返す。
「魔女なんかにあこがれるものでは無いよ」
彩音の傷を治して、手紙を渡した。必要な助けを行ったのだろうということしか分からない。
それにどのような意味があるのかは分からないし、全ての人に手を差し伸べるのは不可能。
だから、選んで助けている。
全てを助けられるだなんて俺も思っていない。例え、物語のヒーローですら、何かを犠牲にしているはずだ。
でもだ。現にこうして人助けをしていて、迷える子羊に道を照らそうとしている様に見える。
魔女にあこがれるものではない、か。
魔法って言うのを扱うからなのかもしれない。
それでも、否定しているかの様に聞こえてしまう。
そう考えると、アレセイアさんはこうも言った。
「理不尽な交渉をもちかけるのが魔女さ。物語の魔女も皆そうだろう?」
俺はそうは思わない。なぜなら……
「いえ、違いますよ。魔女様。魔女の交渉は理不尽かもしれない。でも、人間側はいつも決まり事を破って自滅するんです。魔女は、それ相応の代価を要求したにすぎないと、私は思ってます」
俺が思っていた事と同じ事を彩音は言った。
「優しいね、彩音は」
この話はここで終わりという感じで、アレセイアさんは話題を変える。
「さて、夕飯の献立をかえようか。イノシシといえば鍋だと思うのだけど、二人はどうだい?」
「俺、イノシシは初めてです」
「私も」
俺達の顔をみて異存はないと確信を得てアレセイアさんは頷く。
「それじゃ、二人は野菜を頼むよ。イノシシの解体をしたいのら別だけどね」
といたずらをするような笑みを浮かべて、俺達の返事を待つ。
「俺は、野菜で」
「こ、今回は、私もかな」
彩音なんかはアレセイアさんに付いていきそうなものだけれど、あのイノシシのを解体というのがどうしてもダメなだろう。
俺達の出した返事に満足すると可笑しそうに今度は笑う。
「すまない。あまりにも予想どおりの答えだったものだからね。それじゃ、よろしく頼むよ」
◆
「買い物の途中だけど、少し寄り道してもいいかな?」
とは言うものの、後は帰るだけ。
「いいけど」
「ちょっと家までね」
忘れ物かとも思ったけど、それなら、忘れ物だと言えばいい。
話してくれない。という事は、入り込んで欲しく無いと想像していいだろう。
「俺は外で待っていればいいかな?」
「ううん。一緒に会って欲しいの、私の妹に」
その目は真剣で、見つめられてると思わず目を背けてしまいそうなほどで。
恐らく、言葉にするので精一杯だったのかもしれない。
「わかった」
「ありがとう……」
言葉の最後の方は聞き取れず、そして表情の堅いまま、彩音は小さい声でそう答えた。
◆
あの大きな彩音の家の中へと入り、二階の一番奥の部屋を彩音は開ける。
「涼音。調子はどう?」
涼音と呼ばれた女の子は彩音の姿を見つけると目を輝かせ――
「お帰り。お姉ちゃん」
と嬉しそうな声で返す。そして、視線は俺に移り。
「彼氏さん?」
首をかしげて、聞いてくる。
「いや、違うかな。お友達暦まだ1日目のただの友人」
「あのお姉ちゃんもやっとって思ったのに」
口に手をあてて、小さく笑って見せる涼音さん。
「なぁに、見てるのよ?」
「いやぁ、同じ顔してるなと」
咄嗟に出た言い訳。
同じ顔してるのに、涼音さんは儚さも相あまって彩音に比べると上品だよね。と思った事は口にしないでおく。
「良からぬ事を考えてそうだけれど」
俺の目をのぞき込む。
「うん。まぁいいわ。涼音とは双子なの」
見ての通りね。と付け加えて涼音に向きなおす。
「体調はどう?」
「お父さんもお母さんも心配しすぎなんだよ。ダメなら、ダメだって言える位には大人のつもりだよ?」
「ほんと、あの親は縛り付けすぎるのよ。部屋に閉じこもっていたら、腐っちゃうじゃない。ね? 凪」
何故、そこで、俺に振るよ。
「体調がいいのに家にい続けるのは確かにあれかもね。涼音さんも連れて来るつもりだったの?」
「そのつもりかな。涼音さえ良ければだけど」
「話に聞いてた魔女様だよね。それじゃ、私も行っちゃおうかな」
「なら、決まりね。さぁ、着替えるから男は外」
覗いたら怒るわよ? と念を押される。勿論するはずが無い。二人に背を向けた所で、この部屋のドアが開く。
「涼音」
そう言葉にして、入ってきたのは恐らく、二人の母親だろう。
「お邪魔してます」
頭を下げる俺に冷ややかな視線が刺さる。
「彩音。お友達には席を外してもらいなさい」
「ゴメン」
彩音の謝罪の言葉に首を振って、俺は部屋の外に向かう。あの顔は怒っていた。
でも、彩音は恐怖を無理やり怒りに変えたんじゃない。
俺とは違う。
「涼音は家で安静のほうがいいの。貴方も聞いていたでしょう?」
「何も、変わってないじゃない。こんな所に縛り付けて! 涼音の意思は?」
「彩音。涼音を外にだなんて」
「家は檻じゃない。お母さん達がしようとしてることは間違ってるよ!」
「でも、涼音は」
「だから、縄に繋いでおくの? 変だよ。外を見たがってる」
扉を背に、怒鳴り声が聞こえてくる。立ち聞きは失礼だな……
◆
俺の足は家の外へと向かった俺は、彩音を待っている。
「いやー、ごめんね。まさか、親があんな事を言うのは誤算だった」
深々と頭を下げてたままそう口にする彩音。
「いや、なんてことは無い。心情としては彩音派だよ」
「ありがと。でも何もしてあげれないのが、やっぱり悔しい」
そんな弱音にも近い言葉をこぼす。
「彩音は強いよ。間違っている事を間違っていると言える人は他者に嫌われる覚悟のある人だからね。事、この国はいくらあっている事をしても、力ある人が違うと答えれば否が、可に変わる。正義を貫き通せる人は強いよ。それがどんな形であれね」
「過大評価だよ。嫌なものを見て、それが嫌だと感じたから、私の我侭を言っただけ」
「それが強いんだよ。俺なんて、に……」
抗ってダメで、そう、逃げてきたんだ。だなんて目の前の眩しい子には言えない。
あまりにも、ダサい。
「いや、なんでもない。俺にはマネ出来ないなってね。自分を通すという事はさ、それが善であろうと、悪……だなんて少し言い方は悪いけど否定のような声や自分を攻撃してくる人の言葉を全て抱えた上で、それでも自分はこうなんだって言えなきゃいけない。力なき正義は悪だ。なんて言葉があるのもそういった事が絡んでるからだと思うんだよね」
誤魔化すように、色々と言葉を並べてあっているように喋る。
そうは思っていても、それが実行できない俺への当て付けも含めて。
「少し、凪が分かった感じかな」
「え!? こんな短い会話で?」
「今までの会話の中で、かな。そりゃ、私だってキミの全てが分かったわけじゃないよ。でも、少なくとも凪がどう考えて世の中を見てるのかが分かったかな。私と同じだ。凪はただ、ほんの少しボタンを掛け違えただけ」
俺から見れば眩しいだけの彩音が、俺と同じ考え?
「隣の芝生は青く見えるものだよ?」
まさかの言葉に、こう答えるしかなくなる。
「確かに、そうなのかもな。まぁ、暗い事はこれ以上言いっこなしだ。イノシシの鍋が待ってる」
「こうなれば、自棄食いよ」
彩音の吹っ切れるように、そう言葉にする。
「食いすぎるとフト……いや、なんでもない」
ギロリと睨まれる。
「良い子ね。そう、口は災いの元」
俺も、彩音という子が少し分かったかもしれない
読んでいただいてありがとうございます




